お久しぶりの登場です
モンスター!? そんな気配は全然なかったのに!
15メートルほど離れていたテムズは尻餅をついていた。
俺はそちらへダッシュした。
「どうした、テムズ!」
「あ……い、いや、これを見てくれ」
「ん、モンスターじゃないのか」
脅かすなよ……俺は抜いていた剣を鞘に戻した。
そこには、大木が立っていた。鬱蒼と茂る森なので暗くてわからなかったが、こいつだけひときわデカい。
ただ……枯れていた。上部でばっきり折れていて、折れた幹に雪が張りついている。
「枯れた大木?」
「いや、そっちじゃなくて」
テムズが指差したのは、根本だ。
根が分かれている付け根に、毒々しいピンク色があった。
長さは20センチほどで、ぷるんとした表面の傘がある。
「え……」
見たことがある。俺は、見たことがあるぞ。
「こんな茸、見たことないだろう? だけれど聞いたのだ、今、僕はこいつが……」
「しゃべる茸だぁああああ!」
「そう、しゃべる——え、し、知っているのか、ソーマ!?」
『茸ではない! ワッシは「大精霊」と言うとるじゃろ!』
「やっぱりしゃべった!?」
「久しぶりだなあ、元気だった?」
「え、久しぶり!?」
あたふたしているテムズをよそに、俺は茸に話しかける。
「ピンキノさんに会ったの、夢かもしれないなって思ったこともあったんだ。だけど俺の天稟を教えてくれたのはピンキノさんだし……」
そう、この毒々しいピンク色の茸は、俺に天稟「試行錯誤」の存在を教えてくれ、しかも転生者であることを一発で見抜いたすごい茸なのだ。
『勝手に略すな。しかもピンキノて。ピンクの茸でピンキノて。もうちょっとなんかあるじゃろ』
「ピンキノさん、どこに行ってたの? ていうかどうやって移動してるの?」
『じゃからピンキノは……はあ、もうよいわ。珍しい天稟のニオイがすると思ったら、またお前と再会するとはの』
「前から思ってたけど天稟のニオイってなに?」
『体臭みたいなものだの』
なんだよそれ。めちゃイヤだわ。
くんくん……うーん、ニオイなんてしないが?
「し、知り合い……?」
尻餅をついたままのテムズが俺に聞いてくる。
「知り合い……というか、何年も前に会ってさ。俺に天稟のことを教えてくれたのがこのピンキノさんなんだ」
「君の……スキルレベルがわかる天稟か」
テムズは少ししょんぼりした。
きっと特別な天稟を持っている者には、特別なイベントがあるとでも思っているんだろう。
すると、
『特別度合いで言えば、お前さんもずいぶん懐かしい、変わった天稟のニオイがするがのお』
とピンキノさんが言った。
「……僕のことを言っているのか?」
『ここにはお前さんがたふたりしかおらんじゃろ』
「僕の天稟は『道を求むる聖職者』だ。なにも特別なものではないだろうに」
『違うが?』
「……はい?」
真っ向から否定されて、テムズが首をかしげる。
え……待って。待って待って待って。
ピンキノさんは、天稟に関しては信用できる。
「ちょっと聞きたいんだけど、ピンキノさん。テムズの天稟は『道を求むる聖職者』じゃないってのか?」
『違うと言うたろ。大体、こやつは「魔導」を使えるじゃろうて。「道を求むる聖職者」に「魔導」の適性はなかろう』
「え……じゃあ、違う天稟なのか?『道を求むる聖職者』は間違ってる……?」
『そう言っとる』
俺とテムズは顔を見合わせた。
「「じゃあなに!?」」
めっちゃ声がそろった。
『ふむ、本気でわからんのか? ならば教えてやろう。お前さんの天稟はの——』
* リッカ=フランケン *
リッカは目を瞬いた。
昨日までとは全然違う光景が目の前に広がっていたのだ。
「——使徒希望者はこちらに! 見学はご自由にどうぞ!」
「——あ、サインですか? 困ったな……当主はまだいらしていなくて」
「——ジャンさん! こっちもお願いします!」
「流水一刀流」の訓練場には多くの人々が押し寄せていたのだった。
訓練はそっちのけで使徒たちは人々の相手をしなければならなかった。入門希望者、当主のサインを欲しがる者、商売をしたいと思っている者、ただの野次馬——ただの野次馬がいちばん多かった——そんな人たちが押し寄せている。その数は千人ほどもいるだろう。
ジャンが出てくると悲鳴のような歓声が上がった。もともと彼は有名だったし、ファンもついていたくらいだからなおさらだ。「剣匠戦」を戦ったのは当主のアランだったのだが、そのアランがいないのだから仕方がない。
「…………」
「すごい騒ぎねー。どうすんのよ、これ……って、ちょっ、スヴェン!?」
