波乱の予選は終わり、ベスト8へ
●前回あらすじ:
白騎獣騎士団のラスティエルにつかまったソーマは学園長室へと連れて行かれた。
そこでの話は昨日の襲撃から違う方向へと転がって行き、黒鋼クラスの未来である黒鋼士騎士団は入隊5年後に半分ほどが死亡、脱退でいなくなってしまうという。するとラスティエルは「ソーンマルクスを白騎獣騎士団に推薦する」と言い出した。
ラスティエル様の爆弾発言に学園長は目を大きく見開いた。
「……自分の発言内容を、正確に、完璧に、理解できておるのかね」
「ええ、わーってますよ、学園長。むしろいいんですか? 座学首席を白騎クラスに入れなくて——」
「いや、ちょっと待ってください、ラスティエル様」
「お?」
「俺は黒鋼クラスでいいんですよ」
「…………」
なんだか学園長とラスティエル様で勝手に話が進んでいたのを引き戻した。
ていうかこれって俺の進路の話だよな。ふたりで進めないでくれよ。
「ソーンマルクス。お前、今の話を聞いてただろ。黒鋼クラスのままだとお前は黒鋼士騎士団に入ることになる。そして、黒鋼士騎士団はまともじゃねーんだ」
まともじゃないなら改善してくれよ……とは思うものの、一騎士であるラスティエル様がどうこうできるものではないんだろう。
なぜなら、黒鋼士騎士団の厳しさについて話すときのラスティエル様は……なんていうか、歯がゆそうな、つらそうな顔をしているからだ。
「……そうだとしても、俺は黒鋼クラスでいいです」
「なぜだ? お山の大将が心地いいのか?」
「んなわけないでしょ。っていうか俺、座学で学年1位なんですよ。白騎クラスに行っても俺は1位ですよ」
今は、だけどな。3年とか4年になったらキールくんに抜かれそうな気がしてしょうがない。
「じゃあ、どうしてだ。才能ある学生でも組織が腐っていればそれに感化される……俺はそういうヤツらを山ほど見てきた」
「『大陸の覇者たる我らがクラッテンベルク王国は、白騎獣騎士団、蒼竜撃騎士団、緋剣姫騎士団、黄槍華騎士団、碧盾樹騎士団、黒鋼士騎士団の六大騎士団によって成り立っている。——その、どの1つも欠けてはならないのだ』。知ってますか? これ、ジュエルザード殿下が俺たちの入学式で話してくれた内容です」
「……第3王子殿下らしい夢物語だな」
「夢を、理想を語れなくなった組織こそ腐るんですよ」
「お前なあ! ……くそっ」
俺の言葉に腰を浮かせたラスティエル様は、座り直した。
「ほんとに1年坊主かよ? まるで大人と話してるみたいだぜ……ったく、俺はお前のためを思って提案してんのに」
「……それはマジでありがたいです。でもそのエネルギーは、黒鋼士騎士団の問題解決のために使って欲しいですね」
はー、と、ラスティエル様はため息をついて首を横に振った。
できないんだろうな。できるわけがないよな。この学校のクラス間だって断絶があるのに、大人の騎士団同士がお互いの干渉を許すわけがない。
コツ、コツ、と杖で床を突かれ、学園長が俺たちふたりをぎょろりとにらむ。
「……話が逸れたようだ。いずれにせよ、学園のことに正騎士が口出しをすることは許されぬ」
「へいへい、わーってますよ……大体本人にその気がないんならしょうがねー。学園長、もういいでしょ。行きますよ」
「まだ話は終わっておらぬ」
「昨晩のことは報告したとおりで、それ以上もなければそれ以下もない」
「…………」
ぎょろりと学園長はラスティエル様をにらんだままだったが、ラスティエル様はどこ吹く風で俺を連れて部屋を出て行った。
「……ってか、ラスティエル様って俺を白騎クラスに入れるって話をするためだけに俺を呼んだでしょ?」
武技個人戦の会場へ戻りがてら俺はたずねた。
「あ? まあ、そうだな。後は形だけでも報告したっていう体が必要だったからな……俺がいない場で学園長に聞かれたら、お前、魔法のこと話しかねねーなと思って」
