いざゆかん、スヴェンの(新)実家へ
どうやらスヴェンは父に会うなり書類を渡し、「剣の腕を見てくれ」と言ったらしい。その流れで俺の名前が出て、俺が一緒にいると教え、今に至る。
ちなみに書類はきっちりした身なりのオッサンが持っていた。俺がチラリと見ると、肩をすくめてみせている——なんか憎めない感じのオッサンだな。
「えーっと……なんかよくわからないんですけど、剣の腕を見てくれって言ってるんなら見てやればいいんじゃないですか?」
「君にそんなことを言われる筋合いはない。ここは由緒ある『流水一刀流』であり、子どもが口を出すべきことではない」
「いや、別に俺はスヴェンに『流水一刀流』を教えてるんじゃなくて、剣のことをですね……」
「王国騎士のタマゴだからと増長しているのか? くれぐれもスヴェンに間違った剣など教えないように」
「————」
は?
いや、「は?」だよ。
さっきのリッカじゃないけど、「は?」だわ。
なんだこのオッサン。いきなりやってきてこの言い草は。
「父上」
だけど、俺がキレて言葉を発する前に、
「師匠は俺にとって最高の師匠です。師匠をバカにするなら俺が許さない」
スヴェンが先に言ったのだった。
まさかそんなことを言われるとでも思わなかったのか——あるいは無表情で言うもんだから言葉の激しさが伝わらなかったのか——目をパチパチとさせてから、
「——お前はもう破門したのだ。イザベルの家に行きなさい。その書類はイザベルの家に回しておけ」
スヴェンパパはそう言うと俺たちに背を向けて去っていった——もうひとりのオッサンがもう一度肩をすくめてそれについていく。
「なにあれ? 感じ悪〜……」
そう言ったリッカに俺も全面的に賛成するわ。
イザベル——つまりスヴェンママは木材を扱う商会に住んでいた。そこが実家らしく、帝都の大通りにデーンと店を構えている商会を見たとき、思ったね。スヴェンのヤツは「いいとこのボンボン」だったんだって……。
周囲はすでに夕闇が迫っており、帝都の1日目はゆっくりと終わろうとしていた。
「あら、スヴェン! いつ帰ってきたの? お帰りなさい!」
スヴェンママはふくよかでニコニコしている、めっちゃ優しそうなママだった。
これだよ、これ。息子が帰ってきたら喜んで抱擁するのが親だよな? スヴェンがぎゅーってされてる。
「母上、苦しいので離れてください」
「いやよお、こんなことさせてくれるの、もう向こう何年もないでしょ?」
「母上は俺が30歳になってもやってくる気がします」
「あははははは!」
無表情は相変わらずなのに、会話が成り立っているのだからきっとスヴェンも気分がいいんだろうな。
「こちらの方は……」
「学園で同室であり、俺の師匠であるソーンマルクス先生です。後のふたりはオマケです」
「まあ!」
「ど、どうも」
「オマケってひっど〜い!」
「……オマケであることは事実だと思うが」
俺たちが三者三様の反応をすると「スヴェンがお友だちを連れてきたわ!」とスヴェンママは大喜びして住居内へと案内してくれた。
材木商会の裏手が住居になっていて、5階建ての住宅のうち、下の3フロアを商会長一家——つまりスヴェンママとスヴェン祖父と祖母の一家が使い、上の2フロアは従業員が使っているらしい。
いや……ふつうに豪邸です。上の2フロアに住んでるって従業員、全部で20人らしいから、下3フロアなんてめちゃくちゃ広い。
エントランスに巨大な絵が掛かっていて、神話をモチーフにしているものだった。
きらびやかな照明の下を進んでいくと俺もリッカもテムズもひとりひとつずつの客室を貸してもらえることになった。客室は1階で、風呂(なんと風呂がある)や食堂は2階で、家族の私室は3階らしい。
ここはもうホテルでは?
