卒業式は華やかに
●前回あらすじ:
ラスティエル公子からマウントエンド校からやってきた教員(死亡)の企みについて聞いたソーマ。そこには第1王子クラウンザードと第3王子ジュエルザードの、次期王位継承権争いが見え隠れしていた。
ソーマはそういう陰謀からは離れたところにいたい。スヴェンの修行に付き合いつつも、12月、最高学年の卒業式を迎えようとしていた。
冬の訪れは急だ。
上着を着なければ寒いなぁ、黒鋼クラスの黒のパーカーじゃあ物足りないかもなぁ、なんて思っていると一気に寒くなる。
卒業式が行われるのは12月の第2週だ。
ここから2か月ほどの冬期休暇に入り、2月の後半から3月にかけてちょろっと学校では授業があり、そのまま4月の新年度が始まる。
「いてぇ……」
「痛いです……」
「……君らバカなの? バカなんだろうねぇ? 卒業式前日に死ぬほどトレーニングして、当日は全身筋肉痛なんて。そんな君らに見送られる卒業生はかわいそうだよねぇ?」
今日も今日とて我が同居人リットの舌鋒は鋭い。
ていうかなにひとつ反論する余地がないのだけどな。
痛い身体を引きずって卒業式が行われる円形の学生講堂へとやってくると、2階席、3階席、4階席まですべて生徒たちで埋まっている——色とりどりの制服に身を包んだ生徒たち。
ただ、卒業生たちだけは服装が違う。
各クラスによってバラバラだった制服のレギュレーションも、卒業のときには統一されているらしい。とは言っても一か所だけだけどな。
みんなそろいの、真紅のマントを羽織っているのだ。
卒業式のことはあまり語ることがない。
ジュエルザード第3王子が卒業生の代表として演説しているが、それをうっとりと多数の女子生徒が聞いているのは入学式のときに見たとおりだし、数人ぶっ倒れて医務室に運ばれていくのもまた同じだ。
(そういや……アイツらもう見なかったな)
ウェストライン校から武技個人戦の見学に来ていたテムズ=フランケンとリッカ=フランケンの双子の兄妹。
あれ、どっちが上だっけ。姉弟? まあいいか。
蛇の目の教員がやらかしたせいで他校の見学は中止になったと後になって聞いた。だから個人戦が始まったあとは見なかったんだろう。
そのまま学校に返されたんだとしたらちょっとかわいそうだな……。
俺がそんなことを思いながらステージ上のジュエルザード殿下を見ていると、1階最前列付近に陣取っている白騎クラスに気がついた。
(……おっ、キールくん)
俺の視線に気がついたのか小さく手を振ってくれる。その姿、まさに天使。ああ、キールくんがこれから声変わりするなんて信じたくないんだぜ……。
「!?」
と思っていたら2階席後方からめっちゃこっちにらんでる視線にも気がついた。
お、おぉう……あれは蒼竜クラス。ヴァントールさんじゃぁありませんか。
別名チンピラ。いやもうチンピラでいいな。
個人戦が終わってから報復でもしてくるのかと思いきや、意外や意外のなしのつぶて。情報通のリット(守銭奴・学内の情報は銀貨1枚で教えてくれる)からは、「蒼竜クラス内で順位の入れ替わりがあったっぽいよ。さすがにヴァントールについていけないって生徒も多くて、それで今は女子生徒がクラス代表になって今はなりを潜めているみたい」とのこと。
まあ、絡んでこないならそれはそれでいいけどな。
暑苦しいのはトッチョとスヴェンのバトルだけで十分だ。
ていうかこのふたりもだいぶ名前が売れた。特に1年生の間では知名度爆上がりで、上級生からも知られている。
それがどれくらい知られているかと言えば、こないだみたいに学園レストランで「護衛にしてやろう」という上級生がちらほら出てくるくらい。
これを見て他の生徒が知り、さらに広まる……というサイクルみたいだ。
みんな、ウワサが大好きだよな。
ちなみに言うと「裏☆ロイヤルスクールタイムズ」での最近のネタは、「無口(見せかけて口下手なだけで内側には熱く燃えるパッションがある)孤高の剣士」を奪い合う「細長くて硬い槍(隠喩)の戦士」と「燃える竜のテクニシャン(直喩)」という組み合わせらしい。ルチカ大先生の筆は今宵も絶好調だ。
そんなルチカはトッチョとの仲も良好で、今日の卒業式が終われば2か月の冬期休暇になるのでふたりで実家に帰るらしい。
俺もトッチョの実家に来ないかと誘われたんだけど、断った。
いやさ、先約があっただけってだけなんだけども。
