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ざわめき、一転して静かなる森


「剣匠戦」が終わった後はすごかった。

「流水一刀流」の使徒たちがスヴェンパパのところに走っていって、胴上げを始めちゃって。だけどスヴェンパパはすぐに振りほどいてゲンコツを振り下ろすと——近くにいたジャンが犠牲になった——すぐに貴賓室にいるセルジュ殿下に向かって深々と頭を下げたのだった。

 そこからは凱旋だ。

「帝都武芸ホール」を出た「流水一刀流」の一行は拍手と歓声に包まれて道場へと戻っていったのだった。

 ほんのちょっとの、たった数秒の立ち会いで「剣匠戦」はお終いで、みんな帰ることになったっていうのに観衆はすごく満足そうでさ。それくらい、この帝国においては武芸が身近で、さらには楽しみなものなんだなって思った。


「師匠、俺も訓練場に行ってきます」

「おう、行ってこい」


 スヴェンはずっとうずうずした様子だった。


「あー。リッカも連れて行け」

「はあ!? なんでアタシが——」

「——昨晩あったことでなにかあるかもしれん。ジャンさんと話せそうだったらよろしく」


 俺がこっそりとリッカに言うと、


「わ、わかったわ……ていうかソーマくんもちゃんと話すし!」


 と言ってスヴェンとともに「流水一刀流」の訓練場へと向かった。

 まあ、実際にはジャンからの話なんて苦情以外には考えられないのだが、こういう理由をつけてやらんとリッカは動かなさそうだしな。素直じゃないし。

 まったくぅ。スヴェンに春が来るのはもう少し時間がかかるかもなぁ〜。


「…………」


 訓練場へ向かったスヴェンを、どこか複雑そうな顔で見ていたスヴェンママは、俺に気づくと、


「……あの子に変なことを教えちゃダメよ、ソーンマルクスくん」


 えー。剣術バカなのは俺が出会ったころからそうだったのですが……。

 納得できない。


「とりあえず、今日の予定は空いちゃったな」


 まだまだ日は高い。ていうかお昼にもなってない。

 ここはアレだな。「帝都すいーとはーと」にでも行って……。


「——採取」


 そんな俺の両肩をがっしとつかんだのは、テムズだった。


「えっと……テムズくん。俺、昨日はあんまり寝てなくて」

「採取」

「……はい」


 目がマジだ。

 いやほんと、ごめんて。こんなに後回しにしちゃってごめんて。




 俺はテムズとともに馬車に乗って帝都の外へと向かった。広い帝都から出るだけでも一苦労だなあ。

 延々と続く城壁から帝都の外へと出ると、そこには——一面の銀世界が広がっていた。


「おお……」


 どうやら帝都の外は雪が残っているみたいだ。うっすらとだけれど雪化粧された草原と遠目に見える森林地帯と山嶺は、ぞっとするくらいに美しかった。

 俺とテムズは近くの宿場町で馬車を降りると、昼ご飯をかきこんでから近場の森へと向かった。

 誰も歩いていない雪の道に自分の足跡つけるのって、ちょっと楽しいよな。

 雪を踏んでるぞっていうほどの感触はないんだけどね。まあ、踏んでるぞっていう感触があったらほとんど進めなくなってしまうからこれ以上は積もらなくていいんだけど。

 森に入ると、あらゆる雑音を雪が吸ってしまっていて、恐ろしいくらいに静かだった。3時間くらい前には俺は大歓声の「帝都武芸ホール」にいたんだよな……というのがウソみたいに感じられるほどだ。


「ソーマ」

「ん?」

「ひとつ聞きたいことがあるのだが」


 歩きながらテムズが言う。その口からは白い息がこぼれて流れていく。


「なんだよ。秀才のテムズ先生にもわからないことが?」

「からかわないで欲しい。僕にだってわからないことは山ほどあるし、特に関心の薄い武技についてはなおさらだ」

「武技について聞きたいのか?」

「ああ。なぜ君は、『流水一刀流』の当主が勝つと確信していたのだ?」

「あー……聞いてたのか」


 それは「帝都武芸ホール」での俺とスヴェンとの会話のことだろう。

 確かに俺は確信していたし、実際スヴェンパパは圧勝だった。一撃だよ。ていうかあの攻撃なんだよ? 奥義じゃん? 非実在奥義が実在してたじゃん?


