四人衆の意地
あらすじ:
怪しい教員を追っていったらそいつは明日の武技個人戦で使われる白騎クラスの装備に細工をしかけていた。ソーマの尾行もバレてしまい、危うく殺されかけるが、それを救ったのは正騎士であり白騎獣騎士団所属のラスティエルだった。ふたりは協力して教員を制圧したが、ソーマはそのとき魔法を使ったために意識を失った——。
……目を開けると、寮の部屋の天井があった。
「知らない天井だ……」
「君の部屋の君のベッドだけど」
がばりと身体を起こすと机で教科書を書き写しているリットがいた。
「おはよう、ソーマ。なにか言うことは?」
あれ? 俺は昨日なにやってたんだっけ。えーっと……。
「あ! 今何時だ!? 武技の個人戦始まってるよな!?」
「その前に!! 昨晩なにやらかしたかのほうが大事だろ!? ソーマ、君は気を失った状態で運ばれてきたんだぞ!」
「あ、ああ〜〜〜〜」
思い出した。そうだった。ラスティエル様に助けてもらったんだった。
「えっと運んできたのは騎士だった?」
「え? いや、ガラハドさんだよ」
「そっちか〜〜。ていうかガラハドさんたちはちゃんと動けるようになったんだな」
「『ちゃんと動ける』ってなに? 動けなかったのは君のほうだろ」
「それよりも! 個人戦! 個人戦だよ! どうなってる!?」
「わかった、わかった。ボクが個人戦の情報を出さなきゃ君もなにも言わないってことだね?」
やれやれとばかりにリットは肩をすくめると、
「ついさっきみんなが出てったところだよ。今から行けば個人戦の第1回戦には間に合う」
「おっしゃ! あんがとリット!」
「——あっ、ソーマ!? ちょっ、目の前で着替えるなよ!?」
いつの間にか着せられていた寝間着をぽいぽいぽいっと脱ぎ出すとリットがあわててカーテン(自家製)を引いた。
「お前なぁ、俺だって傷つくぞ。そんなに見るのイヤか」
「ち、違う。見るのは……その、別にイヤってわけじゃ……でもこういうのはちゃんとしてからじゃないと……」
「ちゃんとってなに?」
俺がカーテンを引いて開けると「ぎゃっ」とリットは飛び跳ねた。
いや、もう着替え終わってるから。
「行くぞ、リット。お前も応援したいだろ?」
「…………」
「リット?」
「……この」
バカ! とリットが教科書を投げつけてきた。
おいぃ、その教科書はリエリィから借りてきたヤツゥ! 大事に扱ってよぉ!
個人戦の会場に飛び込むとワァァァッと大きな歓声が上がったところだった。まさかもう始まったか!? と思ったら、どうやらジュエルザード第3王子殿下が開会の挨拶をしたところだったようだ。
「なんだ、ただの王子殿下か」
「ソ、ソーマ、頼むから、その、不敬な物言い、他の人がいる前で、言わないでよね……」
息も絶え絶えのリットに突っ込まれる。全速力で走ってきたのにちゃんとツッコミを入れるとはやはりリットは天性のツッコミ役だな!
