自分本位
「うっ、うぐっ、うう、うぐぅ……」
人気のない路地裏にしゃがみこんで、リッカが泣いていた。
性格的にそうだろうとは思っていたけど……負けず嫌いだったんだな。自分に自信もあったのかもしれない。ロイヤルスクールに通う俺たちと違って、卒業後に騎士になれるかわからないリッカたち。卒業後を見据えて行動しているリッカとテムズからすると、俺たちは温く見えたのではないか。
絶対に勝てると思っていたようだったし。
まあ、スヴェンはぬぼーっとしてるからわからないでもない。もしもリッカとテムズが個人戦の見学をしていたらその認識も変わっていただろうと思うけど。
「……なに、笑いに来たの?」
俺がリッカの横に腰を下ろすと、リッカは涙声で言った。
「まさか、そんなにヒマじゃねーよ」
「……じゃあ、なんなのよ」
「戻ろうぜ」
「……イヤ」
見た目はお子様だけど、将来を考えて行動できる子なのかと思っていたら、やっぱりお子様かもしれない。まあ、13歳か14歳だもんな。
「そうか。それじゃテムズにここにいるってだけ伝えておくよ」
俺は立ち上がったが、リッカは反応しなかった。
「……リッカ、ちょっと聞きたいんだが、どうしてあんなふうにスヴェンに絡んだんだ? お前にしては……って言えるほど深い仲じゃねーけど、少なくとも俺にはふつうに接するのに、スヴェンにはやたら絡んだじゃん」
そこはすこし不思議だったんだよな。
別にスヴェンがリッカになにかしたってことはない。スヴェンは他の人間との交流とかまったく望んでないタイプだからな。そこは俺がいちばんよくわかってる。
その割りに、別に好戦的でもなさそうなリッカがぐいぐい絡んだ。
「……アイツ、なにも考えてなさそうだった」
ぽつり、とリッカが言った。
顔を上げたリッカは俺を見てはいなかったけども、涙で顔はぐちゃぐちゃだった。
「え……ええ?」
「こっちはいろいろ考えて行動してるってのに、アイツはなにも考えず『修行』とか言ってんの。それが腹立った……お金で苦労したこともなさそうだし。アタシたちと違って、いい天稟だって持ってるんだろうって思った」
あ、あぁ〜……なるほど、そういう……。
「もしやスヴェンが貴族家の出身だから、金のことなんて考えたこともないって思ってる?」
俺が聞くと、こくりとリッカはうなずいた。
「アイツ、平民だぞ」
「……は?」
そのとき初めてリッカが俺を見た。
「しかもインノヴァイト帝国出身だから、その帰省に付き合うかなって思って俺もこのウェストラインに来ただけだよ」
「で、でも、外国出身でロイヤルスクールに入学って、インノヴァイトの名家出身なんじゃ」
「スヴェンはさ、剣技も滅茶苦茶だったんだよ、入学したとき。デタラメを教わってたらしくて。しかも天稟がえげつなくて、【剣術】以外のスキルが手に入らないし、その【剣術】の伸びもさほどよくないってものだった」
スヴェンの天稟である「剣の隘路を歩みし者」がどんなものなのかはわからない。資料にもないのだ。ただ俺の「試行錯誤」でスキルレベルを確認しても、スヴェンには【剣術】以外のスキルは一切生えなかったし、なんなら成長速度は他の生徒よりも遅かった。
「だけどスヴェンはさ、成長が悪くても訓練量で補った。それでメキメキ実力を伸ばして、さっき戦ったとおりのところまで成長したんだよな。アイツがどんな家の出身かはよくわからんし、リッカの考え通り、名家の出身かもしれないけど、それでもスヴェンはずっと剣のことで悩んで、苦しんで、耐え抜いて、ようやく芽が出たんだよ」
「…………」
「まあ、そんなとこだ。後で戻ってこいよ」
呆けたような顔をしているリッカだけれど、俺の言葉を拒否することもなかった。聞いていないってこともないし、うがった否定をすることもなかった。
いい子だな。
このくらいの年齢で、ヒネて育たなければきっと立派な女になれるぞ。
一足先に戻った俺はテムズにリッカの場所を教えてやると、「ああ、リッカは一度泣くと面倒だから放置しているんだ。ソーンマルクス=レックはよく泣いてるリッカと会話ができたな」なんてとんでもねぇことを言いやがった。
弟相手だとわぁーってぶちまけるのかな、少なくとも俺に対してはそんな面倒なことはなかったんだけどな。
「おー、師匠が来たぞ!」
ギルド内では勝利を収めたスヴェンの周りに数人のオッサンがいて、審判役のオッサンが俺に気がついて声を上げた。
「師匠さんよ、こいつを俺らにくれんか? 冒険者にしてえんだわ」
「剣一本ってのが心許ないが、盾も弓も使えるようになればかなり強いぞ」
「なにより根性ありそうなツラしてやがる」
オッサンたちがわいわい言ってくるが、
「あー、すんません。俺たちロイヤルスクールの生徒なので、騎士になる予定なんですよ」
俺が言うと、オッサンたちは、ぴしりと固まってから、
「……ち、ちなみにどのクラスなんだ?」
「黒鋼ですけど」
「よかった、黒鋼か! 驚かせんなよ!」
え、なにその反応。冒険者ギルドでも黒鋼差別があるんですか? わたし気になります!