材木商会って儲かるんだな……。
「にいちゃーん!」
「にいちゃんだ!」
5歳くらいの男女がやってくるとスヴェンにまとわりついた。キラキラの銀髪はふたりとも長く、着ている服はお坊ちゃまにお嬢ちゃまという雰囲気。
材木商会って儲かるんだな……。
「スヴェン! よう戻ったな」
「あらあら」
ママによく似たグランパとグランマが現れる。ふたりはこれまたよい仕立ての服装であり……。
材木商会って儲かるんだな!
「スヴェン、俺が騎士になれなかったらここで働かせてもらえないかな」
「師匠は最強の騎士になります」
あ〜〜なんで俺との会話は成立しないんだよぉ!
「あらあらまぁまぁ、スヴェンのお友だちならいつでも歓迎よ」
俺の言葉を聞いていたスヴェングランマがにこにこしながら言う。最高じゃん……俺もうこの家の子になろうかな。
それから俺たちはいたれりつくせりの歓迎を受けた。長旅の汗を風呂で流し、食堂では豪勢な食事が振る舞われる。
俺は、スヴェンママたちが聞きたそうにしているのを察して、学園でのスヴェンのエピソードをいっぱいしてあげることにした。
ロイヤルスクールの雰囲気とクラスメイトたち。
クラスにはトッチョというライバルがいること——このときばかりはスヴェンはムスッとした顔で、いやまぁ相変わらずの無表情ではあるんだが「ライバルなどではありません」と言っていたが。
スヴェンは勉強が苦手だがなんとかがんばって食らいついていることを聞いたときにはスヴェンママも大喜びしていたっけ。
「その……スヴェンは剣を扱っているのかしら」
おずおずとした感じでスヴェンママが聞いてくるので、
「ええ、むしろ剣以外はまったく触っていませんけど」
「スヴェンは……その、天稟が……」
スヴェンママはスヴェンの天稟が特殊であることを知っているのだろう。言いずらそうにしていると、
「問題ありません」
とスヴェンが言った。
「師匠に教わって、俺は成長しています。エクストラスキルも放てるようになった」
「えっ」
「にいちゃんすげー!」
「すっげー!」
ママは驚いて言葉を失い、グランパとグランマも目を瞬かせている。
「父上に腕を見せにいきましたが、必要ないと断られました」
スヴェンが淡々と言うと、ドンッ、という音とともにテーブルが震えた。
グランパである。
拳を叩きつけたのだ。
わいわいしていた食卓が、しーんとなる。
「……あやつは、己の息子が可愛くないのか……」
するとスヴェンママが、
「お父さん、いいんです。そういう人だとわかっているじゃありませんか」
「だがな、イザベル」
「あらあらまぁまぁ、もうこんな時間よ。皆さん疲れたでしょうから休んで?」
グランマがとりなすように言って、夕食はお開きとなった。
やっぱり、グランパもあのスヴェンパパには思うところがあるんだろうな……。
長旅の疲れはもちろんあったんだけど、早く寝たこともあって早くに目が覚めてしまった。
井戸にでも行って顔を洗おうかと思って勝手口から外に出ようとすると、
「うおっ」
ひゅうううと肌を切るような冷たい風が吹き込んでくる。
うっすらと雪が積もっていた。
「マジか……」
「寒いわよねぇ」
後ろから声を掛けられて驚いて振り返ると、スヴェンママがいた。
「こっちにいらっしゃい、顔を洗うなら洗面所がありますから」
「あ、すみません」
ママに案内されて顔を洗うとさっぱりした——いや、さっきの寒さでだいぶ目は覚めてはいたんだけど。
その間に、給湯室でスヴェンママはお湯を沸かしており、お茶を淹れてくれたので廊下の隅にあったティーテーブルでご一緒することになった。こういうちょっとした休憩スペース含めてホテルっぽさがすごい。
「ほんとに、スヴェンに友だちができてよかったわ」
