ふたりの天稟に秘密があって
翌日、今日は今日とて寒い。冬が一段と冷え込んだようで、夜のうちに降った雪が積もっているので、森の中は歩きにくかった。
大精霊に会った森には、昨日に引き続いて俺とテムズ、それにリッカを加えた3人で来たんだ。スヴェン? そりゃ君ィ、素振りしてるよ。
「——とまあそんなわけで、奥義の大安売りって感じ」
リッカは「流水一刀流」の道場で起きたことの詳細を教えてくれた。
「……そんなに簡単に奥義を使えるというのはおかしくないか」
話を聞いたテムズが言う。
「大体、奥義というのはなんなんだ。【剣術】のエクストラスキルは『斬撃』だろう?」
「そうみたいだけどさー。アタシもその場でスヴェンたちが話していたのを聞いただけだからよくはわからないけど、どうやら『斬撃』の仲間みたいなもんらしーよ?」
「仲間……? 亜種、ということか」
「亜種と言えばそうだけど、俺が思うに基本はエクストラスキルに近いもので、そこに特別な効果を乗せるって感じじゃないかな」
俺が口を挟んだ。
実は昨晩、スヴェンに水がまとわりつく剣を見せてもらったんだよな。で、エクストラスキル「空間把握」を使ってまじまじと観察した。
「どうしてそんなことができる? 剣が特別なのか?」
「それはないなー。『帝都武芸ホール』で使われていた剣は、ただの、刃を引いていない剣だし。鉄の棒みたいなもんだよ」
「そうなのか……あの距離でよくそこまでわかるな」
ぎくっ。そうだった、俺が前日に控え室で剣を見たことはまだ言ってなかった。
「じゃー武器ならなんでもいいってこと?」
俺の動揺に気づかずにリッカが聞いてくる。
「い、いや、剣に限るとは思うけどな。『流水一刀流』という流派の剣の振り方が、あの奥義に適しているってことじゃないか?」
「そんなことある? 流派によって違う奥義があるってことにならない?」
「俺も憶測だけだよ。ただ、でたらめに剣を振り回しても【剣術】のスキルレベルは上がらない。『正解』があるんだよ」
「正解〜?」
「自分の力を100%乗せるための剣の振り方、とでも言ったらいいかな。その剣の振り方の組み合わせを流派と呼んでもいいかもしれない」
「なにそれ。難しい言い方きらーい」
「いやー、俺も『奥義』なんてものを初めて見たから、仮説でしかないけどな。あちこちの流派の奥義を見せてもらえればわかるかもしれないけど……」
「……ソーマ、さすがにそんなことはさせてくれない」
「だよなあ」
俺の天稟の能力を明かせば話は違うかもしれないけど、この能力は秘密だ。
「正解ね……確かにわからなくもないけどねー。アタシも、トレーニングさぼると自分の力がもりもり下がるのを感じるもの」
「…………」
「な、なに。こっちをじっと見て」
「あー、いや、別に。——っと、あそこだな」
いくら雪が降ったとは言っても、俺とテムズが歩いた場所はわかりやすかった。それをたどっていって到着したのは——枯れた大木だ。
そう、ピンキノさんがいる大木だ。
「ああ、ここが目印ってわけね! ここを中心に採取していけばいいの?」
実は、リッカには昨日のことを話していない。単に今日はこっちで採取を手伝って欲しいと伝えて、こうして来てもらっている。
「リッカ……話してなかったんだけど。あのな、違うんだ」
「違う? なにが?」
「昨日僕とソーマは採取の途中でここに来たのだけれど……ここである御方に出会った」
御方って。
ほら、リッカがうさんくさそうな顔をしているぞ。
「あー、テムズ、とりあえず会わせよう」
「そうか……そうだな」
「なに? なに? なんなの?」
「こちらが、ピンキノ様だ」
テムズが紹介したのは、もちろんピンク色の茸だ。
「は? なにこの茸、毒々しくてキモッ……」
『初対面の相手にキモいとはどういう了見じゃい』
「うわお!? しゃべった!?」
リッカがのけぞった。
ふつうに茸がしゃべったら腰抜かす——昨日テムズは尻餅突いてた——こともあるだろうけど、リッカが落ち着いているのは冒険者としての活動を結構やっているからだろうか。
「ビ、ビビった〜。ははーん、アンタたち、これであたしを驚かせようって連れてきたのね?」
