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 そして、祭りの当日。

睦美から、高校の体育祭の踊りで使った甚平でよければ貸すよ、とメールがあったので、美海はその言葉に甘えてお昼すぎに睦美の家に、正確には睦美の祖父母の家にお邪魔する。

「悟とデート?」

「違う、違う!」

 睦美は笑って「せっかくだし、ここで着て見せて」と言い、脱衣所を借りて着替えてお披露目すると、睦美の祖母も可愛いと喜び、髪も結って行けと言われ、されるがままに薄化粧もしてもらった。

「大人みたい…!」

 紫色の甚平姿で、髪をお団子に結び、花飾りもしてもらった。日焼け止めクリームを塗ることしか知らない顔面に、睦美が普段使っているファンデーションとアイシャドー、薄桃色のチーク、リップクリームが加えられている。普段とは違う姿を、手鏡を使っていろんな角度から確認する美海に「大人はまだ早い」と睦美は笑った。

早い?早いかな?

美海としては普通の女の子たちより早く大人に踏み込んでいる感覚だったので、少し腑に落ちない。けれど素直にありがとうと感謝して、ビーチサンダルで家を出る。足取りは軽く、このまま真っ直ぐ家に帰るのは勿体無い気がすると同時に、自然と悟に今の自分を見てもらいたい気持ちが膨らんで、足は悟の家へと弾む。

悟の家は民宿を営んでいるため、観光客のサーファーや外国人など、色んな人が出入りするので誰がいても不思議ではないのだが、今日に限って民宿の玄関に、浴衣姿の明里を含めた女子三人が、上機嫌で立ち話をしている。明里を見つけた美海は、思わず他所の家の敷地の塀に隠れ、様子を窺った。

早くどこかに行かないかな、なんて思っていると、民宿の扉から悟が出て来て、明里たちが「リンゴ、見て〜!」と浴衣をお披露目する。赤、青、黄色。カラフルなだけでなく、それぞれの浴衣には花や金魚や蝶々の柄があり、可愛くてオシャレだ。髪も、美海にはどうやって結っているのか分からないほど複雑に編み込まれているので、街の美容室に行ったのかもしれないと、推測する。

彼女たちを見た悟は、明るい笑顔で「お前ら、可愛いがな」と称賛し、喜ぶ明里たちをみた美海は、先ほどまで膨らんでいた会いたい気持ちが、破裂し、萎びて地に落ちるのを感じた。

明里が可愛いのは周知の事実。

私は何を浮かれていたんだろうと俯いた美海は、左膝の絆創膏に気付き、それが自分はダサい女なのだと象徴しているみたいで、直ぐ様それを剥がし、甚平のポケットに隠した。すると、ポケットに五百円。ああ、そういえばお菓子を買って帰るんだったと思い出し、美海は重い気持ちのまま、近所のスーパーに寄った。

スーパーといっても、田舎の個人経営の商店で、品揃えには限界がある。しかし、日常生活用品は最低限に揃っているので、住民にとって有難い存在だ。

 美海は薄暗い店内に入るとお菓子が並ぶ棚にしゃがみ込み、ラジオから流れる鹿児島弁を聞き流しながら、安くて美味い駄菓子を懸命に選ぶ。美空の好みを訊いておけばよかったと悩んでいると「照さん?」と声を掛けられ、そのまま見上げた。

「やっぱり。普段と髪型違うから、別人かと思った」

 学校指定のジャージを着た聖司が微笑んでいる。

「これ美味しいよね、食べたことある?」

 聖司もその場にしゃがみ、食べるとパチパチハジけるわたあめを手に取った。挨拶するタイミングを失った美海は「うん」と短く頷くと「食べたことない奴の方が珍しいよや。宿題終わった?」と世間話をし始めた。二年生になったら文系と理系に分かれるけど決めた?とか、午前中は体育祭の応援団の練習があって疲れたとか、宿題どこまでやったなど、殆どが学校の話題で、美海は、決めてない、お疲れ、宿題はあと半分くらいかなと答えていたが、その流れで聖司は甚平を指差し「可愛いね」と急に褒めるので、突然のことに美海は小さく驚き「いやいや、とんでもない」と、褒められ慣れていないので咄嗟に否定してしまったが、嬉しさを噛みしめた。落ち着きを失った美海を楽しそうに見ていた聖司は「祭り、リンゴと行くの?」と訊く。リンゴという言葉で浮足立った美海の感情は地に戻され、その質問に「ううん」と、小さく首を横に振った。

「行かんの?」

「行くけど、悟とは行かん」

「ふーん、もしかして他の男と?」

 性別を訊かれたので深く考えずに頷くと、何故か驚かれ「リンゴはそれ、知ってるわけ?」と険しい表情をみせた。それには深く追求せずに「一応」とだけ答える。

「リンゴは行っていいっち言ったわけ?」

慎重に訊く聖司に、悟は私の保護者じゃないと思いながら「行くなっちは言わんかったよ」と言う。

「照さんは、その人が好きなわけ?」

 好き?私が美空を、好き?

