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その花 第四章 : 天開の刻 3



 いきなり乱闘を始めた難民たちを久能がすべて殴り倒し、騒ぎはひとまず収まった。



 争いの原因は、会議の差し入れに用意されたお菓子の取り合いだったという。暴れていた十四名はグループごとに運び出され、それぞれ異なる部屋で怪我の手当てを受けている。


 久能はコミュニティーセンターの警備を強化し、花と難民代表たちの面談に同席。ようやく会議のテーブルについた花は、三人の代表者たちを前にして、心の中でため息を吐いた。


 向かって左側にはアラビア人代表、正面には黒人代表、右側には白人代表が座っている。三人ともかなり体格のいい男たちで、近くにいるだけで精神的な圧力が感じられる。


(とりあえず、話をしないと始まらないわね……)


 花は覚悟を決めて三人を見渡し、口を開いた。


「アッサラーム・アレイコ(こんにちは)ム。エヘレン・ワ・(ようこそ)セヘラン・ビ・コン(いらっしゃいました)エナ・エスミ・ハナ(わたしは花と申します)


エヘレン・ビキ(どうも)

「…………」

「コンニチハ。私は日本語、けっこう使えます。船の中で覚えてきました」


 民族衣装のカンドーラを着た中年のアラビア人はニコリと微笑み、スキンヘッドの初老の黒人は口を結んだまま一つうなずく。短い金髪を丁寧になでつけた中年の白人は、紳士然とした態度で頭を下げて、なかなか流暢りゅうちょうな日本語を口にした。


(黒人のおじいさん以外はけっこう優しそうね。まあ、おじいさんといっても、プロレスラーみたいな体格だけど……)


「それでは皆さま。とりあえず、お名前を伺ってよろしいでしょうか?」


「ワタシはハッサンです」


 花の問いに、縮れた黒い頭髪のアラビア人が真っ先に口を開いた。


「ハッサン・サウード・ユーセフ・アルヤマン――。ヨビアン王国難民団の代表です。出身はエイデン湾に面したアービヤです」


 なるほど。この人はけっこう優しそうね――。花は少しホッとしながら、向かいの黒人に目を向ける。すると、ラフなシャツとズボンをはいた大男は、いかつい表情を緩めることなくボソリと言う。


「ウル族のアーメド・アブドルラフマンだ。サナガル一帯はすべてワシの土地だ」


 ああ、そういえばそうだった――。花は唐突に思い出した。ウルビランド共和国は部族意識が強い土地柄で、中でもウル族は五大氏族で一番勢力範囲が広い部族だ。その一族ということは、名前の前には『ウル』を付けて呼ぶ必要がある。それと、ウルビランドの人間は土地とラクダを所有することに執着すると聞いていたが、アーメドはまさにそのタイプに当てはまるようだ。


「私はダグラス・テイラーです」


 花が目を向けたとたん、シャツとズボンをきっちり着こなした金髪男が自己紹介を始めた。


「イギタリア連合王国、ウルビランド共和国移住者協会の難民団代表を任されております」


 ダグラスの落ち着いた声を耳にして、花は少しだけ緊張を解いた。難民代表の中では一番若いが、それでも見た目は四十歳前後で、物腰はかなり柔らかい。しかし、先進国のイギタリア人が難民に含まれていることに、花は最初から違和感を覚えていた。


「えっと、すみません、ダグラスさん。少々お伺いしてもよろしいでしょうか?」


「ええ。もちろん構いませんよ」


「あなた方のご出身は欧州のイギタリアですよね? どうして本国にお戻りにならなかったのでしょうか?」


「それはですね、一言でいいますと、本国に見捨てられてしまったからです」


 え? 見捨てられた?


 花は思わず首をかしげた。するとダグラスはニコリと微笑み、言葉を続ける。


「ご存知だとは思いますが、西暦2000年以降、イギタリアにはアフリカ系の移民が大量に押し寄せた時期がありました。そして時を同じくして、テロリズム――いわゆる、暴力による政治的活動が爆発的に増えてしまったのです――」


 ああ、そういうことね……。たったの二言で、花にはすぐに察しがついた。


「それで国民の間に、移民に対するアレルギーが発生してしまい、今回の国連による難民受け入れ要請についても、完全に拒絶してしまったのです。そのせいで、イギタリア出身の我々でさえ本国に戻ることが許されなかったのです」


「なるほど。そういうご事情だったのですね……」


(それでアジアの果ての日本まで来ることになるなんて、戦争難民っていうのはなかなか辛いわね……)


 もしも自分が逆の立場だったらと考えると、花は思わず身震いした。まったく見知らぬ外国で、肩身の狭い思いをして生きていかねばならない状況――。それはどれほど辛く、心細いものだろうか……。


 しかも、彼らがネスクに滞在できるのは一年限り。そのあとは日本政府が用意した居住区に移動させられる。まるでたらい回しね――と思ったとたん、花は胸が苦しくなった。しかしそれは国家レベルの判断なので、個人ではどうすることもできない。


 だったらせめてネスクにいる間だけは、難民たちの要望にできる限り配慮しよう――。改めて自分の方向性を定めた花は、目に力を込めて言葉を続ける。


「それでは、ハッサン・サウード・ユーセフ・アルヤマンさん。ウル・アーメド・アブドルラフマンさん。ダグラス・テイラーさん。これから皆さまと、皆さまのご同胞がネスクに滞在する間は、わたしが皆さまとネスクをつなげる窓口となります。ご意見、ご要望に関しましては、出来うる限りの対応をさせていただきますので、どうぞご安心ください」


 落ち着いた花の言葉に、三人は重々しく首を縦に振る。花も一人ずつと視線を交わし、うなずき返す。それからネスクでの暮らしにおいて守るべきルールから説明を開始した。


 しかし――。花が真剣な表情で話を始めたとたん、会議室にいる男の一人が腹の中で嘲笑あざわらった。


 ふん。愚かな女だ――。


 その男には、他人には話せない目的があった。誰にも知られてはいけない計画があり、今日がその第一歩だった。だから、難民支援室代表の小娘がのんきに構えているのも当然だと、無言の裏でわらっていた。平和ボケした日本人らしい、愚かすぎる小娘だとさげすんでいた。


 水もそう。酸素もそう。この世に無害なモノなど一つもない。すべてが毒になりえるのだ――。


 男はポーカーフェイスで花の説明に耳を傾ける。そして同時に、今後の作戦計画を頭の中で組み立て始めた。




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