潜入ミッションは順調で?
3回ほど巡回の警備員がやってきたけれど、そのたびにうまいこと隠れてやり過ごした。あの警備員ならばロイヤルスクールのガラハドさんやジョニーさんによって鍛えられている俺からするとザルの警戒もいいところだぜ。大体単独で巡回してたしな。……ってドヤってたらますますジャンからは気味悪そうな顔をされたっけ。
観客席を調査するのには4時間ほども掛かってしまった——結果として、すでに16時を回っていて、ホール内は相当暗くなっている。
「お前……ほんとに全部確認しやがったな」
ジャンが呆れたように言う。
ちなみに警備員の巡回を3回もすり抜けたものだから図太くなったのか、声の大きさもふつうのトーンに戻っている。
「いや、まぁ、どこになにを隠すかなんて誰にもわからないでしょ? だから全部チェックしなきゃ」
全部はチェックできてないんだけどなぁ……ガラス張りの貴賓席みたいなところはがっつり施錠されてて入れなかったし。
さすがにそこに仕掛けがあるとは思えないけど。
「なにを隠すっつうんだよ」
「その質問、もう5回目ですよ」
「わかってっけどさ……信じられねえよ。あの『雷火剣術』が違法な手段で邪魔してくるなんてな」
「それでもなんだかんだ最後までジャンさんが付き合ってくれたのは、俺の疑いもちょっと理解できるからでしょ?」
「……まぁ、な。俺らだって無縛流派はうさんくさく思ってるよ。実際、俺んとこにも無縛流派に鞍替えしねえかってスカウトが何度も来てるし」
初耳なんだがぁ?
「俸給は『流水一刀流』の3倍。当主代理のポジション付き。所属の流派は選べねえが、『剣匠』流派には必ず入れてやるっていう話でな」
「ほえー」
「おかしいだろ?」
「え、そうですか? ジャンさんくらいの剣士ならスカウトされるのは……」
「そこじゃねえよ。俺がスカウトされんのは当然も当然だ。そこを疑問に思うわけねえだろ」
この人、尊大になったり卑屈になったり情緒が大変だなぁ。
「俺が言ってんのはな、『剣匠』に入れてやるって話のほうだ」
「! ……そうか、無縛流派は確実に現在の『剣匠』に勝てると思ってるってことですもんね」
「そのとおりだ。しかも、『雷火剣術』だけでなく、他の流派も入れるつもりだ」
「正々堂々戦う気がないんですよ」
「まぁそうなるわな」
なるほど、それが俺に付き合ってくれたほんとうの理由か。
付き合うは付き合うけど、横で見てるだけだったけどね。
「だが、調べてもなにも出てこなかった。そうだな、ガキ?」
「ええ、ガキじゃないけど。ここはね」
「……ここは? いや、ガキだろ」
「このホールは試合場だけじゃなく、広いですよ。隠せそうなところは全部調べます。俺はソーンマルクスです」
「おいおい……マジかよ。さすがに腹が減ったんだが。ガキはおやつの時間だぞ」
「俺は干し肉持って来てますし。あとガキじゃないです」
「おまっ!? ——寄越せ」
「あ!」
横からジャンの手が伸びてきて俺の干し肉を半分さらっていった。
めっちゃ早い。さすが身体能力抜群。
「おいおい、恨めしそうな顔をすんな」
むしゃむしゃ食べながらジャンは言った。
「あなたのほうがガキですよね?」
「…………」
「俺はソーンマルクスです」
「……わかったわかった。俺も手伝ってやる。そうしたら時間は半分で済むだろ?」
「…………」
でもその干し肉、高かったんだよな……。香辛料多めに使ってて、俺のお気に入りなのに……。
「やたらうめぇな、これ」
「そりゃそうですよ」
「よし、そんじゃ行くぞ、ソーンマルクス」
元気いっぱいになってジャンが先へと歩き出す——そして振り返った。
「で、次はどこに行くんだっけ?」
ホールの建物内部のほうが調査は難しい。なぜかと言えば構造が複雑になっているし、死角が多く、警備員の巡回を把握しづらくなっているからだ。
だから慎重に少しずつ調べることになる。
