イケメンは中身もイケメンで
●前回あらすじ:
貴族、特にトッチョの従兄弟からの嫌がらせは続いていた。場当たり的なお礼参りはできたもののそれは根本的な解決につながっていない。
これでトッチョの従兄弟の嫌がらせもしばらくはないだろうと思っていたけども、トラブルなんてのはどこにでも転がっている。
昼休みにキールくんから学園のレストランに呼ばれ——最近はなんかキールくんが俺に連絡することが増えてきた——そちらに向かうと、ちょうどトッチョと仲のいい零細貴族四人衆がいるのが見えた。
アイツらはトッチョがスヴェンとつるむ(特訓)ようになってさみしがってるのかと思えばそんなこともなく、平気な顔で碧盾クラスや緋剣クラスの女の子に声を掛けたりしている。強い。
「ねぇねぇ、週末にお茶しにいこうよ。そっち4人で俺たちも4人。人数ぴったり合うじゃん!」
「え〜、どうしようか?」
「王都でも最近流行ってるスイーツがあってさぁ、なんと偶然にも8人席を予約してあるんだよね」
「なにそれ〜。偶然じゃ全然ないじゃん」
「あははは」
そんなナンパの現場を目撃してしまった俺。
……アイツらめっちゃ学園生活をエンジョイしてないか?
訓練に明け暮れるスヴェン派に所属してしまったトッチョが逆にかわいそうに思えてくる。
ま、いいか。俺には関係ない。俺にはステーキが待っている……! 今日はシェフの新作っていうガーリックバターソースを試すって決めてるんだ、俺……!
肉厚のステーキをレアで焼いてもらって、肉汁をあふれさせながらガーリックバターをたぷたぷに付けて食う。
さぞかしうまかろうなぁ! うまかろうなぁ!
「——ってェな!」
とか思っていたら、トゲのある声が向こうの方から聞こえた。
「え?」
「てめえ、どこ見てんだよ! 通路で女とくっちゃべって邪魔なんだよ!」
「あ……す、すみません」
「なんだぁ? くっせぇなあと思ったらお前ら黒鋼かよ。黒鋼って言えばカビの生えた寮で有名だったよな? そりゃくせえわけだぜ」
なんだなんだ。
零細貴族四人衆と、蒼竜クラスの男子3人がなんか揉めてるぞ。
「……あっち行こうぜ。ここは通路の邪魔みたいだから」
四人衆のひとりが女の子をエスコートしながら横にどこうとすると、
「ハッ! こんだけ言われてなにも言い返さねぇのかよ! やっぱインチキで1位を取ったクラスだな!」
「……なんだって? インチキ?」
「そりゃそうだろ。実力で武技の1位を取ったクラスなら、俺らにビクビクしたりしねえだろうが」
「インチキなわけないだろ。あれはトッチョが大活躍して——」
「じゃあ決闘すっか?」
「——え」
「決闘しようぜ。お前と俺。そうしたらインチキかどうかすぐにわかる」
「…………」
「ぶはははは! 黙りこくっちまった! びびらなくて大丈夫でちゅよ〜ボクちゃん! お兄さんはそんな怖いことしませんからね〜!」
「——いいぜ、決闘」
ゲラゲラ笑っている蒼竜クラスのヤツらの前、
「あ?」
「俺がやってやるって言ったんだ。決闘」
俺はそう言って立ちふさがった。
「!」
「ソ、ソーマ……」
俺が連中をにらみつけていると、
「……おい、コイツ確か……」
「……ふーん、1学期の決闘騒ぎの……」
なんかこそこそ話をする蒼竜クラス。
そしてすぐに、
「俺らは弱い者イジメはしたくねえんだよ……さすがにレベル12にかばわれてるクソダサ坊主をどうこうする気にもならねえし、レベル12本人を相手にするわけにもいかねえだろ?」
「は?」
「じゃあな、今のうちにせいぜい『インチキの1位』にしがみついてろよ」
「ちょっ、おい! どこ行くんだよ!?」
ひらひらと手を振りながら蒼竜男子3名は行ってしまった。
なんなんだ、アイツらは。
俺が決闘引き受けてやるっつってるのに。
「ソーマ……悪いな、なんか間に入ってもらって」
「ん? ああ、別にいいよ」
零細貴族四人衆を見ると、声を掛けていた女の子にも逃げられたらしくしょんぼりしている。
「まあ、そんな顔するなよ。いっしょにメシでも食おうぜ? 学園レストランでステーキなんてどうだ?」
「バカ、そんな金あるわけねーだろ」
「大丈夫、おごりだから」
「えっ!」
四人衆が目を輝かせる。
うんうん、いいねえ。育ち盛りの男子はこうでなきゃな。
「……キールくんのおごりだけど」
ぼそりと言った瞬間、4人が背を向けて逃げ出したのはまったく理解できんが。