「師匠、いかがでしたか、先ほどの俺の動きは」
周りの反応なんてまったく気にせずスヴェンが聞いてくる。
「あ、あー……手合わせは実戦とはまったく違うけど、相手がどんな攻撃をしてくるかの読み合いにおいては有効性があるんだわ。スヴェンは自分に自信を持ってる攻撃手法で行って、相手の出方を見るというのはよかったが、ちょっと素直過ぎるかもな」
「なるほど、剣速が足りないということですね?」
「…………まあいいや、それで」
こいつ、なにをどう理解して「なるほど」になったんだよ。
「ほぉー、お前さん、子どもなのになかなかどうしてちゃんと考えてるじゃねえか。『師匠』を名乗るのもうなずける」
「止してくださいよ……。あそこでパッと割って入ったおじさんこそヤバいでしょ」
「ほうほう、俺がどうやって入ったかもわかるんならなおいいな。お前も冒険者になるか? 儲かるぞ」
儲かる。
儲かる?
えっ、冒険者ってそんなに儲かるのか?
「師匠には崇高な志があるので、冒険者にはならない」
目が金貨マークになった俺の前にスッとスヴェンが割り込んで「ねっ?」という感じで俺を見てきた(ただし表情はない)。
「崇高な志ぃ? なんだそりゃ。金と酒と女より大事なもんがあるのか?」
金にも女にも縁がなさそうなオッサンが言う。酒は毎日飲んでそうだけど。
「ああ……いや、まぁ、そうね。別に崇高ってわけじゃないけど……」
そのとき俺の脳裏に浮かんだのは、黒鋼クラスのみんなであり、キールくんやリエリィであり、なぜかマテューにフランシス、ヴァントールにクローディアちゃんもだった。
「……ま、お前も男ならいろいろあるってこったな。冒険者やりたくなったらいつでもここに来い。冒険者のイロハから教えてやる」
オッサンは俺になにを感じ取ったのか、にやりとしてから肩をばんばんと叩くと(痛い)、他のオッサンたちを連れて出ていった。酒場に繰り出して一杯やるのだという。……今真っ昼間なんだが?
それはまぁ、ともかく。
俺は……「崇高な志」なんて持ってはいないし、なにかっていうと堅実でお金に困らない生活をしたいだけなんだ。それは変わらない。今後もそういう俺でありたい。変にリスクなんか取りたくないからな、何事もほどほどがいちばんだ。
だけど、黒鋼クラスのことは背負い込んでしまったかもしれない。
アイツらがちゃんと卒業できるまでのフォロー……いや。
——黒鋼士騎士団の新人騎士は、最初の1年で20%が命を落とす。5年にまで拡大すると30%が命を落とし、30%が退団し、正騎士を返上する。つまり10人正騎士になっても5年後には4人しか残らない。
そう、白騎獣騎士団正騎士のラスティエル様は言った。
卒業後に配属されてから、ちゃんと生き延びられるようなスキルは身につけさせてやる必要があるんだろう。きっと、配属後の問題を相談できるようにしたり、キールくんやリエリィにも頼んで、騎士団の垣根を越えたネットワークも作る必要がある。
おかしくなりかけてたフランシスやヴァントールみたいな連中が他にもいるかもしれない。
マテューやクローディアちゃんとも話して……。
……いや、やること多すぎるよな。
俺ひとりじゃ無理だわ。背負いきれない。
「師匠」
「お? おお……すまん、考え事してた」
スヴェンはもっともらしくうなずいた。
あなたの考えはわかる、すばらしい御方です、みたいな。
いやいや、俺はもっと自分本位の男なんだよ。そんなにご大層なもんじゃなくてさ。
「修行を始めてもいいですか」
とか思ってたら全然違った。こいつがいちばん自分本位の男だったわ。