 しばらくして、聖司の質問の意図がハッキリと分かると「いや、弟!弟だから!」と、誤解しないでほしいと慌てて否定した。

「弟?照さん、弟いたんだ」

「…一応」

 腹違いで大阪から来た引きこもりの、同い年の弟。狭い田舎なので、父親の二股話は聖司もとっくに知ってはいるだろうが、わざわざ言わなくてもいい情報は自分の中に閉まっておく。

 気まずさに耐えきれなくなった美海は、適当に見繕い「じゃあ」と、一方的に挨拶をしてレジに向かう。すると「照さん」と呼び止められた。

「たまにはリンゴに構ってあげてくれん?あいつ、すぐ拗ねるっちょ」

 手に取っていたお菓子を棚に戻した聖司は、笑顔で手を振り店を出て行った。


「ほんまに行くん?」

 花火が上がる十分前に愚図りだした弟を「約束したがね」と、美海は叱って外へ連れ出した。先ほどまで紫色の空に雲が赤く染まっていたが、暗い紺色の空に星が点々と灯っている。

「ほら、行くよ!」

 海へと向かうまばらな人の賑やかな流れに逆らい、二人は山へと向かう。蚊の餌にならないよう虫除けスプレーをしてきたが、飛行するカナブンが美海のおデコに直撃して喚いて蹲り、後ろを歩いていた美空には一体何が起きたのか見当もつかないので「何してん?」と追い越し際に見下された。全く気にする様子をみせない態度に、それでもお前は人間かと、先を歩く弟の背中を睨んでから「待って」と駆け寄った。

展望台に着くと誰もおらず「やったね!」と美空を窺えば「べつに」と、先に展望台の二階へ上がる。可愛くない弟だと思っていると海から打ち上げられた花火が空を彩り始めたので、急いで後を追い、ベンチに座った。

「お茶とコーラ、どっちがいい?」

「…お茶」

「はい。お菓子もあるからね。小さいドーナツと、風船ガムと、カラムーチョ」

「花火見ろや」

「見てるし!」

 先ほどまで打ち上がっていた花火は一段落し、次の花火が始まるのを食べながら待つ。コーラの入ったペットボトルを開けようとすれば、美空がじっと自分を見ていることに気づき「何?」と美海は訊いた。

「…いや?」

 何なんだこいつ、と思いながら蓋をあけると、中から泡が溢れだし、美空が「やっぱり」と声をあげて笑った。

「走ってたから、コーラが悲惨なことになる思ってん!お茶にして正解やった」

 笑い続ける弟を、飲む前に気をつけての一言も声をかけられないのかと残念に思いながら美海は苛立ち、ベトベトになった手で、甚平からハンドタオルを抜き取って拭いた。

笑いが収まった美空は「今更やねんけどな」と前置きして、粘り気のある手を不愉快な顔で見ている美海に訊いた。

「花火、サルと行ったら良かったやん?」

「サル?」

「あのでっかい奴」

「もしかして悟のこと?」

「そ。今はゴリラやな」

 美空の言葉に、確かに今の悟の体格はサルよりゴリラだと笑う。

「そういえば昔、悟のことサルっち、二人で呼んどったね」

「忘れとったん?」

「うん。あ、私は?私のこと何て呼んでた?」

 気になって訊いたが「呼んでへん」と嘘をつかれたので「そんなわけないやろ〜」と、関西弁を真似してツッコミを入れる。

「何なん、それ。マジやめろや。使えへん奴の関西弁、イライラすんねん」

「そう?私、超うまくない?」

「うまいことあらへん」

「そうかな?自分、何怒ってはんの~ん、どないした〜ん?」

「やめろや」

「元気ない、ちゃうちゃう?」

「やめろ、下手くそ!」

 しつこいかな?とは思ったが、最終的に美空が笑ったので、今後も関西弁を会話に取り入れようと密かに決めた。

「で、何でサルと行かへんかってん?」

「うん?」

「サル、お前と行きたそうにしとったやん」

 黙る美海に「好きちゃうん?」と率直に訊く。

 ちょうどその時、花火が再び打ち上がった。大きい花火がパラパラと音を立てて散る。それを筆頭に次から次へと打ち上がって空を舞うので「花火見らんば」と、話を逸らしたが「おい、ちゃんと聞こえてたやろ。とぼけんなや」と会話を続けた。

「何がよ」

「サルが好きなくせして変な態度とって、お前、意味分からへんねん。サルが何で自分遠ざけようとしてんのか不思議がるのも、無理ないで。何で避けるか、言ってみぃ」

「…避けてるつもりはないけど」

「ならサルと見に行ったらええやん。今更やけど」

「でも、距離は保たんと」

「どういう意味?」

 花火がまた小休憩に入り、静かになる。風で葉が擦れる音や虫の鳴き声などが藪から聞こえる中、美空はもう一度「どういう意味なん?」と訊いた。

 美海はきっと信じてもらえないだろうなと思いながらも、美空になら言ってもいいかなと、はぐらかすのを諦めて口を開いた。

「私が大事に思った人は、みんなどこかに行くっちょ」

 美空が自分を見ていると感じたが、目を合わさず座ったまま、手に持っているペットボトルに目を落とす。コーラの炭酸が抜けていく様子が、薄暗闇の中でも分かった。

「みんな、どこかに…?」

「お母さんも内地に行ったし、ばあちゃんは死んだし、あんたも自分のお母さんと大阪行ったがね」

「俺は、べつに…。行きたくて行ったわけちゃう。親の都合や」

「分かってるよ。だけど、私のところから消えた。お父さんもずっと家におらんし、睦美姉も昔、街に引っ越した。今は仕事で会えるけど…でも、いてほしいって思ったら、いなくなる」

「つまり、消えてほしくないから、サルのことは好きにならへんゆうこと?」

「悟は一度、消えかけてる」

 消えた日の記憶を思い出しながら、美海は語り出した。


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