俺はガールズラウンジに行く!
マジでよくわからん。
スヴェンパパはどうしてスヴェンに適当な剣を教えたんだろうな……。
朝食をごちそうになると——食べきれないほどたっぷりあった——帝都内を観光するために俺たちは商会を出た。
おぉ〜……雪が降ったせいで、あちこちうっすら雪化粧だ。雰囲気が全然違うな。
テムズ兄妹はちゃっかり冒険者ギルドの配達仕事を請けていたらしく、その報告のためにギルドに行くというので今日は別行動だ。
「スヴェン、帝都内で見ておいたほうがいい場所ってあるか?」
「…………」
腕組みしたスヴェンはじっと考え込んでから、
「訓練場、でしょうか」
「お前に聞いた俺がバカだった」
観光案内所なんてものは存在しないので、屋台で買い食いしながら店主に話を聞いていくと見たらいい場所としてこんなことを教えてもらった。
・「雪と氷の王国」との会戦で初勝利を記念し、建てられた5人の立像
・帝都随一の絢爛豪華さであるというインノヴァイト大聖堂
・帝都民がピクニックにいくという(今は真冬だけど)広場
・大河の中州にある帝都中央マーケット
・オペラや舞台を上演している劇場
こういう情報が出てくる出てくる。
歴史のある都市はいいなぁ! 見所いっぱいあるじゃん。
ちなみに年越しの瞬間には花火が打ち上げられるそうで、その花火は魔法を使っているのだとか。年越しを待ってから帰るようにしても3学期には間に合うので、是非とも見ていきたい。
「花火だって。スヴェンは見たことあるのか——」
振り返った俺は、木剣で素振りをしているスヴェンを見たのだった。
「……おっちゃん、他に面白いことある?」
「お、おお、いいのか? お友だちはほっといて」
「いいんだよ、アイツは剣のバカだから」
「はははは! まぁこの国じゃ、それは褒め言葉だけどなぁ——剣と言えば『剣匠戦』があるぞ」
「『剣匠戦』って確か、剣匠のポジションを入れ替われるヤツだっけ」
「代表者同士の戦いで勝てば、だけどな。今回は剣匠の中でも一刀流最後の砦『流水一刀流』が勝負を挑まれて、残留できるかどうかって話だから注目されてんだ」
「へー……」
え?
「流水一刀流」って言ったら、
「…………」
振り返るとスヴェンの素振りの手が止まっていた。
知らなかった。そんなことになってるなんて。
「代表者同士」の一対一の戦いだったら、その流派最強の剣士が戦うはずだ。「流水一刀流」ならそれはもちろん当主……つまりスヴェンパパが出るってことじゃないのか?
「……師匠、俺は母の家に戻ります」
「え、おい、スヴェン」
「では」
俺が呼び止める間もなく、スヴェンはすたすたと歩いていってしまった。
アイツ……柄にもなく気になってるのかな。いや、ふつうは気になるよな。自分の父が「剣匠戦」に出そうになってるなんて。
きっとスヴェンママも知ってるはずだけど、俺たちに教えなかったのは心配させたくなかったから……?
「あのさ、おっちゃん、『流水一刀流』の代表ってアラン=ヌーヴェル?」
「お? 坊主、王国人なのに当主の名前なんてよく知ってるじゃねえか。でも『剣匠戦』に出る代表は当主じゃねえかもしれん」
「どうして?」
「『流水一刀流』にはめちゃくちゃ強い男がいるからな——おおっ! ウワサをすればほら、あそこにいるじゃねえか!」
おっちゃんが指差したのは通りの向こうを、10人以上引き連れてぞろぞろ歩いている、上背のある男だった。
かなりしっかりした肉体で、背には一振りの長剣を背負っている。
「あれが『流水一刀流』最強って言われてる、ジャンって名前の剣士だ」
「へええ」
確かに、スヴェンパパよりも肉体は恵まれてるな。
ん? それじゃ次はジャンが当主になるのか?