『改めて言おう。白騎クラスの仲間たち、競い合った他のクラスのみんな……ほんとうにありがとう。そしてこの先、騎士の道に進んでもみんなよろしく!』
ニカッ、と笑って見せたジュエルザード第3王子に、キャァァァアアアアォォォオゥッととんでもない黄色い歓声が上がり(男も混じってないか?)、バタンバタンと女子の倒れる音があちこちで聞こえた。それをまたも、学園の事務員たちが手早い動きで回収して医務室へと運んでいく。
『我ら進む道は違えども、志はひとつ! 王国に栄光あれ!』
真実はいつもひとつ、みたいな感じだった。
栄光あれ、という声とともに卒業生たちは一斉にマントを脱いだ。
その瞬間、マントは炎の鳥となると中空へと舞い上がる。
同時にゴウンゴウンと軋みながらも講堂の屋根がばっくりと左右に開いていく——すげー、全天候対応のドームみたいだな。
青空と、太陽の陽射しが降り注ぎ、炎の鳥たちは混じり合い、あるいはくるりくるりと回転しながら空へと上っていく。
最後は、パンッ、パンパンッ、と花火のように弾け飛んだ。
ワァッ————。
生徒たちの歓声が響き渡る。
こうして、ジュエルザード第3王子たちの卒業式が……俺たちにとっては初めて目にする先輩たちの卒業式が終わった。
いやしかし、派手だよね。
「おー、だいぶ大荷物だな」
黒鋼寮の自室に戻ると、リットがドデカいリュックを前に思案顔だった。
俺が後ろから声を掛けると、ハッとしてリットが振り返る。
「ソーマ! お願いだよ。王都まで運ぶの手伝ってよ!」
「ん、それは構わんぞ」
「やったっ。銀貨1枚でいい?」
「いや、別に同室なのに金なんて取らんよ」
「いやいや、こういうのはしっかりしておかないと」
「いやいやいや、ほんとに同じ部屋のよしみだろ」
「いやいやいやいや、貸し借りはよくないから」
「それなら銀貨2枚か3枚が相場だろーがなに値切ってんだよ」
「チッ!」
リットが守銭奴顔になりながらも、銀貨を2枚出した。
俺だってリットに金を渡しっぱなしではないのである。
「毎度あり。——スヴェン、そんなわけだから王都経由で行くぞ」
「はい、もちろんです」
2か月の休暇中は学園にいる——とスヴェンは言ったのだが、いやいや待て待て。なにもないここで2か月なにしてるの? 修行? なんて聞いたら真顔でうなずいたスヴェン。
死ぬから。食堂もやってないし冬で雪も降れば寒さもあってふつうに死ぬから。
ここで冬期休暇を過ごす猛者もいるようだけど、そういうヤツらは食事を毎日運び込めるような資産家出身なのだ。
俺だって自分の生まれ故郷に帰るつもりもなく、リットから「じゃあいっしょに王都でお金稼ぎする?」と言われてそうすっかなと思ったのだが——そしたらまたもスヴェンが、
——実家に一度帰ります。
と言った。
スヴェンの……実家?
え? お前実家あったの?
と失礼極まりないことをマジで考えちゃったんだけど、あるらしい。
しかも、国外!
お前どうやってこの学園に潜り込んだの? とますますワケがわからんかったが——それはともかく、スヴェンが実家に帰るというので、それは面白そうだなと俺も「同行したい!」と言うとスヴェンは喜んで同行を許可してくれた。
うん……喜んでたんだと思う。
無表情だったけど、たぶん。
これがトッチョの実家行きを断った俺の「先約」だ。
「おぉ、ソーンマルクス……お前たちも今日出発か」
俺が自分の荷物を手早くまとめ、リットのドデカいリュックを背負って降りていくと、黒鋼寮のロビーには担任のジノブランド先生がいた。
「あれ? 先生、どしたの? ランジーンさんに会いた過ぎてとっくに帰省してるかと思ってた」
「……お前、俺をなんだと……まあ、いい」
脚気に苦しんでいた妹さんはすっかり元気になったけれど、ジノブランド先生も「生徒を導くのは教員の使命!」という謎の責任感であまり会いに行っていない。
たまの休みくらいは気兼ねなく行けばいいのにねえ。さすがに今回は行くんだろうけど。
「初めて帰省する者も多いから、乗合馬車の乗り場についてや、休暇中の注意についてレクチャーしに来たんだ」
「へー……」
「……お前には必要なさそうだな。くれぐれも気をつけて帰れ。あとくれぐれも問題を起こすなよ?」
「起こすわけないっしょー。休暇中くらいはのんびりしますって!」
「…………」
え? なんで疑わしい目で俺を見てくるの?
