思惑と熱意は絡み合う
●前回あらすじ:
武技個人戦に仕掛けを施そうとしてソーマとラスティエルに捕まった教員は、マウントエンド校から来た人間だった。彼は取り調べ前に収監施設で自殺したという。
それにショックを受けるソーマだったが、リエリィが慰めてくれた。
お昼時に学園レストランに行くと上級生に「護衛になれ」と絡まれているトッチョとスヴェンがいたが、ふたりはなんなく追い払う。それを眺めていたソーマのところに現れたのはラスティエルだった。
「ラスティエル様、まだなにか用があるんですか?」
「おお、もうちょいしたら学園を出なきゃいけねーからさ、話しておきてーなって思って」
「……師匠、俺は修行しても?」
スヴェンが真顔で言う。男とおしゃべりよりも修行のほうがいいか、そうか——じゃなかった。
「いやいやいや、今日は寝ておけって。肉体を回復させないまま修行しても意味ないぞ」
「ぐぬぅ、しかし……1日怠けるとスキルレベルが……」
「下がる。それでも、痛みをこらえながらトレーニングをしてもケガの回復が遅くなり、変なクセがつくこともある。結果的にそれは上達の遠回りになる」
「……なるほど。では倒れたアッサールの見舞いくらいは」
こいつ、なかなか殊勝なところもあるのな。
トッチョの取り巻き四人衆のひとりで、個人戦でがんばったもののヴァントールにやられてしまったアッサールは王都の病院で治療を受けている。
そう説明するとスヴェンは納得したようで、うなずいて去っていった。
するとラスティエル様が笑った。
「ははは、おもしれーヤツだな、アイツ」
「いや、まあ……いいヤツなんですけど」
「しかしお前もよくわかってんな。ケガしたときは治すのが最優先。どんなに焦って訓練をしても結果はついてこねえ。正騎士だって気づけねーヤツがいっぱいいるってのに、騎士学校の1年生が言うかね?」
「……えーっと、それでなにかご用があったんじゃ?」
なんかこの人、ざっくばらんなフリしてちょいちょい探りを入れてきてる感じがする……怖いので変なボロが出る前に用件を聞いちゃおう。
「そう警戒すんなよ。お勧めの散歩コースがあるんだ、行こうぜ」
ラスティエル様に促されて向かったのは学園の敷地内でもあまり人が通らないようなエリア……トッチョやスヴェンがトレーニングしている森なんかがある場所だった。
むしろ俺からしたら「よく来る場所」だ。
「こんな場所をよくご存じですね」
「ん? そうだな、お前も高学年になったらわかるだろうが、他の生徒には聞かせられないような話をすることがある。そういうときにゃ、場所を選ぶのさ」
「…………」
えーっと?
つまりこれはアレですか。
「これから他の人間には聞かせられないような話をするぞ」ということですかね?
そのわりににこやかなのが怖いんだけど!?
「ここらでいいか」
森の真ん中で立ち止まるラスティエル様。
周囲に人気はなく、こんなところに歩いてきた俺たちを尾行してくるような人間もたぶんいない。
「あのー……もしかして、自死を選んだっていうマウントエンドの教員の話ですか?」
「違う。ああ、いや……多少は近い。なあ、ソーンマルクス……お前から見てジュエルザード第3王子はどうだ?」
え?
どこがマウントエンドの話なんだ?
「どう、って言われましても。全然接点もないし知らないっすよ」
「ふむ……とは言ってもちょっとくらいなにか印象があるだろ」
「うーん、そうですね」
俺は思い返す。あの人のことで覚えているのは入学式だよな。
あの場でジュエルザード殿下は、六大騎士団はすべて重要で、そのひとつも欠けてはならないって言ってたっけ。
で、キールくんにもその話をしていた。
「いい人、っぽい気がします。あと純粋……かなぁ」
「ぷっ。くくく。お前なぁ、王子殿下に向かって『いい人』とか『純粋』とか、失礼極まりないぞ」
「げっ、そ、そうなんですか? どうぞこのことはご内密に……」
知らんよそんな言葉選びなんて!
