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兄妹はつばぜり合いを演じる

第4章再開です。

活動報告にも書いた内容をこちらに引用しておきます。

・・

1章が入学と黒鋼クラス編で、2章が黄槍クラスとリット編、3章が蒼竜クラス編という感じ。

4章は冬休みですね。

そして4章は学園から離れます——スヴェンの里帰りに付き合って。

そう、4章はスヴェン編です。


時間軸を整理すると、3章は秋の武技個人戦があって(優勝キールくん、2位スヴェン、トッチョがベスト8、オリザちゃん(女子の部)が5位。クラス別だと1位は緋剣、2位は白騎、3位は蒼竜、4位黒鋼)、最高学年の5年生は3学期を前に卒業。

なぜこの時期に卒業かと言えば、冬は政治の季節であり、5年生は早速そこに組み込まれているからですね。

とはいえ1年生かつ平民のソーマには関係ないので、スヴェンの里帰りについていくという感じです。

 サウスロイセン州は南に向かって大きく広がっている土地で、豊かな大地がもたらす実りがクラッテンベルク王国各地に出荷され、人々の空腹を満たしてきた。

 その街は古くから農業の街として有名であり、歴史を感じさせる街並みと、年中温暖な気候から、裕福な観光客が訪れるような街でもあった。


「……久しぶりに食べたが、やはり美味いな」


 薄皿に盛ったライスを食べたジノブランドはぽつりと言った。

 王立学園騎士養成校(ロイヤルスクール)の教員にして、第1学年黒鋼(ブラック)クラスの担当である彼が、この時期——「政治の季節」と呼ばれる12月に里帰りしたのはここ何年もなかったことだった。


「お兄様、ライスだけをそのまま食べて『美味しい』だなんて初めて聞きましたわ」


 と言ったのはジノブランドと同じ、くすんだ茶色い髪を持つ女性——おっとりとした上品な女性だった。ジノブランドの妹のランジーンだ。


「お前は……黄色いライスを食べているのだな?」

「ええ、あれからずっとこればかりですわ」


 ランジーンはビタミンB1欠乏によって起きる脚気によって長年苦しんでいた。脚気は白米ではなく玄米を食べることで予防することができる。ランジーンの皿に盛られているのは玄米だった。


「別にパンを食べるのでもいいのだろう?」

「そうですが、私はやっぱりライスが好きですから——さあ、お兄様、料理も楽しみましょう」


 ふたりがいるのは街でも有数のレストランで、テーブルには多くの皿が並んでいた。様々な色や長さ、太さも違う腸詰め(ブルスト)、塩漬けした豚のすね肉をほろほろになるまで煮込んだアイスバイン、鰊の酢漬けにたっぷりとした野菜。

 王都やロイヤルスクールのレストランには出てこない、ジノブランドにとってはふるさとの味だ。気づけばナイフもフォークもフル回転だった。こんなに自分は飢えていたっけ? と思うほどに。


「まあ、お兄様がこんなに召し上がるなんて……もっと頼みましょうか?」

「い、いや、いい。食べ過ぎると頭が働かなくなるからな」

「せっかくのお休みなのですから頭を休めてはいかがですか? きっとお兄様の頭もお休みしたいのでしょう」

「妙なことを言うのは止めなさい。頭は私の忠実なるしもべだ」


 ムスッとした顔でジノブランドが言うと、ランジーンはくすくす笑った。


「……なんだね」

「お兄様は変わられましたね」

「それはお前が——」


 元気になったからだ、と言おうとして、ジノブランドはその言葉を呑み込んだ。

 妹のランジーンが体調の異常を感じ、脚気——この地域では「黄壊病」になったとわかってから、ジノブランドはランジーンを治療する方法を探し続けた。

 希少な薬剤を手に入れるには莫大な金が掛かる。ジノブランドの事情を知って金や薬剤をちらつかせる筋の悪い貴族も多かった。黒鋼クラスの平民(・・)を退学に追い込むようプレッシャーを掛けられたりもした。

 長く苦しい時期が続いたが、今はランジーンも元気になった。

 それを今さら蒸し返したとて意味はない——。


「……私が、ずっとお兄様の負担でしたからね」

「違う」


 ジノブランドは即座に否定した。せっかく元気になったというのに悲しそうな顔をすることはない。もう十分悲しい思いをし、絶望もしたのだから。


「そうだ、お前は聞きたがっていたな、ロイヤルスクールがどんなところかを」

「え、ええ……でもお兄様は守秘義務があるからと教えてくださいませんでしたね」

「まあ、重要な秘密はもちろん話せないが、どんなことがあったかくらい話すのは構わないだろう」

「ほんとうですか!?」


 ランジーンが表情を輝かせた。

 というのも、彼女は学園がどんなところなのか大変な興味を持っていたのだ。長く病床にあった彼女にとって、娯楽は読書くらいのものだった。多くの物語を読んできたが、中でも学園が舞台となるものは——一応、建前上は架空の学園なのだが明らかにロイヤルスクールをモデルにしている——ぐいぐい引き込まれた。兄が実際にそこで教鞭を執っているというのもある。


「……お前が期待しているほど波瀾万丈の話ではないぞ」


 ムスッとしてジノブランドは言ったが、目をキラキラさせてランジーンが自分を見つめてくるので、悪い気はしない。それどころか、病床で虚ろな目をしていたときを思えば、話ひとつに喜んでくれる今のなんと幸せなことか。


(すべてソーンマルクスのおかげか……)