それからというもの蒼竜クラスはわかりやすく黒鋼クラスを目の敵にしてきた。
男子たちはケンカを売られ、女子は恫喝される。
チンピラかな? ってくらい素行が悪いんだよな、アイツら……。
「……というわけで今日は緊急会議だ。題して『蒼竜クラス対策会議』である!」
教室で俺が言うとみんなからの反論はなかった。
毎日あちこちでトラブルがあるから、みんなも疲れているらしい。
「——男は片っ端から決闘申し込んでぶちのめせばいいだろ」
憤懣やるかたなし、という感じのトッチョが真っ先に言った。
こいつは仲間の零細貴族四人衆がつっかかられたと聞いてブチ切れてたからな。
そしてトッチョの横でじっと目を閉じ腕組みをしているスヴェン。
……うん、なにも考えてないな。というか周りでトラブルが起きていることに気づいてないな。ある意味大物だよ。
「お前が近づくと蒼竜の連中は逃げるんだろ?」
「そうなんだよ。アイツら、俺が強いことを知ってるからな……ったく、有名になるのもつれぇなー」
トッチョが得意げに言いながら、ちょっと離れた席のルチカをちらちら見ている。いつもどおりのシスコンである。
ルチカが鼻の頭にシワを寄せているあたり「また調子に乗って……」と思っているのだろう。まったくだな、トッチョにはあとでお灸を据えてやろう。
とは言え、トッチョの言うことも事実なのだ。
蒼竜クラスは、トッチョが武技の個人順位で1位を取ったことも、そしてその「1位」がけしてまぐれではないこともわかっているっぽいのだ。
そして俺の戦闘能力についてもわかっているのか単に警戒しているのかはわからないけど……蒼竜クラスと揉めてる現場を見かけて俺が近づくと連中は逃げる。
「とりあえず女子はトッチョといれば安心だから、もし蒼竜クラスがいそうな場所に移動するときはトッチョについていってもらったらいい」
すると「えぇ〜……」というイヤそうな声があちこちから上がった。
「は!? そんな声出すなよ!? 俺でも傷つくんだが!?」
トッチョが抗議すると男子たちは「ざまあ」という顔でニヤニヤしている。
「ソーマ。女子はそれでいいとして男子はどうするんだよ」
リットが言うが、
「男は勝手にしろ」
「はぁ!?」
「移動は常に全力疾走。それなら身体の鍛練にもなる」
俺が言うと「えぇ〜」という声が男子たちから上がった。今度は「ざまあ」という顔でトッチョがニヤニヤしている。お前ら「類は友を呼ぶ」だな。
「女子にトッチョをつけるなら……男子には、ソーマがついてもいいんじゃないの?」
リットが言う。
「ん? あー、まあ確かにそれもそうか。俺でいいなら別に構わんけど」
「だ、だよね!? それじゃ男子にはソーマがつくってことで決まり——」
「待った! トッチョとソーマはチェンジだ!」
とそこへオリザちゃんが立ち上がった。
「そうです! チェンジです!」
ルチカも声を上げる。
「リット、どさくさに紛れてなにしようとしてんだよッ!」
「な、なんだよどさくさって! ボクはただ男子だって危険もあるんだから提案しただけじゃないか」
「それならトッチョでいいよな!?」
「いやっ、それは、ええと、ほら……トッチョ本人の希望がある! ねっ、トッチョは男子じゃなくて女子につきたいだろ!?」
「当たり前だ!!!!」
力一杯トッチョがうなずく。やたら男らしい。
でもただのシスコンなんだよなぁ……。
「いやですっ!」
「ルチカ!? なぜそんなに俺を拒否るんだよ!?」
「ソーマが女子、トッチョは男子で決定だ!」
「オリザは横暴だっ!」
「横暴なのはリット、アンタのほうだ!」
「うるさーい!!」
俺が声を上げると、教室内はぴたりと静かになった。
「くだらないことでケンカするのは止めよう……その辺は実際の動きに合わせてうまいことやろうぜ? トッチョも俺も、ずっと手が空いてるわけじゃないんだし、そのときにどっちがいいだの悪いだのは言わない。それでいい?」
「……わーったよ」
「わ、わかりました……すみません、大きな声を上げて」
「ま、まあ、俺様は大抵ヒマだからな」
「それでいいよ。ゴメン、ボクも変に騒ぎ立てて」
みんなシュンとして(トッチョだけはルチカをちらちら見ながらだけど)納得してくれた。
しかしまぁ、みんな自分の主張をするようになったなぁ。俺はうれしいよ。
とりあえず蒼竜クラスの1年生に気をつけるようになったわけだけれど、黒鋼寮に戻れば同じ厄介な1年生がいる——こっちは黄槍クラスだけど。