冷や汗がどっと出るわ。
「わかってる、言うわけないだろそんなこと。それともうひとつ、クラウンザード第1王子殿下についてはなにか知っているか?」
「ああ、なんか金遣いが荒いとか……あーっ! 今のナシ! ただのウワサを言っただけです!」
「お前なぁ……『口は禍の門』って言葉知ってるか?」
「ウワサですよ、ウワサ。俺は直接会ったことなんてないですからね」
「そんで、他には?」
「他、って?」
「ラーゲンベルク公爵家の令息と仲がいいんだろ、お前」
「!」
そこでキールくんの名前が出てきて俺はハッとした。
第1王子と第3王子。
それにキールくん。
この3人に関わっていることと言えば——。
「仲良くはしてもらってますが、俺みたいな平民上がりを哀れんで、メシをおごってくださってるだけですよ……というか、もういいですか? 俺、午後の試合を見に行きたいのでこれで」
「待て」
イヤな予感がびんびんした。
だから俺は回れ右して立ち去ろうとしたんだ——こういうときの俺の予感はよく当たるから。
だけど、ラスティエル様はそれを許さなかった。
俺の身体はぴたりと止まった。
というか、なにも聞こえなかったのに肩になにかが置かれる感触があった。
固くて冷たく、重みのあるものが。
ラスティエル様とは少し距離があったのに、踏み出した音も、鞘から抜く音も聞こえなかった。
俺の肩には、
「もう少し話をしていこうぜ? 断れば、ケガでは済まねーぞ」
剣が載せられていた。
「……こんなん、おしゃべりするような状況じゃないでしょ?」
「お前がつれねぇ態度を取るからだよ」
「王位継承争いに関する話なんて、したくないからですよ」
「…………」
第1王子と第3王子、それにキールくんが絡むとなったら王位継承争いのことしか思いつかない。
「……お前と話してると、お前が平民だということを忘れちまいそうになっていけねーな」
「卒業したら騎士ですから」
「それはそうだがな。しかし、話がわかってんなら早い。お前は第3王子につくのか?」
そんなことを聞いてくるということは、この人は第1王子派閥なんだろうか?
リットの情報だと第1王子は金遣いが荒くて、新興貴族を取り込んで、みたいなことやってるっていう話だけど。
いや、逆に第3王子派閥だからキールくんと仲良くしている俺が何者なのか探りを入れようってことか?
……あー、もう、わからん!
「いや、俺は平々凡々に暮らしていければいいんで、どっち派閥とかないっす。俺はきっと黒鋼士騎士団に行くことになるだろうし、そうしたら政治とは……ってもしかして、マジで白騎獣騎士団に推薦しようと思ってます?」
「そのつもりだ」
「だからそれはお断りですって! 政治的に役に立たない人間だし、俺!」
「……本気か?」
「本気ですよ! これが、ウソ吐いてる人間の目ですか?」
首だけ振り返ると、
「…………」
「…………」
視線がぶつかり合ったが、
「ふむ」
ラスティエル様は剣を鞘に戻した。
その一連の流れは洗練されていて、音も鳴らない。
「……びびった〜」
「脅かすつもりはなかったんだが、結果的にそうなったようだな」
「止めてくださいよマジで……俺は小心者なんですから」
「キルトフリューグに座学で勝ち、ラーゲンベルク公爵も一目置いているお前がか?」
「はあ? なんですかそれ」
ラーゲンベルク公爵ってなに? キールくんのパパってことか?
どういうことだよ?