「……まあ、いい」
ジノブランド先生はクラスメイトたちがいるほうへと歩いていった。
「んだぁ? お前も帰省すんのか、ガリ勉」
「なんだ、フルチン先輩か」
「いい加減その呼び名止めようぜ、な!? 見ろよこれ、ズボンだ! ズ・ボ・ン!」
「じゃ、俺もう行くんで」
「おいぃ! なにシカトしてんだよ! 俺も王都に行くんだぜ。家族が来てるからな」
「……リット、ちょっと時間ずらすか」
「露骨に避けるんじゃねえよ!」
「てか、先輩は昨日卒業式だったでしょ? なにしてるんですか? もしかして留年? やっぱりなあ〜」
「やっぱりじゃねえよやっぱりじゃ。これでも寮長だからよ、次の寮長にバトンタッチしとかねえと卒業もできねーんだよ」
「あ、そういうものですか……で、次の寮長はどちらに?」
まーた寮費をちょろまかすようなヤツだとしたらシメてやらなければいけませんよねえ……フヒヒ、と俺が舌なめずりをしていると、
「ん?」
とんとん、とフルチン先輩が俺の肩を叩いた。
「なんすか?」
「お前だよ」
「なにが?」
「次の寮長」
「え? 俺……」
きょろきょろと周囲を見ると、みんながうんうんとうなずいている。
「ファ——————!? 俺まだ入学して1年ですけど!?」
「今の2年以上も全員賛成だったよ。くっくっ、その顔を見られただけでも直接言いに来た甲斐があったぜ。そんじゃな! 寮長の部屋は俺が使ってた部屋だ。せいぜい寮をよくしてくれよな、あばよ!」
片手を振ってフルチン先輩は去っていく。
「マジかよ、俺が寮長……」
いや、考えようによっちゃいいんじゃないか? お金の部分は全部透明にできるし、無駄遣いはビシバシ取り締まれる。
それに寮長の部屋は1階だから、もうつらい階段を上がる必要も……。
「って、待って待って待って! 寮長の部屋ってあのクソ汚いとっちらかった部屋かよ!? ちゃんと片づけたんだろうな!?」
寮の出口に立って、首だけこちらを振り向いたフルチン先輩は「ニカッ」と笑って見せるとウインクとともに親指を立てて見せた。
直後、脱兎のごとく逃げ出した。
「あんのクソフルチン……ぜってぇ片づけてねぇな……」
ぴきぴきと俺の額に青筋が立つ。ああ、これは絶対に許されませんわ。この恨み、俺が卒業して騎士団に入った後に絶対に晴らして見せますわ。
「君……こんな日までバタバタとなにやってんだよ」
やれやれとばかりにリットがため息を吐き、
「師匠、早く行きましょう。馬車に遅れます」
とスヴェンが言ってくる。
「おぉ……まあ、片付けは後ででいいか。それじゃみんなも元気でなー。また新学期に会おうぜ」
ロビーにいたクラスメイトたちに手を振って、俺は黒鋼寮を出た。
さあ、2か月もの休暇が始まる——とか思っていたら。
「おィ」
寮の前に仁王立ちしていたのは、蒼竜クラスのチンピラ——もとい、問題児。
ヴァントールはたったひとりでそこにいて、スヴェンをにらみつけていた。
手に1本ずつの模擬剣を持って。
「スヴェン=ヌーヴェル……勝ち逃げは許さねぇ」
ヴァントールが剣を投げると、スヴェンの足元に転がった。
「…………」
「……おい、スヴェン。まさか受ける気じゃないよな?」
「師匠、すみません。挑まれた勝負に背は向けられません」
そうだった。こいつはそういうやつだった。
長い旅路へ出発の日に模擬戦とかアホか。
「ヴァントール! 今日はこっちは取り込んでるんだ。今度にしてくれよ」
「……剣士の戦いに口を挟むな」
「ハァ? 剣士ィ?」
ヴァントールは相変わらずスヴェンをにらみつけているものの、それは憎しみとかではなくてどこか恍惚としたような雰囲気があった。なんせ口の端がほんの少し歪んでるからな。
あー、わかりましたわ。
同類だわこいつ。
スヴェンと同類。
剣のバカ。
「チッ、しょうがねえな。審判は俺が務めてやる」
「トッチョ!?」
お前どっから出てきた?
「ソーマ……コイツらの目、マジだぜ。審判がいなきゃお互いの命を取っちまうかもしんねー」
自分に酔った目でなに言ってんだコイツ?
「剣士の戦いは命のやりとり。危険は承知の上」
「フッ、わかってるなら話は早い。さあ、剣を執れ! 始めるぞ、男と男の戦いを」
いや、スヴェンもヴァントールもなに言ってんの?
