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煮え切らぬ親子といらいらする師匠と

 翌朝は晴れていて、すこし気温もあがったようだった。帝都の雪は溶け始めている。スヴェングランパいわく「冬の初めはこんなもんじゃ! 降っては溶けてと煮え切らん。まるでぐじぐじしている女のようにな!」ということなのだが、ハッとしたグランパは横から凍えるような視線を向けてくるグランマを見ておろおろしていたっけ。ふたりの関係性がよくわかる。


「おーい、スヴェン」


 朝食後、部屋に入るとスヴェンの弟と妹がいてきゃっきゃ遊んでいるのに、スヴェンは黙々と剣を振っていた。たまの帰省だろ? 相手くらいしてやれっての。

 はい、帰省してもない俺が言うセリフではないですね。

 2年に進級する前に一度帰るか……。


「師匠、どうしました」

「あー、その……ちょっと外に行こうぜ」


 弟と妹がいる前では話しにくいし。


「外へ? 外で修行ですか? わかりました」


 ははーん? さてはこいつなにもわかってねーな?(知ってた)

 まあ、外に出てくれるならそれでいいので、俺はスヴェンを連れて外へと出た。


「ちょっと、ソーマくん! なんでナチュラルにアタシを置いていくのかな〜!?」


 外へ出たところでリッカに追いつかれた。


「いやー、なんかスヴェンとリッカって同じところにいたら化学反応で爆発しそうだし……混ぜたら危険っていうか……」

「なにそれ? 化学反応?」


 そうだった、こっちの世界じゃ化学は魔法みたいな扱いだったわ。


「別にアタシ、こいつが変なことしてこなきゃ怒ったりしませんけど?」

「師匠、さっさと行きましょう。弱い者と話しても時間の無駄です」

「はぁ〜!? アタシをザコ扱いしたの!?」


 ほら、なんかすぐぶつかる。

 リッカはスヴェンに興味があるくせに、素直になれないからこういう小さな衝突をいっぱいすると思うんだよね。ちょっと面倒です(直球)。


「スヴェン」

「はい」

「行くぞ」

「はい」

「——リッカ」

「な、なによ……」

「お前は今度スヴェンと戦って勝て。それでいいだろ」

「うっ。……うう、わ、わかったわよ……」


 リッカはウェストライン州の騎士養成校で武技トップだし、さらには冒険者として自立しているという自信があった。それをスヴェンに粉々に打ち砕かれたのだから、興味うんぬんの前に素直になれないのはわかる。

 もう生まれがどーのこーのとか、天稟がどーのこーのじゃなくて、ふたりは模擬戦をしまくればいいんだわ。そうだわ。それでいこう。俺は、スヴェンとトッチョを見ていて悟ったんだ。あのふたりはワケわからんライバル心燃やしてるけどやたらと仲がいいもんな。

 スヴェンは相変わらずの無表情で(そのくせちょっと得意げな顔で)ついてきて、リッカはそんなスヴェンに腹立たしそうな視線を向けながらも黙っていた。「後で勝つんだから」ってぼそぼそ言ってるけど、それでいいんだよ。戦って相手に実力を認めさせればいい。

 そう——スヴェンパパにも、だ。


「ほーん、今日は朝から活況だねえ」


 俺たちが「流水一刀流」の訓練場に着くと、朝から多くの門弟が剣を振っていた。見事なまでに男しかいない。今日はジャンも来ていたが、つまらなさそうな顔で壁際のイスに座っていた。その周囲には相変わらず取り巻きがいるのな。お前らも剣を振れよ。こちとら「止めろ」って言っても「師匠、あと5分」なんて言うヤツを連れてきてるんだぞ。二度寝かな? と思うが二度素振りだ。

 敷地には入らなかった。腰高までの壁しかない場所を探して、遠目に見学——というより偵察みたいなものだ。


「…………」


 ちらりと見ると、スヴェンはじっと訓練場を見つめていた。

 スヴェンパパは老いも若きもいる使徒に指導をしている。


(……こうして見ると、ふつうの指導なんだよな)


 教えている内容や、素振りの型は【剣術】スキルの基本型と言っていいものだ。毎日続ければスキルレベルが着実に伸びそうな。独特な振り方もあるはあるけど、おおむね基本型。


(それなのになんでスヴェンにはデタラメしか教えなかったんだ……。やっぱり、スヴェンの天稟のせいか?)


 スヴェンの天稟を知ったスヴェンパパは、剣を教え始めた。

 ふつうの親なら「天稟が剣に関わるものだったから、剣を教えたんだろう」って思うよな?

 だけれどその教えの内容はデタラメだったわけだ。

 どういうことやねん。

 最初から剣をあきらめさせるつもりだったってことだよな? でもなんで? スキルレベルがわかる俺だったら、スヴェンは【剣術】以外のスキルが伸びないから(しかもその【剣術】だって特別伸びがいいというわけでもない)、剣士として成長しても先々きついってことはわかる。でもスヴェンパパはスヴェンのスキルレベルを知らなかったはずだ。

 単に、剣に向いてなさそうだからテキトーに教えたのか?


