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トラブルの煙は出始めで

●前回あらすじ:

スヴェンがヴァントールに勝利したものの、その疲労から決勝ではキールに勝つことはできなかった。

女子の個人戦ではリエリィがトップを獲り、オリザは5位。


 武技個人戦でスヴェンが2位、トッチョがベスト8、オリザちゃんが5位という結果によって、黒鋼のクラス順位は4位となった。

 1位は緋剣、2位は白騎、3位は蒼竜だ。


「——という順位ではありましたが、1位から4位まではほとんどポイント数が変わらなかったようですもの。緋剣(ウチの)クラスは上位を独占できたからたまたま1位になれただけで」

「へぇ……」

「あとはやっぱり1位のポイントが高いのです——ねぇ、リュリュちゃん?」


 見た目とは裏腹に、野太い声で「ナ〜ゴッ」と鳴く学園内のネコちゃんことリュリュちゃん。

 リエリィは人気のない中庭でリュリュちゃんを膝に乗せるとその背中をなでている。


「1位のポイントとか非公開だろ? どうしてリエリィは知ってるんだ?」

「それは秘密ですもの」


 ですよねー。

 情報収集が本領の緋剣クラスだもんな。なにかツテでもあるんかな。

 ああ、いや、毎年の個人順位とクラス順位データを積み重ねれば、1位のポイントがどれくらいかとか推定出来るのかな?


「リエリィはやっぱり強いな。昨日個人戦があったのに今日はもうケロッとしてる。スヴェンとトッチョなんて全身筋肉痛に苦しんでたのに」

「……わたくしに勝った人に言われたくはないですもの。ソーマさんが出場すれば上位入賞は確実だったでしょう?」

「あ、あぁ……いやまぁ、俺はちょっといろいろあってね」

「…………」


 上位入賞どころか余裕で1位を取れるくらいだとは思ってる。

 というか、そうでなきゃヤバイ。

 座学でキールくんに抜かれたら武技で1位を取らないと退学だしね。

 いや、まあ、座学で抜かれないようにがんばるという道もあるにはあるんだけど……頭の出来だけはどうしようもないよな……。

 そもそもキールくんがおかしいんだ。武技も頭脳も天才って、これはもう映画の主人公だよな?


いろいろ(・・・・)というのはやはり、個人戦前日の事件でしょうか?」


 リエリィが気遣わしげに聞いてくる。

 知ってたのか……と思ったけど緋剣だもんな。当然か。

 いや、俺の言った「いろいろ」は「できる限り俺の手の内を明かしたくない」とか「余計なことにエネルギー使いたくない」とか「悪目立ちしてもいいことない」とかその程度のネガティブ理由でしかなかったんだけども。

 いい子だな、この子は。


「あれは、まあ大変だったけど……」


 もともと出るつもりはなかった、と言う前に、


「……聞いた話ですが、あのマウントエンド校の教員は自死したそうです」

「なんだって?」


 思わず俺が硬い声を上げてしまったせいだろう、リュリュちゃんはびっくりしてリエリィの膝から逃げてしまった。


「いや、そんな……」


 死、という言葉で俺は一瞬なにを考えていいのかわからなくなった。

 ——死んだ? どうして? 捕まったあとは、どうなるんだっけ? 殺された? いや、今リエリィは「自死」って……。


「落ち着いてください、ソーマさん。あの教員は白騎獣騎士団の監視の下、王都の収監施設に一時的に運ばれましたもの。ここ学園はある種の自治組織として認められているのと、六大騎士団のどれかひとつにも肩入れしないように独立性を保たなければなりませんので、白騎獣騎士団の案件(・・)を抱えられないという判断です。その王都の収監施設で自ら命を絶ったと……」

「こ、殺されたのか?」

「わかりませんもの。ですが、その可能性は高いと思っておりますもの。収監施設で簡単に自死ができてしまうのは困りますもの」

「そう、だよな……」


 心臓がばくばくいってる。

 俺は想像以上にショックを受けてるみたいだ。


「……ソーマさん」


 俺の頬にリエリィの手が添えられた。えっ、と思う間もなく——俺の身体は倒されて、リエリィの柔らかい膝の上に頭が載せられた。

 ——え?

 な、なに? なになにこの状況は!?


