立ち合うふたりと、したたかな兄
リッカが同い年だと教えると、スヴェンは疑わしい顔をしていたが「まぁ、師匠がそうおっしゃるなら……つまるところ、しごいてやれということですね?」とわけのわからない納得をしていた。
俺たちが冒険者ギルドに移動すると、その裏手にある広場で手合わせができることになった。
いやー……どういうことだよ。
やたらリッカもスヴェンに絡んでいくし。スヴェンが俺のことでブチ切れるのはいつものことだけど、リッカのほうはちょっとわからんよなぁ。
いやー……ほんと、どういうことだよ。
「——やれぇ! リッカちゃん! ブッころせぇ!」
「——剣士のほう、子どもだけどイケメンじゃん! いいお尻してるぅ!」
「——どっちもぶちかませぇ!」
広場には暇を持て余した冒険者たちが観戦しにやってきたのだ。君たち仕事しよ?
リッカは冒険者たちの間でも小さなアイドルみたいな存在のようで、圧倒的にリッカを応援する声ばかりだ。
「楽しみだな。僕らは『あの騒ぎ』のせいで、武技の個人戦を観戦できなかったから」
俺の横に立ったテムズが言った。
10月第3週にあった秋期国内統一テストの結果発表で俺はテムズとリッカという名前を知った。その1か月後、まさか学内武技個人戦にそのふたりがロイヤルスクールに来るとは思いもしなかった。
テムズもリッカも個人戦を見学していく気満々だったみたいだけど、個人戦の前日に事件があって——キールくんの武器に毒を塗ろうとしたマウントエンド校の教員を俺が発見し、白騎獣騎士団のラスティエル様といっしょに捕まえたんだ。
そのせいで他校の観戦は禁止になってテムズとリッカはウェストライン校にすぐ帰らされた。
「テムズは武技が好きなのか?」
「好きだ」
「へえ……ちょっと意外だな。リッカほど腕っ節はないって言ってたのに」
「儲かるから」
「なるほ——え、儲かる?」
テムズが指差すと、革袋を広げた少年たちが冒険者たちの間を動き回り、なにか札を渡し、代わりに銀貨や銅貨を受け取っている。
「賭けてんのか!?」
こくりとテムズはうなずいて、
「僕は胴元だから、絶対に負けない」
「ほぉぉ……すげぇな」
「…………」
え、なんだよその疑ってるような顔。俺、別にバカにしてるわけじゃないんだけどな。
「ソーンマルクス=レックはどうして僕が『すごい』だなんて言うんだ」
「え、だってすげぇじゃん。確かに賭け事は胴元がいちばん儲かるけど、賭けとして成立させるにはちゃんと倍率を管理しなきゃいけないし、胴元が儲けすぎたら参加者は不満が溜まるから、その塩梅もだって考慮しなきゃいけない。さらにはお前は子どもだし、集金してるのも子どもだろ? なのに冒険者たちは気にした様子もなく金を渡している。ってことはだ、お前はもう何度も賭博を成立させてきて、しかも冒険者たちも納得している運営ができてるってことだ」
「……ソーンマルクス=レックは博徒の家に生まれたのか?」
「ウチは田舎町の宿屋だけど」
「なるほど」
なにがなるほどやねん。俺ってそんなに宿屋っぽい顔してるのか?
「ああ、いや、君の観察眼、考えの深さは家族による教育ではなく自身の才覚なのだなと納得しただけだ。そう、ソーンマルクス=レックが国内テストで首席を取ったのをよく理解したということだ。正直言えば、僕が首席だと思っていたから、君が首席だと聞いて絶対に、100パーセント、完全に不正をしたと思っていた」
信用ねえなあ俺! 黒鋼クラスだからしょうがないけどさぁ!
俺は、今は亡き先輩方を思ってにらみつけた。
——勝手に殺すんじゃねぇ!
とフルチン先輩がフルチンで叫んでいた。
「なぜ遠い目をする?」
「別に……なんでもない……」
男のフルチンなんてどうでもいいわ。
「手合わせが始まるぞ」
おっと。スヴェンがなんかやらかさないようにちゃんと見てやらなきゃな。師匠として。
「ルールは簡単だ。有効打を加えるか、明らかに優位であることを示せば勝ちだ。木剣だからって当たり所悪ければ死ぬからな、注意しろや!」
ムキムキのオッサンが説明しているが、彼が審判なのだろう。
「準備はいいか!?」
「もっちろん」
「……問題ない」
リッカとスヴェンは10メートルほど離れて向き合っていた。
「双方用意——」
さっきまでの喧噪はどこへやら、広場はしんと静まり返る。
「——始めェ!」
号令の瞬間、ふたりは同時に動いた。
スヴェンは正面に木剣を構えたまま、リッカはだらりと木剣を右手に握った状態で、お互いが正面にロケットスタートしたのだ。
おい。
おいおいおいおい。
ぶつかるぞふたりとも!?
3メートル。
2メートル。
1メートル。
スヴェンが木剣を振りかぶった。
「遅っそ」
リッカの木剣は予備動作なしに振るわれた。振りかぶったスヴェンの、無防備な胴に吸い込まれていく——が、
「キエエエエエ!!」
とてつもない速度の振り下ろしがリッカの木剣をとらえ、一瞬、折れたのではないかというほどの音を立てた。
「!?」
ふつうなら剣が弾き飛ばされたであろう衝撃だったはずだが、だらりと構えているリッカの態勢がよかったのか、ギリギリのところで彼女は木剣から手を離さなかった。
「このッ……」
「————」
「!!」
リッカが踏みとどまって今度は両手で木剣を持ったときだ、スヴェンの眼光が彼女を貫いた。
……スヴェンって、ふだん無表情だから、こえーんだよ。
人殺したことあるよね? ってくらいの目なわけ。
一瞬、リッカの動きが止まってしまう。
すでにスヴェンは次の攻撃動作に移っている。
このまま行くとリッカにスヴェンの攻撃が——、
「ほい、そこまで」
俺が止めに入ろうと、「生命の躍動」まで使って飛び出そうとしたときだった。
審判役のオッサンが、ふたりの間に入った。
「……む」
スヴェンはオッサンをにらんだが、木剣に込められた力は抜かれている。
(オッサン、すげー……)
俺は素直に感心していた。
いくら木剣とは言え、本気と本気のぶつかり合いでやりあってるところに、何気なく、道を塞いでいるふたりの間を「ちょいとごめんよ」とでも言うかのように気軽に、割って入ったオッサン。
スヴェンとリッカのどちらが優勢なのか判別できるのはもちろん、攻撃の緩急のタイミングまできっちり見極めた上で止めに入った。
「決まりだな。勝者スヴェン」
オッサンが宣言すると、おおおお——と大きな歓声が上がった。
リッカに肩入れしてそうな声援が多かったのだけれど、いちゃもんをつけるヤツはいない。それはほとんどの冒険者が今の勝負の行方を理解していたのもあるし、オッサンに信頼を置いているというのもあるのだろう。
「やるじゃねえか、坊主。冒険者になるのか?」
「いえ。俺は師匠についていくだけです」
オッサンに聞かれたスヴェンがわけのわからない回答をしている。あれ、ちょっと待てよ、アイツ、俺が「農業やるぞ。やっぱ時代は一次産業だぜ」って言ったら「承知」とか言ってついてくる気? 主体性持てよ! そこは「騎士になります」だろ!?
「……リッカ?」
俺はふと気づいた。リッカは無言でこの広場を出て行くところだった。
「あ、待て、ソーンマルクス=レック」
テムズは止めるような声が聞こえたが、俺はリッカを追って広場を出て行ったのだった。