混ぜるな危険!
リッカが「ごめ〜ん、ちょっと急用できたから席外すね!」と言うと凶悪犯……もとい、冒険者のおっさんたちが人でも殺しそうな目で俺をにらみつけてきたんだが、そんなことはまったく気にせず(ちょっとは気にして欲しいです)リッカは俺とテムズを外へと連れ出した。
どこかでお茶でも、と思ったら、俺の取っている宿が結構近かったのでそちらに移動。1階にカフェが入ってるのでそこに入った。
ちなみに公園みたいな場所はまったく見かけなくて、「そんな場所があったら住宅を建てないと。州都内の居住希望者は何千何万といるから」とテムズが言っていた。熱気だけで言ったら王都より上なんじゃないだろうか……州都ってすげーな。
「ね、ね、どうしてソーマくんがここにいるの? もしかしてアタシに会いに来てくれた!?」
「ふつうに考えてそれはないだろ」
「えぇ〜、ガッカリ……」
心底落胆した、というふうに眉をハの字にして肩を下げるものだから、「あ、ウソウソ、ほんとはリッカちゃんに会いに来たんだよ〜」っておっさんなら言っちゃうんだろうな。あの冒険者たち、リッカに骨抜きにされてたし。
だけど俺はお前と同い年かつ精神年齢だけは高め! 子どもは周りにいっぱいいるから免疫もある!
「そんながっかりアピールしても無駄無駄。テムズが連れてきてくれたんだよ」
「ちぇっ。先にテムズに会ってたのか」
「ソーンマルクス=レックは僕に会うためにここに来たと言っても過言ではない」
「はぁ!? どーしてよ!?」
「過言だから。なにいきなり過言ぶっ放してるんだよ」
「僕がいなければ高値で素材を売れなかった」
「……その節はありがとうございました」
「えぇ!? ふたりでもうどこか行ってきたワケ!? ズルくない!?」
「ズルとかズルじゃなくて……ああもう、説明めんどくせーな!」
「めんどくさい女って言われたぁ〜!」
めそめそして、ちらっ、とこっちの様子をうかがってくるリッカ。
こいつ……13歳だか14歳でそんな小芝居打ってくるのかよ。リエリィやオリザちゃんも少しはこういうあざとさを見習って欲しいところ。
「ふ〜ん、王都とウチの州都じゃそんなに金額差が出るのね」
面倒ながらここまでの経緯を話すと、リッカは感心したようにうなずいた。
「まぁ、需要のあるところで売るっていうのは商売の常識だけどな」
「でもアタシは初めて聞いたよ? 冒険者もみんな知らないと思うけど」
「そりゃ、冒険者なら、差額で稼ぐよりも移動の時間で採取に出かけたほうが儲かるだろう」
後はまぁ、情報網がないとできない商売だし、まぁまぁしっかり算数ができないとふつうに損もするし。
「逆に冒険者ギルドは横のつながりがあるだろうから、ここで仕入れたものを他の州都や王都に運んで売っているかもな。冒険者に運搬の依頼を出して」
「冒険者を使って集めさせて、冒険者を使って運ばせて、儲けてるってこと!? ひどくない!?」
「商売ってのはそういうもんだよ。ちゃんと冒険者に料金を支払っているあたりギルドは良心的だ」
我が寮の同室であるリットくんを見ていると、むしろ冒険者ギルドの出納なんてガバガバじゃんって思ってしまう俺です。
「それよりリッカはどうして冒険者ギルドにいたんだ? 俺の認識だと騎士と冒険者って犬猿の仲って感じだけど……リッカは制服だし」
「あ〜、そうねえ、ここも騎士と冒険者は仲が悪いわよ? だけどそれじゃいけないって思って。せめて学生のアタシたちは仲良くなっておかないとさ」
「ん? どういうことだ? なにか冒険者に依頼でもするのか?」
「リッカ。ソーンマルクス=レックはウェストライン校のことをよく知らないのだ」
「あ〜……」
テムズとリッカのフランケン兄妹は、俺に教えてくれた。
そもそもウェストラインの騎士養成校は、圧倒的にロイヤルスクールと違うところがある。
卒業しても、ほとんどが騎士になれないのだ。
「……は? そんなことってあんの?」
「あるわよ。大あり。全体の2割くらいが騎士になるんだけど、残りはなれない。その2割だって、半分が貴族の血縁者とかだからね」
うんざりしたようにリッカが言うと、
「ほとんどが碧盾樹騎士団に入る。ごくごく稀に蒼竜撃騎士団、見た目がよければ黄槍華騎士団、女なら緋剣姫騎士団という道もある。あとは黒鋼士だ」
「じゃ、じゃあ、成績優秀なふたりは碧盾樹ってことか?」
「僕は座学の成績はいいが、武技はからきしだよ。その点、リッカは武技もいいから碧盾樹騎士団に入るのが最有力候補だ」
「だけどそれだってさ〜、確約ってわけじゃないし〜。特に女子だと、面接で気に入られるかどうか、みたいなところがあるし〜」
「面接!?」
