準決勝第1試合は天使vsイケメンで
●前回あらすじ:
武技個人戦準々決勝では、キールが初戦圧勝、第2試合ではマテューとトッチョが激戦の末にマテューの勝利、第3試合ではスヴェンが蒼竜男子を圧倒的な実力差で下し、第4試合はヴァントールが白騎男子をこれも圧倒的実力差で下した。
夕刻、準決勝が幕を開ける。
「準決勝第1試合。キルトフリューグ=ソーディア=ラーゲンベルク君」
「はい」
小柄で天使のような見た目、しかしながら頭脳明晰で武技の腕も抜群というキールくんが試合場に登場すると割れんばかりの歓声が上がった。
「ありがとうございます」
ちょっと手を挙げて歓声に応える姿もまた堂に入っている。
「マテュー=アクシア=ハンマブルク君」
「はい」
反対側から入場するのはマテューだ。
こちらの歓声も負けていないが、明らかに音程が1オクターブ高い。
つまり女性ファンが多いってことだ。クソッ。どの世界でもイケメンはズルい。
「…………」
俺の横に座っているリットが真剣な顔で見つめている。
いろいろと因縁があるマテューだが、嫌いなわけではなさそうで、心配しているふうに見える。
確かにな。
さっきのトッチョとの戦闘から1時間くらいしか経っていない。
スタミナを消費しただろうことはもちろん、筋肉は悲鳴を上げているはずだ。こればっかりは薬を塗ってどうこうなるものじゃない。
今手にしている新たな槍のように、自分の身体を新品と取り替えるようなことは当然できないのだ。
いや、なんか謎の魔法的ななにかで回復させることはできるんだろうけど、そもそも魔法使いが超希少なこの世界では学園の大会くらいで派遣してはくれない。
(勝ち目はあるのか? マテューは)
俺も思わず心配になる。
キールくんの強さは圧倒的。ふつうにマテューが戦っても勝てないだろう。
(……でもなにか隠し持ってそうだな)
マテューの性格から言えば、まったく勝ち目がなければこの舞台に上がることもなく棄権することだってあり得る。だけどマテューはやってきた。自信満々の顔で——俺と同じ読みなのかキールくんも怪訝な顔をしていた。
それにしても、だ。
涼しげな顔で声援に応えるマテューも絵になっている。
天使系美少年と、俺様イケメンとの対決だ。
「ふんすっ、ふんすっ」
黒鋼クラスの文豪であるルチカ先生の鼻息も荒い。
「両者構え」
審判の合図でふたりは向かい合う。
「————」
「————」
ふたりがなにかしゃべったようだが、声援が大きすぎて聞き取れない。
キールくんは油断をせずじっとしたままで、マテューは大仰に肩をすくめて見せている。
剣と槍が構えられると、徐々に声援は静まっていく。
「——始めッ!」
開始のかけ声が掛かった。
* マテュー=アクシア=ハンマブルク *
「なあ、こっちは前の試合で意外と強いヤツと当たってよ、だいぶくたびれてるんだ。ちょっとは手加減してくれよ」
審判が「両者構え」と言った後、マテューはキールにそう言った。
だが、
「あなたが学年でも指折りの実力者であることは証明されていますし、たとえ相手との実力差があったとしても私は手を抜いたりしません」
「なるほど? 獅子搏兎ってわけか。まったく、これだから公爵家はおっかねーな」
マテューは肩をすくめて見せ、それから——ずっしりと重い長槍を構えた。
「…………」
キールも剣を構えながらもマテューを観察している。
チッ、これも見逃さないのか——マテューは内心に思う。
さっきと見た目は同じ長槍。
だが、中身は違う。
1.5倍ほど重くなっているのだ。
気づかれないよう今までと同じように持っているし、構えもした。
だけれど、キールの目を見ていると落ち着かない気持ちになる。
気づかれただろうか?
気づかれたかもしれない。
それでもこの重い槍を持ったほんとうの理由には気づかないはずだ。
(細けーことは気にすんな、俺。目の前の敵を薙ぎ倒す。それがシンプルでいちばんカッケーだろうが)
槍を手にして構えると心が静まっていく。
これほど集中できるようになったのはごく最近のことだ。
それもこれも全部、自分の人生に突如として現れた黒髪の少年のせいだった。
座学では、目の前にいる天使の公爵家令息を打ち負かし、クラスメイトのフランシスによれば「森の死神」と名高いレッドアームベアすら殺した少年。
ソーンマルクス=レック。
彼がすべてを変えた。
なにをやっても人並み以上にできてしまうマテューをして、本気で、真剣に、槍に向き合わせた。
きっとソーマとの出会いがなければさっきの試合でトッチョに勝つこともできなかっただろう。
「…………」
「…………」
しん、と静まり返った会場に、
「——始めッ!」
審判の声が響く。
「ウオオオオオオオッ!!」
マテューは全身に力を巡らせた。
キールにも言ったとおりさっきの戦いでくたびれてるというのは正真正銘ほんとうのことだ。
だが、マテューはキールに勝つつもりだった。
あれほど試合が長引いたのは計算外だったが、それでも——一度もエクストラスキルを使わずに乗り切った。
それもすべてこの一戦に懸けるためだ。
すべてを懸けてもいいのか? 次に決勝があるのに?