「ふおおおおおおおっ」
俺の背後からはルチカ大先生の興奮する鼻息が聞こえたけど、俺の、ルチカに対するイメージを壊したくないので振り返るのを止めた。
「ねえ、ソーマ……どーすんだよ、これ」
「しょうがねえよもう。やらせとこうぜ……お前の荷物先に運んでやるから」
「う、うん、それならいいんだけど」
すでにスヴェンは自分の荷物を置いて剣を拾い上げ、「模擬剣とは言えこれもまた剣。粗末に扱うなど言語道断」とか自分の世界に入っている。
俺はリットを促して先に王都に行ってくることにした。どうせ往復してもまだ剣を振り回してるんだろうし。
「スヴェン! あとで戻ってくるからここにいろよ!」
「承知! キエエエエ!!」
承知、じゃねーよ。もうおっぱじめやがった(模擬戦を)。
「だ、大丈夫? あれヴァントールだよ?」
「大丈夫だ。お前だって次の予定があるんだからさっさと行こうぜ」
「いや、でもさあ、めっちゃツンケンしてる狂犬みたいなヤツじゃん」
ツンケンしてる、ヤツは狂犬、それは強権ヴァントール! なんてな(クソラップ)。
「……アイツ、スヴェンと同じ剣のバカなんだよ。でも蒼竜にはヴァントールを理解してくれるヤツがいなかった。そんで持て余した欲求を解消する方法もわからず、クラスを暴力で引っ張ってたってとこさ」
「…………」
「今は他のヤツがクラスのリーダーなんだろ? だからヴァントールは正直、肩の荷が下りたんじゃないかな」
「……でもアイツ、アッサールをボコボコにしたじゃないか」
「そうだな。準々決勝でも白騎クラスの男子に、やらんでもいい追撃を食らわしてた」
「そんなヤツを許せるの!?」
「許すか許さないかは、俺らじゃなくてアッサールが決めることだろうな。んで、たぶんヴァントールはアッサールに謝りたいと思ったんじゃないか? だからひとりで黒鋼寮まで来たんだよ……スヴェンに挑むっていう体で。貴族だから体面は必要だろ? たぶんトッチョもそこはわかってる」
俺が言うと、リットは目を瞬かせた。
「君……ほんとは貴族なんじゃない?」
「え?」
「よくそんなとこまで気がついたね。ボクですらそこまでは考えが至らなかったのに……」
「あー」
それはどっちかと言えば、前世で塾の先生をやってたからかもな。
子どもの考えることは割と似通っているというか。
「スヴェンもわかってやってるのかな」
「いや、スヴェンはわかってないだろ」
「だよね。なんか安心した」
リットが笑った。
俺も笑った。
「それはそうと、聞かせてもらいましょうか? 王都でどんな金儲けを企んでいるんですかねえ?」
「ふっふっふ、情報料は高いよ?」
「え、そこで金取るの?」
「冗談だよ。……ってなんで真顔で引いてんのさ!?」
「いやリットさんならやりかねないって」
「ボクをなんだと思ってるの!?」
「守銭奴——ほごぉっ!?」
リットのグーパンが俺の腹に刺さった。
く、くそっ、こいつもだいぶ強くなってきたな……効くぜ……。
そんなバカなことをやっている間に、俺たちは王都へと続く門までやってきた。
「ソーマ」
「おん?」
「……くれぐれも気をつけてね。ボクらは学生だけど、ロイヤルスクールの騎士見習いでもあるんだ。外国へ行くということは、その身分に応じた振る舞いが求められるってことだよ」
「わかってる。少なくとも俺なんて平民の皮をかぶっていくから」
「そういうことじゃなくて、身分がバレたときとか、国際問題になったりするかもしれないからね?」
「おいおい、そんな大げさなこと……」
「…………」
「……リットさん、マジで言ってるんですかね?」
「大マジです」
「…………」
「…………」
「……気をつけます」
「よろしい」
ふふん、と笑ってリットは門を通り学園の敷地から出ていった。
俺は、
「リットにはかなわないなぁ……」
と苦笑してついていくしかない。
さあ——冬休みだ。
初の国外。というか地元の街と学園と、王都以外俺はほとんど知らないんだよな。
王都だってごく一部しか知らない。
この世界は知らないことばかりだ。
楽しみだな。
ここまでで3章は終了となります。
またちょっと期間は空くと思いますが、4章は「冬休み、そしてスヴェンの実家(国外)」編となります。
構想を練ります!
あ、それとコミカライズ版学園騎士のレベルアップ! は引き続き白石先生が絶好調で連載を続けてくださっていますので、こちらもよろしくお願いいたします。
書籍や電子書籍はもちろん、双葉社がうがうモンスターのコミックアプリやその他電子コミックサイトで配信中です。
原作書籍版よりも先に進んでいますよ〜。