「あー……ワケわかんねえな」


 所詮、二度目の人生だと言っても俺はまだまだ子どもなのかもしれん。


「スヴェン」

「はい、師匠」

「乗り込むぞ」

「はい、師匠」

「——え、ちょ、ちょっと待って!? 乗り込むってなによ!?」


 リッカがあわてているが俺はスヴェンを連れて訓練場へと入っていく。すぐに何人かが気がついてぎょっとすると、やがてジャン、そしてスヴェンパパが気がついた。

 ふー、と長く息を吐いたスヴェンパパがやってくる。


「……一体どういうつもりだ?」


 勘弁してくれ、というふうにスヴェンパパが言う。


「スヴェンの腕を見てくれ」

「見ないと言った」

「いいや、父親としてアンタは見るべきだ」

「帰れ。これは最後通告だ」


 回れ右してすたすたと去っていこうとするスヴェンパパの背中に俺は言った。


「——スヴェンは成長した。それこそ、アンタを脅かすほどに」

「…………」


 ぴた、と足を止めたスヴェンパパがもう一度こちらを見る。


「……くだらない。1年も経たずに剣が成長するわけもない。王国へ行く前のスヴェンは、エクストラスキルも使えないほどだった」

「なんだよ、ちゃんと見てるじゃないか」

「む……」


 父として【剣術】のレベル感くらいは把握していたということか。

 なるほど……なるほどね。

 ちょっと見えてきた(・・・・・)

 すると、


「師匠、俺はここであの男に剣の腕を見せることに、意義を感じません」


 スヴェンまでそんなことを言い出した。


「お前なぁ……。自分の力を試すチャンスだろ、一発ぶちかましてこい」

「ええ……? 俺は修行をしたいのですが」


 こんにゃろう。ある意味ブレねーな!


「師匠? そう言えば師匠だったな、君が」


 フッ、とスヴェンパパが俺を見て鼻で笑った。


「まぁ……そうだ。俺が今スヴェンに剣を教えている」

「それは良かった。スヴェンは剣をいずれあきらめるだろう」

「アンタ、なんもわかってないな」

「……なに?」

「お前もだ、スヴェン」

「えっ」


 俺は頑なに息子を拒否する父親にも、父親に向き合おうとしない息子にも、少々キレかかっていた。


「いいから勝負しろっつってんだよ! これが終わったら金輪際ここに来ねーし、それでいいだろが! スヴェン! お前が断ったら俺は二度とお前の面倒を見ないからな!」

「!? すぐやります!」


 俺が怒鳴るとスヴェンは背筋を伸ばし、スヴェンパパはイヤそうな顔をしたが、


「……まあ、ここに来ないと言うならそれで構わんが……」


 ぶつぶつと文句を言いながら納得したのだった。


 使徒たちが見つめる中、訓練場の中央でスヴェンとスヴェンパパは向き合った。


「ちょっと、どういうつもり?」


 ここにいる唯一の女子であるリッカが俺に話しかける——今までは黙っていたのだった。それはたぶん、「雷火剣術」でリッカが女子であるというそれだけで過剰反応されたからだろう。


「どういうって?」

「なんで勝負なんて焚きつけたのよ? アイツがほんとに剣匠に勝てるって思ってんの?」

「……勝ち負けじゃないんだよ」

「はぁ?」


 リッカはわからない、という顔をしていたが、それはしょうがないかもしれない。


(文句を言いたくても、責めたくても……感謝を伝えたくても、相手がいなくなったらそれはもうできない)


 俺は日本にいるときに父を失った。

 それからめっちゃ苦労したけど、その苦労の文句を言う相手である父はもういなかった。

 スヴェンにとって、強くなった自分を見せるチャンスはこれが最後かもしれないって俺は思ったんだ。

「雷火剣術」の異様な雰囲気。

 一刀流にとって最悪の相性。


(同じことを、ジャンも感じているのは間違いない)


 ことの成り行きを「なにしてんだ?」という顔で見守っているだけで、特に口出ししてこなかったジャン。これが最後の親子の会話になるかもしれないってことをちゃんと理解しているのは、この場ではジャンだけだ。

 俺がジャンに視線を向けると、向こうも俺に気づいた。


「!?」


 ジャンは俺がガールズ……ティーラウンジ「帝都すいーとはーと」にいた客だと気づいたんだろうな、驚いていた。俺は「しーっ」とばかりに人差し指を口元に立てると、ジャンはわけがわからないという顔をしていたが、まぁ、あの独り言を聞いちゃったことはなんかあったら後で使おう。ぐっひっひ(悪人顔)。

 それはまあ、ともかく。

 スヴェンパパは、今回の戦いで死ぬかもしれない。それが納得ずくのことであったとしても、スヴェンパパが死んだら、スヴェンは二度と腕を見せるチャンスがなくなってしまう。

 そのつらさを俺は知っている。

 だからこうして——当の本人たちがよくわかっていないとしても、やらせるべきだと思ったんだ。


「——剣は模擬剣でよいな?」

「ああ」


 父と息子のふたりはすでに、刃を引いた模擬剣を持って向き合っていた。


「ジャン! 審判を頼む」

「……しょうがねえな」


 ジャンが立ち上がると、使徒たちはざわついた。親子からちょっと離れたところにジャンは立って、けだるそうな声で、


「双方構え」


 と言った。

 スヴェンは最近気に入っているらしい下段の構えであり、いい感じに力が抜けている。

 スヴェンパパは片手に剣を持ってだらりと下げている。「いつでもかかってこい」とでも言わんばかりの「先生スタイル」だ。


(ほーん……)


 格上が格下に向ける構えである。

 いつまでその余裕が続くかな?


「始め」


 ジャンの声は緩かったが、静まり返った訓練場内でははっきりと聞こえたのだった。

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