そんな疑問を投げかけられたらマテューはこう答えるだろう——知ったことか、と。
今この瞬間、目の前にいる天使を撃破することにすべてを注ぐべきだとベスト8の抽選が終わったときには決意していた。
「!」
突然のマテューの変貌にキールが目を見開く。
ふたりの距離が縮まっていたらできなかったであろう気合いの充填。
それは、マテューがスキルを使うための予備動作。
さっきのやりとりも、キールに警戒させ、初手から突っ込んで来させないための伏線だ。
「っく」
キールは勘づいたらしい、マテューがなにをしようとしているか。
マテューの周囲に漂う、紫色の煙のようなものは、あるスキルを使う前に現れる予兆だ。
「行くぜ、御曹司」
それは、【槍術】レベル300で出現する第2のエクストラスキル。
「『紫電突貫』!!!!!」
踏み込んだ足元がえぐれ、超加速によってマテューの身体は槍と一体になり岩をも穿つ音速の矢となる——。
*
マジか、と思った。
マテューの身体から紫色の煙みたいのが出た瞬間、俺はマテューがエクストラスキルを使うつもりなのだとすぐにわかった——そしてキールくんも気づいていた。
だからだ。だからマテューはトッチョとの戦いで体力を温存していたのだ。
キールくんにこのスキルをぶつける、それだけのために。
その一撃にすべてを載せるために。
「『紫電突貫』!!!!!」
俺は即座に「空間把握」を発動して動きを確認する。単なる肉眼ではその動きを追えないことはわかっていたからだ。
すさまじい速度で飛びだしたマテューの穂先は一直線にキールくんの右腕を狙う。
身体や頭に直撃したら確実に死ぬほどの一撃だからな。
「————」
キールくんは剣を構えたまま動かなかった。
動けないのか? あまりに速すぎて? 俺はそう思った。
でも、違った。
穂先がキールくんの手元に伸びてきた瞬間、彼の剣が蛇のように——剣に対して使うにはおかしな比喩だけれど俺にはそうとしか見えなかった——槍に巻き付いたかと思うと、強引にその方向をずらしたのだ。
マテューは信じられないものを見たかのような顔でキールくんの真横を駈け抜ける。
だがその反動は大きく、キールくんの剣は途中からばっきり折れて剣先が弾け飛んだ。
「————」
「————」
キールくんの後方10メートルのところで停まったマテューからは紫ではなく、白い湯気が立っている。肌は真っ赤に染まり、身体を酷使してそのスキルを使ったことがよくわかる。
「てめ……なんだよ、あれは……」
「お見事でした」
「……クソッタレ」
弾け飛んだ剣先がひゅんひゅんひゅんと回転して床面に刺さると同時に、マテューの身体もふらりと横に倒れた。
水を打ったような静けさのあと、
「医療班! 医療班急いで!」
審判の声が聞こえ、その後に爆発するような歓声が上がった。
今のはなんだったのか。
キールの剣がなぜ折れたのか。
どうしてマテューは倒れたのか——。
ちゃんと把握できた人間はこの会場内にどれだけいただろうか。ましてや1年生なら?
