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翌日の午後二時の気温は三十四度。

テレビでは、日本で一番暑い場所はここだといって、熊谷、多治見、舘林など、各所からアナウンサーが猛暑日を報告している。意外にも美尼島の気温は三十五度以下なので猛暑日ではなく真夏日ということになるが、暑いものは暑いと、午前中に宿題を終わらせていた美海はテレビを消した。そして自室へ戻ってベッドの上に寝転ぶと、扇風機の風に当たりながら夕方になるまで目を瞑る。

今日も隣の家から紬を織る音がする。それがなんだか心地よい。汗ばんだ体がゴザを敷いた布団と密着し、そのままとろけるようにぐったりと、意識が夢へと溶け込み始める。しかし、自分の名前を呼ぶ声がした気がして、うまく夢の中へと入れない。

「おい美海!なに昼まで寝てるわけ」

 体を揺らされ驚き、美海は重たい瞼を開けると、至近距離には悟の顔があるので「なんで部屋にいるわけ」と、自分の顔を枕に埋めた。眠気はそのまま。ヨダレやイビキは出ていなかっただろうかと心配しながら、重々しく片手を上げて追い払うしぐさをする。しかし悟は出て行こうとせず「昨日、みーくんと花火見に行ったんだろ?」と訊く。

「何時に帰ってきたわけ?おい、まさか朝帰りじゃないだろうや」

「…うるさい」

「おい、美海っ」

うるさい悟に「ちゃんと九時ごろ帰ってきたし」と、顔をみせずに答える。

「じゃあ何で寝てるわけ?」

「起きとってもすることない。無駄な体力使うだけだし…お腹空くし…」

 再び眠ろうと試みる美海の耳にビニール袋が掠れる音が聞こえ「焼きそばパンとコロッケパン、どっちがいい?」と悟に選択肢を与えられた美海は、ゆっくりと起き上がった。そしてベッドを背もたれにして袋の中身を確認しながら「わざわざ買ってきたわけ?」と質問する。

「いや。舟漕ぎしとったら聖司の母ちゃんが差し入れに持ってきてくれた」

「…私食べてもいいわけ?」

「うん。俺、一個食ったし」

 どっちにしようか真剣に悩んでいると「半分ずつ食えば」と言うので、喜んでコロッケパンから食べることにした。

 一口かじる美海の隣で「で、花火楽しかったわけ?」と、悟は話の続きをする。

「うーん…普通?」

「普通?」

「花火ちゃんと見らんかったっちょね。美空と喋っとった」

「へー、結構喋んの?」

「最初来た頃よりは。意外と口が悪いというか、性格が悪いというか。聞いてよ」

 昨日の花火ね、と美海はカナブンがおでこに当たってきた話やコーラで手が汚れてしまった話など、その時の美空の態度についても面白く語ったつもりだが、美空について語れば語るほど悟の表情は硬くなるので、自分の話術はそんなにないのかと落ち込んだ美海は、切りのいいところで話を終えた。そしてパンを口に入れようとする美海に「さっき部屋のぞいたけど、みーくんおらんかったど」と悟は報告する。

「え?昨日一緒に帰ってきたんば。っちか、あんた、勝手に部屋覗くなっちょ。みーくん居たら絶対嫌がるよ」

「みーくん来て、だいぶ経つがな。そろそろ挨拶くらいしたっちいいだろ」

「そりゃそうだけど。みーくん、人が苦手だから…」

「苦手とか言って。花火見に行ってるがな」

「行ったけど、人がおらんとこで見たし」

 すると悟は眉間にシワを寄せ「ちなみに、人がおらんとこっち、どこの山に行ったわけ?」と訊く。

「展望台」

「はぁ?あそこに?お前よく行ったや」

「うん、暗かったけど、歩けたよ」

「そうじゃなくて!」

「ハブとかイノシシもおらんかったし」

「そうでもないっ」

「じゃあ、何?」

 悟はその展望台は、盛った高校生がラブホ代わりに使っていると言おうとしたが、本当に何も知らない美海がまっすぐ見つめてくるので言葉を飲み込み、言うのをやめた。

「…何でもない。みーくんに何もされんかっただろうや?」

「何かっち…?」

「何でもない」

 悟は「写真ないわけ、写真。一枚くらい撮らんかって?」と話題を替え、見せるように催促する。少し苛立っているようにも見える悟にその理由は訊かず、一応撮ったと美海は立ち上がり、机の上に置いてあったガラケーを弄る。そして「うまく撮れらんかったっちょね」と悟に渡して元の場所に戻り、食べかけのパンを口に含んだ。

「……。花火ばっかりじゃがな」

「うん」

「…お前は?」

「うん?」

「写真。みーくんと撮らんかって?」

「あ〜、撮っとらん」

 悟は普通撮るだろと口を尖らせ、二つ折りのガラケーを閉じ、美海に返す。

「自撮りもせんかったわけ?」

「地鶏?何の話?」

「自分で撮らんかったわけ?っち、聞いてるわけ」

「ああ、うん。撮ってない」

何で撮ってないわけと溜息を吐かれても、撮っていないものは撮っていない。悟の機嫌が悪いのは、もしかして自分のせいなのかと様子を窺う美海に「オシャレしとったっち、本当な?」と、俯いたままの悟は目を泳がせながら訊いた。

「え?」

「…聖司が言っとった。可愛かったっち」

「え、聖司くんが?嘘、やだ、カッコイイ、好き」

「おい、浮かれんな。お、世、辞」

 眉間に皺を寄せた顔を上げた悟に指先で頭を軽く押された美海は、少しよろけて「分かってるし」と頬を膨らませた。

「いや。今のはマジで喜んだだろ」

「いいでしょ、別に。可愛いとか滅多に言われらんのに」

「で、何で化粧までして行ったわけ?」

 その質問の真意は分からなかったが「祭だから?」と答えて焼きそばパンに手を伸ばし、袋を開ける。

「去年、せんかったがな」

「うん。でも、今年は睦美姉が甚平借すって言ってくれたから借りた。髪も化粧もそのついでにしてもらった」

「じゃぁ、みーくんのためにオシャレしたっちわけじゃないんじゃや」

 美海は焼きそばパンを上手く千切ろうと集中していた手を止め「あんた、さっきから何が言いたいわけ?」と悟を見る。

「みーくんに惚れたりしとらんよや?」

「何それ。私なんか兄弟だけど?」

沈黙になると、年季の入った扇風機の回る音と、隣の紬を織る音が部屋を占領した。

悟は首の汗を手で拭いながら「兄弟っち言っても年は同じだし。血、半分しか繋がっとらんがな」と言う。美海は「意味分からん」と千切かけの焼きそばパンをビニールに入れ「持って帰って」と突き出す。

「それ、もともと俺のだし」

「か、え、れ」

 強調して言うと、悟は「変なこと言って、悪いや」と、玄関ではなく部屋の窓から帰った。


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