「……ふむ、真剣にわかっていないような顔だな」
「わからないってさっきから言ってるでしょ……」
「マウントエンドの教員は平民上がりの騎士だった。碧盾樹騎士団でも、極めて特徴のない男だった」
「……え?」
いきなり始まった、あの死んだ教員の話に俺はついていけない。
「だがその『目立たなさ』に目を付けたヤツらがいてな……連中がヤツをマウントエンド校の教員になるよう後押しした」
「いや、ちょっと待ってください。話がわからないっす」
「まあ、聞け。マウントエンド校は地方にあるがゆえに平民出身者が多く、中央から軽んじられることも多かった。だが連中はそこをうまく使って、自分たちの派閥の騎士を増やそうとした……違うな、騎士とは名ばかりの使い勝手のいい駒だ」
「連中ってのはどこぞの貴族たちってことですか。なんらかの派閥」
ラスティエル様はうなずいた。
「第1王子殿下を推している連中だよ」
「…………」
そんな気はしていた。
じゃなきゃ、キールくんの武器に細工をしようなんて思わないもんな。
公爵家の令息が学内個人戦で毒を使ったりしたら醜聞も醜聞だ。
キールくんはその不名誉をずっと背負わなければいけなくなる。
あの教員を捕まえられてよかったと改めて思う。自分で死を選んだのもしゃーない……と、思えるな、これは。
「しかしひどい話ですね。学園の子どもを洗脳するようなもんでしょ。第1王子はすごい人だぞって」
「そうだ。中央貴族とパイプができて、数人でも上位の騎士団……たとえば白騎獣騎士団なんぞに入る『実績』ができたら、生徒たちはすぐになびくだろう」
「クラス分けはあのよくわからない天秤の魔道具を使うから小細工はできないけど、卒業後の進路は手を加えられるってことですよね、それ」
「そうだ。むしろ碧盾とか黒鋼あたりの生徒を白騎獣に入れてしまう『実績』を作ったほうが連中からしたら都合がいい」
「…………」
「どうした?」
「……その言い方、どうかと思いますね。白騎獣が『上位の騎士団』とかナチュラルに言っちゃうのって、どうなんですか?」
「!」
ハッとしたようにラスティエル様は固まった。
「俺は思うんですよ、六大騎士団ってのは平等じゃなきゃいけないってね」
「そ、それは……」
俺が言ったのはただの第3王子の受け売りなのだけれど、やたらとラスティエル様は動揺している。
「……わかった、わーったよ。俺様の負けだ、引き上げる」
両手を小さく上げたラスティエル様はそんなことを言った。
なぜだか俺は勝ったらしい。
「今回の事件は被疑者自死で幕引きだ……だがこのまま連中が手を引くとも思えん。ここがロイヤルスクールだからと言って油断するなよ?」
「油断、って……俺はいつもどおり必死に生きてくだけですよ」
「俺様がいないときに余計なことはすんなってことだ。しばらく顔を出すこともできねーだろうし」
「…………」
「なんだ、その顔は? もう来るなって顔だな」
「とんでもない。ご多忙のラスティエル公子におかれましては未熟な若輩のためにご足労いただくなんて大変畏れ多く……」
「伝わるからな?『もう来るな』って思いがビンビンにな? つーかなんだよその言い回し。お前、平民の皮をかぶった貴族だろ?」
「学園で習いました」
「お前が授業をしてるって聞いたが」
「…………」
俺の情報が広まり過ぎてね?
「まあ、いい。今日のことは誰にも言うなよ——もちろん、キルトフリューグにもだ」
「はあ。なにか不都合が?」
「……お前は知らないほうがいい」
そのときは、ラスティエル様の顔が真剣そのものになった。
うわあ、めっちゃヤバイ案件に片足突っ込んじゃった感じじゃないですか。
「じゃあな、ソーンマルクス。卒業後は白騎獣騎士団に来るんだぞ」
「マジで勘弁してください」
「はっはっは」
笑いながら去っていった。
え、ええ? 本気で勧誘してるのか、俺を?
あの人が碧盾樹騎士団だったら俺の心は揺れたんだけどな……白騎獣騎士団とかめんどくさい貴族の派閥争いばっかりしてそうじゃん。
ぜってーやだわ。
それから数日かけて、順当に個人戦の大会は進んでいった。
5年生——最高学年の大会はさすがの盛り上がり。
満席御礼で通路には立ち見が出るほど。
1位をかざったのは、当然のようにジュエルザード王子殿下だった。
いや〜……ヤバかったわ。
これがマジで5歳差かというくらいの剣技。技っていうか踊りだな。剣舞。
相手は蒼竜クラスの、見るからに「無骨な騎士」という生徒。見た目年齢だけで言ったら30は超えてた。
お互い手加減なしの全力攻撃で、最後は王子殿下が蒼竜クラスの剣を跳ね上げて終わった。
エクストラスキルを連発するのかと思ったらそんなことはない。
