偵察の夜に
●前回あらすじ:
【魔力操作】のスキルレベルの上げ方がわかったが、正直なところこれがなにになるのかはよくわからない。
一方、武技の個人戦は明日開催となり、国内各校の教員が視察にやってきた。視察には教員だけでなく生徒も来ており……国内統一テスト3位と6位の双子がソーマの前に現れた。
双子の兄か姉か、弟か妹か、よくわからないけれど——女の子のほうの「リッカ」は金の髪の毛をツインテールにしている子だった。前髪をアップにしているのでおでこが見えている。
青色の目はちょっと吊り目できつそうな印象をあたえるけれど、それでも最初の挨拶は「しくよろ〜」だもんな。特に怖い感じはしない。
一方の「テムズ」は男の子で、前髪は目元に掛かっていて野暮ったく、制服の袖もどうなってるんだよと言いたくなるが爪の先まで隠れているくらいにサイズが合ってない。
「あ、えっと……知ってるよ、うん、ふたりそろって国内テストの順位ひとけたなのはすごいよな」
ウェストライン校からきたふたりに俺がそう返すと、
「1位の人に言われてもね〜」
「うっ、そ、それは……」
「なーんて、冗談よ」
あははは〜とリッカは笑っているが、テムズの目は笑ってない。というか感情の変化に乏しい感じがある。
そのテムズが、
「……君は1位なのに平民なのだと聞いたけど、ほんとうか?」
「うん、平民だけど……」
「どうして平民なのに1位を取れる? 一度聞いたことは忘れない天稟でもあるのか? いや、それだとしても把握しきれない問題が出たときに対応できない。ならばかなりうまくやってカンニングを?」
「ちょ、ちょっとちょっと」
「テムズ! 失礼よ」
めっちゃ迫ってきた。ぐいぐい来るなぁ。
言葉尻だけ聞くと「こいつケンカ売ってんのか?」って感じだけど、本人はいたって真面目な顔つきだし、なにより彼らも平民だから俺はそこまで不快に思わなかった。
「えっと……名前を見るに君らも貴族じゃないんだよな」
「そりゃそうよ〜。アタシはともかく、テムズの制服なんて貸し服屋から適当に持ってきたものだからね」
「適当に、ではない。僕は寒がりだから長い袖が必要だった」
「アタシたちは平民だけど、たまたま天稟がよくて、それで学園に入学を勧められたってわけ」
「なるほど……ちなみに——」
「どんな天稟かは教えないわよ? もしもソーンマルクスくんが教えてくれるなら考えてもいいけど」
にやり、とリッカは笑って見せた。
ネットに接続してキーボードを叩けばなんでもわかる現代日本とは違って、この世界は情報の価値が高い。
俺の天稟だって誰かに言うわけにもいかないしな……(リット大先生の口止めもあるし)。
「オーケー、わかった。それなら聞かないよ」
「…………」
「……な、なんだよ? 聞かないからそれでいいだろ?」
「ねね、テムズ」
「ああ、リッカ」
なんだかふたりはうんうんうなずき合っている。
「やっぱり君って、とてつもなくレアな天稟を持っているのね?」
「……ノーコメントで」
「それって肯定といっしょじゃ〜ん。あははは」
「それならそっちだってそうだろ?」
「アタシたちの天稟なんてウチの生徒に聞けばすぐに教えてくれるよ。アタシたちに順位を抜かれて悔しがってる地方貴族はいっぱいいるから、情報なんて筒抜けだし」
「な、なるほど……。お前、それを使って俺にかまをかけたってことか?」
「正解! 君がレアな天稟持ちってだけじゃなく、他の貴族も君の天稟の真価を知らないってこともわかったわ。だって、天稟がなんて名前かくらいは知られてるわけでしょ? なのに君は自分の天稟を明かそうとしなかった……つまりその天稟には隠された価値があって、それを貴族たちは——」
「ノーコメントだ。俺には急ぎの用事があって、君たちはヒマかもしれないが、それに付き合うスケジュールは入れてないからね」
「あ、ちょっとちょっとぉ〜」
俺は彼らに背を向けてすたすたと歩き出した。
(こ、こいつら怖ぇえ〜〜〜〜!)
内心冷や汗かいてたわ。
っつーか、13歳とか14歳の子がそんな心理戦仕掛けてくるかよふつう!?
