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ヘゴやハゼの木を駆け抜けて、展望台を通り過ぎ、美空のもとへと急いで到着した。

「走ってきたん?」

 待ち合わせ場所の、木造の柵の前で夕日を浴びながら、美空は胡座をかいて待っていた。

「先に、飛んでたら、大変だから」

「先に?」

 美空は呆気にとられた様子を一瞬みせたが、何かを誤魔化すかのように「俺はいつでも行けるで」と微笑した。

「後悔無いねんな?」

 まっすぐ見つめてくる美空に「うん」と返事をする。確認した美空は「なら、行こか」と立ち上がって、おしりの土埃を叩いて落とすと、低めの柵を跨ぎ崖の上に立った。美海も近寄り、柵を跨ぐ。

 夕焼けの光は鋭く海面を照らし、辺りを橙色に染める。崖の上に立つと風をより強く感じ、潮の香りがした。

「美空」

「うん?」

「島に来て、良かった?」

「何や、急に」

「急に島に来たのは美空じゃがね。来て良かった?」

「…分からへん。自然はええなって思うけど、どこにいても人間関係めんどいもんな」

「私はずっと、都会の方がいいなって思ってた。今もちょっと思ってる。でも、美空が都会に馴染めてないんだったら、多分、私も馴染めてないね」

 美空はしばらく黙って「俺も思ったで」と打ち明けた。

「もしも逆やったら、人生変わってたんかなって」

「逆…?」

「お前が都会で暮らして、俺が島に残ってたらとか。お前のお母んが浮気相手で、俺のお母んが正妻やったらとか。同じ種から生まれたのに、育つ環境がちゃう。そんで、俺が不幸でお前だけ幸せやったとしたら…とか」

「幸せそうに見えた?」

「全然」

 ひどいなと笑う美海に「命拾いしてんで?」と、美空は続けて言った。

「リア充やったら殺したろ思って来てん」

 その言葉に美海の双眸は大きく開く。

「…え?」

「友達いっぱいおって、温かい家庭で暮らしてたら、不公平やん?同じ子供やのに」

「…冗談、よね…?」

 美空は「冗談にしとくわ」と笑ったが、美海は「笑えんのだけど、性格悪い!」と言い放つ。

「そういう可能性があったかもしれへんって話や。気にすんなや」

「危うく身内から殺人犯がでるとこだったがね」

「でも、面白いやろ?」

「面白くない!」

最後の最後で、美空の満面の笑みを見た。

半分しか血の繋がりはなく、一緒にいた時間も僅かだったけれど、それでも美空と兄弟で良かったと思う。しかし、それは父の浮気を肯定しているわけではない。浮気さえしなければ、今頃母親と暮らせていた可能性だってあったのだ。

けれど、それも可能性の話。今は弟と崖に立っている。今までそうしなかっただけで、本当はずっと、長い間、立たされていたのかもしれない。

 立っているその場から下を見る。岸壁に打ち寄る波の姿が、美海には何度もおいでと手招きされているように見えた。痛いとか怖いとか、そんなことは想像せず、好きな男のために命を捨てられるなんて、突然事故や犯罪に巻き込まれて死ぬより幸せではないかと考える。そして、一緒に飛んでくれる弟もいる。一人ではない。美海はもう、それだけで充分幸せだと思った。

そうして飛び込める状態に気持ちを作っていると、背後から自分の名前を呼ばれた気がして振り返る。

「どないしたん?」

 誰もいない。

「ううん、何でもない…」

 いるはずがない。まだ入院しているはずだと気持ちを落ち着かせる。退院していたとしても、この場に来るはずがない。

「俺はいつでもええで」

 飛ぶタイミングを任されて、大きく深呼吸をする。

「…美空」

「うん?」

 美海は左に立つ美空に左手を差し伸べた。

「…何や、この手」

「何って…。一緒に飛ぶわけだし、握らんの?」

「何で握らなあかんねん」

 美空は自分の両手をズボンのポケットに隠すので、最後くらい仲良くしようと説得しかけたが、声が聞こえた気がして、自分が走って来た一本道を振り返る。

急に黙った美海に、美空は「どないしたん?」と尋ねた。

「悟の声がした」

「え?」

「悟が来る」

 美空は半信半疑で耳を澄ませ「…ああ、ゴリラやな」と認めた。

「美海ァァっ!」

 山中から、汗だくの悟が息を切らして吠えた。

「お前、見舞いにも来んで、何してるわけっ!」

 手には、美海が時間をかけて完成させた悟宛ての手紙が握られている。

「何してるか、言ってみ!」

 怒号が響き、たじろいだ美海は後ろに一歩、崖の淵に近寄る。それに気づいた悟は「待て待て、動くな!俺がそっち行くまで、動くな」と、自分が冷静にならなければと思い改め、そう努めた。

「悟、何で此処にいるわけ…?」

 美海は動揺しながらも、震える手を自分で抱きしめるように抑えて訊く。聖司から意識を取り戻したという知らせはあった。悟が美海の家に行ってもおかしくはない。ただ、崖から飛び降りるなんて手紙には一言も書いておらず、なぜ目の前に悟がいるのか不思議で仕方がなかった。


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