「あ……。もしかして、俺が魔法使ったこと隠してくれました?」
「ナイショだって言われたことは黙ってるさ。まあ、女子の秘密のほうがうれしかったけどな」
けけけ、と笑う。
この人はまったく公爵家らしいところが——貴族界のトップらしいところがないな。
きっと学生の頃から、今の騎士団でも、人望があるんだろう。
「……ソーンマルクス。魔法を使えることは隠しておけ」
「やっぱり、そのほうがいいですか?」
「ああ。魔法の才能持ちはめちゃくちゃ少ねーからな。もしお前が黒鋼クラスで居続けたいと思うのならなおさらだ。魔法を持ってる平民なんて使い勝手しかない」
「それって奴隷扱いされるってことじゃ……?」
「ああ、そうだよ」
「即答っすか」
「夢も理想も語れない貴族ばっかりだからな」
俺が言った言葉だ。
「……生意気言ってすみません」
「いや、そうじゃねーよ。確かに……そのとおりかもなって思ったところはあった。ジュエルザード第3王子がもし本気で王位争奪戦に参加するのなら……」
と、ラスティエル様が言いかけたところだった。
個人戦の会場はすぐそこで、そこから飛びだしてきた生徒がいた。
「ソーマ!」
リットだ。
「もうそっち終わったの!? 早く、早く来てよ!」
「おい、どうしたリット」
リットのふつうじゃない様子に俺はイヤな予感がする。
「行ってこい、ソーンマルクス。なにかあったら俺の名前を出していい」
「ありがとうございます」
俺はラスティエル様から離れるとリットのところへと走った。
「どうした」
「アッサールが、アッサールが……!」
アッサール? さっき蒼竜クラスの男子に勝ったじゃないか。
「次の対戦相手がアイツだったんだ」
「アイツ?」
俺とリットは会場へと飛び込んだ。階段を伝って観客席へ向かう。
「ヴァントールだよ! 蒼竜クラスの!」
「!!」
蒼竜クラスでも頭ひとつ分、強いのがヴァントールだ。
1年生とは思えないほどのパワーを持った近接ファイター。
俺は、訓練場でクラスメイトたちをたたきのめしていた姿を思い出す。
そして——ハッとする。アッサールの戦い方は【防御術】のエクストラスキル「衝撃吸収」で相手の攻撃を受け止め、反撃するスタイル。
観客席に出ると、不穏などよめきが広がっていた。
一段下がった対戦エリアから、担架で運び出されようとしているのは——アッサールだった。
「…………!!」
ぼろぼろだった。
服はちぎれ、血にまみれていた。
骨も折れているのかもしれない、動かさないようにそっと、そっとという感じで運んでいる。
対戦相手のヴァントールはそれを見送ると無感情に背を向けて立ち去っていく。
「アッサール!!」
気づけば叫んでいた。俺は観客席を駈け抜けると手すりを飛び越えて階下へと降り立った。
「医務室へ運ぶからどいて!」
「アッサール!」
教員が運ぶ担架の上で、アッサールは俺へと顔を向けた……こぶだらけの顔だった。
「……ごめ、ソーマ……俺、負け……」
「しゃべるな! 気をしっかり持てよ!!」
意識があることにホッとしつつ、次に腹の底から激しい感情が込み上げてきた。
「……ソーンマルクス。実力が違いすぎて、一方的な戦いになってしまった……だが、ぎりぎりまでアッサールは戦ったんだ。負けを宣言しろと私が言っても聞かずに……」
ジノブランド先生がいつの間にかやってきて、俺に言う。
「——やっぱりさっき蒼竜に勝ったのはまぐれだったな」
「——つーか無様過ぎるだろ。ヴァントール様の剣を全部食らってたぜ」
「——黒鋼らしいボロ雑巾になったな」
蒼竜クラスの観客席からそんな声が聞こえてくる。
俺はそちらをにらみ上げ、ジノブランド先生に言う。
「だからって、こんな姿になるまでやらせるんですか」
「わかっている。蒼竜クラスには正式に抗議を入れる」
「……俺は!!」
言いかけたときだ。
「……師匠が出るまでもありません」