「おぉ、ソーマ。帰りが遅せぇじゃねえかよ」
「……なにをくつろいじゃってるんだよ」
「気にするな。いつものことだ」
「毎日来るなっての」
マテューも俺のことを「ソーンマルクス」ではなく「ソーマ」と呼ぶようになっていた。
比較的、遠巻きに見ている女子生徒が少ないのはフランシスがいないからだろうか。
いや、フランシスもいないのにひとりで来てお茶してんじゃねえよ、マテュー。
「今日フランシスは?」
「ああ、なんか注文してた本だかなんだかが届いたとかで王都まで行ってるぞ。アイツは意外とインテリなんだ——茶、飲むか?」
「俺は別に要らな——」
と言いかけて、砂糖をたっぷりまぶした茶菓子を見てしまった。
「——いただこう」
「なんだよ、ソーマ。お前甘いもの好きなのか?」
「好きっつうか、高級品だからあまり食べられないだろ?」
「ああ……まあ、そうだな。俺の分も食っていいぞ」
「マジかよ。お前いいヤツだな」
「今ごろ気づいたのか」
俺は喜んでマテューの差し出してくれた砂糖菓子を食べた。
砂糖でじゃりじゃりの謎のバーだ。
うーむ甘い。お茶がよく合う。
だけどなぁ、もっとこう繊細な味わいのお菓子があってもいいんじゃないかな……とにかく味付けが強烈なんだよな。もしやビジネスチャンス? いや、でもこういうのって日本人趣味でしかないのかな?
「…………」
とか考えながら食べていたら、マテューが俺をじっと見つめて、
「なあ、お前って実はどこかの金持ちの息子とかなのか?」
「は? なんだよ急に」
「菓子が高級品って言う割りに食べ慣れてそうな顔してるからさ」
どきりとした。
確かに、日本にいたころには甘い菓子なんてコンビニに行けばいつでも買えたもんな。
別に特別好きってわけじゃなかったけど、なんだかんだ買ったりもらったりしてよく食べていた気もする。
「そ、そんなことねえよ」
「そうか?」
危ない危ない。変な振る舞いはしないようにしなきゃな。
まあ、前世が異世界人だとバレたところでなにかあるってこともないだろうけど……でも俺の天稟「試行錯誤」は黙っておけっていまだにリットに言われるし。
「それはそうとさ、ウチのクラスが蒼竜に付け狙われてるんだけど、どうしたらいい?」
「……ああ」
なんとはなしに蒼竜クラスの話を振ってみると、マテューは忌々しげにこう言った。
「黄槍もあーだこーだ言われてるよ。お前らとの武技戦で八百長しただのなんだのってな。おかげで親に呼び出されて問いただされるクラスメイトもいる」
「はあ!? なんだそりゃ……八百長なんてやる意味ないってことくらいわかるだろ」
「それを言うならお前だってわかるだろ。黒鋼が黄槍に勝つってのはそれくらいやべーことなんだよ」
「…………」
そうだった。
キールくんは優しいし、マテューもこうして遊びにくる。
だから俺は少し忘れていたのかもしれない。
黒鋼クラスに対する偏見は根深いし、そう簡単になくなるもんじゃない。
腹が立つよな……ほんとに。
「まあ、後はこの俺が黒鋼寮まで毎日来てるからそれもウワサの火に油を注いでる」
「お前も原因かよ!」
「わはははは」
マテューが明るく笑っている。
イケメンが豪快に笑うとか絵になるな……。変な声とともに倒れる女子生徒が3人くらいいたぞ。
「それがわかってるなら来るなよ……」
「おいおいソーマ。お前なに言ってんの? 黒鋼クラスで白騎に勝つとか言ってるお前が、そんな小さなウワサを気にしてんの?」
「……あ」
それは——そのとおりだ。
テーブルに頬杖をついてにやりとしているマテュー。
こいつ……カッケェなあ。
俺よりずっと年下のくせに(精神的には)、カッコイイんだよなぁ。
「なんだなんだその目は。俺に惚れたのか、ソーマ?」
「そういう趣味はねえよ。まあ……その、なんだ。ありがとうな」
「あ?」
「遊びに来てくれて、さ。お前の言うとおりだわ、俺ももっと堂々とすることにするわ。堂々と、とりあえず蒼竜クラスに勝つ」
「大きく出たな。だけど俺らだって負けてばっかしじゃねーからよ」
「ああ……次の勝負は来月の国内統一テストだな」
俺はマテューに茶の礼を言って、寮へと戻った。
マテューもマテューで内に秘めたものがあるんだよな……。黒鋼に負けて、負けっぱなしでいいなんて思ってないんだ。
「俺たちももっとがんばらなきゃな」
と思わず口に出したら、ロビーにいたオービットが「ひぃっ、もっとですか!?」とびくついていた。