そして国境にはふたりの石像があり
ほんとについてきた。テムズとリッカの兄妹は、翌早朝、馬車乗り場に現れたのだった。
軽い口調で「おはよう」と言うテムズとは別に「……おはよ」とそっぽを向いて言うリッカは、スヴェンを嫌っていると言うより、スヴェンの事情を知っている今、どういうふうに接していいかわからないみたいな感じだった。
まあ、子どもはそういうことを経験して大人になっていくのだよ……。
なんてにんまりした顔で、特にふたりを取り次いだりもしない俺です。
「スヴェン=ヌーヴェルの天稟である『剣の隘路を歩みし者』について調べてみたが、完全に一致する天稟はなかった」
馬車に乗りこむと、スヴェンはごろんと横になって居眠りを始めた——いや、お前の天稟の話なんだが? こいつ、未明から起きて剣を振り回してたからな。馬車に乗ると修行ができないとか言って。【剣術】レベルが200を超えているのは間違いないんだが、どれくらい行ったんだろうな……一応、1学年の間に300を目指そうとか話はしたけども。
そんなスヴェンを、むつかしい顔でちらちら見ているのがリッカである。いやほんと、仲直りするならしよ? ていうかスヴェンは一ミリも気にしてないやつだけどさ。
「完全に一致しなくてもいいんだけど、似たような天稟だとどんなのがあるんだ?」
「そうだね、たとえば——」
剣に関する天稟をあれこれ教えてくれたが、それらは「歩みを止めぬ兵士」のように非常にありふれたものばかりだった。まあ、「剣術」や「双剣術」、「大剣術」のスキルレベルが上がりやすいらしい。
「へえー。『刀剣術』はないのかな」
「『刀剣術』? それは希少だね。もしかしてソーマは……」
「そうそう、俺は『刀剣術』なんだよね」
俺が持っている剣はスヴェンのそれ——直剣と違って、片刃で背が反っていて、テムズはそれを見ている。
「ちなみにソーマのスキルレベルは?」
「いやあ、それはナイショ」
「なぜ? 僕のは見たのに?」
「俺の天稟を見せたんだからおあいこだろ?」
「それなら僕の天稟もリッカの天稟も教えたけど」
「うっひっひ。先に話したほうの負けじゃ」
「むっ」
「——ちょっと」
俺とテムズが話していると、リッカが、
「なんであんたたち、仲良くなってんのよ」
むすっとして——これは明らかに不機嫌な様子で——口を挟んできた。
「まあ、まあ。男同士は仲良くなるのが早いんだよ。なっ、テムズ」
「男かどうかは関係ないだろう。ソーマとは昨日、魔法について有意義な情報交換をできたからな」
俺が右の拳を差し出すと、テムズもこつんと拳をぶつけてきた。
意外とノリがいいヤツだということに俺は気づいていた。自分の仲間や身内扱いになるとこうなんだろう、テムズは。そうしないと甘えられないという点ではまだまだ子どもっぽいなあと思うところはあるけどね。
「む〜〜〜〜」
「悪かった悪かった」
ふくれつらのリッカに思わず苦笑してしまった俺は、
「それで、どうしてリッカは俺たちについてきたいって思ったんだ?」
そう聞くと、リッカは、
「……もっといろんなことを知らなきゃって思ったから」
と言った。
スヴェンとの手合わせで、自分の視野が狭かったこと、考えが浅かったことを思い知ったという。ウェストライン州の州都以外は、ロイヤルスクールに行ったきりで、全然自分はものを知らないと思ったらしい。
すぐそこに国境があるが、国境を見たこともなかった。
だから、勉強のために行きたいと——そういうことだ。
ちなみに言うとテムズはリッカに、スヴェンのことは伝えたものの俺の天稟については話していないらしい。それはそれで怖いんだけどな……俺の天稟がそれだけヤバいってことだもんね!?
ま、まあ、今さら自分の天稟について考えてもしょうがあるまい……。
「にしてもリッカは真面目だなぁ……。ていうか学校とか親御さんの許可は取ったのか?」
「ソーマくんってわざわざ許可とってんの? 意外かも!」
「……いや、取ってねーわ。まあ俺は実家が遠いからさ……」
「まあ〜、アタシとテムズの実家も似たようなもんかもね。州都にはあるんだけど、会いに行くのは一日がかりだし。ふだんは寮住まいだし〜」
「ああ、そうなんだ? せっかくだからウェストライン州の騎士学校くらい見ていけばよかったな……」
「え、興味ある!? それなら帰りに見においでよ〜!」
さっきまでの気まずそうな様子はどこへやら、顔を輝かせてリッカは言った。
どうやら彼女は学校が大好きらしく、学校を誇りに思っているようだ。騎士になれる者は限られていても、学校の面白さは変わらないしな。
「——ソーマ、国境が見えてきた」
話していたらあっというまに国境へとやってきた。
インノヴァイト帝国とクラッテンベルク王国との国境は、なんの変哲もない平地に置かれてあった。かつて、建国の祖であるクラッテンベルク初代国王と、当時の帝国最高の剣士とが剣を交えたのがこの場所だとか。
街道付近は草原が広がっているのだが、広範囲に渡って木柵が展開しており、関所を簡単に越えることはできないようになっている。
王国側の出国検査を終えると、緩衝地帯があって、その向こうに帝国の入国検査がある。
出国はすでに書類を用意してあるから簡単に済んだ。緩衝地帯に入ると、巨大な石像が2体あって、お互いをにらみつけるように立っている。
王国側の石像はきらびやかな鎧を身につけていて、手には長槍があった。
帝国側の石像は着流しに直剣を腰に佩いただけのシンプルな姿ではあるが、長髪がなびいている姿はかなり凝っている。
「…………」
さっき起きたばかりのスヴェンはその石像をじっと見つめており、スヴェンのように石像を眺めている人たちは多かった。
だけれど大半の人たちは見慣れた光景のようで、さっさと緩衝地帯を通り抜けて出国していく。
「おい、スヴェン。俺たちも行こうぜ」
「……師匠」
「ん?」
「少し妙な気がしませんか」
「妙な気……ってなに?」
「あの槍の持ち方」
槍、ってことは王国の石像のほうか?
「……どこか、トッチョの持ち方に似ているのです」
言われてみるとそうかもしれないけど、
「顔は全然似てないけどな」
「ええ、トッチョは豚ですから」
「お前……トッチョに厳しいよな」
それだけ言うと満足したのかすたすたとスヴェンは歩き出す。てっきり剣を持っている帝国の剣士が気になったのかと思ったけど、そんなことはないらしい。
「ん……」
歩きがてら帝国の剣士を見た俺は、その剣士のたたずまいが——剣を抜いていないからたたずまいだけ——どこかスヴェンに似ているなと思ったのだった。
まあ、言うて槍も剣も持ち方とかたたずまいなんてパターンが決まってるから、似ているに決まっているんだけどな。
入国手続きが終わり、馬車に揺られること4日——俺たちはインノヴァイト帝国の中心地である帝都へとやってきた。