「まあ、単純なことだよ。一刀流だった『雷火剣術』がいきなり二刀流やら三刀流やらに変えたところで、一刀流でずっとやってきた達人に勝てるわけないだろ」


 それに前日に小細工を仕掛けて反則負けを狙うようなヤツらだ。

 小細工っていうのはもちろん「勝利を確実にする」意味合いもあるだろうけど、そもそも「絶対勝てる」と思っていたらやる必要がない。

 つまり連中も自信がなかったのだ。


「それだけか、ソーマ?」

「それだけ、って?」

「それだけであの確信はないだろうと思ったのだ」

「…………」


 テムズって結構鋭いな。

 森を歩きながら、薬草を探そうとしつつもちらりとこちらを見る目が疑わしく細められている。


「……いや、それだけじゃないよ。俺の天稟については話したよな」

「ん? ああ、スキルレベルがわかるというとんでもない天稟だな」

「あれを持ってるからこそわかるんだけど……【剣術】のレベルを上げるには地道に、正しい方法で剣を振らなきゃいけないわけ。レベルが上がれば上がるほどなおさらね」

「ふむ。それはそうだろう。間違った方法で訓練しても強くなれるわけがない」

「つまりはそういうことなんだ。【剣術】のスキルはある。【双剣術】のスキルもある。だけど【多剣術】というスキルはない」

「あ……なるほど」


 そこまで言うとテムズもわかったようだった。


「無縛流派は勝つことにこだわった流派なんだろうけど、一対一の勝負だったらスキルレベルが高いほうが圧倒的に有利なんだよ。デタラメな剣にはスキルレベルを与えないんだ、この世界の神様はね」


 デタラメな剣ではスキルレベルを得られないというのあ、他ならぬスヴェンが証明している。


「ふむむ……ではどうして無縛流派みたいなものが帝国では隆盛を誇っているのだ?」

「勝てるからじゃない?」

「んん? さっきは負けたではないか」

「それは達人同士の戦いだからね。スキルレベルが300とか400まで行く人たちの戦いなら、そうなるってこと。もし100とか200の戦いだったら勝ちにこだわる人が勝つよ。使えるものはなんでも使ったほうが勝率が上がる。『正しい剣』になんてこだわっていたら勝てない」

「でも剣匠にも無縛流派がいるのだろう?」

「そりゃ、どこかから【剣術】レベルが高い人を連れてきたら勝てるでしょ。お金に困ってる人ってのはどこにでもいるし」

「そんなの、流派でもなんでもないじゃないか」

「違うよ。だからこそ無縛流派なんだよ。なににも囚われないで勝つことだけを考えてるんだろ? そこには『強い武芸者を連れてくる』って手法もある」

「むむむ……」


 テムズがうなっているのを見て、俺はちょっと意外だった。

 リッカがそう言うなら理解できる。「そんなの卑怯じゃね?」って言いそう。でもテムズは合理的な手法なら納得しそうなのに。


「……僕はそういうのは嫌いだ」

「そうか」

「恵まれた天稟を振り回せば勝てる、みたいなものではないか」


 ああ……そういうことか。

 テムズは自分の天稟に対して強いコンプレックスがあるから——平凡な、どこにでもあるありふれた天稟で、それで騎士学校でがんばっているから——なんでもいいから勝てばいい、という考えを受け入れられないんだろう。

