表現の自由の中にヘイトスピーチは含まれるのか?
含まれると思います。
というより、これは単純な時系列の問題です。
まずヘイトスピーチとは人種や民族、性別や嗜好など、個人の努力では簡単に変えられない属性に対し、憎悪を煽る表現(言葉だけではなく示威行為なども含む)を言います。
そして、ここで仮にA氏としますが、A氏がツイッターで言いました。
「○○人は日本から出て行け!」「○○人は蛆虫以下だ!」
言われた○○人は名誉を傷つけられたとして裁判所に訴えます。
A氏は表現の自由を訴え、法廷で争います。
審議され、ヘイトスピーチであると認定され、上告も退けられて敗訴が確定、名誉を棄損したと、A氏は多額の賠償金を支払う事になりました。
A氏に表現の自由は無かったのでしょうか?
世間的には、ヘイトスピーチは表現の自由には含まれないでしょう。
しかしながら、仮にA氏が勝っていたら?
A氏の主張はヘイトスピーチでは無いと、裁判所が認めた場合は?
A氏の表現の自由は守られたのでしょうか?
それを考える前に、日本は罪刑法定主義の法治国家です。
罪刑法定主義とは、ある犯罪行為を処罰するには、その行為の内容やそれに対する刑罰を、予め法律で定めておかねばならない、という考え方です。
逆に言うと、法律に定められてない行為は犯罪ではない、という事です。
法律が無ければ罪に問えないという訳です。
それに似た概念として、法は遡及して適用されない原則があります。
行為がなされた時には適法であったのに、後から制定された法律によって逮捕される様な事があってはならないという事です。
さて、A氏のツイッターでの呟きですが、どうでしょう?
罪刑法定主義的に考えれば、既にヘイトスピーチ規制法があるのですから、A氏の発言がヘイトスピーチであった事は確かです。
しかし、罪刑法定主義と共に、法治国家ではもう一つ大事な考え方があります。
推定無罪の原則です。
有罪と宣告されるまでは無罪であると推定される、というヤツです。
幾ら怪しくても、怪しいだけでは無罪のままなのです。
推定無罪の原則を適用しますと、A氏は裁判でヘイトスピーチだと認定されるまでは無罪です。
従って、ツイッターで呟いた時点では、ヘイトスピーチをしたとは言えません。
あくまでヘイトスピーチと思わしき発言をした、です。
そして、裁判で無罪が確定すれば、晴れて自由の身(ヘイトスピーチだけで拘束される事は多分ありませんので比喩です)です。
A氏の表現の自由が守られたのか認められなかったのかは、裁判で審判されて初めて決する、と言えます。
つまり、表現の自由が先で、ヘイトスピーチかどうかは裁判所(今の所)が決める、です。
単に時系列の問題です。
従いまして裁判で決するまでは、どんな表現も許されなければならないと考えます。
まあ、そんな状況は面倒だから、発言する時には周りに配慮した方が良いのは確かです。
それに、有罪になるとダメージが大きいので、途中で和解して謝罪するのが普通でしょうが。
次に、この発言はヘイトスピーチだと司法で定義された場合、それを口にするのは表現の自由か、です。
この場合は言い逃れ出来ないでしょう。
表現の自由以前の問題です。
犯罪を犯す自由があると考える人には、また違うでしょうが。
では、今の段階で、確かにこれはヘイトスピーチだというリストはあるのでしょうか?
放送禁止用語集みたいなモノです。
これは一発アウトだよと。
ありましたっけ?
ありませんよね?
であれば、明確な基準が無いのにどうしろと?
まあ、作ったら作ったで、それこそヘイトだと批判されるでしょうが・・・
ここからは蛇足で、ヘイトスピーチは人権侵害だと主張されている方への疑問です。
ヘイトスピーチは確かに人権侵害です。
しかし、先にも言いました様に、ヘイトスピーチだと司法に判断されるまでは、軽々しくヘイトスピーチだと断定してはならないと思います。
当事者でなければ特にそうでしょう。
それとも、「俺がルールだ!」と言われるのでしょうか?
そして、作品の出版停止措置を喰らった方は、ヘイトスピーチだと認定されたのでしょうか?
確か、何もありませんよね?
それなのに、ヘイトスピーチは人権侵害である、あの作者は人権侵害をしたと声高に口にするのは、推定無罪を無視した暴言ではありませんかね?
そもそも、件の作者のツイートは、ヘイトスピーチ規制法が制定される前の話です。
法の不遡及の原則からも、ヘイトだと責める事は出来ないと思います。
法の不遡及の原則を追加しました。