秀才の少年は目を見開いて
一応ホテルに戻ってスヴェンに確認を取る。
「お前の天稟を教えていいか?」
「フッ、はい、フッ、フッ、フッ」
と素振りの合間に短く返事があった。
上半身裸で汗だくで、室内で剣を振り回しているスヴェンを見てテムズは目を丸くしながら、
「……ほんとうにヒマさえあれば剣を振っているのだな」
「まあ、そうでもしないと【剣術】が伸びないし、スヴェンには【剣術】がすべてだからな。——スヴェン、ちょっとレベル確認しようか」
「フッ、フッ、いえ、フッ、フッ、まだ確認したくは、フッ、フッ、ないです、フッ」
断られた。
上げるだけ上げてから確認したいんだよな、スヴェンって。期間を空けてまとめて記帳した預金通帳の数値を眺めるが楽しみなタイプである。
「そんじゃ、テムズのスキルレベル見てみるか? 俺の天稟にも興味があるんだよな」
「う……わ、わかった。どうしたらいい?」
天稟「試行錯誤」についてはすでに説明してあったが、実演はまだしていなかった。まぁ、往来でスキルレベル表示させてたりしたら騒ぎになりそうだし。
「腕出してくれればいいよ。ちなみにテムズの天稟って?」
「僕は……。その、『道を求むる聖職者』で、リッカは『歩みを止めぬ兵士』だ」
少しだけ言い淀んだのは、その内容があまりにも平凡だからだろう。
俺の生まれたセント村に唯一あった教会の神父さんが「道を求むる聖職者」の天稟を授かっていて、「聖職者としてはありふれたものですよ」と笑っていたっけ。まあ、商店を営んでるオッサンとか、農家のおばちゃんも持っている天稟だったので、「ありふれた」という言い方は間違いない。
そのくせ効果がはっきりしていないのだけど、「聖職者になるにはこういった天稟が必要」くらいの位置づけだった。俺も今までに「信仰」に関わるスキルを見たことがなかった。信仰ってのはきっと、技能じゃないからだろう。
一方「歩みを止めぬ兵士」もまたありふれたものだ。「軍属兵士に持ってこい」とか言われてる天稟で、剣や槍といった基本的な武器の修練に優れているが、かといってめちゃくちゃ高性能というわけでもない。俺が見た範囲だと「脳みそまで筋肉」な人たちが持っている天稟だ。
なんか……そういう過去の知識とリッカがそれを持っているというのは若干違和感があるが、天稟が性格を左右するというより、天稟の結果、そういう進路を選んだために性格がそっちに寄っていくみたいな感じかもしれないよな(事実、「道を求むる聖職者」の天稟を持っていたオッサンが不倫していたのを俺は知っている。天稟は性格を左右しない)。
ともあれ、テムズのスキルだ。
「それじゃスキルを見てみよっか。腕を貸して」
「…………」
半信半疑の顔でテムズが差し出した左腕を受け取った俺は、「試行錯誤」を発動させた。
ポゥ、と光って、そこには数字が表示された。
「!???!?!??!?!!?」
「あー、わかるよ、その驚きの表情。魔法かなんかだって思うよな」
平然としてたのはスヴェンくらいなもんだよ。こいつはある意味大物なんだよなぁ……。
で。
テムズのスキルはこういったものだった。
【薬術】111.83
【筆写】34.20
【馬術】25.98
【剣術】22.65
【防御術】10.31
【魔導】0.61
合計で205.58だ。そう、そうだよ、薬術以外は平均的なのがこのくらいの年頃で……って薬術すげえな!? それに「魔導」もあるじゃん!