ママはそう話し始めた。
スヴェンのことをきっと話したかったんだろう——確かにアイツは気難しいから、友だちなんてできそうにないもんな。
スヴェンは子どものころから剣が好きで振り回していたそうだ。スヴェンパパは「流水一刀流」の任務が忙しくてスヴェンを構うことはほとんどなかったが、10歳のときにたまたま「天稟」を調べることがあったらしい——ロイヤルスクールに入学して初めて「天稟」を調べた生徒がほとんどだったはずだけど、スヴェンは、俺と同じように事前に「天稟」を知っていたってことか。
「天稟」——「剣の隘路を歩みし者」を知ったスヴェンパパは、スヴェンに剣を教えたという。
「あのときはうれしかったんだけどねえ……あの人がちゃんとスヴェンを気にかけてくれるようになったんだって思って」
「…………」
スヴェンママはそう言うのだが、俺は内心で首をかしげていた。
入学したときに見たスヴェンの剣の振り方は、デタラメだった。
10歳から「剣匠」の教えを受けていたスヴェンの【剣術】のレベルが67.45しかなかったなんてこと、ふつうならあり得ない。200は行かないまでも100は超えているはずだ。
いや、「剣匠」がどれくらいすごいのかはよく知らないけども。
「だけど、あの人は……私に内緒でスヴェンを王国の学校に通わせることにしちゃったの」
「えっ」
「スヴェンは『剣を学べるなら』って言って納得してて、私の知らないところで話をまとめちゃってたのよ。頭に来たわ。だから、離婚してやったの」
「えっえっ」
マジかこの人、行動力すごいな。
聞いてみると、スヴェンママのこの実家は材木商会として成功しているが、スヴェンママは若いころは行商人として帝国中を歩き回っていたらしい。その途中で修行の旅に出ていたスヴェンパパと出会ったのだとか。
ちなみに、スヴェンパパと剣の腕は互角なんだって。
「あらぁ、でも昔の話よ? 今は剣なんて振れないわよぉ」
にこにこしてるが、この人、実はすげー人なんじゃ……。
「なんていうか、その、スヴェンが剣に執着する理由がわかった気がします」
「剣匠」の父とそれに負けない母がいたら、そりゃ「剣しかない」って思っちゃうよな。
「でもね、ソーンマルクスくん、弟と妹には剣なんて絶対触らせないって決めたのよ」
「それは……スヴェンのお父さんがああいう人だからですか?」
「それもあるけど——私が行商人をやってたときにね、剣を振ってモンスターを倒してたわけでしょ? 男の人を何度か助けたこともあったの。そのときなんて言われたかわかる?」
「いえ……」
「『女のくせに生意気だ』って」
「え、えぇ……?」
「王国に住んでるソーンマルクスくんはわからないかもしれないけど、帝国は男が外で働いて、女は家にいるもの、っていう考えがふつうなのよ。私は自分より弱い男の人となんて結婚したくなかったから行商人をして、それでアランと出会ったんだけど……強ければマトモってわけでもないわね」
「あ、あはは……」
コメントに困るって。友人の両親が離婚した話なんて。
「ともかくね、女だろうと男だろうと、戦いたい人が戦えばいいし、仕事をしたい人が仕事をすればいいと思うのよ」
「ああ、それはそう思いますね。王国が特別進んでいるとも思わないですけど、女子だって強い子はいっぱいいるし」
「そうよね! あーあ、子どもたち連れて王国に引っ越しちゃおうかしら」
安易に「いいっすね」なんて言ったらほんとに実行しそうで怖いので俺は黙っていた。
「あっ、ごめんなさいね、朝からおしゃべりしちゃって。なんだかソーンマルクスくんは大人みたいで話しやすくて……ほんとにスヴェンの『師匠』なのねぇ」
中身は20歳以上なんです、とは言えないので、これまた俺は黙っていたのだった。