「ソーマさんの責任ではありませんもの。ソーマさんは武技個人戦で起きるかもしれなかった事故を防ぎましたもの。それは称賛されこそすれ、けっして責められるようなものではありません……」


 あぁ……この子は。

 俺を慰めてくれたのか。

 俺がショックを受けたのだと敏感に気がついて。


「……ありがとう、リエリィ」


 思っていたよりずっと、俺はもろい人間だったんだな。

 レッドアームベアと戦ったりして、死線をくぐり抜けてきたつもりになっていた。

 でも、俺は知っている人間の死を、この世界では経験していなかった。

 ましてや俺が直接関わったことで死んだヤツなんていなかった。


「…………」

「…………」


 静かだ。

 今ごろ、個人戦の会場では2年生の個人戦が行われているはずで、黒鋼クラスのメンバーは——筋肉痛でいまだにベッドの上のスヴェンとトッチョ以外——勉強のために観戦しているはずだ。

 男女別々の個人戦が各学年で行われるこの10日間は通常授業がない。

 熱心な者やお目当ての生徒がいるファン(・・・)は個人戦会場に詰めかけるが、参戦しない多くの生徒は王都で遊んだり地方に旅行したり実家に帰ったりする。

 初体験である1年生は観客が多いが、2年生になるとぐっと減り、最高学年の5年生はハイレベルの戦いが見られるからと大盛り上がりらしい。


(もしや……個人戦順位のトトカルチョをやれば胴元はべらぼうに儲かるのでは? いや、賭博なんて始めたら確実に学園に目を付けられるよな。ここは、「優勝者を予測することで『見る目』を養い、また個人戦を観戦する者を増やせる」とかなんとか建て付けにして、学園も巻き込むべきか。それだと俺が提案するんじゃなくてキールくんにお願いして……実務は俺が引き取る……)


 とかなんとか俺が考え出すと、


「くすっ」


 リエリィが小さく笑うのが聞こえた。


「ソーマさん、すっかり元通りですもの」

「あ」


 やべっ、ショック受けて落ち込んでたの忘れてた。

 俺はあわてて起き上がり、


「ご、ごめん、ていうかありがとう。もう大丈夫だよ」

「はい、そのようですもの」

「…………」

「どうしました?」


 俺は朗らかに微笑むリエリィを見て思う。

 誰だよ、この子に「吹雪の剣姫(けんき)」なんていうあだ名をつけたの。

 春風みたいに暖かい子じゃないか。


「……なんでもないよ。リエリィにはいつも助けてもらってばかりだな」

「そんなことありませんもの。わたくしも、ソーマさんがいてくれたから……」


 ふと言葉を句切り、リエリィは向こうの茂みを見やった。

 茂みの奥からこっちをじぃっと見つめているリュリュちゃんの姿があった。


「……学園も楽しいって思えますもの」

「そっか」

「はい」


 俺とリエリィはしばらくそこに座って、警戒心たっぷりのリュリュちゃんを眺めていた。




 昼に黒鋼寮に戻ると寝ているはずのスヴェンとトッチョがいなかった。

 さてはアイツら……腹ぺこだな?

 身体を治すには肉を食うしかない、みたいなことをスヴェンもトッチョも信じている。あ、いや、スヴェンには俺が適当に「やっぱ肉だよ肉」みたいなことを言ってそれを信じているフシがある。

 まあ、それはさておき。

 腹ぺこのふたりが行く場所となればひとつしかない——学園レストランだ。

 あそこは値段が高いけど背に腹は代えられない。

 絶対にいるだろうと確信して行ってみると、はたしてそこにスヴェンとトッチョのふたりがいた。ふたりはなぜか席をひとつ空けて隣に座って食事中——なのだが、


「聞こえなかったのか!」


 ……なんか人だかりができてるな?


「なんすか先輩。俺たち今、メシ食ってるんすよ」

「なんだその態度は!!」


 トッチョに怒っているのは上級生……知らない顔だけど、白いブレザーだから白騎クラスと、その取り巻きの蒼竜、碧盾、黄槍ってところか。

 珍しいな、クラス混合は。


「……いいか? こちらの白騎4年生、デルデンムシ=ランツィア=ドロスター様の護衛になれるかもしれないチャンスを与えようとおっしゃってくださってるんだぞ!」


 デンデンムシ……?

 いや、まあ、それはともかく、白騎のあの生徒は4年生か。侯爵家で白騎クラス。それなのに他のクラスの生徒を引き連れてるってどうなんだろうな。

 あと「護衛になれるチャンス」ってなんだ? しかも「かもしれない」って……?


