家族の事情は複雑で
もう夕方になっていたので「流水一刀流」に行くのは止めておいた。
昨日と同じようにスヴェンの実家の夕飯は美味しかったし、にぎやかだった。スヴェンの弟と妹もだんだん俺たちに慣れてきたみたいで、ああ、平和な家庭だなぁって思ったんだ。
(だけど……「3回に1回は対戦相手を死なせている」って……)
「雷火剣術」は厳密に言えば「無縛」流派ではないようだけど、実態としてはサブブランドみたいなものだ。グ○グルの中のア○ドロイドみたいなもんだし、ユ○クロにとってのジ○ユーみたいなもんだ。わかりづらい比喩に定評がある俺です。
リッカからもたらされた情報をどうスヴェンに伝えるべきか迷ったまま、夜も更けていった。スヴェンは「寝るときは寝る。寝ないと筋肉は育たない。バランスのいい食事とたっぷりの睡眠こそが強さへの近道!」って俺が言ったから、早寝早起きが定着している。そうでもしないとアイツは三日三晩剣を振り続けてると思うんだ……。
それはそうと、俺は俺で寝付けなかった。
他人の家のベッドってのもあるかもしれない——なんて繊細なことを言ってみたがどこでも眠れるんだよなぁ、俺は。
「……ま、スヴェンパパのことだよなぁ」
それが気になって眠れないんだ。
スヴェンパパが実力者であれば心配ないし、剣匠の名を持っているのだからそれはそれは強いんだろうって思う。雰囲気あったし。
でも俺はスキルレベルを見ることができる。だから数値化されていないと気持ち悪いんだ。数字でスヴェンパパが、「雷火剣術」のあのマッチョを上回っていないと安心できないんだ——。
「……そうじゃない、よな」
ほんとうはわかってる。
勝負ってのはなにが起きるかわからない。だから死ぬ可能性は常につきまとう。それが怖いんだ。
——「剣匠戦」は真剣でやり合うんだぞ? 死ぬことだってあるんだぞ? 無理だって。モンスター相手に真剣を振り回すのとはワケが違うって。人間って相手を殺そうとするときの目が怖いんだよ。
ジャンはトイレでそんなことを言ってたっけ。
あのとき俺は「こわっ!」としか思わなかったけど、俺よりもよほどジャンのほうが本質を見抜いているのかもしれない。
だけど……だけどさ、もし俺が戦う立場だったら、たぶん気にしないと思うんだ。
俺は自分に自信があるってのもあるし、負けそうになったら全力で逃げるつもりだから。レッドアームベアのときだってぎりぎりまで戦わずに済むようにがんばったしな?
スヴェンパパは違う。
「剣匠」という看板を背負っているから逃げることが許されない。
ふつうなら逃げ出すような状況、敗色濃厚の戦いでも踏ん張って戦っちゃうんじゃないだろうか。そしてそれは死につながる——そんな気がしたんだ。
いや、まぁね? デタラメの剣を教えて、スヴェンを放り出したような人ではあるんだよ? だけどまぁ気にはなるのよ……。
「はー、小便してこよ」
頭がぐるぐるしてきたので俺は上着を羽織って部屋を出た。
室内は暖房があるので暖かいのだけど——パイプが各部屋を通っていて、そこに温水が流れる仕組みらしい——廊下は凍えるように寒い。
「うっ……これは想像以上だ」
窓からはうっすらと月明かりが差し込んでいるからランプは要らないかなって思ったけど、めちゃくちゃ寒いだけでなく暗いってのは俺のメンタルに来る。
さっさとトイレ行っちゃお……。
「ん?」
漏らすこともなくなんとか用を足した俺が部屋へ戻ろうとすると、階段を下りてくる人影が見えた。その人は手にランプを持っていたから、見間違えたということはない。
スヴェンママだ。
こんな時間にどうしたんだろ?
俺たちのいる客室は1階にあって、スヴェンママの部屋は3階のはずだ。客室に用はないはず——ああ、スヴェンに会いに来たのかな? でもスヴェンは残念ながら寝ていると思う——。
「あれ?」
スヴェンママは入口のドアを開くと、外に出ていってしまった。
「…………」
俺はちょっと迷ったけど、スヴェンママを追うことにした。
声を掛ければいいんだけど、なんか——今、ドアを開けたときに差し込んだ月光に照らされたスヴェンママの顔は、思い詰めているように見えた。
外に出ると、さらに凍てつくような寒さだったけれども、それでも月明かりが雪に反射して明るかった。
「こんな夜にどこへ……まさか不倫!? ああ、もう離婚してるからただの逢い引きか」
そんなバカなことを考えていたけれど、スヴェンママの行き先は割と近かった。
小さな祠があったのである。
日本でも古い街並みにちょこんと鳥居があってお社があったりするよな? あんな感じで、路地裏の家と家との間にひっそりとあったのだ。
石造りの神殿のミニチュアサイズである。
石像が立っていて——その石像がなんのためのものなのか俺にはすぐにピンときた。
地面に刺した剣の柄に手が添えられていたのだ。
つまり、「剣」の神様だ。
スヴェンママはその石像の前で跪いている。一心になにかを祈っている。
なにを祈っているのか……そんなの、考えるまでもない。
(こんな俺ですら心配してるんだもん……。スヴェンママが心配しないわけないよな、スヴェンパパのことをさ……)
いくら離婚したとて、彼女の子どもたちにとってパパはパパだ。
それに離婚の理由も、家庭を顧みないとか、スヴェンを放り出したこととかであって、スヴェンパパが浮気をしたとか裏切ったとかそういうことではなかったみたいだし。
まぁ——ちょっと調べただけの俺とリッカが「雷火剣術」のヤバさに気づいたんだもんな。スヴェンママだって今回の「剣匠戦」がヤバいって知ってるよな……。
(まいったな、こりゃ)
祈りを続けるスヴェンママはそっとしておいて、俺は家へと戻ったのだった。
自分になにかができるとも思っていないけれど、それでもなにかしないと後悔しそうな気がした。そんでまあ、そういうときって大抵はしんどい未来が待ってるわけで。
「とりあえず、明日はあっちの訓練場を見に行ってみるか。スヴェンパパが強ければ問題ないし」
次になにをするべきかが決まると、俺は割と簡単に眠りに落ちたのだった。