俺としては個人戦が気になったのはもちろんだけど、昨日の他校教員がやらかしたことが今日の個人戦に影響していないかも気がかりだったのだ。
とりあえず、問題なく始まってるけど……。
「おい、ソーマ!」
個人戦のステージを見下ろす形になっている観客席に入ると、ジノブランド先生がやってきた。
そこは黒鋼クラスの応援席で、すでにクラスのみんなもいた。
「お前、昨日いったいなにやらかした……ってどうしたんだ、リットは」
「ボ、ボクはお気になさらず……」
「ちょっと走っただけだよ。で、先生、なにか聞いた?」
「あ、ああ……」
ほんとにリットは大丈夫か? って顔をしてるけど、大丈夫。リットは強い子だから。
「早朝から王都から騎士が大勢やってきてな、なにやらこの会場を調べていた。我々教員も呼び出されたが、警戒すべきことがあるが生徒たちにはふだん通り実力を発揮してもらいたいと……」
「あー、そうなんですね。よかった」
よくないだろ、とジノブランド先生に言われたが、とりあえず王都の騎士がやってきてるなら大丈夫だろう。
ちらりと個人戦ステージを見ると、キールくんが出て行くところだった。キールくんもいつも通りだ。彼ならきっと事情も耳にしてるだろうし、いつも通りってことは問題ないってことだろう。相手の緋剣クラスの少女はキールくんを相手にがちがちに緊張してるのは問題大ありだけど、こればっかりはくじ運が悪かったね。
「そこへお前が昨晩気を失って運ばれてきたと聞いてな。何かあったに違いないと」
「あ、はい。ありましたけど、とりあえず今は応援に集中したいです」
「あのなぁ、応援どころじゃ……」
「応援したいです。俺にとっては王都の騎士がどうこうよりも、このクラスのみんなが大事ですから」
「…………」
ジノブランド先生は少し黙って、
「……お前の言うとおりだ。応援席についてよろしい」
「はい!」
「だけど後でちゃんと聞かせろよ。全部だぞ。包み隠さずだぞ」
「……は、はい」
ジノブランド先生はどうしてこんなにも疑り深くなってしまったんだろうか……。
キールくんが緋剣クラスの少女を瞬殺(実際に殺したわけじゃないよ、もちろん)してしまい、第1回戦はどんどん進んでいった。
そして、
「アッサール! ぶちかませ!」
「勝てるぞ!! アッサール!!」
トッチョの取り巻き四人衆のひとり、アッサールが出てきた。
最近、トッチョといっしょに修行しているからめきめきとスキルレベルは上がっている——はずだ。
(お手並み拝見だぞ)
アッサールの相手は——、
「黒鋼クラスになんて1分も掛けずに倒せよ!」
「次に備えて体力温存しておけ!」
がっしりした体躯は同い年とは思えない。
細い目でアッサールをにらみつけている男子生徒は、蒼竜クラスだった。
(よりによって蒼竜クラスかよ!)
武技を磨いたとしても気後れしていては勝てるものも勝てない。
「…………」
「ふん、逃げずに上がってきたことだけは褒めてやる」
アッサールが手にしているのは剣で、蒼竜男子が手にしているのは槍だった。
剣の切っ先が震えている。
マズいな……。
「アッサール!!」
そのとき声が響いた——今日、参加メンバーとして登録していない四人衆の残り3人だった。
3人はそろってビッ、と親指を立てて見せた。
すると、
「…………」
アッサールの口元が緩んだのだ。
「なに笑ってやがる」
「……別に。すぐにわかるよ」
アッサールの緊張は解けたようで、ふたりは離れて開始の合図を待つ。
(こいつら……成長したな)
四人衆は4人で横並びだったはずが、アッサールだけが今回の個人戦に参加する。ということはアッサールが頭ひとつ抜けて武技に開花したということだろう。
武闘派で鳴らす蒼竜クラス相手ではさすがに厳しそうだ。
でも、それでもこの戦いはアッサールにとって価値ある一戦になるに違いない。
「——始めッ!」
武技の教官が審判を務め、開始の合図が掛かる。
ふたりは一斉に距離を詰めた。
「バカめ。槍相手に突っ込んで来るなど——」
蒼竜男子は踏み込んで槍を突き出した。
「『正突』!!」
エクストラスキルの使用は禁止されていない。
槍の穂先には布が巻かれており、スキルを食らっても死の危険はほとんどないからだ。
だけど——1年生でエクストラスキルを使える生徒は数少ない。
現にこの試合まで、エクストラスキルを使った戦いは一度もなかった。
恐ろしいほどの速度で槍が迫ると、アッサールの左肩に激突する。
直撃したら骨折は確実だ。
ヤバい、と俺が腰を浮かせたときだ。
「!?」
がつん、という衝撃とともにふたりはその場で止まった。
槍は、当たっている。アッサールの左肩に。
だがアッサールは吹き飛ぶどころか槍を止めていた。
一体なにが起きたんだ?