「そーだよ。知らなかったの? あー、ロイヤルスクールはほとんどクラスで持ち上がりだからそーゆーのないのか」
ウッ、就職活動の面接が思い出されてきた……俺は就職内定してたところを断って、工場の清算をしなきゃいけなかったんだよな……めまいと吐き気が……。
「ど、どーしたのよ、ソーマくん。アタシのジュース飲む?」
「もらう」
「あっ」
リッカのグラスをもらうと、ぐいっと一気の飲み干した。ふー、甘くてさっぱりしてて、胃のムカムカがちょっと収まってきたぜ……。
「ちょ、ちょっと、ほんとに飲むことないじゃん!」
「悪い悪い、追加で1杯頼もうぜ」
「そ、そうじゃなくて、それ、アタシが飲んでたヤツなのに……もう! とにかく、アタシたちは騎士になれるかどうかもわっかんないし、なれなかったら軍属か、冒険者になるしかないのよ。だからああして冒険者とコネをつくってるってわけ」
「お前、冒険者になりたいのか?」
「んー……軍属は堅苦しそうだし、薄給だし。冒険者だったら一発で大金稼げることもあるでしょ? 幸い、アタシとテムズだったら効率よく稼げそうだしさ」
俺は合点がいった。
テムズは武技がからきしだが、そのぶん知識を貯めているのだ。
だから薬師ギルドにいたり、怪しげな業者を知っていたりする。
「騎士養成校の卒業生が、冒険者として大金を稼ぎ出したら、絶対ジェラシーされちゃうもんね〜」
「お、おう……。お前、ちっこいのにちゃんと考えてて偉いな。卒業後に騎士になれなかったこともちゃんと想定してるんだな」
「ちっこいは余計だ! あと、アタシとソーマくんは同い年よ!」
実際ちっこいので、ぷんぷんしているリッカを見ているとほっこりする。
もうちょっと詳しく聞くと、騎士になれなかった80%のうち、大金を稼げそうな上位と、軍にも見放された下位が冒険者になるらしい。ここにも格差がある。
と、そこへ、
「……師匠?」
スヴェンがふらりとやってきた。
「おお、スヴェン。部屋で剣を振ってたのかと思ったよ」
「師匠の気配がしたので」
気配がしたから下りてきたの? ふつうに怖いんだが?
スヴェンは素振りが終わった後にシャワーでも浴びたらしく、この冬だというのに火照った肉体に薄着だった。
じろりと、リッカとテムズを見やる。
「ハーイ、アタシはリッカでこっちはテムズよ。ソーマくんが師匠ってなに? どゆこと?」
小さくリッカが手を上げて挨拶したのだが、
「……ソーマくん……?」
スヴェンの額に青筋が立った。
「あー、こいつらは騎士養成学校のウェストライン校の生徒でさ……」
「師匠に対してなれなれしくはありませんか。師匠は高みを目指していらっしゃるすばらしい御方なのに」
「それほどの人間じゃないけどな!? あとまあ、別に俺は気にしてない——」
「アタシとソーマくんの仲だからいいじゃん。さっきだってジュースをふたりで飲みあいっこしたような仲だし!」
「!?」
挨拶をシカトされたのがムカついたのか、リッカがあおるように言うとスヴェンは驚愕のまなざしを俺に向けてきた。
え、いや、そんなにビックリすること? ウソだけど、ウソだけどね、「飲みあいっこ」って意味わからんしね?
「俺も……俺も師匠と飲みあいっこしたい……!」
「いや、ぜってーやだよ」
「あはははは! 嫌がられてるじゃん! あなたの師匠はアタシと飲みあいっこしたいって!」
「クッ」
待て待て。スヴェンの目から涙……血の涙が流れているように見えたが、その前に飲みあいっこってなんだ?
「ねーねー、ソーマくんって碧盾樹騎士団に入りたいの? それならうちの学校に転校したらいいじゃん」
「……へ?」
転校? そんなこと考えたこともなかったけど……。
「ソーマくんくらい勉強ができれば余裕で入れるっしょ。あ、武技はダメなんだっけ?」
「師匠をバカにするな! 師匠の武技はすさまじいんだぞ」
「それなら好都合じゃん。おいでよ」
リッカが俺の腕を取ってぎゅっと抱きついてくる。いや、もっと大人になって胸が大きくなってからなら喜ぶけど、さすがにお子様すぎるから……。
「ムキィ!」
だけどスヴェンはなんか怒ってる。
「師匠になれなれしい! 触るな!」
「ふーん。師匠師匠言うけど、あなた自身はどうなのよ」
「言う必要はない」
「……弱いってこと? じゃあアタシと勝負する?」
「子どもに剣を振るう気はない」
「!!」
その言葉はリッカに突き刺さったらしい、吊り上がってる目がよりいっそう吊り上がる。あちゃー、と俺が顔を手で覆うと、テムズは前髪で隠れてるっていうのに目をきらきらさせた。こいつ、トラブルとか大好きなタイプだ。
「冒険者ギルドに行くわよ! 勝負するんだから!」