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睦美からメールが来たのはその日の夕方。花火の日は夜勤のため一緒に行けないという内容で、美海は「あ〜っ、どうしよう〜」と、居間で左右に転がる。すると、美空にうるさいと注意され、固まった。
「びっくりした。いつ出て来たの」
「さっき。ってか、何してんねん」
「何って…。あ、あんた暇よね」
「うん?」
「花火、見に行かん?」
美海が起き上がって誘うと、嫌な顔を隠しもせずに「嫌や」と断る。
「何で?やる事ないんじゃない?」
「人混み、鬱陶しいやん」
「それはそうだけど。それなら、屋台がない場所ならいい?人おらんとこ!」
「わざわざ見に行くん?」
「お願い!一時間だけ!」
両手を合わせて頼んでも「めんどくさい」だの「時間の無駄」だの言う弟に、頼んでも無駄だと悟った美海は「強制参加ね!」と無理強いした。
「嫌や、ふざけんなや。他に誘う奴、おらへんの?」
美海は図星を当てられ、硬直した。沈黙は肯定を表し、空気は一気にどんよりと濁る。静かになった部屋で俯く美海を見て、半信半疑な美空はもう一度、ゆっくり「おらへんの…?」と訊く。少し間があいたが、俯いている美海から「うん」と、か細い声が美空の耳に届いた。訊かなければよかったと、頭を掻きながら美空は、自分の中で葛藤し、深いため息を吐いた後、覚悟を決めて「ええで」と答えた。
「…え?」
「行ってもええ。ええけど、誰もおらへんとこやで。賑やかなとこ、苦手やねん」
美空は目を合わそうとはしなかったが、それでも美海は嬉しくて「ありがとう!」と明るくなり、美空に抱き着きたいと足を一歩踏み込んだ。しかし「何はしゃいでるわけ?」と悟の声が突然したので振り返る。縁側の庭先には夕焼けに染まった悟が、不思議そうに立っていた。
「何…っち、別に。そっちこそ。何でいるわけ?」
「溺れかけた人間が、今、何してるかいっち思って」
「別に何もしとらん」
「はしゃいどったがな」
それは美空が、と説明しようとして美空を見たが、そこに美空の姿はなかった。
「あれ…?」
「美空?みーくん来てるわけ?」
悟は嬉しそうに縁側でサンダルを脱ぎ、家に上がって来た。悟も美空とよく遊んでいたので、会いたい気持ちが美海には分かる。しかし、美空はどうだろう。すぐに隠れたということは、会いたくないのではと考え、笑顔で「みーくん、久しぶり」と、祖母の部屋の襖を開けようとする悟を引き止める。
「待って悟、開けらんで」
「何で?いるんだろ?」
「いるけど。今、機嫌損ねられたら困るから、やめて」
「はぁ?」
「さっき、美空と花火行く約束したばかりだから、お願い」
花火と聞いて、悟はもうすぐ祭りだと思い出し「そしたら今年は、三人で見る?」と、美海に訊く。
「え、三人?」
「俺とお前とみーくん」
それはどうだろうと、襖の奥にいる弟を気遣う反面、美海は悟と花火を見たがている明里も気になった。悟は構わず「みーくん久しぶり。俺、悟!覚えてる?花火、一緒見に行こうや!」と大きな声で襖越しに話しかけた。しかし、返事はない。
「悟、ごめん。やっぱ今年は二人にしてくれん?」
美海は悟の腕を引っ張り、襖から離れ縁側に連れ出した。
「美空は昔の美空じゃないから。それは分かってくれん?あの子、私と喋る時も目を合わさんっちょ。人が苦手で、花火も人のない所なら見に行くっち言ってるから。悟には悪いんば、他の人と行ってくれん?」
けれど悟は納得しない。
「苦手苦手で苦手なもの避けとったら、いつまでたっても苦手は直らんだろ」
「そうだけど…。それでも、美空のペースっちゅうのが、あるがね」
不満な顔をみせる悟に「悟には高校の友達もおるがね。悟おらんかったら、みんな、しらけるよ」と言い聞かせた。悟が明里と花火を見に行けば、去年のように明里に嫉妬されず、全て丸く収まると、そんな考えの美海の言葉に、悟は「美海はさ」と、少し苛立った声で訊いてきた。
「俺の気持ちとかさ、あんま考えんよや」
「え…?」
「俺、お前に気に食わんことした?」
声は苛立っていたが、悲しそうな目をしていた。
「いや、しとらんよ」
素直にそう答えると「じゃあ、何で避けたりするわけ?」と訊かれる。
避けている。
その言葉に美海の心の扉は大きくノックされたが、避けているのではなく、幼馴染みという距離を保っているのだと理論武装し、扉の中に入って来ないよう「避けとらんし」と、お引き取り願う。
困る美海の顔をみて、悟は大きく深呼吸をすると「ごめん」と謝った。
「今日は、喧嘩しに来たわけでも困らせに来たわけでもないから。元気なら、いい」
悟は美海の頭に手を乗せ「じゃあや」と挨拶すると、縁側から照家を出た。




