表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/28

18

正午のチャイム『恋はみずいろ』が流れる集落を、心身共に疲れて歩いて帰ると、落ち着かない様子の悟が玄関前に立っていた。昨日、美空との関係を変な風に捉えられ、追い返したばかり。少し気まずく思うが「何してんの?」と声を掛ける。

「お前こそ。服、汚れてるけど」

展望台で豪快に滑ったと言う気になれず「ちょっとね」とはぐらかす。悟はそれ以上触れず、手に持っていたビニール袋を持ち上げて「村屋の和菓子、食べん?」と誘う。

「その前に、謝ることあるでしょ」

「昨日のことは、一応謝る」

「一応っち、何よ」

「お前はみーくんのこと何とも思っとらんかもだけど、みーくんはどう思ってるか分からんがな」

「美空も兄弟としか思っとらんよ」

「なんで分かるわけ」

「態度かな。全然女の子扱いせんもん」

「できらんだけかもしれんがな」

「じゃあ、逆に訊くけど。何であんたはそう思うわけ」

悟は決まりが悪い顔をして、頭を掻きながら「前、みーくんとケンカしたっち話、したがな」と続ける。

「あれ、俺が兄弟は結婚できらんっち、教えたから。そしたらみーくん怒って叩いてきて、殴り返してケンカになった」

美海は小さく驚いて「バカじゃない」と呆れた。

「それ、小学生になる前の話よね?そんな昔の話、あるわけないがね」

それでも腑に落ちない顔をする悟に「縁側で待っとって」と場所を指定する。美海はそのまま台所でお湯を沸かし、その間に着替えながら、美空は私のこと好きだったのかと不思議な気持ちになる。全然気づかなかったなと中学校の短パンにTシャツを着ける終えると、台所でお茶を淹れ、縁側に座る悟に持って行った。

「こんなクソ暑いのに、お茶…?」

「和菓子にはお茶」

「カステラもあるんば」

「マジで?」

 悟と美海の間にお盆を置き、美海はビニール袋の中身を確認する。中には個別に包装された和菓子がいくつかあり、その中にカステラが二切れ分入っていた。

「私、あんこ食べたい」

「食え食え」

「ありがと」

 村屋の和菓子は美海の好きな粒あんなので、それを一口かじると自然と笑みがこぼれる。

ケンカをしたわけではないが、悟との仲が元に戻ってよかったと横目で見ると、カステラを二口で食べ終えた悟と目が合う。不自然に悟が目を反らすので、気になった美海が「何?」と訊くが、何でもないと返される。

「何か言いたいことあるなら、言って」

「いや…ちゅうか、ケータイ。お前、ケータイ持ち歩いとらんわけ?」

 ケータイと訊かれ、美海は短パンのポケットを軽く叩く。が、何もない。

「部屋だ。多分机の上か、ベッド」

「何で持ち歩かんわけ?」

 何でと言われても、電話もメールも鳴らず、SNSを見ても気分が落ち込むだけなので使わない。それに。

「ちょっと睦美姉のところ行っとって、すぐ帰るつもりだったし」

一番の理由はそれだった。

 すると睦美と言葉にしたことで、睦美姉が島から出るという事実を受け入れられず、展望台へ行ったら聖司たちに会ったという出来事を、あんなに走ってスッキリさせた頭が再び思い出し、美海の頬は薄紅に染まる。

 そのタイミングで「聖司と会った?」と悟が訊くので美海は「えっ!」と大きく驚いた。悟を見ると、目を合わさずに「なんか、驚かせたっち、聖司から連絡きたから」と、いつもの悟とは違い、言葉を慎重に選びながら話している。