「そうだ。ここは俺らの舞台だぜ」
俺の右肩をスヴェンに、左肩をトッチョにつかまれた。
「……立ち上がれなくなる最後の最後まで勝ち筋を探した根性は見事」
「これから抽選だからどっちが先かはわからねーけど、あの目つき悪りぃ蒼竜男子はぶちのめす」
「ふたりとも……」
スヴェンは無表情ながらも静かに、トッチョはばちばちに闘志を燃え上がらせていた。
「……わかった」
こんなことになるなら俺も参加しておけばよかった、とか、学園長室に行ってる場合じゃなかった、とか、いろんな思いが頭をよぎった。
だけどこのふたりはもう次を見据えている。
アッサールは自分の意思で戦ったのだと。一方的な試合だったとしても立ち上がれなくなるそのときまであきらめなかったのだと。
それならば、アッサールの根性を讃えるべきだと。
その通りだ。その通りだよ、ふたりとも。
俺よりずっと……このふたりのほうがしっかりしてる。
「頼んだ」
俺はそう言うとアッサールについて医務室へと向かった。
ラスティエル様の名前を出すまでもなく、医者はちゃんとアッサールを見てくれた。消毒液で「痛い」とわめいていたアッサールだったが、包帯でぐるぐる巻きになって寝かされるやそのまま寝入ってしまった。
特に後遺症とかになるようなものもなく、骨にヒビは入っているようだがちゃんと休めば2週間から1か月くらいで完治するという。
とりあえずホッとして観客席に戻ると、1年男子で勝ち残っている生徒8人が試合場に集まっていた。準々決勝の組み合わせ抽選が始まるらしい。
「ソーマ、どうだった?」
「うん、大丈夫、後は寝てりゃ治る」
「良かった……」
俺に声を掛けてきたのはオリザちゃんだ。女子の個人戦は明日以降の日程になっている。
取り巻き四人衆の残り3人も喜びつつ、目は試合場に釘付けだった。彼らにとっても期待の星であるトッチョも勝ち残っているからな。
俺もリットの横に座ってそちらを見る。
トッチョにスヴェン、このふたりが残るのは当然だった。それにヴァントール。
キールくんもやっぱりいるな……あとはマテュー。こっち見てにやりとしやがった。
「あんにゃろー、カッコつけやがって」
「……ソーマ、マテューは強くなってるよ」
「え?」
「あんなに強かったっけ、ってくらい圧勝で勝ち進んでるんだ」
リットは言った。
そうか、マテューもがんばってるんだな。
残りの3人のうちひとりは白騎クラスで、ふたりは蒼竜だった。
(蒼竜クラスが3人残ってるのか……強いな)
緋剣クラスは女子しかいないので今日は参加しておらず、碧盾は残っていない。彼らからすると黒鋼クラスからふたりも残っているのが意外なのかもしれないけどな。
「では抽選を開始する。キルトフリューグ=ソーディア=ラーゲンベルク君」
「はい」
その名が呼ばれるやどよめきが聞こえる。さすがの大公家。
キールくんが学年主任のトーガン先生のところに行き、袋に手を突っ込んで木片を取り出すとそこには「1」の文字が書かれていた。
トーナメント表のいちばん左にキールくんの名前が書かれる。
こういうときのさらっと「1」を引いちゃうからすごいよな。
次はヴァントールだ。
「8だ」
その名前はいちばん右に書かれる。
ヴァントールはキールくんをにらみつけ、
「……決勝で蹴散らしてやるよ」
と言った。
こいつ、もうキールくんを倒すことしか考えてないな。
次は蒼竜クラスの男子で、彼は6を引いた。
「マテュー=アクシア=ハンマブルク君」
「はい」
マテューの名前が呼ばれると黄色い歓声が上がった。
唯一の黄槍クラスからのベスト8だしな。
「4だな」
おお、マテューはキールくんと同じブロックか。
勝てばこのふたりが準決勝で当たることになるが、どうなるか……。
「トッチョ=シールディア=ラングブルク君」
「うす」
最初に会ったときとは見違えるほど引き締まった肉体のトッチョが——まあ、それでもまだアスリートからは遠いけどな——クジを引く。