 まあ、俺も無縛流派はクソだなって思っているけどね。


「だけれど、天の与えしスキルを無視している無縛流派は、先も長くはなさそうだね……あ、満月連花草だ!」


 毒消し薬に使える薬草を見つけたテムズが走っていき、採取をする。

 おー、手慣れたもんだなぁ。必要な部位だけを小さな鋏でちょちょんと切って、湿った布を敷いた袋にしまい込む。


「俺もそう思うんだけど、不思議だよな……帝国って武芸をめっちゃ推奨してるわけだろ? それなのに邪道が流行するってさ」

「流行廃りはあるのではないか」

「そういうことなのかねぇ……」

「ソーマ」


 はたと立ち止まったテムズが振り返る。


「そう言えばさっき君は妙な言葉を口にしたね」

「妙? 俺が?」

「『この世界の神様は』みたいに言ったではないか。まるで別の世界の神を知っているかのような口ぶりだ」

「え!? そ、そうだっけ? 俺そんなこと言ったかなぁ?」

「まあ、別にいいが」


 たいして興味もなさそうにテムズは歩き出した。

 あ、あぶねぇ。ってかこれは俺の失言っていうかテムズの頭の回転の速さだな。

 ううむ。

 キールくんもリエリィも頭いいし、気をつけよう……。


 それから俺たちは採取のために森を散策した。

 宿場町の近くはさすがにほとんど薬草が見つからなかった——危険が少ないから採取する人もそこそこいて、株が少ないのかもしれないな。

 危険視していたモンスターの影は全然見えないので、俺たちはもうちょっと奥へと足を運ぶことにした。

 するとお目当てだった「雪呼花(スノーコーラー)」も見つかったが、数日前ならもっといっぱいあったはずだとジト目で見られてしまった。すまんて。


「とは言えテムズ、帝都への最終便が17時半だから、16時半には引き返すぞ」

「わかっている。大体、16時半なら暗くてほとんど見えないさ」

「それもそうか」


 ランプは持って来ているが、その乏しい明かりで森を歩くほど危機感が薄いわけではない。

 ま、あと1時間ってところかな。


「森の奥は薬草が多い。それにレアな茸もある」

「お、これってもしや『蒼牙茸』!? ……じゃねーわ、『ニセ蒼茸』だ」

「よく知ってるね」

「前にニセモノを採取して買い取ってもらえなくてさ……」

「僕も最初はそうだったよ」


 そんな採取あるあるを話しながら、俺もちょっとうずうずして、採取に取りかかったりしていた。

 採取はいい。

 なぜかって?

 地面に銀貨や金貨が生えてるようなもんだからさぁ! 元手も掛からずボロ儲けなんだよぉ!

 ああ、この感覚。お金を稼いでいる感覚……!

 思わずほくほく顔になっちゃうね。

 最近さあ、お金使ってばっかりだったから、ちゃんと稼がないとなぁ。

 えーっと、今ってどれくらい余裕あるんだっけ。

 黒鋼クラスは安定してきたからここから大量出費はないとして、稼ぎの主力が「裏☆ロイヤルスクールタイムズ」なんだよなぁ。売上は安定してきたけど、俺はまだまだ売れると思っているね。新キャラを登場させるべきだわ。つまり、不器用で乱暴なんだけど一途な思いを隠せないヴァントー……じゃなかった、蒼い竜っぽい雰囲気のキャラな。で、三角関係を作ると。っかー! これは売れてしまう。新たな顧客も開拓できるかもしれん。早くルチカ大先生に教えてあげなきゃ。いや、そんなこと言わなくともすでに大先生は気づいて執筆中かもしれんな。


「な、なんだこいつ!?」


 俺が物思いに耽っているとテムズの声が聞こえた。

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― 新着の感想 ―
[一言] そういや今頃、大精霊を名乗る不審sy・・・キノコどうしてるんだろうなあ
[良い点] んなこと言ってると自分が登場人物にされるぞ
[気になる点] 喋る毒キノコでも生えてたか?
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