その花 第四章 : 天開の刻 7
「ああ……。わたしって、けっこう軽いオンナだったのね……」
目を覚ました花はゆっくりと体を起こし、ベッドに腰かけたまま両手で顔を覆った。フローリングの床に、下着とブラウスとスカートが脱ぎ散らかしてあったからだ。
その光景を見たとたん、花は激しい自己嫌悪に襲われた。手を伸ばして服を拾うどころか、まともに見ることすらできない。しかし、そんな花に追い打ちをかけるように、ドアの向こうから久能がひょっこり顔を出した。
「おい、花。起きろ――って、なんだ。起きてたか」
(ああ……もう既に呼び捨てだし……)
花は両手で顔を隠したまま床にしゃがみこんだ。体に巻きつけたシーツの余りがベッドからスルリと滑り落ちる。
下着すら手に取る勇気がないのに、男と目を合わせるなんてできるはずがないじゃない……。いったいどんな顔をすればいいのよ――と思ったとたん、急に体がふわりと浮いた。
「きゃっ!」
花は慌てて顔から手を離す。見ると、久能が自分の体を軽々と抱き上げていた。
「まだ六時半だが、おまえもシャワーを浴びたいだろ。とりあえずコーヒーをいれたから、それを飲んで目を覚ませ」
「ちょ! ちょっと待って! 服! 服を着るから!」
「どうせシャワーを浴びるんだから、そのままでいいだろ」
上半身ハダカの久能は慌てふためく花の主張を軽く無視し、お姫様抱っこしたままダイニングへと向かう。
「い、いや! わたし、ハダカでコーヒーなんか飲めないわ!」
「シーツを巻いてんだから恥ずかしくないだろ」
「恥ずかしいに決まってるじゃないっ! このバカっ! バカバカバカぁーっ!」
「あー、はいはい。バカでけっこう、コケコッコー」
久能はさっさと花を椅子に下ろし、ガラスポットのコーヒーをマグカップに注いで花に差し出す。
「ほらよ。約束のモーニングコーヒーだ」
花は体を覆うシーツを握りしめながら、上目遣いで久能をにらんだ。それからおそるおそるカップを手に取り、白い湯気の立つブラックコーヒーを静かにすする。
「……あ、おいしい」
「だろ? ほんのちょっぴり塩を入れるのがコツなんだ」
「え? 塩? コーヒーに塩を入れるの?」
「ああ。けっこう有名な方法だぞ」
へぇ。そんなことも知ってるんだ――。花はちょっぴり感心しながら久能を見上げた。
すると久能も花を見つめて軽く微笑む。そして花の頭に軽くキスをしてから、キッチンでスクランブルエッグを作り始める。
花はマグカップをそっと置き、赤くなった頬を隠すようにうつむいた。そしてそのまま全力ダッシュで風呂場に駆け込んでいった――。