超満員の「剣匠戦」
「帝都武芸ホール」は超満員だった。
昨日、俺とジャンで探索していたときにはがらーんとしててめっちゃ広いなって感じたのに、超満員だとむしろ狭く感じる。
思い思いの敷物を敷いた観客は通路にまではみ出している。トイレに行くのも一苦労だ。武器の持ち込みは禁じられているからそれだけはよかったけどね……。
「しっかし熱気もすごいな……」
人が集まるとそれだけで熱が生じる。
真冬だというのに、会場内は蒸し暑いほどだった。雪が積もっているせいか全天候型のはずの屋根は閉じられている。
オオオオッ——という地響きのような歓声が生まれ、おっ、ついに始まるのかなって思ったのだけどそうではなかった。
俺たちがいるのは試合場を正面に見下ろせる席だ。すでにジャンたち「流水一刀流」の使徒たちは試合場に並んでいて、反対側には「雷火剣術」の使徒たちが並んでいる。
出てきていないのは、試合を行う本人である当主ふたりだけという状況。
「おっ?」
歓声の後にみんながたがたと立ち上がっている。
なんだなんだ?
『栄えある我らがインノヴァイト帝国における、頂点にして貴き武の象徴、インノヴァイト皇家セルジュ=インノヴァイト皇子殿下のご臨席である。皆の者、頭を垂れよ』
マジックアイテムで拡声された言葉が聞こえてくると、みんな胸に手を当てて頭を垂れるのだった。あわてて俺もそれに倣うと、跪いている人も結構いるのに気がついた。
やがて姿勢を戻すと、ちょうど真向かいにある貴賓席——俺とジャンが調べられなかった場所だ——に人影が見える。あそこは正面がガラス張りになっているんだけど、この世界では高級品のガラスを、あんな巨大一枚ガラスで張ってるのだからとんでもない高級品なんだよな。
おぉー。きらびやかな騎士が左右について、貴族っぽい風体のオッサンたちが何人かいる。
ちょっと物々しい雰囲気があるのは……もしかして昨日の事件が影響してるのかな? あの席はさすがに武装してもいいっぽくて、全員なんらかの武器を身につけている。
中央にあるいちばん豪勢なイスに座っているのは少年だった。
ふわふわの金髪に、染みひとつない白い肌。まあ、豆粒ほどに小さいからはっきりとは見えないんだけど、あれがセルジュ殿下なんだろう。上下ともに白い服に、黄色のマントを身につけていた。
俺はふと、キールくんを思い出す。遠くてわからないけど、年齢も俺たちとさほど変わらないんじゃないかな。
「——来たぞい」
スヴェングランパが言うのと同時に、ホール内はさらに大きな歓声が沸き起こっていた。
「剣匠戦」を戦う当主ふたりが入場してきたのだ。
スヴェンパパは出てくるなり貴賓席に向かって深々と礼を取る。試合場を挟んで反対側から出てきた対戦相手もそうだ——やっぱり、俺とリッカが偵察しにいったときにいた、マッチョが当主なんだな。
ふたりは試合場まで歩いてやってくる。すさまじい歓声がホール内にこだまする。
俺は、隣にいるスヴェンをちらりと見る。スヴェンは無言で試合場を見下ろしている。いつもの無表情だ。でも、じっと見つめている。
「……師匠」
「ん?」
「師匠はこの勝負、どちらが……」
言いかけたスヴェンは、
「……いえ、なんでもありません」
「お前のお父さんが勝つよ」
「!」
スヴェンはハッとした顔で俺を見る。
「そ、そうですか?」
「ああ、間違いないな」
俺はほとんど確信していた。
「スヴェン、試合を見ていろ。きっと学ぶべきものがいっぱいある」
「——はい」
いつもと同じ無表情のスヴェンだったが、俺にはわかる。スヴェンは、これでもこいつなりに父を心配している。自分にデタラメの剣を教えて、国外に追いやった父だというのに。
ま……意外と優しい男だからな、スヴェンも。
『これより「剣匠戦」を執り行う』
アナウンスが聞こえて来た。
『「剣匠流水一刀流」当主、アラン=ヌーヴェル。「雷火剣術」当主、フレデリック=メラール。両者は所定の位置につくように』
ほーん、「雷火剣術」のマッチョマンはフレデリックって名前なのか。
覚える気もないが。
スヴェンパパはふだんと同じ足取りですたすたと歩いていく。ほんとうに、「これから打ち込み稽古を始めるぞ」とか言い出しそうな感じの足取りだ。まったく緊張とかしないのかな。
対するフレデリックは、悠然と歩いてはいるものの、筋肉に緊張があるように俺には見えた。
『この勝負は「剣匠」位をかけた勝負である。「雷火剣術」当主が勝利すれば「剣匠」は「雷火剣術」に与えられる』
スヴェンパパが勝てば「雷火剣術」の収入の4分の1を向こう5年受け取れるという条件もあるのだが、そこはアナウンスされなかった。あくまで「名誉」の戦いだと言いたいのだろう。
名誉ねぇ。
名誉じゃお腹は膨れないのよねぇ……。
『本勝負は「剣匠」位をかけているため、剣以外の使用は許されないと心得よ。またセルジュ皇子殿下のご高覧の下、行われる勝負である。帝国臣民としてくれぐれも正々堂々とした戦いを——』
注意事項のアナウンスが続いていくが、すでに10メートルほどの距離を置いて向き合ったふたりはぴくりとも動かない。
スヴェンパパは一振りの長剣を手に、フレデリックは長剣を2本に、背中にはさらに長剣を2本、腰には短剣を2本差している。殴り込みでも掛けるのかっていうスタイルだ。
(さてさて、他に手はあるのかねぇ)
昨日の侵入者はつぶした。おそらくそのことはフレデリックも知っているだろう——知らないわけがないよな。「反則負け」がなくなったスヴェンパパとはガチンコの勝負をすることになる。
もちろん「雷火剣術」というひとつの流派のトップなのだから弱いわけがないとは思うけどね。
『——以上を心得た上で、すばらしき勝負を見せよ』
注意が終わったようだ。
アナウンスが途切れると、ざわめきは少しずつ小さくなっていく。
みんなわかっているのだ。始まるぞ、と。
『両者構え』
スヴェンパパは長剣を両手で持って、中段に構えた。
さすがの堂に入った構えだ。訓練とは違って、自分から攻撃を仕掛けようという意志がはっきりと見て取れる。
一方のフレデリックは、左の半身を前に出した構えで、右手の剣は後方に切っ先が伸びている。左で押さえ、右で攻撃するというスタンスだ。
『では尋常に……』
さあ、いよいよだ。「剣匠戦」が……、
『始めッ』
始まる。