表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/28

29

 美空が消えた日、大阪の病院で美空が息を引き取ったと親戚から話を聞かされて分かった。普段、だらしない恰好の美海の父親は短パンとTシャツを脱いで黒のスーツにネクタイを締めると、大阪行きの飛行機に乗った。美海も大阪に行きたいと強く頼んだが、美空の母親が葬儀は小さく執り行いたいと意向を示したので、その願いは叶わなかった。



 美空がこの世を去っても、島の流れる時間は変わらず、ゆっくり昇った太陽の光がゆっくり島を照らし、そして空をゆっくり渡って海に沈んでいく。ゆっくり、ゆっくり、一日一日過ぎて行く。

 雪の降らない冬が来て、吐息が白く染まればその珍しさにランドセル姿で登校する子供たちがはしゃいで何度も息を吐いた。

 美尼島の春は二月上旬に緋寒桜が咲き乱れ、桜を見ながら走りましょうと地元の青年団が地元のイベントに協力する。

 旧暦の三月三日サンガツサンチには、浜下り(ハマオレ)という伝統行事で弁当を持って浜に行く人が盛んに賑わいを見せ、鹿児島のテレビ局が取材に来て夕方の放送でその模様を流した。

 そうして月日の流れに沿って、美海も悟も高校二年生に上がった。

 美海の父親は、美空の葬式に出て以来、ハブ取り以外に畑仕事をするようになった。お金にはならないものの、食事の足しにはなったし、親戚のおばさんにも見直したと評価されている。

 睦美は赤ちゃんを産んだ一ヶ月後に島を離れ、時々美海のガラケーに赤ちゃんの写真を添付して連絡をくれる。

 少しずつ、周りの環境は変わっていき、太陽な日増しに熱を上げて島の気温を上げていった。

 本土よりも早く梅雨が明けた美尼島の夏。今年も潮風が島を駆け、サトウキビ畑を揺らし、観光客や帰省する人を乗せた飛行機が島に上陸する。悟の家は夏が一番忙しくなる時期だ。

「ハイ、出来た!」

 悟の母に浴衣を着せて貰った美海は、鏡の前で「おかしくない?」と不安な表情で何度も尋ねた。

「可愛い!若いし何でも似合う!」

 去年の夏の終わりから、週に一回のペースで悟の家のゲストハウスのバイトをするようになった美海は、悟の両親から家族同様に接してもらっている。最初は美海のおばさんが「バイトなんかやらんでいいが。まるで私がお金渡しとらんみたいじゃがね」と反対していたが、悟の父が「貴美子さんも街からここに通うのも大変じゃが。それに夕食も一緒に食べた方が楽しいっち思ってよ。民宿の手伝いもしてくれたら助かるっちょや」と説得した甲斐もあり、悟の家へ堂々と通っている。時々道で偶然会う明里の視線は痛かったが、それでも会いたい人には会いたいし、明里の不機嫌な顔を見ていると美空の「怖い」という声が今にも聞こえてきそうで、美海は心の中で笑ってしまった。

「悟、もう少ししたら帰ってくるっち思うから、ゆっくりしとって。あのバカは花火の日に追試受けまいとか、普段勉強せんからよ」

 少し小言を呟くと悟の母親は買い出しに行くと言い、今年も島に来た常連客のサーファーの貴史に「二時間で帰ってくるから」と声をかけると「おばちゃん、アイス買って来て」と財布を取り出す。

「アイスね、冷蔵庫あるから好きなの食べて」

「いいの?」

「毎年来てくれるし、留守番のお礼」

「やった!おばちゃんありがとう」

 貴文が嬉しそうに台所へ向かう姿を美海は見送る。それが当たり前になっていたし、宿泊客と宿主の距離がこんなに近いのが珍しいと気づくのは、もっと先の話。

 部屋の中にいてもやることはなく、お昼のテレビはニュースや二時間ドラマの再放送で見る気にならない。美海は朝顔のイラストが入った団扇を片手に、悟のおばさんに用意してもらった浴衣に似合う和柄のサンダルを履いて外に出た。

 本日も快晴。山と海に挟まれた、狭い集落の路地に、履きなれないサンダルの足音が鳴る。

滅多にオシャレをしない美海にとっては新しい自分になれた気がして、恥ずかしい気持ちもあるがやはり嬉しく、もう見飽きたはずの周辺を歩き周る。垣根で誰が弾いているのか分からないが、三線の音色が潮風と混ざって流れていく。時々音を外すので、まだ、島唄大会に出場できるレベルではないなと心で小さくエールを送る。

 しばらく歩いて大きなガジュマルの木の前に来た。見上げても、誰もいない。人はもちろん、見えないはずのケンムンも今年に入ってから物音一つたてない。首のない幽霊も、今まで家にいた祖母も、美空が消えてから見えなくなってしまった。そのため、最後に見た見えない存在は弟の美空ということになる。なぜ見えなくなったのかは未だに分からない。

それでも、照家は神高い血筋で、誰かを〝神様〟に立てなければいけない掟に変わりはなく、美海は今も神様候補のままだ。

「…会いたいなぁ」

 ガジュマルの幹に手を当てて、美空を想う。美空だけでなく、見えなくなった今となっては、ケンムンや首のない血だらけの女性さえも懐かしく、もう一度会いたいと思う。

「…何やってるわけ?」

 ガジュマルに抱きつくように寄りかかっていた美海に声をかけた悟。我に返って振り返ると、自転車に乗った制服姿の悟がいた。

「…特に、何も」

「マジで?」

「うん」

「日射病とか熱中症とかじゃない?」

「違う」

「ふーん…」

 悟は安心したが浴衣姿の美海を直視するのは恥ずかしく、自転車の荷台を無言で軽く叩いた。乗れ、と解釈した美海は素直に近寄り横座りに乗る。

 そういえば去年の夏も美空を探すといって二人で自転車に乗ったなぁと、太陽に照らされた海面を見ながら美海は思い返す。すると後ろから軽トラックが来て「二人ともデートな?」と、去年も声を掛けてきた養豚所のおじさんが、ゆっくりと並走する。先ほどまで無言だった悟が元気よく笑顔で「まぁや!」と言った。

「羨ましいだろ?」

 おじさんは浴衣姿の美海を見て「去年より可愛いがな!」と答える。

「悟、今年こそ豚と交換せん?」

 そういえば去年もそんな話をしたなと美海は呆れたが、悟は「せん」と断った。

「俺のだから!」

 おじさんはまた悟の冗談だろうと美海を見たが、美海が団扇で顔を隠すので、「あげっ!去年交換しとけば良かったや~!」と悔しがる素振りをみせ、笑って二人に「仲良くせよ!」と祝福し、加速して去っていった。

 二人きりの時は可愛いの一言も言わない悟だが、なぜか人前では調子の良い言葉を吐いた。二人きりの時も言ってほしいと思う美海だが、昔からの付き合いなので、悟の性格は変わらないだろうと思った。変わりゆく中で変わらないもの。悟が自分を大切にしてくれているのは態度で分かる。

「…悟」

 悟は振り返らず「何?」と耳だけ傾け、ペダルを回し続ける。

「好きよ」

 その言葉に悟は「…おう」と平然を装ったが、自転車の進むスピードが先ほどより早くなった。

「ねぇ、早くない?」

「もうすぐ坂だから」

 そうは言ったが、悟の耳が赤くなって居ることに気づいた美海は笑った。

「何笑ってるわけ?」

「ううん、何でもない。今年は海で溺れらんでね」

 花火が打ちあがる時間まで、まだまだ時間はある。二人は長い坂道を美しい空を見上げながら上った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