俺の天稟「試行錯誤」についてはいずれ、どこかのタイミングで知られることになるとは思う。だって黒鋼クラスで結構使っちゃってるからな。
だけど知られるのはできるだけ遅らせたい。できれば学園を卒業して、俺の地位が確固たるものになったときとかじゃないと……平民、しかも学生の身分だと高位貴族に目を付けられてなにされるかわかったもんじゃないし。
「ねね、テムズ。ソーンマルクスくんって結構可愛いところあるよね」
「は? リッカの美醜感覚は理解できない」
「そこは『そうだよね』って言っとけばいいんだっていつも言ってんじゃん」
「君が他人だったらそう言ったかもしれないが、家族にまで遠慮をして心的疲労を増やしたくはないな」
「アンタってストレス感じない人間でしょ」
「人間は多かれ少なかれ心的疲労を感じる生き物だ」
「あのー」
俺はたまらず振り向いた。
「なんでついてくるんだよ?」
「僕らには特に用事がなく、知り合いは君しかいないからだ」
「知り合い!? いや、まあ、名前を知り合ったから一応知り合いなのか……?」
「はーい! アタシはソーンマルクスくんに興味がありまーす!」
「リッカは黙ってて。『知り合いは他にいない』という体で同情を引き出そうとしているのに同情の純度が下がってしまう。彼は人が良さそうだからだまされてくれるはずだ」
「目の前でそういうこと言われるとさすがの俺も傷つくぞ?」
「おっと」
真顔で「おっと」とか言うあたり、スヴェンと同じニオイを感じる……。
「聞いたかリッカ。人間は多かれ少なかれ心的疲労を感じるのだ」
「ねね、ソーンマルクスくんって黒鋼クラスなんでしょ? やっぱり学内で差別されてるの?」
「君らほんとマイペースだよね?」
このふたりは「陰と陽」って感じで全然違うけど、マイペースに人のエリアに侵食してくるあたりは「双子だなぁ」と感じるわ。
「あー、つまり……俺から離れる気はないと?」
聞くと、そろってウンとうなずいた。
ほうほう……ほーう?
「わかった」
「やったー! ねね、テムズ。ソーンマルクスくんって物わかりいいよ?」
「ああ、リッカ。考案していたお涙ちょうだいの話をせずに済んでよかった」
「あのな、言っとくけど『わかった』というのはお前らの考え方を理解したという意味であって、承諾したという意味じゃないからな?」
お涙ちょうだいの話は少し聞いてみたくもあったが。
「じゃあな。入っちゃいけないところに入って警備員さんの手を患わせるんじゃないぞ」
「えっ——」
その瞬間、俺は彼らに背を向けて「生命の躍動」を発動。
【刀剣術】によって得られたエクストラボーナス「瞬発力+1」、それに【格闘術】の「筋力+1」を遺憾なく使って走り出す。
そうなれば俺は射出された弾丸のようなものだ。空気の壁をぶちやぶり、風のように走り去る。
「ええええええええええええええっ!?」
後ろのほうで、リッカの叫び声が聞こえた。
*
まったく……面倒なヤツらに出会ったものだぜ。
あのままついてこられたら「偵察」どころじゃないっつーの。
気を取り直して「偵察」再開だ。
「さて、と……ここからだと蒼竜クラスの借りてる訓練場が近いな」
いろいろと因縁のある蒼竜クラスだ。
彼らは室内訓練場を借りているらしく中をうかがい知ることはできない——ふつうなら、な。
「……よしっ、と。ここからなら見えるぞ」
俺はするりと木に登った。1階の扉は閉まっていたが、2階の高さのそこには窓があったのだ。ここからなら中が丸見えだ。
「お〜、やってるやってる」
広い訓練場の中央で、木剣を振るっているのはヴァントールだ。彼を囲んだ数人が一斉に斬り掛かったが、ひらりとかわして反撃を打ち込む。
蒼竜クラスのリーダーであることは疑いない実力者だ。
「……だけど温いな」
攻撃側の生徒は少々腰が引けている。ヴァントールの攻撃を肩に食らい、手で押さえてうめいている生徒がいるが、それを恐怖の目で他の生徒が見ている。
「——どんどん来いッ!」
ヴァントールの声が響く。
彼はもっとハードなトレーニングをしたいのだろうが、みんな動きが鈍い。痛いのがイヤなのかなと一瞬思ったけど、どっちかっていうとヴァントール本人を恐れているみたいに見えるな。うん、まぁ、アレだ、俺を見るオービットにそっくりなんだ。
動きの鈍いクラスメイトに苛立ったヴァントールが休憩を命じたようで、みんなホッとして散らばっていく。下のドアが開いて外に出てきたヤツもいる。危なっ、ここにいるのバレたら明らかに偵察だって知られちゃうじゃん。息を潜めておこう……。
「——ヴァントール様、ちょっと過激すぎやしないか?」
「——なにか焦ってるようだよな」
男子生徒ふたりが俺の真下でそんな話を始めた。
やれやれ、青春ってのは好きな女の子の話したりするもんじゃないのかね。それが、クラスにいるトップ貴族の話かい。
「——昨日、サウスロイセンの教師と話してただろ。あれが原因なんだと俺は思うんだが……」
「——止めろよ、憶測で話すの。余計なこと言ってるってバレたらなにされるかわからないぞ」
「——だけどなぁ、こんなトレーニングに付き合わされるのはしんどいぞ。ヴァントール様って蒼竜撃騎士団の正騎士の方々とトレーニングしてるんだし、俺らじゃ相手にならないってわからないのかな」
「——むしろ俺たちのレベルアップを手伝おうということだろう」
「——冗談じゃない」
「——それはそうだがな……」
彼らはそんな話をしながら遠ざかっていく。どうやら訓練場には戻らないようだ。
それはそうとヴァントールは正騎士と訓練してるのか。そりゃ強いわけだ。
まあ、俺は負けないけどね。
(……ていうかサウスロイセンの教師? ってなんだ?)