通常エントランスに、業者の出入りする裏口。
ホールの事務所には明かりがついており、事務員が働いている。
食堂もあって、そこはさすがにがらんとしていたが、とにかく広いし暗いので調べるのが大変だ。
「ふう、ふう、暑いぜ……今何時だ?」
室内で動いていると、真冬だというのに暑くなる。
「わかりませんけど、たぶん19時くらいは行ってそう」
「ったく、訓練をさぼっちまったぜ」
「いつもさぼってるでしょ」
「お前、ほんとに口が減らねえな——」
とジャンの腕が俺に伸びたときだった。
「——誰かいるのか」
食堂のドアがサッと開いて明かりが差し込んできた。
「!!」
「!!」
俺とジャンはあわててテーブルの下に入り込む。
コツ、コツ、コツ……と足音が響き魔導ランタンの明かりが周囲を照らし出す。
ここは学生食堂のようにテーブが並んでいる場所だから、警備員がひとりで巡回しているくらいなら、うまく距離を取って食堂から外へと逃げられそうだ……。
「おい、どうした?」
とそのとき、もうひとりの警備員が食堂入口に現れた。
(ヤバッ……!)
これじゃ逃げられない。
どうする。危険だけど食堂内にいる警備員の背中へと回り込むか?
「おーい、どうしたんだ?」
「いや、巡回ルートにない食堂の中に入ってったからさ……」
ゲッ、さらにもうひとり!?
警備員のうちふたりが食堂内に入ってきた!
(どうすんだよ、小僧!?)
(ちょ、ちょっと待ってください。こういうときは落ち着いて。素数を数えるんです)
(素数ってなんだ!?)
(素数とは自然数のうちですね、1とそれ自身でしか割ることができない数字でして)
(自然数!?)
(あーもーうるさい!)
(いだっ!?)
俺が思わずジャンにチョップをしてしまうと、
「!?」
ひとりめの警備員がこちらへと明かりを向けた。
俺はジャンの、ジャンは俺の口を手で押さえるが、足音がだんだんこちらに迫ってくる。10メートル。8メートル。6メートル。4メートル。光が、ジャンの足の裾を照らし……。
「——いい加減にしろ」
ふたりめの警備員がひとりめの肩をつかんだ。
「いい加減に、とはなんだ。これが仕事だろ」
「あのなぁ……わかってるだろ? 今日は特別なんだ。さっさと詰所に戻れって言われてる」
「だけど」
「行くぞ、ほら」
「…………」
納得できない、という雰囲気を出しながらもふたりの警備員は3人目が待っている食堂入口へと戻っていく。やがて扉は閉じられ、食堂内は暗闇に包まれた。
「……ぶはああああああああっ」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ」
俺とジャンはその場にベしゃりと倒れ込んでしまった。
焦った〜〜〜〜。マジでヤバかった。今までの警備員がソロで動いてたってのもあってナメ過ぎてたかもしれん……。
俺はマジックランプの明かりを点けた。
「お、おい、小僧……さすがにやべえぞ」
「そっすね、やべえっすわ……」
「じゃあ、戻るぞ。大事にならないうちに」
「え? なんでです?」
「さっきの見ただろ!? 警備員がうろうろしてる内部はもう危険だろうが!」
「聞いてなかったんですか? 彼らは詰所に戻るんですよ。つまりここからが調査チャンス!」
「は……?」
信じられない、という顔をしているジャン。
「それに俺は確信しましたよ。やっぱり危険はここにあるってね」
「危険なのは俺らのほうだろ!?」
「警備員が言ってたでしょ。今日は『特別』だって。それに警備員が詰所に集まってどうするんですか? なにも警備してないことになるでしょ」
「それは——それもそうだな。なんでだ?」
「答えはひとつ……」
俺は息を吐いた。
「……警備員にも裏から手が回ってるってことです。これから誰かがやってきて、なにかを仕掛けるんですよ」
俺が考えていたよりもずっと、大きな問題になりそうだった。