長く険しい道は優しくなくて
帰ってきた同室のスヴェンは、夕飯を食べるなりすぐに眠ってしまった。どうもずっと鍛錬をしていたようだ。
うーん……そんなにトレーニングをしてるなら累計レベルも上がりそうなものなんだけどなあ。でも60とかそのくらいだったんだよな、スヴェンの累計レベル。
低すぎる気がする……。
俺はリットが部屋にいなかったのをいいことに、寝ているスヴェンのベッドに近づいた。
両腕を布団の外に出して行儀良く寝てはいるのだが、長く、灰色の髪は濡れていた。どうやら風呂を浴びたあと適当に拭き取っただけらしい。
寮には風呂がついており、大浴場は時間ごとに上級生から順に使えるようになっている。
でっかい風呂っていいよな! まあ、大浴場を俺たち新入生が使えるのはずっと遅い時間だし、さらには新入生が明日に備えて掃除もしておかねばならないみたいだけど。
それでもないよりあるほうが全然うれしい。
少量の湯を使える小さな風呂ならば空いていればすぐに使えるのでスヴェンはそちらを使ったのだろう。
「スキルレベルオープン」
スヴェンの寝間着は長袖だったが、袖をまくってそこにスキルレベルを表示させる。このかけ声みたいなのはあってもなくてもいいのだけど、なんとなく気分的に言っているだけだ。
【剣術】 67.45
以上。
うおおおおぉぉぉこれだけかよ!?
なにこれ、他のがまったく生えてないってどういうこと?
ふつうに生活していたら些細なことでも生えてくるんだけどな……。今日の俺は【筆写】なんていうそのものずばりなスキルが出てきたぞ。まあ、ほんのちょびっとだから教科書の筆写が終わったらすぐに消えてしまうだろうけど。
うーん……これはスヴェンの天稟、「剣の隘路を歩みし者」のせいなんだろうか?
「……それはお前のユニークスキルか?」
「ああ、うん、この数字がスキルレベルで——うおあおあああ!?」
起きてる! 起きてらっしゃる!
スヴェンが細い目を開けて俺を見ていた。
「腕を触られ、横でウンウン唸られては目が覚める」
「あ、悪い。起こしちゃったか」
「……謝るのはそこか?」
身体を起こしたスヴェンが怪訝な顔で俺を見てくる。
いやー、睡眠は大事じゃん?
「……スキルレベルがわかるのだから、あの測定器に文句を言ったのか」
「そうなんだよ——って俺の言ったこと信じてくれるのか? スキルレベルがわかるユニークスキルだってこと」
「……ウソだったのか?」
「ウソじゃないよ」
「ならば、そうなのだろう。筋が通っている」
「…………」
「……なんだ?」
「いや、スヴェンも結構しゃべるんだなって」
「……驚くのはそこか? まあ、いい」
首を振りながらスヴェンはベッドに座り直した。
すっ……と俺を見た目の真剣さに、俺はたじろぐ。
「俺の剣術を伸ばすことはできるか」
「あ、ああ……たぶん」
「ならば頼む。俺に剣を教えてくれ。俺には……これしかないんだ」
やはりスヴェンは、少々ワケありのようだ。
翌朝のトレーニングで、俺とスヴェンは日の出に合わせて起きた。カートを押してサンドイッチを運んできたおばちゃんが「あら、早起きコンビで仲良くなったの?」とニコニコしていた。
サンドイッチをパクつきながら黒鋼寮からさほど離れていない広場へとやってきた。
「じゃ、スヴェンのトレーニング方法を教えてくれ」
「…………」
無言でうなずいたスヴェンはうなずくと、
「——せいっ! てぇぃっ! やあっ!」
剣を振り回した。
……うん、剣をね、振り回したよ。なんか見た感じ適当に。
大体スキルレベル100になると「一人前」とか「プロ」みたいな感じになるわけで、レベル67というのもそう悪くはない。「もうお前は素人とは呼べないかもな」くらいのレベルである。
本来は。
スヴェンは剣のトレーニングだけに打ち込んできているし、天稟も剣関係なのだからスキルレベルが上がりやすそうなんだが……。
「ストップストップ。あのさスヴェン、そのトレーニング方法って誰に教わったの?」
「……どうしても言わなければいけないか?」
「な、なんだよその反応……まあ言いたくなければいいよ。えーっと簡単に言えば、お前のトレーニング方法は『時間ばかりかかって無駄が多い』ってこと」
「!?」
いや、ビシッて固まられましても。
「つーかおかしいと思わなかったのか? 単に剣を振り回すのがトレーニングだって聞いて」
「……強い男だったから……」
「信用できる男だったか?」
「…………」
あーこれはアレですわ、騙されてますわ。だんまりしているスヴェンはうつむき加減でいたたまれないです、はい。
「それじゃあ俺のやり方を見せるから。——まずこれを見てくれ」
俺はスキルレベルを表示する。【刀剣術】はまた少しあがって348.58である。
「……俺の目がおかしいのだろうか。お前の【刀剣術】が348という数字に見える」
「合ってるよ。俺のは【剣術】じゃなくて【刀剣術】だけど、300越えてるから——ほら」
俺は落ちていた枝を拾って、「一閃」を発動させる。
斬撃が飛んで、草むらを切り裂いていく——のをスヴェンが目を剥いて見ていた。まあ見開いてもふつうの人間サイズにしかならない程度にはこの男は細目なのだが。
ちなみに枝は、ぼろぼろになって崩れていく。エクストラスキルは武器に負担が大きいんだよな。俺の愛用木刀ちゃんもそのせいでぼろぼろなのである。けっして貧乏だからぼろぼろなのではないんである。
「い、い、今のは……」
「レベル300なんだからエクストラスキルが使えるに決まってるだろ? これは100で使えるスラッシュだけど」
「師匠! 俺に剣を教えてくださいッッッ!」
いきなり土下座された。
早ーい。手のひら返しっていうか扱いの変化が早すぎる。サラマンダーよりずっと速……ヨヨは絶対に許さない。
「あ、うん、そんなことしなくても教えるから。別にスヴェンに恨みとかないし、ちゃんとわかるようにスキルレベルの数字を見ながら教えるから」
「ありがとう……!」
なんか泣き出しそうな顔で手を握られた。
それからスヴェンは俺の指導のもと、【剣術】のトレーニングを始めた。【剣術】って【刀剣術】とは微妙に違うから、武器の振り方とかはまた調べなきゃなあとは思ったのだけれども。
思ったのだけれども(二度言った)。
朝の2時間で、スヴェンのスキルレベルは2.09上がった。
「う、おおぉ、おおおおぉぉぉぉぉ……!」
スヴェン……今度はガチ泣きして喜んでたよ……。
マジ、スヴェンにウソ教えた「強い男」とやらは1回死んだほうがいいな。オリザちゃんふうに言うと「少なくとも2度死ね」だ。
スヴェンが なかま(でし)に なった!