「…うん、会った」

 悟に聖司が何をしていたか言うべきか、けれど聖司には言うなと言われたなと悩む美海に「もう展望台に近づくなよ」と、悟は注意した。

「展望台は、そういう場所だから」

「そういう…?」

「ん、……ラブホ」

「らぶ……ほっ!?」

 真っ赤になって動揺した美海は「あんた、聖司くんが何しとったか、知ってるわけ?」と訊くと、悟は顔を反らして「想像はつく」と答えた。

「何で家でヤらんわけ?」

「家は親がいるからじゃない?」

「でも、相手中学生っ!」

「アレの彼女、一つしか変わらん」

「でも、でも…!聖司くんだよ?」

「いや、アレも普通に男だろ。つーか、あいつは前からヤってる」

 聴きたくないと両手で耳を塞ぎ、美海の中の聖司像が崩壊したことに嘆くと「あいつに夢見すぎ」と、悟は呆れる。

「だって聖司くんだよ?真面目で勉強できて優しい…聖司くんだよ?」

「現場、見たんだろ」

「見た、けど…」

 美海は縁側からぶら下げていた足を抱え、深いため息を吐いた。それを見て「お前…まさか聖司のこと…?」と悟が勘繰る。

「普通にショックじゃがね…。同い年で、そんなことしてる人がいるっち、思わん…」

「いや、割とみんな…ヤってる」

「それは東京の話でしょ?」

「いや。早い奴は中一とか…」

「嘘っ!」

「お前が知らんだけ」

 みんなが知っているのに、自分だけが知らない。みんなには見えないのに、自分だけは見える。そういう少しのズレに、美海は孤独を感じ、辛くなる。寂しさが、心に沁み入る。それを悟られないよう、抱えていた膝に顔を埋める。そして、その体勢のまま悟は?と訊いた。

「悟も、したの…?」

「あ…?」

「セックス、したの…?」

 その単語一つに悟は耳を疑い、固まった。

 ただでさえ暑い日に、体内からこみ上げてくる熱が、悟を耳まで赤く染める。

「ねぇ、したの?」

 普段、あんなに煩わしい蝉の声が小さく、美海の声がはっきりと聞きとれた。ああ、聞き間違いではないと自覚すると、悟自身の鼓動もうるさく鳴り、落ち着きを取り戻そうとお茶に手を伸ばすが、全然冷めていない湯呑に「熱っ」と声を出し、すぐに手を引っ込める。

 返事をしない悟に痺れを切らした美海は「ねぇ、聞いてるわけ?」と、膝を抱えたまま悟を覗く。美海も美海で、照れを隠せず「西さんと、したわけ?」と、目の動きが安定していない。

 特定の名前が出てきたので「なんで明里?」と、火傷しかけた指を空中で振って冷やしながら自然を装って訊いた。だって、と色んな理由が美海の頭を巡るが「可愛いがね」と、当たり障りのない言葉ではあるが言いたくなかった言葉を、口を尖らせて言った。

「ヤっとらんし」

「本当?」

「疑ってるわけ」

「聖司くんがヤってて、あんたがヤってないとか、おかしくない?」

「はぁ?どーゆう意味な」

「じゃあ、訊くけど。悟は誰ともヤっとらんの?」

 互いに目が合うと、先に目を反らしたのは悟の方で、脳内には童貞の二文字が浮かんでいる。高校一年で童貞なのは悟だけではないが、友達が次々に卒業していて、少しコンプレックスを感じ始めていたので、即答はできず「ん〜…まぁ、そんな感じ」と曖昧に答える。

「興味、ないわけ?」

「はぁ!?」

 そんなのいちいち聞くなと一喝して、次は何を食べようかと、袋の中の和菓子を探すフリをして、悟は他の話題を頭の中で探した。けれど美海は、終わらせない。

「じゃあ、ヤってみらん…?」

 探す手を止め、美海を見る。膝を抱えたまま悟を見つめる頬は赤い。

「か、からかうな…!」

 ただでさえ赤かった頬が、つられて更に赤くなる悟に「からかっとらん!」と、真面目に声をあげる。

 赤ちゃんができたということは、睦美もセックスをしたということだし、真面目で大人びた性格の聖司もセックスの経験者だ。

大人になりたい、大人になりたい。

そんな気持ちが焦る一方で、セックスをすれば大人になるとは思わない。けれど、何かが変わるかもしれないという、淡い期待はある。

普通でいたい、普通でありたい。

みんなが経験しているのなら、自分も経験しなければ普通になれない。置いていかれないように、弾き出されないように、うまく社会に溶け込みたい。

いろんな気持ちが複雑に絡み合う中で、一番の理由は、単純に、誰かと深く繋がりたいから。その行為は特別なものと美海は認識していて、誰とでもしていいわけではないと理解している。本来なら、恋人同士がするということも分かっている。けれど、悟がまだ明里のものではない今なら、たった一度くらい繋がっても罰は当たらないと思った。ただの幼馴染で恋人ではないし、これからもなるつもりはないけれど、それでもたった一度くらい、そんな思い出を密かに抱いてもいいと思った。

悟は「自分が何言ってるか、分かってる?」と、疑う。分かってると呟いて、戸惑っている悟を、断らないでと願いを含んだ目で見ながら言った。

「悟じゃないと、こんなこと言えらんよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