「おっちゃん、一応聞くんだけどジャンって人が最強なら、あの人が当主にならないの?」
「当主は世襲じゃねえから、十分あるんじゃねえかな」
「ほー……。いろいろありがと! 勉強になったよ」
俺はおっちゃんに礼を言うと急いでその場を離れた——ジャンとその仲間たちが通りを曲がっていったので見えなくなっていた。
なんだか気になったんだよな。
だって今は朝の時間帯なのに、彼らは「流水一刀流」の訓練場とはまったく違う方向へと歩いて行ったからさ。
(スヴェンにとった冷たい態度、「剣匠戦」、最強のジャン……)
バラバラのピースが全部つながっているような、そうでもないような、なんだかすっきりしない感じがする。
「——ジャンさん、今日もいつものとこっすか?」
「——好きっすね〜」
「——まあ、ジャンさんほどだったら朝っぱらから訓練なんてダサいっすよね」
ジャンの取り巻きたちがそんなことを話しているのが聞こえてきた。
いやぁ……どこもいっしょだな。
学園で高位貴族の取り巻きをしているヤツらも、ご機嫌を取って、おべんちゃらを使って、それで自分までも「なんかすごい、特別な人物」になったような気持ちになるんだよな。
ジャンって剣士は、確かに恵まれた肉体を持っているけど、取り巻きの剣士は別にふつうだ。年齢は俺よりずっと上——ハタチとかそれくらいに見えるんだけど、強そうにはまったく見えない。俺にだって簡単に負けそうだぞ。
強い剣士の取り巻きしてたって剣の腕が上がるはずもないんだから、取り巻きなんかせずに剣を振ってたほうが、強い剣士からも一目置かれるようになると思うんだけどな。
(……ハッ。「とりあえず剣を振っとけ」って考え、まるでスヴェンじゃねーか!)
俺は知らず知らずスヴェンに毒されていたのか……。
「ん」
ジャンたち一行は、通り沿いにある一軒の店へと入っていった。
両開きの重そうな扉があるけれど、表に出ている看板は飲食店ふうのものだ。
今は、朝の9時ってところなんだけど、こんな時間に飲食店? 遅めの朝食ってことか?
「なになに……ティーラウンジ『帝都すいーとはーと』?」
いかつい剣士たちが朝からティーラウンジ? ていうか「帝都すいーとはーと」? なんじゃこりゃ。
「へー。ソーマくんも男の子なんだねー。可愛い女子が働いてるお店に興味あるんだ?」
「うおあ!?」
背後から耳元で話しかけられて俺は飛び上がった。
「び、びびらせんなよ、リッカ!」
「驚いたのはこっちだし。見知った顔がいると思ったら『ガールズ』ラウンジの前で入ろうかどうか考え込んでるし」
「え、ガールズラウンジ?」
腰に手を当てて呆れた顔をしているリッカによると、「ガールズラウンジ」とはお茶とケーキを出すお店ではあるのだが、可愛い女の子が可愛い格好して給仕してくれるというすばらしいお店であるという。
マジかよ。絶対入ろう。
ちなみに言うとテムズは薬の素材を買いに中央市場へと行ったらしい。自由な兄妹だな。
「ありがと、リッカ! どんな店かよくわかったわ!」
「え!? ちょっ、待って待って待って」
「ぐえ」
店へ入ろうとした俺の襟首を引っ張ってくるもんだから首がしまった。
「な、なにすんだよ!」
「こんな可愛い女子を置いて、なにひとりでガールズラウンジに入ろうとしてんの!? 信じらんない!」
「リッカ、お前は確かに可愛い」
「え、そ、そう? えへへへ……」
ギャルっぽさはともかく、小さいから可愛いのは間違いない。お子ちゃまである。
「だけどな、ビスケットとキャンディーはどっちも美味しいしどっちも同じお菓子というカテゴリにあるが、この2つが違うものであるように、俺はガールズラウンジに行く!」
「はぁ!?」
「じゃっ」
俺は片手を挙げると店へと突入するのだった。
「ソーマくんのバカー!」
というリッカの声を背中に聞いて。