騎士養成校の教師が視察に来てるみたいなことは聞いたけど。
その教師が何者で、なんのために来てるかなんてことは俺は当然知らない。
だけどヴァントールはそういう人とも会ってるのか。
めんどくせーな、貴族の付き合いって。
そこで変なプレッシャーとかかけられてるってことだよな。
「ま……少しは同情しちゃうけどな」
貴族の子どもは貴族の子どもで苦労がある。大人の事情につきあわされるのは大変だよな。
それから俺は各クラスの偵察をして回った。
碧盾クラスは予想通りというか平凡な感じで、数人才能を感じさせるのはいたけどウチのクラスの敵ではないだろう。
緋剣クラスは勘のいい女子が多くて偵察がバレかけたけどなんとかなった——いや、もしかしたらリエリィにはバレていたかもしれないけど、なにも言わないでいてくれた。
黄槍クラスに行ったら歓迎された。……いや、なにを言ってるかわからねーかと思うが、俺もわからん。
まあ、マテューはああ見えてしたたかだから、俺が集めた情報を吐かせようとしてきたけどね。俺を快く思わない生徒も半分くらいいたから、マテューの顔を立てるためにかいつまんで情報を——特に蒼竜クラスの情報を教えてやると大喜びだった。
(……もう真っ暗だ)
偵察や訓練どころか夕飯までごちそうになって黄槍クラスの寮を出た。
マテューの実家と派閥争いをしているところの生徒もいたのだけれど、最後のほうではおそるおそるという感じではあったけれど俺に話しかけてきて、多少は打ち解けた。黄槍クラスだけあって信じらんないくらいの美形ではあったけれども、見た目なんかは関係なく、彼らはやっぱり……「ただの子ども」なんだよなという気はした。
背伸びして貴族ぶったって、親にプレッシャー掛けられたって、13歳とか14歳の子どもであることには変わりないんだ。
「マテューのヤツ、もうちょっと他の面子も連れて黒鋼寮に遊びに来たらいいのにな」
俺はそんなことを考えながら夜の敷地内を進む。
そういや白騎クラスの偵察は済んでいなかったのだが、白騎クラスは警備が厳重すぎる上に地下の訓練場なんていう、偵察しようがない場所にいるという事前情報があったので行く予定はそもそもなかったりする。
「……ん?」
夜になると敷地内を歩く人影はめっきり少なくなる。
時刻が夜の9時を過ぎれば警備員のガラハドさんたちがパトロールを始めるので、そのときにはゼロになる——今の時刻は9時半。俺はガラハドさんたちのパトロールルートを知っているから、問題ないのだが、
「あれは……確か、他校の教員じゃなかったっけ」
遠目に人影があった。
明かりも持たず(俺も持ってないけど)早足で進んでいくのは、確かにステージに上がっていた大人のうちのひとりだ。
どこの学校だったかは覚えてないけど……。
てか、どこに行くんだ?
交差点できょろきょろと周囲を見回し、
「!」
こちらを振り返ったので俺はとっさに木の陰に隠れた。
「…………」
思わず隠れちまったけど……なんかまともな雰囲気じゃないぞ。
一瞬見えたあの目は——感情のない蛇みたいな目だった。
「……ごくり」
俺はつばを呑み込んだ。
学園の教員である以上、きっとあいつは貴族の血が流れている。
そんなヤツが剣呑な雰囲気で敷地内をうろついている。
俺はどうするべきだ? 決まってる。放っておいたほうがいい。
もしかしたら道に迷っただけかもしれないし、あるいは宿舎に急いでいるだけかもしれない。俺の知らない用事がきっとあるんだろう。
もし問題があるなら、ガラハドさんたちがアイツを見つけ出すはずだ。なにせガラハドさんの警備ルートは毎日変わるし、俺だって完璧に把握できるようになるまで時間が掛かったくらいだ。
「待てよ……ガラハドさんは、どうして来ない?」
俺の把握できている範囲なら、もうとっくにあの教員の前からやってきておかしくない時間だった。あるいは横の通路から姿を現したはずだ。
だというのに——まったく姿を見せない。
それどころか気配すら感じられない。
(なにか……あったのか?)
ガラハドさんも年だからな。あの警備員たちはみんな年だしな。
(……そんなわけあるか。俺より長生きしそうな人たちだぞ)
だとすると考えられるのは、
(なにか特殊な事情で今日は警備をしていないということか?)
どくん、どくん、どくん、と俺の心臓が強く鼓動を刻む。
俺はなんだか、いやな真実に近づきつつある気がした。
そろりとさっきの教員の様子をうかがうと、その背中はどんどん遠ざかっている。
どこにいくんだ?
そっちにはなにがあったっけ?
少なくとも来賓用の宿舎はそっちにはない。
「……行くしかないな」
俺はその後をつけることにした。
あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします。