いざゆかん、スヴェンの実家へ
寒い寒いと思っていたら、やっぱり王都よりも北にあるらしいんだわ、帝都って。
で、水が豊富なので、そういう場所で冬になにをやるかというと、
「おおっ、スケートリンクじゃん!」
公園かと思ったらなんか高速移動してるな? なんて考えてたら、それはスケートを楽しむ住民がいたのである。
手袋で手をつないでカップルで滑っている。にこにこしちゃって、白い息を吐きながら。
「……なんですか、師匠?」
どうして俺の横にいるのはかわいい女の子じゃなくて無愛想なスヴェンなのかなぁ〜〜!
「きっとソーマくんってば女の子とスケートしたいって思ってるのよ。だってスケベそうな顔してたもんね」
「ソーマはスケートを知っているのか。平民出身なのに帝国の風物についても知識があるというのはやはり侮れないな」
フランケン兄妹が言ってくる。この兄妹、マジで見てるところ全然違うな。
そんなこんなで帝都はなかなか面白い。やっぱり王国と違うんだなあと実感する。食べ物も全然違うんだよ。王都はがっつりした味付けでインパクト強めなんだけど、帝都の食事は——来たばかりで1回食べただけだけど——一手間二手間かけた調理法だったりする。揚げ物も、衣にハーブが混じっていてソースも複雑な味わいだったり、ローストも低温でじっくりやったり。まあ、そのぶん味にクセがあるから好き嫌いはあるんだろうけどな!
「方言とか違う言語とかもないんだよなー」
話されている言葉も同じだ。
大陸共通語って言うらしい。
長い長い歴史があるから、この周辺国家はこの共通語なんだが、離れた国は当然違う言葉を使うし、インノヴァイト帝国でも北方の寒冷地帯にはきつめの方言が使われているとか。
おもしれ〜。
この世界って広いんだよなぁ。
「……待てよ。騎士になったらあちこちフラフラできなくなるんかな?」
俺は気づいてしまった。
騎士になることが俺の目標だったけど、騎士は高収入が保障されているものの任地は自分では選べない。それに、一度赴任したら勝手に旅行やら諸国漫遊やらできないのでは……?
「こりゃ、学生の間に国外出まくったほうがいいな……」
「え、なになに、ソーマくんって他の国にも行く予定あるの!? あたしも行きたーい!」
「僕は是非南方の、薬効高い薬草が多く採れるという森に……」
俺のつぶやきを耳にしたフランケン兄妹が右から左から飛び掛かってきたが、
「——待て」
そこにスヴェンが割り込んだ。
「師匠は、お前たちと行動を共にしない」
「……は? なに言ってんのよアンタ。ソーマくん自身が旅行したいって言ったんですけどぉ?」
「師匠は、俺と修行の旅に出るためにそう言ったのだ」
違うけどね?
若いうちに旅行しておこう、とかそれくらいの温度感だからね?
「はぁ〜? そんなワケないし! アタシといっしょに旅行するほうが楽しいよね? ね? ね? ソーマくん?」
「あ〜……」
「ソーマは薬に興味がある男だ。だから、採取の旅のほうがいいはず。そうだろう?」
「あ〜……」
「いえ、師匠は修行をお望みです」
「あ〜……」
なんなんだ。俺はいつの間にかフランケン兄妹に懐かれてるんだ。面倒なのはスヴェンだけで十分だってのに(正確に言うとスヴェンも要らん)。
「あ! おい、スヴェン。あそこじゃないのか、『流水一刀流』流派の訓練場って」
俺は道の先を指差した。
敷地を示す外壁がずーっと伸びていて、この帝都でとんでもない土地持ちであることがわかる。外壁、とは言っても腰までの高さしかないので、内部がよく見える。
いくつもの木々が生えた庭の向こうに、巨大倉庫のような訓練場があって、剣術を学ぶ人たちが素振りをしたり、訓練着を洗濯したり、干したりしている。
「…………」
スヴェンは足を止め、そちらを見ていた。
「ここ……だよな? めっちゃ広いじゃん」
「……ええ。『流水一刀流』は古くからある流派で、この国で5流派にしか与えられない『剣匠』の称号がありますから」
「へえ〜……って、え!? お前んちってそんなにすごいところだったの!?」
「所詮は肩書きです。師匠のほうがすごいです」
いやそれはない(断言)。うちの実家の宿を見るか?
俺がスヴェンの実家のすごさに呆れていると、リッカとテムズが教えてくれる。
トップが「剣聖」、次が「剣豪」で3流派、その次が「剣匠」で5流派あること。
剣はこの国でもいちばん人気の武器なので、それで「剣匠」はとんでもないステータスであること。
……なるほど、日本で言う5大商社とか、財閥6大グループとか、そういう感じか。
いや、やべえじゃん。
とんでもねーじゃん。
むしろ俺はここで働かせてもらえれば安泰なのでは……?
「でも各流派には厳しい戦闘義務が課されてるはず」
とテムズが言ったので、俺の野望はシュンと萎えた。
ま、まあ、でもそんなところのひとり息子ならば手厚いもてなしのひとつやふたつはあるに違いない! ふっ、初の海外旅行が豪遊になっちゃうと、その後が大変そうだけどなあ〜。
「では師匠、ちょっと行って参ります」
「おお、行ってこい——って、え?」
「え、とはなんでしょうか」
「お前、ひとりで行くの? 俺たちは?」
手厚いもてなしは? 俺、お前の「師匠」だよね?
「ここには、必要な書類を渡しに来ただけですので……」
スヴェンがひらりと見せたのは、学園から両親宛に送られる書信だった。外国出身のスヴェンは、学園から直接送られることはなく、自分でどうにかするということのようだ。
というのも学園は「王立」であり、学園からの書信は国境で検閲に掛かる。それは面倒な手続きになるので「子から親へ」の手紙にしろということらしい。
「……一応聞いてみるんだけど、お前、これを持ってくるのが目的だったのか?」
スヴェンは神妙な顔で俺を見返すと、
「……(コクリ)」
その間はなに?
いや、それはいいわ。いいんだわ。
「手紙を送るだけなら王都からでも出せるよねえ!?」
「……そうなのですか?」
「お前、手紙出し方とか知らない……?」
スヴェンは神妙な顔で俺を見つめると、
「……(コクリ)」
その間は要らないからさぁ!
「と、ともかく……手紙を渡したらどうするんだ?」
「帰ります。学園に」
「待てぃ! 帰ってどうすんの!?」
「修行します」
そうだったー! こいつはこういうヤツだったー!
「……なんかアタシ、ソーマくんがちょっとかわいそうになってきた〜……」
「……金銭的な意味では損失だろうけれど、こうして国外に出たのはいい経験になるんじゃないかな。あといくら寮の同室だからといって、相手の考えをきちんと聞いておかないと、勘違いをしてしまうという、いい経験になったのでは?」
冷静に話しているフランケン兄妹! 聞こえてるからな!
「い、いいのか、スヴェン。そのー……せっかくの家族水入らずの時間を過ごしたりしないで……い、いや、俺のことはいいんだ。ただ国外に来たのに書類渡してとんぼ返りはさすがに徒労感がすごい。もう何日かはこの街で過ごしたい」
「家族水入らず……ああ、弟と妹がおりますから、ヤツらに会うのはいいかもしれませんね」
「えっ、スヴェンって下に弟妹がいたのか?」
初耳なんだがァ……?
ていうか「剣匠」といい初耳のオンパレードなんだがァ……?
スヴェンはコクリとうなずくと、
「はい、離婚した母が弟妹を引き取っております」
また初耳情報!
「……スヴェン」
「はい」
「……とりあえず、書類渡してこよっか」
「はい」
「流水一刀流」の門で、俺はスヴェンを送り出した。
スヴェンは何食わぬ顔ですたすたと歩いていくのだが、訓練場にいた数人が、ハッとした顔で奥にある家へと走っていく。
そちらの家はさすが財閥……じゃなかった「剣匠」といったところか、3階建ての石造りで、歴史を感じさせるものだった。夜な夜なダンスパーティーとかしてそう。
「んん? アイツってほんとにこの家の子なの?」
「どういうこと、リッカ?」
「やー、だってさ、なんか気まずそーに見えない? 大体当主の息子が帰ってきたら大騒ぎで駈け寄りそうなものなのに、なんかみんな遠巻きに見てるだけだなーって」
まぁなあ、スヴェンは「強い男」に剣を教わったと言っていたが、それが正しくない内容だったわけで。
その「強い男」はスヴェンの父親……ここの当主ってことなんだろうな。
離婚もしてるって言うし、なんか複雑だよなー。
ここで働かせてもらうってのはナシか……。
「ソーマくん? なーに黄昏れちゃってんの?」
「あー、いや、人間ってのは難しいなぁと思ってさ」
「は?」
直球で「は?」とか言われるとさすがにグサッとくるよな! まあいきなり人生について思いを馳せている俺も悪いんだが!
「……ソーマ、リッカ、スヴェンがこちらに来るぞ」
テムズに言われて気がつくと、スヴェンを先頭に、後ろに大柄のオッサンがついてやってきた。その後ろにはきちっとした服装のオッサンもいたけれど、明らかに武芸をたしなんでいる感じではない。
大柄のオッサンは——スヴェンによく似ていた。
そして人生の苦みのようなものをめいっぱい噛みしめたあとのような顔をしていた。
「……君が、スヴェンが『師匠』などと呼んでいる少年かね?」
俺のところにやってくるなり開口一番、スヴェンパパは言った。
「勝手に剣を教えるなどとは、何様のつもりだね?」
——額に青筋立てながら。