「…………」
テムズは目をパチパチしながら数字を見ている。
「ソーンマルクス=レック……」
「ソーマでいいって」
「ソーンマルクス……」
「…………」
「ソ、ソーマ……」
よし、ようやくあだ名で呼んだな。
「これはなんだ?」
「いや、だからテムズのスキルレベル」
「『魔導』があるじゃないか!?」
「え、そっち? いや、確かにレアだけど」
今まで見てきた中で「魔導」持ちは俺以外にいない。学園長とかは100%持ってるだろうけどね。テムズが持っているのは意外ではあるんだけど、「聖職者」にそういう適性があるんだろうかねえ。
「テムズの『薬術』が100を超えてるけど、エクストラスキルは使えるのか?」
「あ、ああ……そろそろ使えそうだなと思ってやってみたらできたから、『薬術』が100レベル以上だということはわかっていたんだ」
テムズによると「薬術」のスキルレベル100で得られるエクストラスキルは「正確な計量」と言うらしい。「正確に計量できたぜ! ウェーイ!」みたいなスキルではもちろんなくて、物体の重さを目分量で正確にわかるようになるもので、薬の調合には重宝するらしい。
「薬術」を伸ばしている理由は、リッカ同様、騎士学校卒業後に騎士になれるとは限らないからだという。リッカが冒険者として貴重な素材を採取し、テムズがそれを調合して売ると。
将来のことをよく考えてて偉いなぁ——なんて感心していると、
「ソーマの天稟はとんでもないな……」
「まぁ、なにかのスキルが伸びやすいとかまではわからないんだけどな」
「それでも、『スキル鑑定』で手数料を取ればそれだけで食べていけるだろう」
なるほど、その手が! ——じゃない。
「いや、それもちょっと考えたことはあったんだけど、没にしたんだよな。天稟やスキルレベルの鑑定ってさ、本来結構なお金が掛かるものだろ? そこにはでっかいビジネスがあるわけじゃないか」
「ふむ……ソーマが彼らの既得権益を侵すことで報復されると?」
やっぱりテムズは頭がいいな。
「そういうこと。それに悪目立ちすると貴族に攫われて、一生幽閉されて鑑定をし続けなければならないかも……って寮のルームメイトに言われて。さすがにそれはないよなーって思ったんだけど」
「ありそうだな」
あるんかい。
やっぱりこえーな、貴族!
「……それにしても、やはり僕は自分に『魔導』のスキルがあったことが驚きだ」
「ああ、レアだよな」
「知っているのか、ソーマ? これは魔法を使う前段階のスキルなんだ。魔法使いならば必ず持っているものだ」
「でも『道を求むる聖職者』の天稟で取りやすくなってるスキルなら、持ってる人は多いんじゃないか?」
「そこだよ、変なのは」
「変?」
「魔法使いの数はこの王国広しといえど、100人にも満たない。だというのに『道を求むる聖職者』の所持者が簡単に『魔導』を持っていたらおかしいだろう」
「それは……単にその先の『魔力操作』スキルに至っていないだけじゃないのか?『魔導』だけだと魔法は発動しないだろ?」
「ほう。魔法に詳しいな、ソーマも」
「あー……ロイヤルスクールの学園長が魔法使いだし」
「学園長様は魔法使いなのか!」
テムズが目をキラキラさせている。荒事に向かないインドア派のテムズは魔法に興味があるんだろうな〜。
とは言え、ここで俺が魔法を使える話はできない。白騎獣騎士団のラスティエル様に釘を刺されたからなぁ……。「魔法を使える平民なんて使い勝手しかない」って。「試行錯誤」といい魔法といい、俺ってほんっと攫われる未来しかないんじゃないの!?
「『魔導』を伸ばしたらいつか魔法使いになれるかもしれないな……ぐふふ」
テムズがにやにやしているが、楽しそうでなにより。
「とまあ、俺の天稟はこんなところだよ。スヴェンの天稟についてなにか思いついたことはあったか?」
「そうだな、家に天稟のメモがあるからちょっと調べてくる——もう遅いし、話の続きは明日にしよう」
外は夕暮れどきだった。もうこんな時間か。
「いや、俺ら明日には街を出るからな!? 出国するから!」
「わかってる」
「わかってる、ってお前……」
「僕らも行くから」
「ああ、そうなん——え」
俺が固まっていると、テムズはこともなげに言った。
「リッカが、そうしたいって。ソーマとスヴェン=ヌーヴェルについていっしょにインノヴァイト帝国に行くと言っていた」