「たったそれだけのために連れてくるわけはないだろう。ピンキノ様はすばらしい御方なのだ」
「ピンキノ様……? もしかしてピンク色の茸だからピンキノなの? ウケる」
『ワッシを見て言うでない。ワッシがつけたんじゃあないでよ』
茸なのになんか困ったような感じを出している。
「それで、この茸を抜けばいいのね?」
『や、止めぇ! 抜くなよ!? 絶対抜くなよ!?』
またピンキノさんが、わかりやすい前振りっぽいこと言ってるけど、実際抜いたら死ぬらしいので止めておこう。
「えーっと、ピンキノさん。それでリッカはどうかな?」
『この嬢ちゃんか? ふーむ、確かに……面白い天稟のニオイがするのう』
やはり、と俺とテムズが顔を見合わせるが、リッカだけはわかっていない。
「は? なに? なに? 天稟?」
「事情を説明するよ、リッカ」
俺とテムズは説明する。
ピンキノさんは天稟がわかるということを。そして、昨日テムズを見てもらい——リッカも見てもらったほうがいいんじゃないかとなったことを。
「……なに、それ。今さらなにを見んの? 意味ねーし。アタシもテムズも、ありきたりの天稟なんだから……」
「違ったんだ」
「なにが? なにも違わないっしょ。テムズは『道を求むる聖職者』で、アタシは『歩みを止めぬ兵士』。どこにでもある平凡な天稟」
「違ったんだよ、リッカ」
「テムズ……アンタ騙されてんのよ。前にもあったじゃん」
実はリッカとテムズは自身の天稟を知ったあと、「あなたの天稟がわかります」みたいなところに何軒も通ったらしい。そのすべてが詐欺まがいのところでいい加減な天稟を教えるだけだったという。ちゃんとした触媒を使って診断した、神殿の老神官のそれとは全然違った。
「僕も最初はそうかと思ったけど、でもソーマが教えてくれたんだ」
「ソーマくんが……?」
「リッカ。俺の天稟は『試行錯誤』っていうんだ。その能力は、スキルレベルを細かく知ることができる」
「な、なにそれ? そんな天稟聞いたこともない」
俺の天稟を知ったリッカが目をぱちくりする。
リッカはいいヤツだ。だからテムズと同じように天稟のことを話そうとは思っていた。
「僕のスキルも見てもらったんだ——ソーマ」
テムズが腕を差し出したので、俺はそこにスキルレベルを表示させる。【薬術】が100を超えていること、そして、
「【魔導】があるんだ……僕は特別な訓練もしていないのに」
「え? え? あ、ほんとだ……」
いきなり目の前に現れたスキルレベルの一覧、それに【魔導】のことを言われ、リッカの頭は情報を処理するのでいっぱいいっぱいになっている。
『「道を求むる聖職者」に【魔導】の適性なんぞないわい』
ピンキノさんが言った。
「それじゃあ……テムズの天稟はなんだったの?」
「僕は——いや、その前に、リッカの天稟も見てもらわないか?」
「は、はああ? わかってるでしょ、テムズ! アタシの天稟は『歩みを止めぬ兵士』で——」
『違う』
はっきりとしたピンキノさんの否定に、リッカが強ばる。
『ほお〜。黒髪の坊主が是非にと言ったから待ってみたが、確かにお前さんも面白い天稟を持っておるのお。これまた懐かしいニオイ……実家のようなニオイだの』
茸に実家?
という俺の疑問はさておき、
「あ、あたしの天稟は……『歩みを止めぬ兵士』じゃ、ない……?」
『だからそう言うとる』
「ま、またそうやって騙そうとしてるんでしょ!?」
『「歩みを止めぬ兵士」ならば剣や槍に適性があるがの、お前さんは弓も使えるじゃろ』
「そっ、それは人並みに使えるというくらいで……」
『天稟というものは人の生き方を変えちまうもんだ。それによって向き不向きが固定される神さんもどうしてこんな世界にしたのかわからねえがなあ……とはいえ、お前さんの天稟も、なかなかに難しいもんだ』
「難しい……って、どういう……」
話を聞く気になったのか、リッカがたずねると、
『一日でも鍛錬を休むと、すーぐ腕がなまっちまう天稟だ』
「なんでそれを知ってるし!?」
『そんなの、「歩みを止めぬ兵士」の特徴にはねえよ』
「じゃ、じゃあ……」
ごくり、とリッカはツバを呑んだ。
「アタシの天稟は……『歩みを止めぬ兵士』じゃないの……?」