学園長は変わらない
前話で感想書き込みありがとうございます。
バタフライエフェクトが届きました。
短いですが……。
ラスティエル様に連れられた俺が学園長室に入ると、多くの騎士や教員が部屋にはいて、あーだこーだと話していた。だけれど、俺の顔を見た瞬間、誰しもが口をつぐんだ。
「……ようやく来たか。皆、退室いただこうか」
「しかし学園長、我らには聞かねばならない理由があります」
「私は1年の学年主任として聞いておきたいです」
「退室いただこう」
碧盾樹騎士団らしい、エメラルドグリーンのマントを羽織った騎士や学年主任のトーガン先生であっても、学園長は容赦ない。
持っていた杖で床を、コツ、コツ、と突くと、
「退室いただこう」
学園長はもう一度繰り返した。
みんながすごすごと出て行く中、碧盾樹騎士団の人たちはぎろりとラスティエル様をにらみつけ、ラスティエル様は俺と視線が合うと肩をすくめて見せるのだった。
よくよく見たら騎士の人たちは全員エメラルドグリーンのマントだったな。
「相変わらずおっかないっすね、学園長」
全員がいなくなると、学園長の座るソファの向かいに腰を下ろしながらラスティエル様が言う。
「君も相変わらず軽薄なようだ。まったく、ヴィルカントベルク公爵家の教育水準を疑う」
「『大公』のうちが疑われたら、よその貴族はたまらんでしょ」
「そうであったな。君自身の資質の問題だ」
ラスティエル様が俺のほうを見てまた肩をすくめて見せる。
いや、俺にそんなポーズ見せられても困るんだけど……。
「それで、ソーンマルクス=レック。お前はなにをやらかしたのだ?」
「いや、今回に関しては俺は被害者だと思うんですけど? ていうかその辺の説明ってラスティエル様が——」
コツ、コツと杖が床を突いた。
ぎょろっ、と長い眉毛の奥が俺を見る。だから怖いってこの人。絶対教育者向きじゃないよ。
「なにをしたのかと問うたのじゃ。質問に答えよ」
「……今日の武技個人戦が行われる会場に、他校からの教員が忍び込んでました。そして白騎クラスの武器に毒を塗っていて、それを目撃した俺と戦闘になり、ラスティエル様に助けてもらいました」
「フゥー……」
学園長は深く息を吐くと、
「なぜお前は、夜も遅い時間に出歩き、そんなスパイのまねごとをしたのだ?」
「じゃあ学園長は毒を塗られるままにしておいて、白騎クラスの生徒が他のクラスの生徒を殺してしまえばよかったと? 俺はそうは思わない——」
コツ、コツ、と杖が床を突く。
「質問に答えよ」
「…………」
だんだんイラついてきた。
正直な話、俺は悪いことをしたつもりもなければむしろ善行をしたと思ってる。
だけどこれはなんだよ。尋問か?
「まあまあ、学園長。ソーンマルクスが話した内容は俺の報告と相違ないでしょう? 彼は騎士として正しい行動を起こしたと思いませんか」
「……規律を乱す者は騎士ではない」
「でも機を見て敏ならざる者は、騎士の務めを果たせない。俺はこいつを褒めてやりたい」
ラスティエル様……いいこと言うじゃないか。
学園長はますます不機嫌な顔をした。
「この者は黒鋼クラスだ」
「だからなんですか。黒鋼士騎士団には未来がないとでも?」
「少なくとも白騎獣よりはなかろう。ソーンマルクスが正騎士になり、何年生き延びる? 黒鋼士入団後の5年の生存率を知らぬお主ではあるまい」
え。え? 黒鋼士騎士団ってもしかして……ブラック?
いや、ダジャレじゃなくて。
「5年の生存率ってなんですか? 騎士って貴族地位ですよね? 5年で死んだりなんて、まあ、偶発的な事故でもない限りないですよね?」
「……1年で25%だ」
「え?」
ラスティエル様が俺に言う。
「黒鋼士騎士団の新人騎士は、最初の1年で20%が命を落とす。5年にまで拡大すると30%が命を落とし、30%が退団し、正騎士を返上する。つまり10人正騎士になっても5年後には4人しか残らない」
「……え?」
いや、ちょっと待って待って。なにそのショッキングなニュースは!
俺が昨日なにやったかとかより、そっちの話のほうが気になるんだけど!?
「ソーンマルクス、つまり学園長は学園卒業後に5年経ったとき、お前は半分以上の確率で正騎士ではないと仰っているんだ……生死に関わらずな」
「そんなの……初めて知ったんですけど」
「そりゃ、学生には伝えないだろう。だが2年に上がるころには説明がある。そこでその先をあきらめるのならそれでよし」
「…………」
俺は、少しだけ心当たりがあった。
黒鋼寮には上級生もいるのだが、その数はあまりに少なく、存在感も薄い(ただしフルチン先輩はのぞく)。
2年になればクラス順位最下位だからと退学させられることはなくなるはずだが、それにしたところで上級生が少ない。まるで、1年の俺たちが圧倒的に異質だというくらいに。
そういうことか。
2年以上は、正騎士になった後の未来を知っているんだ。そして多くがやる気をなくし、退学していった……。
ジノブランド先生はこのことを知っているんだろうか? ……知らなそうだな。知ってたらさすがに教えてくれそうなものだし。
「お前個人が良い悪いという話ではなく、これは現実の数字である」
学園長が淡々と言った。
「…………」
ふざけんなよ。
なんだよそりゃ。
卒業してもうまくいかない、あるいは死んでしまうから、黒鋼クラスはどうでもいいのか?
「学園長——」
「俺は、未来のことなんてわからねーって思いますけどね?」
俺が言いかけたところで、ラスティエル様が言った。
「どういう意味かな?」
「未来がどうなってるかなんて、今の俺たちにゃわからないんですよ。だから今は、ソーンマルクスの『良い悪い』でちゃんと褒めるべきだってことですわ」
「……君は自分の発言内容をちゃんと理解しているのかね?」
「完璧に理解してますよ。あと言っときますけど、このソーンマルクスがこのまま褒められる騎士見習いとして成長し、卒業できるのなら、俺はソーンマルクスを白騎獣騎士団に入れるべきだと推薦するってことをここで明言しときますわ」
「!?」
へ?
お、俺が……卒業後に白騎獣騎士団に!?
キールくんと同じところに!?