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その花 第六章 : 暗天の刻 2



「……やってくれましたね、法条さん」



 ネスク報道局のスタッフがカメラなどの機材とともに知事室を退去した直後――。美東真冬が法条牧夫をにらみつけながら低い声を発した。


「おやおや。ずいぶんとご機嫌斜めのご様子ですね」


 法条は木刀を手に取り、自分の椅子に腰を下ろしてニヤリと笑う。


「もっと喜んだらいかがですか、美東さん。あなたが望んだとおりの結果になったのですから」


「ふざけないでください」


 美東はデスクの前に立ち、法条をまっすぐ見下ろす。広い知事室にいるのは二人だけで、他の議員の姿はない。


「法条さん。あなたはこうなることを見越していましたね」


「さて。なんのことでしょうか」


「おかしいとは思ったのです」


 美東は疲れ切った息を吐き出した。


「私が《特例期限付移住者保護条例に関する期限撤廃修正条項の追加》を議題に上げた時の採決です。あの時は6対7で否決されましたが、あれはあなたの指示ですね?」


「……と、言いますと?」


「あなたは自分の派閥の議員たちに指示を出して、わざと『6対7』にさせたのです。そうでなければまず間違いなく、2対11の大差で私の案は潰れていたはずです」


「どうして私がそんな面倒なことをする必要があるのでしょう?」


「今日の結果に結びつけるためです」


 美東はデスク上のモニターを指さした。そこには喜びに湧く難民たちの笑顔がニュース速報で流されている。


「あなたは難民の永住に反対する立場を表明した。その上で、『少数の賛成派にも配慮が必要』という人道的な言い訳をして、難民の永住を許可した。おそらくさっきのスピーチ原稿も、事前に用意していたのでしょう。あれほど耳に心地良い演説をされたら、反対派の住民だってあなたに抗議はできません。世界各国の首脳たちも、あなたの決断を褒め称えるでしょう。つまりあなたは自分の支持率をキープしたまま、美味しいところをすべてかっさらっていったのです」


「はは。それはさすがに深読みしすぎでしょう」


 法条は木刀で肩を叩きながら楽しそうに顔を歪める。


「美東さんも御覧になったはずです。住民投票の結果を知った難民たちの様子を」


「もちろん見ましたが、それが何か?」


「あのまま放置していたら、彼らは間違いなく暴動を起こしていました。そうなると、あの場にいた飽海さんは無事では済まなかったはずです」


「何を馬鹿なことを」


 美東は険しい目つきで法条を見据える。


「あなたはまさか飽海を救うためだけに、難民の永住を許可したとでも言うつもりですか」


「ええ。まさにそのとおりです」


 法条はおどけたように肩をすくめる。


「これでも私はネスクの知事ですからね。市民の安全だけは全力で守ります」


「いい加減にしてください」


 美東は冷たい目で言い捨てた。


「たった一人を守るために、11万もの難民を受け入れるはずがありません。そんな取って付けたような言い訳なんか聞きたくありません」


「それは違いますよ、美東さん」


 法条は木刀を両手で握り、美東を見つめる。


「私が守ったのは一人ではありません。ネスクに暮らすすべての市民を守ったのです」


「何をわけの分からないことを」


 美東はさらに鋭く法条をにらみつける。


 しかし法条はニヤリと笑い、美東の視線を受け流す。


「……まあ、いいでしょう」


 先に沈黙を破ったのは美東だった。


「難民の永住さえ決まってしまえば、ネスクは経済的な優遇措置を受けることができます。ですので、私は法条知事の決断を支持します」


「それはどうも」


「それと、大山地区の開発計画はのちほど提出しますので、承認をお願いします」


「ああ、別に事後報告でいいですよ。スピード重視でチャッチャとやっちゃってください」


「そうですか。では、そうします」


 美東は淡々と言って法条に背を向ける。そして眉間に深いしわを刻みながら知事室をあとにした。すると入れ違いに内田が姿を現し、法条のデスクの前で足を止めた。


「――失礼します。奥様からご伝言を承って参りました」


「ああ、いつも悪いね。今日はどんなたわ言かな?」


「申し上げます――。『難民の永住化なんて冗談じゃないわ。今すぐ取り消さないと本気で離婚するわよ。それと、秘書の内田と浮気したらぶっ殺す』――とのことです」


「ほほう。離婚か。そいつはありがたい」


「おめでとうございます」


 内田は無表情のまま、丁寧に頭を下げた。


「まったくねぇ。たかが政治家の妻ごときが何を勘違いしているのやら。アレは『立法職従事者試験』に合格できなかったくせに、自分のことを一廉ひとかどの人物だと思い込んでいるからタチが悪い。本当に呆れ果てるばかりだよ」


「それは仕方がありません。奥様は『呆れ夫人』ですから」


「はは。違いない」


 法条は乾いた笑い声を漏らす。それから片手でキーボードを操作して、モニター画面を内田に向けた。そこには無数の難民に囲まれた花が、ダグラスと白人の一団に守られながらコミュニティーセンターの出口に向かう録画映像が表示されている。


「さて、内田君。これは住民投票の結果が発表された直後の映像だが、この白人たちの動きは明らかに戦闘訓練を受けている。ようやくイギタリアの犬どもが尻尾を出してくれたよ」


「早速情報部に連絡して、監視を強化させます」


「ああ、そうしてくれ。必要なら彼らに『メンタルケア』を施してもいい」


 その瞬間、内田の眉がピクリと跳ねた。


「外国人をメンタルケア措置にしてよろしいのですか?」


「もちろんだ。彼らも今日からネスクの住民だからね。お客様待遇はもう終わりだ」


「……かしこまりました」


 法条の低い声に、内田は首を縦に振る。


「それともう一つ――」


 法条はニヤリと笑いながら内田を見上げ、指を一本立てて言う。


「飽海さんの減給処分は一年に変更だ。あのバカ女には、ちょっとばかりお灸をすえてあげた方がいいだろう」


「そうですね。それでは二年にしておきます」


 内田は法条にピースサインを向けながら、淡々とうなずいた。




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