 教員という立場にありながら、黒鋼クラスを冷遇し続けたことを謝っても謝りきれるものではない。ソーマは「気にしてない」と言っているし、脚気の治療法まで教えてくれたのだからむしろ好意的ですらあるように思える。


(いっそ、恨んでくれたほうが楽だというのに)


 どれほどのことをすれば彼に、黒鋼クラスに報いることができるというのか、ジノブランドはすぐに思いつかない。彼らに寄り添い、苦労していれば手を差し伸べ、陰ながら力になり続けるしかないと思っているし、その覚悟もできている。

 ランジーンもソーマのことは知っているのだが、細かい内容や、学園でどんな生活をしているのかまでは教えていなかった。


「先に言っておくが、不愉快に思うかもしれない」

「不愉快……ですか?」


 ジノブランドは、ランジーンに話をした。

 己の罪も包み隠さず。

 最初こそランジーンは痛々しい顔をした——それはとりもなおさずランジーン自身が原因でジノブランドにつらい思いをさせたからだ。

 だけれど、その表情は次第に和らいでいく。

 語っているジノブランド自身の表情も柔らかで、「ソーンマルクス」という名を口にするときにその少年への深い感謝と愛情が滲んでいたからだ。


「——するとお兄様、ソーンマルクス様は……」

「待て、ランジーン。『様』付けなど必要ない」

「ですが、私の病気を治してくださった方でしょう? さらには学園卒業後は騎士になられるのです」

「そ、それはそうだが……」

「ソーンマルクス()は、平民でいらっしゃるのに入学試験で首席をとり、現在も首席でいらっしゃる。のみならず黒鋼クラスの平均点を大いにアップさせ、お兄様の面目が丸つぶれだと。さらには複数の貴族子息を相手取っても決闘で倒せるほどの武技実力者であり、なんとレッドアームベアも討伐してしまった。極めつきは白騎獣騎士団の正騎士様からも一目おかれてスカウトされている御方だと」


「面目が丸つぶれ」と言われたジノブランドはムスッとした顔でうなずいた。


「まるで物語の主人公のような御方ですね。夜の闇のような漆黒の髪に目も目立ちますし……お兄様から先にこのお話を聞いていたら、以前学園にうかがったときにもっとお話しさせていただきましたのに」


 ほう、とランジーンは息を吐くとお茶を口に含んだ。


「ちょっと待て、ランジーン。ソーンマルクスとこれ以上話す必要はないだろう?」

「なぜですの? 私の恩人ですよ。それに『黄壊病』撲滅の立役者ではありませんか」


 ランジーンは自分の掛かっていた「黄壊病」をなくすべく、「症状が現れたら玄米を食べよう」という啓蒙活動をしている。彼女自身が患者であったこともあって、最初は半信半疑だった医者も病人が快癒するのを見ると、協力してくれるようになった。

 問題があるとすれば玄米の料理メニューが貧弱で、ふつうに炊いても白米より味が劣るために人気がないことだった。ランジーンは今はレストランと組んで病人食としての玄米活用を目指している。今ふたりがいるレストランがまさにそのレストランだったりする。


「ソーンマルクス様……私が読んだどんな小説の主人公よりも博識で、勇敢でいらっしゃるのですね……」

「ま、待てランジーン、なにか勘違いしているぞ。ソーンマルクスは無謀なだけだ。勇敢とかそういうものではない。そのくせどこか老成しているようなところがあってだな」

「まあ! ミステリアスな御方でもいらっしゃるの!?」

「アイツはまだ13歳とか14歳だぞ!?」

「年齢は関係ありませんわ。……それともお兄様は『年甲斐もなく妹がはしゃいでいてみっともない』とでも思っていらっしゃるのですか?」


 ジッ、と見つめられたジノブランドはあわてて首を横に振った。

 こういうときに恐ろしい迫力がある。


「よかったですわ。年が明けて、お兄様が学園に戻られるタイミングでお礼かたがたソーンマルクス様をうかがいますね!」

「え!? そ、それはダメだ!」

「なにがダメなのですか」

「今、お前は勘違いして興奮している。そんなお前をソーンマルクスに合わせるわけにはいかない!」

「いいえ、会いに行きますわ。『黄壊病』の撲滅運動についても是非ご報告しませんと」

「ダメだったらダメだ」

「お兄様の許可は要りませんわ。でしたら、私はお兄様とはタイミングをずらして学園に向かいます」

「!?」


 いつの間にこんなに反抗的になってしまったのか、愕然とするジノブランドを見て、


「ぷっ、ふふっ、ふふふふふ」


 ランジーンは笑い出した。


「な、なにがおかしい……?」

「だって……ずっとベッドにいた私が、こんなふうに駄々をこねてお兄様を困らせているんですよ? 1年前には考えられないことですわ」

「…………」


 それはそのとおりだった。


「……ソーンマルクスには感謝してもしきれんよ」

「でしょう! ですからお会いしに——」

「だがそれとこれとは話が別だ!」

「えー」


 ふくれた顔をする妹を見て頭を抱えながら、ジノブランドは再度ソーマを思い出すのだった。今ごろどこでなにをしているのやら。

4章は書き上がっているので、このまま毎日朝6時更新で4章終わりまで行きます!

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[良い点] お帰りなさい! [気になる点] ソーマの周りには女がたくさんいるんだぜー あと美形男も
[良い点] おかえり
[良い点] 待ってました!!! [一言] めっちゃ嬉しいいいいいい!!!!!
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