「無策で突っ込んで来るわけねーだろ」
「なっ……」
「うおおおおおお!」
アッサールは槍を左手で押しのけると踏み込んで剣を放つ。
「っく」
蒼竜男子はそれを腕で受けてはね飛ばす。
アッサールの剣さばきは下手くそだった。
だけど、いくら刃を引いているとはいえ剣を腕で受けてしまうってのはどうなんだと思わないでもない。
いや、それを言えば槍を受け止めちゃうのもどうかって話だけど。
「ぜえい!」
「そや!」
「ぜえい!」
「そや!」
そや、という気の抜けたかけ声はアッサールのものだ。
槍でどうにかしたい蒼竜男子と、槍を自由に使わせるまいと距離を詰めるアッサール。アッサールの戦い方はセオリー通りでいいことなのだが、しかし剣が下手くそだ。
ふたりはぜえぜえと息を切らしているが、致命打は出ない。
言うなれば泥仕合になってきた。
「アッサール! 行けぇ!」
「負けんなよ! こっからは気合いだぞ!」
「トッチョさんとの修行を思い出せ!」
四人衆たちが声を張り上げ、クラスのみんなも声援を掛ける。
一方、蒼竜クラスは、
「おい! なにやってんだ! みっともない!」
「それでも蒼竜か!」
「黒鋼相手だぞ!?」
蒼竜クラスからは、彼への怒りが飛ぶ。
これは——勝負あったな。
応援されるのと、怒られるのでは戦いが長引いてからが違う。
泥仕合は継続したが、最後は汗で手が滑って槍が落ち、蒼竜男子の首にアッサールが剣を突きつけて——勝負はついた。
「おおおおおおお——」
誰しもが蒼竜クラスが勝つと思っていただけに、黒鋼クラスの勝利に会場が揺れる。
「やったぜアッサール!」
「お前マジで最高!」
「【防御術】高めといてよかったなぁあ!」
四人衆の3人が観客席で抱き合いながら涙した。
防御術?
あ〜、そういうことか。
「衝撃吸収」のスキルを使って蒼竜男子の攻撃をしのいだのか。
初撃をしのげれば距離を詰めることができる。そうなれば接近戦に持ち込んで、泥仕合で勝てる、と。
……こいつら、考えたな。
真剣の勝負だったらできない戦略だけど、武技個人戦の仕様を考えたら全然アリだ。
「アッサール」
黒鋼クラスの控え室からトッチョが出てきた。
放心状態で、アッサールは呆然と立ち尽くしていた。
勝負がついたという実感がまだないのだろうか。
「トッチョさん……俺、やりましたよ」
「わかってる。今は休め」
「……はい」
「よくやったな」
「はいっ!」
実感が湧いてきたのだろうか。
どっちが勝ったのかわからない、汗と涙でぐちゃぐちゃになった顔でアッサールはうなずくと、トッチョとともに控え室へと戻っていった。
反対に蒼竜男子はうなだれ、重い足取りで、蒼竜クラスの控え室へと戻っていく。蒼竜クラスの応援席は静まりかえっていた。
ぴりぴりしているのは2年生以上らしい蒼竜クラスの生徒たちだ。舌打ちまでしているせいで、観客席の蒼竜クラスもお通夜状態だった。
「このままアイツ勝ち上がったらどうする!?」
「やべーよ、合コンのお誘い来ちゃうよ」
「これは来るぜ、絶対!」
四人衆が盛り上がっているが、お前ら貴族の子どものくせに「合コン」とかどこで覚えてきたんだ? ていうかこの世界にも合コンの概念があることに驚きだわ。
(……にしても、気になるな)
「衝撃吸収」スキルで攻撃をしのいでも無効化できるわけじゃない。
ダメージは確実に蓄積したはずだ。
様子を見に行こう——と俺が立ち上がったときだった。
「お前なぁ〜〜〜」
がしっ、と俺の頭がつかまれた。
「俺様に全部やらしといて、何食わぬ顔で観戦たぁいい度胸してるじゃねえか」
「げっ……」
そこには白騎獣騎士団の制服を着たラスティエル様がいた。
口は笑ってるが目は笑っていない。
そしていきなり正騎士が現れたことで黒鋼クラスのみんなはぎょっとして凍りつき、他のクラスの生徒たちもこちらに気づいてひそひそ話している。
「来い。お前の証言も必要だ」
「えっ、でも今日は個人戦で……」
「なんだよ、お前出るのか?」
「出ないっす」
「バカやろ。さっさと来い」
俺は首根っこを引きずられ、会場を後にする。
唖然とするクラスメイトたちを残して。
そうして俺はラスティエル様とともに学園長室へと向かったのだった——その後、個人戦の会場でなにが起きたかも知らないままで。
いろいろ忙しく少し短くてすみません。来週は更新できるかどうかちょっと怪しいですが、心の中で「がんばれ」と応援していただけますとバタフライ効果によって私の作業能率があがる可能性がゼロではありません。