「…………」
医療班が駈け寄り、マテューの状態を確かめている。
キールくんは半ばで折れた剣を鞘に戻した後、グーパーして手を確認している。きつそうな表情なのは、さすがのキールくんも手首を痛めたからだろう。
「な、なにが起きたの……?」
呆然としてリットが聞いてくる。ていうかウチのクラスの全員が俺を見ていた。
「まあ……マテューはスタミナ切れで倒れ、キールくんはやっぱりすげーってだけだよ。詳しくはまた話すよ。次はスヴェンだぜ」
「あっ、うん」
みんなそれを聞いて気を取り直したように会場へと視線を向けた。
マテューがただのスタミナ切れだとだわかってリットはホッとしたようだ。
「——準決勝第2試合、スヴェン=ヌーヴェル君」
呼び出されたスヴェンが試合場に入ると、あちこちからブーイングが起きた。
どうやらさっきの試合で蒼竜男子がへろへろになるまで回避し続け、一撃で沈めたのがいまだに「騎士らしくない」とか思っているヤツらが多いらしい。
そもそも回避し続けたってところを考えろよ。
明らかにスヴェンのほうが実力が上ってだけだろうに
「な、なんだよこれ」
「スヴェンかわいそう」
クラスのみんなもこの最悪の空気に顔を青ざめさせるが、
「大丈夫だ、スヴェンを見ろ」
俺はそう言った。
本人はなにも聞こえないように堂々と歩いていき、試合場の中央にいる審判のそばまでやってきた。むしろ審判のほうがスヴェンを気遣っている。
「な? アイツが気にしていないんだから俺たちもどっしりと構えて応援をだな……」
と思ったらスヴェンが右手を高々と挙げた。
その手を見ると、中指だけを1本立てている。
「——調子づいてんじゃねーぞ黒鋼が!」
「——運良く準決勝に上がっただけの落ちこぼれ!」
「——こんの1年坊がナメやがって!」
これまでの3倍くらいはあろうかというブーイングが巻き起こった。
なんか知らんけど上級生まで怒ってる。
「……ソーマ?『俺たちもどっしりと構えて』なんだっけ?」
オリザちゃんが頬をひくつかせながら聞いてくる。
「し、知らんよ! 俺に聞くなよ!?」
「アンタの弟子だろうが!」
「俺は徒弟システムを導入してないけどね!?」
ワーワー言ってると、
「師匠、宣戦布告はこれでよろしかったですか」
当の本人がこっちを向いて声を挙げた。
「…………」
「…………」
俺とオリザちゃんが顔を見合わせ、その後——観客席のヘイトがどこに向かったかなんて、言うまでもないよな?
「——諸君、静粛に。スヴェン=ヌーヴェル君、君は……なんというか騎士らしい振る舞いを身につけなさい」
学年主任のトーガン先生が出てきて諭した。
スヴェンはどこ吹く風という感じでトーガン先生の顔すら見てなかった。
「やれやれ……試合の進行を」
「はい」
審判が代わって声を上げる。
「ヴァントール=ランツィア=ハーケンベルク君」
そう——スヴェンが見ていたのはトーガン先生ではなく、ヴァントールだった。
「——やれぇ、生意気な黒鋼を倒せ!」
「——このまま一気に優勝だ!」
歓声が上がるが、ヴァントールは歓声をシカトしてさっさと試合場へやってきた。
「————」
「…………」
ヴァントールがなにか話しかけたが、スヴェンは答えなかったようだ。
だけどスヴェンに変化があった。パッと見はいつもどおりのただの無表情なんだけど入学してからかれこれスヴェンを見てきた俺にはわかる。
警戒している。
ヴァントールが強敵だと、スヴェンにはわかっているからだ。
「両者、構え!」
ふたりが離れて対峙すると、またも歓声は小さくなっていった。
ヴァントールは中段の、いわゆる青眼の構え。
スヴェンは下段に構えている。
ピリッ、とした緊張感。
いい感じにスヴェンは集中できている。
アッサールが負けたときのことを思い出しているのか。いや、雑念はないな。ただひたすら剣に打ち込み、目の前の相手を倒そうとしているときのスヴェンの目だ。
「始めッ!」
審判のかけ声とともに、両者は一斉に動いた。
「斬撃!!」
「斬撃!!」
剣から放たれた斬撃はちょうどバッテンを作るように試合場の中央でぶつかり、破裂音とともに空気を震わせた。
「うおおおおおおおお!!」
「キエエエエエエエエ!!」
これはお互い読んでいたのか、駈け出し、試合場の中央で剣と剣がぶつかり、火花を散らした。
スヴェンって剣道っぽいんですけど【剣術】で、ソーマは【刀剣術】なんですよね。
この世界には湾曲刀の流派が少ないからという理由で、ソーマはもちろん前世の記憶があるから。
槍術の紫電突貫はレベル300で得られるエクストラスキルですが、トッチョは今年のうちのこれの習得が目標だったのに、マテューに先を行かれてしまった格好です。これは悔しい。
トッチョの言葉を借りるとそのまんまなんですが「自ら槍を持って走り抜けるスキルで、その速度は人間の限界を軽く超える……」って感じです。ただ予備動作が必要。
ずいぶん前に書いたので忘れられてるかもですが、「刀剣術」の300は抜刀一閃で、単体相手に強ダメージみたいな感じの居合いです。