むしろ使うヒマを与えない速攻ってヤツだった。
勉強になったわ……。
耳栓を持っていかなきゃいけないってこともわかったしな(客席の女子生徒の喚声がすさまじくてなにも聞こえない)。
黒鋼クラスのみんなにも火が点いたようで、個人戦が終わるとみんな武技の自主トレに励むようになったっけ。
まあ〜いつまで続くかな? とは思うけどな。
俺はと言えば、王都に入院しているアッサールを見舞いにいったり(意外に元気そうで、「早く退院したい……ここ、ヒマ過ぎる」とか言ってた)、みんなの授業を相変わらずやったり、自主トレを手伝ったりして過ごした。
火が点いたのは武闘派生徒だけじゃなかった。
ルチカ先生が発奮して「裏☆|ロイヤルスクール・タイムズ《学園新聞》」の増刊号を連発した。購入する側も個人戦を見て火が点いていたようで刷れば刷っただけ売れたのだ。
俺の懐はだいぶ温まった。ぐふふ。
「——師匠」
いよいよ明日は卒業式——ジュエルザード殿下の学年の卒業式という日、スヴェンの自主トレ(修行)に付き合っていると、スヴェンが聞いてきた。
「師匠にいくら戦いを挑んでも勝てません……いったい、師匠のレベルはおいくつなんでしょうか?」
「ああ、俺か」
この学園に入ってからいろんなレベルがだいぶ上がっていた。
「こんなとこかな」
俺は地面にレベルを書き写した——。
【刀剣術】412.14:一閃/瞬発力+1/抜刀一閃/瞬発力+2
【格闘術】264.88:生命の躍動/筋力+1
【防御術】201.30:衝撃吸収/柔軟性+1
【空中機動】128.33:空間把握
【弓術】91.98
【魔導】71.02
【腑分け】45.21
【魔力操作】18.78
【筆写】4.12
合計レベルは1,237だ。
「…………」
むっつりとしてその数字を見つめていたスヴェンだったが。
「……まだまだ己は訓練不足でありました」
「いやそれ以上やったら身体壊すからな?」
「キエエエエエ!」
「聞けよ」
木剣を振り回し始めたスヴェンになにを言ってもしょうがないが。
俺も改めて自分のスキルを見る。
【刀剣術】と【魔導】、【魔力操作】の伸びが著しい。
後者2つは初めて手にしたスキルで、楽しくなって伸ばしまくった。だけどそのせいで他のスキルがおざなりになってしまったかもしれん。
【格闘術】の2つ目のエクストラスキルも欲しいし、【弓術】もとりあえず100にしてエクストラスキルを持っておきたい。
それに【空中機動】だ。これを伸ばさない限りは……これから先厳しそうだなと思う。
ジュエルザード第3王子と戦ったら、たぶん負ける。
スキルレベル、もしかしたら400行ってそうなんだよな。
100超えて一人前、300行ったら達人、みたいなこの世界で18歳が400。
それにあの人の天稟がなんかものすごそうな気がするのだけど、確証はないし、それはまあ俺だってすごい天稟を持ってるわけで。
キールくんが5年生になるころにはあのレベルの強さになっているのだとしたら……。
単純な戦いじゃなく、スキルを組み合わせた多彩な戦い方で勝負せな。
エクストラボーナスを集めまくって身体基礎能力にブーストをかけるという手もある。
「……やれやれ」
火が点いたのは俺も、だな。
「スヴェン」
「キエェッ! ハイッ! 師匠! なんでしょう!」
人が話しかけてるんだから素振りは止めろよ、な?
「……俺の【刀剣術】は400を超えた。ふつうなら、めちゃくちゃ上がりにくくなってくるレベル帯なんだが、それでも412まで来てる。なんでかわかるか?」
「それは! 師匠が! 俺以上に! 修行を!」
「してねーよ。いいから手、止めろ」
「はあっ、はぁ、はぁっ、はい……」
汗だくのスヴェンが俺を見る。
「理由はひとつ。お前の訓練相手を務めたからだ」
「…………?」
「お前の【剣術】に引っ張られて、俺のスキルレベルも上がってるということだ」
「!」
「高いレベル同士でトレーニングすると上がり方もいいみたいだな」
「な、なるほど……!」
「これからも頼む」
「はい!! では手合わせを!!!! 所望します!!!!!!」
「…………」
そう来ると思った。
だけどまあ、
「いいぜ。今日はお互いへばるまでやろうか」
「!!」
スヴェンはめちゃくちゃうれしそうに——顔は無表情なんだけど感情はわかるのがほんと不思議だ——背筋を伸ばした。
「はい!!」
それから——俺たちは訓練を続けた。
途中でトッチョが乱入してきて大混戦になったりもしたけど、日が沈んで剣が見えなくなるまで。
明日が卒業式だってことをすっかり忘れて。
学園騎士のレベルアップコミカライズ! 発売中ですのでよろしくどうぞ!