群衆を尻目に、人のいないほうへと歩いていったスヴェンはひらりと塀を乗り越えて敷地内へと入っていった。あわててリッカもそれを追う。冒険者としてならしているリッカにとっては塀越えなんて朝飯前である。
訓練場にやってくると、遠くからざわめきは聞こえていたがその程度で、がらんと誰もいなかった。
スヴェンは剣を取り出すと素振りを始めた。それはソーマからもらった黒の剣であり、柄にはリッカがあげた革紐が巻かれている。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」
「…………」
自分の革紐が巻かれていると思うと、悪い気はしないリッカである。
彼女は訓練場の壁際のイスに腰を下ろした。
スヴェンの吐く息が白い。
相変わらず、基本に忠実——というより基本型そのままの素振りだ。
何万、いや、何十万回と振っているのがわかる、1ミリのくるいもない素振り。
そのリズムはどこか心地よくさえあった。
「ふっ、ふっ…………」
だけれど、珍しくスヴェンが途中で手を止めた。
どうしたのだろう——と思っていると、スヴェンは剣を中段に構えたまま、呼吸を整えた。
「————」
そして、
「キエエエエエエエエッ!!」
と叫ぶと、地を蹴って前へと飛び出した。
その声は幼かったけれど、父であるアランに似ていた。
踏み込みも、剣の動きも、甘かったけれど、父であるアランに似ていた。
次の瞬間、スヴェンの剣の振りを——リッカは凝視した。
黒の刀身に、わずかに水のような揺らぎが見えたのだった。振り抜かれるとスヴェンはその場で止まったが——そこには白い霧が発生してた。
「い、今の……」
それは「帝都武芸ホール」で見た「流水一刀流」の奥義「水影斬」にほんとうによく似ていたのだ。
ガタン、と音がした。
訓練場の入口にいたアランが、手にしていたバケツを取り落としたのだ。ついさっき「剣匠戦」なんてことをやっていたアランがどうしてバケツなんてものを持っているのか、よく見ると雑巾も入っているので訓練場の掃除をしようというのだろうとは思ったがどうして今日なのか、表の騒ぎが見えないのか、などなどツッコミどころは満載だったがともかくアランはそこにいて、スヴェンの剣を目撃したようだった。
「ス、スヴェン……お前、それは……」
アラン本人がいちばん驚いていた。
「…………」
手をグーパーしていたスヴェンは、
「……水がまとわりつくと、剣が重くなる。俺には向いていない」
と言って、先ほどまでと同じ剣の素振りを始めたのだった。
「え? え!? いや、それだけ!? スヴェン、お前それは我が『流水一刀流』の奥義なんだが!?」
「そりゃああああッ!」
いつの間にか訓練場にやってきていたのはジャンだった。彼は気合いとともに前方に飛び出すと、これもまたアランとほとんど同じ剣の振り方を見せる。すると刀身にはゆらりと湯気のようなものが宿り、振り切られると白い蒸気となって霧消した。
「なんだ、こういう感じか」
「えぇーっ!? ジャン!? お前もか!?」
「いや、アランさん。スヴェンができたんだから俺にもできるんじゃねえかなって思うわけっすよ。まあ、天才の俺に掛かればこんなもんかな」
「ちょっ、いや、え!? 私がこれをできるようになったのは30歳になってからだというのに……」
驚愕しているアランをよそに、スヴェンが言った。
「……『天才』と言ったのか? 俺も簡単にできたが、こんなものでは『天才』とは言わん」
「ほ、ほぉ……? 無口野郎がずいぶんいきがった口を利くじゃねえか。パパがそこにいるから強気になっちゃったのかあ?」
「お前より俺のほうがまとわりついている水の量が多い」
「はあ? 俺のがほうが多いけどな?」
「俺だ」
「俺だろうが! よく見ろボケ!」
ジャンが剣を振るうとまたもゆらりと水がまとわりつき、次にスヴェンが振るうと同じように水がまとわりつく。
「ほら、俺のほうがすげえだろうが!」
「どう見たって俺だ」
「どこに目ェついてんだよ!」
「目の位置も聞かなければわからないのか?」
またもふたりは「水影斬」を繰り出す。
「や、止めてくれぇ……『流水一刀流』奥義を、そんな、ポンポン繰り出さないでくれぇ……」
アランだけが頭を抱えてしゃがみ込んでいたのだった。
奥義の存在を教えてもらうだけでも10年以上掛かり、さらには修得するのに10年以上掛かったアランからすると、いくらちゃんとした奥義からはほど遠いまだまだ「ひよっこ奥義」だとしても、認めたくない現実がそこにあるのだった。
ちなみに言うと、スヴェンとジャンの奥義はどっちもどっちだと——ひとり冷静に見学していたリッカは思ったのである。