「先輩。何度も言いますけど、俺たち今、メシくってるんですよ。大体、騎士になろうって人に『護衛』なんておかしいでしょ。するほうならともかく、されるなんて」

「ムシャムシャムシャ」


 スヴェンは気にせず食ってるな。


「だからお前たちに護衛出来るチャンスをやろうとおっしゃってるんだ」

「そうじゃなくって、先輩自身が強くなれば問題ないでしょ?」

「ムシャムシャムシャ」

「当然デルデンムシ様はお強い。だから護衛は飛んでくる火の粉を払い、進んで汚れ役を受けるという重要な使命があってだな……」

「そのデルデンムシ先輩が強いってマジで言ってます?」

「ムシャムシャムシャ」


 デンデンムシ……じゃなかった、デルデンムシ先輩はずんぐりむっくりとした肥満体型で、見るからに鈍重そうだ。


「槍なんて振れなさそう」

「ムシャムシャムシャ」


 トッチョ、お前なぁ、少し前までのお前もそんな感じだぞ。


「お前! デルデンムシ様を愚弄するか!」

「ムシャムシャムシャ」

「そっちのお前は食うのを止めろ!」


 先輩がブチ切れそうになってる。

 あ〜……問題になる前に止めるかな。

 スヴェンとトッチョは昨日の個人戦で目立ってしまったから、今のうちにツバをつけとこうという上級生だろう。


「……ったく、白騎だからって全員が全員まともってわけじゃないんだなぁ」


 俺がぽつりと言ったときだった。


「そのとおりさ」


 後ろから声がした。


「!? ちょっ、ラスティエル様!? なんでここに!?」


 そこにいたのは——白騎獣騎士団の正騎士であるラスティエル様だ。

 彼はぱちりとウインクして、人差し指を立てて見せ、


「シッ、面白いから黙ってろ」

「面白い、って……」

「お前の言うとおり、高位貴族だからって全員が全員品行方正じゃねーってこったな」


 そうこうしているうちに、


「お前たち……1年の黒鋼クラスのくせに、上級生、しかも白騎のデルデンムシ様に刃向かうというのだな?」

「刃向かうもなにも、俺たちはこの国の未来を守るための騎士として、日々精進を続けるだけでしょ? その点で考えれば、白騎も黒鋼も同じだと思いますけどね」

「ムシャムシャムシャ」


 まだ食ってる。


「白騎クラスと黒鋼クラスが同じ……」


 きょとんとした先輩だったが、


「——ぎゃっはははは! なに言ってるんだこいつ!」

「ちょっと1年程度の個人戦で勝ち上がって、図に乗ってるのがウケる!」

「現実知らない赤ちゃんかよ!」


 爆笑した。


「オホホホ、伝統的に黒鋼は我が白騎クラスの踏み台になるという栄光はあれど、同列で語られるとはさすがに腹がよじれるのじゃ」


 デンデンムシ先輩まで笑い出した。


「……チッ、今どきの学生はねじ曲がってんな。ちょっと俺様が行って——」

「まあ、待ってください」


 行こうとしたラスティエル様を、俺は逆に止めた。


「アイツらが、そのまま笑われてるだけのわけはないでしょ?」


 そう、トッチョにスヴェンだ。

 黒鋼クラスの中でもダントツのタカ派にして——いちばんの成長株。


「————」

「————」


 ガタッ、ガタッ、とふたりは立ち上がった。


「そんじゃ先輩方、俺らメシ終わったんで——」

「……一戦頼もうか」


 ふたりは同時に言った。


「「決闘だ」」


 と。




 それからの先輩方は見るに堪えなかったな。

「お前が行けよ」「いやここはお前が」「バカな、デルデンムシ様にいいところを見せるチャンスだぞ」「どうぞどうぞ」なんて言い合いながら、結局は、「我らの提案を、あとになって受け入れたいと言っても遅いからな」と捨て台詞を残して立ち去ろうとしたのだ。

 で、その先にいたのがラスティエル様だ。

 白騎獣騎士団の正騎士、さらには、


「よう。お前らの振る舞いは全部見せてもらったぜ? 白騎獣騎士団でも学園での視察内容(・・・・)は報告するからそのつもりでな」


 と言ったら顔を青ざめさせて逃げていったっけ。デンデンムシ先輩だけを残して。

 デンデンムシ先輩は将来は白騎獣騎士団に入るつもりだろうから、涙目ですがりついていたけどラスティエル様に追い払われてた。


「よう、メシは食ったか?」


 先輩を追い返したふたりのところへ俺が行くと、


「…………」

「まーな。スヴェンって意外と食うのおせえんだよ」


 スヴェンが無言でうなずき、器用にも話しながら全部食べ終えていたトッチョが不機嫌そうに言った。


「……ああいうの、これから増えると思うぞ?」


 俺が言うと、ますますげんなりした顔で、「寮に戻って寝る」とトッチョは出て行った。


「師匠」

「ああ、スヴェンも戻って休んだほうがいい。体調はどうかなって思って見に来ただけだから。俺も2年生の個人戦後半を見に行くつもり——」

「そうではなく」


 スヴェンが指差したのはレストランの入口、ラスティエル様が手招きしていた。

 ん? 俺になにか用なのか?

後1話か2話で終わりと言いましたが、全然終わる気配なかったです。

それとコミカライズ4巻が明日発売となります!

いや~もう4巻です。漫画になってますます面白くなるなぁと感心しきり。

ぜひお求めくださいませ。

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[良い点] ママァァァァァ!!!!! リエリィママァァァァァ!!!! 圧倒的母性!!! 主人公の精神を支えてこそのヒロイン!!! リエリィが正ヒロインで確定かな? リエリィの実家は武闘派らしいし武技で…
[気になる点] 嫁入り前の貴族の娘が、男の子を膝枕って、、、 ソーマくん、責任問題でしょ(^-^; もし、何処かへ嫁入りするとなると、将来の夫から消されルダロウナ。
[一言] 色々、ばれてるんじゃ。。。
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