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家に帰ると、引きこもっていた間に何度も死にたいと考えていたとカミングアウトされ、死のうと決めると心に余裕が生まれてもう少し頑張れる気になったという話に、美海は共感する。
首吊り、薬、電車への飛び込みをシミュレーションした経験のある美空は、美海よりも死に対して具体的であった。
「薬は手に入らへんしな、飛ぶんやったら一緒に飛ぶで。島、自然キレイやしな」
「…もう、止めんわけ?」
「うん?」
「自殺」
「止めて欲しいん?」
「ううん、そうじゃないけど」
「怖気づいたん?」
「…美空が一緒なら、平気かも」
一人じゃない。生きている今のほうが、余程孤独。でも、美空が一緒に飛んでくれるなら。
「泣こよかひっ飛べっち、言うもんね」
「何それ」
「中学校の時の先生が鹿児島市内の人でね、泣くくらいなら思いきって飛べっち、教えてくれた」
「え、自殺教唆?」
「そんなわけないがね。でも、今の私にぴったりじゃない?ウジウジ泣いて悩んで生きるくらいなら、思い切って飛ばんばね」
「死ぬ前が一番明るいって噂、ホンマやな」
「それ、私のこと言ってる?私、あんたほど根暗じゃないけど」
「俺も根暗やない。昔、一緒に遊んだやろ」
「ん~、忘れた」
もちろん忘れてはいないが、美空と冗談を言い合えるのが、すごく楽しくて「美空、今日は一緒に寝らん?」と誘う。
一瞬、美空が驚いたようにも見えたが「寝るわけないやろ、くたばれ!」と罵ると、茶の間から祖母の部屋へと荒々しく向かう。
「入って来たら、殺すからな!」
汚い言葉を吐き捨てて襖は閉まる。
冗談で言ったわけではないが、そこまで拒絶しなくてもいいのにと美海は思った。
明日で全てが終わる、なんていうと大袈裟だが、少なくともこの島の住民の数が、一人減る。この御時勢、なんとか人口を増やそうと過疎化の激しい地域では、若者にIターンやUターンで住んでもらおうと奮闘していると美海もテレビで知ってはいるが、。それでも数字の一が引かれるだけで、自分の代わりの若い人なんて他所から引っこ抜けば済む話に思えた。
十二時過ぎに目が覚めた美海は、茶の間で先に起きていた美空におはようと声をかける。すると「考え、変わらへん?」と、本当に後悔しないかという確認の視線が鋭い。
「変わらんよ」
「変わらへんのやったら、別にええ」
美空は立ち上がり「場所やけどな、展望台の先に、海に飛び込めそうな場所あるやん。そこにおるから」と、先に玄関へ向かった。縁側を歩く美海に「一緒に行くんじゃないの?」と訊く。
「もう、準備できたん?」
「準備?」
「遺書とか」
遺書、という言葉で空気が重たくなる。
「書くんやったら書かな。書いてる途中で気が変わるんやったら中止。変わらへんのやったら一緒に飛ぼうや」
美空はそれだけ言うと、そのまま外へ出てしまった。
美空に言われて自室の机で遺書を書く。レポート用紙にシャープペンシルを走らせ、気持ちを書き込んだ。
父親にはこれ以上周りに迷惑をかけないこと、睦美には今までお世話になった感謝の気持ちを、そして悟には家族と幸せに暮らせますようにという願いを、時間をかけて丁寧に書いた。特に悟宛ての手紙には好きだったことを伝えるか迷って、書いては消す作業を何度も繰り返した。結局は、なぜ自分が悟を避けるようになってしまったのかという経緯とその謝罪文で落ち着き、最後に、自分の分まで長く生きて幸せになってほしいと綴った。
時刻は五時過ぎ。思ったより時間がかかってしまい、急いで美空の所へ行かなければと玄関へ向かったが、ガラケーは父親に返さなければと思い、自室に戻る。いつ帰ってくるか分からない父親が、いつ気付くのか。考えても無駄なので思考を停止し、オレンジ色の光が差し込む茶の間のテーブルにガラケーと手紙を置いた。
父親は家の鍵を持ち歩いていないので玄関は開けておこうと決め、それ以外の窓や勝手口に鍵を閉めて回る。家族旅行とは無縁の照家が、台風以外で厳重に戸締りをするのは珍しい。居間の柱が美海の目に留まり、しばらく見つめる。美海だけでなく、美空と悟の身長も記されており、指でなぞりながら、この頃が一番幸せで楽しかったかもしれないと、物思いにふけた。
視線を感じて振り返れば、久しぶりに見えた祖母が辛そうに訴えている。
まだ逝くな、まだ早い、まだ逝ったらいけん!
「ごめんね、ばあちゃん。うまく死ねたら、また逢おうね」