「3だ」
「!」
マテューの眉が上がる。
トッチョとマテューが当たるのか……槍同士の対戦だ。
「よろしく頼むぜ、トッチョ」
「はっ。学年1位の槍の名手が誰か教えてやる」
強気のトッチョにマテューはにやりとした。
だけどマテューの笑顔はさっきこちらに向けたそれとはまったく違っていた。
獰猛で、暴力的で……ああ、いつもは二枚目のマテューもその奥底にはこんなにも男っぽく荒々しいものがあったんだな。
(クソ……いいな)
俺もあの場にいたかった、という思いが込み上げてくる。
だけどそれはしばらくお預けだ。
そして次のクジは、
「スヴェン=ヌーヴェル君」
「…………」
無言でクジを引いたスヴェンだったが——。
「……5」
トッチョとは違うトーナメントに入った。
じろりとスヴェンはヴァントールをにらむが、ヴァントールは完璧に無視していた。
「…………」
互いに1勝すれば準決勝で当たることになるが……。
残りの3人もクジを引き終わり、第1試合ではキールくんが蒼竜男子と、第2試合はトッチョ対マテュー、第3試合はスヴェンが蒼竜男子と、第4試合はヴァントールが白騎男子と戦うことになった。
生徒たちが控え室に戻り、試合場には第1試合のキールくんと蒼竜男子が残る。
「……誰が優勝すると思う、ソーマは」
不意にリットに聞かれた。
「そりゃ、スヴェンかトッチョにがんばって欲しいよ」
「そうじゃなくてさ、冷静に誰が優勝するか」
「……それ、マジで聞きたいの?」
「うん」
「冷静に見たら——」
俺が言いかけると、クラスのみんながこっちを見ているのに気づいた。
そしてその直後、ワァッ、という歓声が起きる——なにかと思ったら試合開始だった。
いや、違うな。
試合開始直後、一気にキールくんが距離を詰めて蒼竜男子の武器を弾き飛ばしたんだ。それで、歓声が起きた。
キールくんよりも一回りも二回りも大きい対戦相手。
キールくんの小さな身体のどこにそんな力があるんだろうな。
「それまでッ!」
審判が声を上げる。あっさりと、第1試合の勝敗が決した。
「……ま、見ての通りだよ」
俺は言った。
「冷静に見たら、キールくんが1位になる」
ごくり、とリットはつばを呑んだ。
「そんなに強い?」
「強いよ。……ほんとに強い」
歓声を受けて小さく手を挙げたキールくんは何事もなかったかのように控え室に戻っていく。
8人の中ではいちばん実力が低いっぽい相手ではあったけど、まさかの一撃かよ。
(……座学でキールくんに後れを取ったら武技で1位を取るって思ってたけど……武技でも遅れを取りそうじゃないか!?)
俺もうかうかしてられんな、マジで……。
「第2試合だ」
俺の後ろに座っていたオービットの声でハッとする。
黄色い歓声を受けて試合場にやってくるマテューは長槍を手にしている。
そしてまったく同じ槍を持っているトッチョには、
「うおおおおトッチョおおおおお!」
「がんばれやオラァ!」
「気合い見せろよ!」
俺たちの野太い声援が投げられる。
トッチョは完全に俺たちをシカトしていたが、
「が、がんばれお兄ちゃん」
「!!」
ルチカが言った瞬間にすさまじい速度で振り返った。
「——任せとけ」
そして腹が立つほど清々しい笑顔で言うと、空いた左手の親指を立てて自分の胸を差した。なんだよそのポーズ。
「ちょいちょい腹立つなアイツ」
「シスコン怖い」
「お兄ちゃん……そういうところだよ」
クラスでの評判は散々だ。
「これより第2試合を開始する」
そうこうしているうちにふたりは試合場の中央で向き合った。
「両者構え」
「…………」
「…………」
しん、と静まり返る会場。
ひゅんひゅんと槍を回してから構えるマテューと、ただすんなりと槍を持っただけというふうのトッチョ。
いいぞ、トッチョ。緊張はしてないな。
「——始め!」
準々決勝第2試合が始まった。