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離島を舞台にした高校生の青春ラブストーリー。

※ほんの少し幽霊が見えたりと、非現実な表現がありますのでご注意下さい。

※大阪弁を喋るキャラクターが登場しますが、書いてる人は関西人ではないので大目に見てください。

腹違いの弟が島に遊びに来るらしい。

 小さい頃、よく遊んどったがね、なんて言われても、あまり記憶力のない美海は「そうだっけ?」と、祖母に素っ気なく返し、早々に台所から自室へ逃げる。

 端から見ればただの反抗期。どの家庭にもありがちな女子高生と家族のやり取りだ。けれど、照家には一般の家庭と少し違うところがある。まず、自称ハブ取り名人の父がいるということ。『名人』なんて名が付くと、何も知らない人間は「すごい!」と感嘆の声をあげるだろうが、美海の住む美尼島では、ハブを生きたまま捕まえて役所へ持っていくと、一匹二千円で買い取ってくれるので、ほとんどの住民がハブ取り名人だったりする。けれど美海の父からその名を奪ってしまうと『酔っ払いの無職』と『女癖の悪い男』という、自慢のしようがない。そんな美海の父である陽明は、美海の母親と結婚して早々に女を作り、子供まで産ませている。その女癖は残念ながら治ることなく、美海の母は何度も美を連れて島から出ようとしたが、美海の父を先頭に、島の親戚中が猛反発して邪魔をした。この子が神様にならんかったら誰がなるわけ?と。

 この島には、日本語でありながら、全国津々浦々に通じない日本語が存在している。その代表的な言葉のひとつが『神様』だ。この島には『神様』と呼ばれる人がわずかながらに存在する。その神様と呼ばれる人々はもちろん人間で、一般人と何ら変わらない生活を送っている。ただ、普通の人には見えないものが見えたり、誰かに頼まれたらその人の未来に助言をしたりする。言わば『占い師』であり『祈祷師』の類の存在で、住民からは『ユタ神様』とか『神様』と呼ばれ、昔から親しまれている。そんなわけで、「あそこの神様はよく当たるけど、言い方がきついから、また行こうっち思わん」とか「遠いけどあそこにも神様いるから、酒と三千円持って行けば占ってくれるはずよ。電話番号渡すから電話してみたら」という会話が、ごく自然に、世間話の一種として出てくる。

 そんな神様家系の照家に、念願の子供が生まれたため、照家の親戚中が手放すわけにはいかないと、美海の母に「離婚して島を出たいなら、美海を置いていけ」とキツイ言葉を浴びせた。もともと東京で生まれ育った美海の母は、島に親戚もいなければ友達と呼べるほどの友達もおらず、五才の美海に「ごめんね」と泣きながらひたすら謝り、飛行機で島から去ったのだった。天気の良い、ハイビスカスの映える綺麗な青空だった。それ以来、美海は母に会っていない。

 祖母から逃げた美海は、学校から一時間以上バスに揺られて帰ってきたばかりで疲れもあり、扇風機を付けると、制服を着たままベッドに寝転んだ。

 神様になってしまえば、もう、この島から一生出ることはできない。それは即ち母親にも会えないという意味で、美海はそう思うとため息が自然と出る。

 必ずしも女が神様にならなければいけないという掟はないし、男の神様も少なからず存在している。けれど、女が神様になるのが今も昔も主流だ。女なら誰でもいいわけではないが、誰かを神様に立てなければ、その血筋の誰かが災いを受けたり、原因不明の病気になったり、知的障害を患った例があるため、親戚は自分の身を守るためにも、まだ生まれて間もない美海にその責任を押し付けたのだった。

 開けっ放しの窓から海の香りを乗せた風が、風鈴を鳴らす。その音色は蝉の声とともに耳に夏を届ける。今はテスト期間。午前中には学校が終わる。しばらくすると、紬を織る音が隣の家から聞こえる。いつも日暮れに帰宅する美海は、久しぶりの音色に、昔はばあちゃんもよく機織りをしていたっけと、懐かしく思う。

 すると玄関から「美海ーっ!帰って来てんだろ?」と、この家で聞こえるはずのない元気な青年の声が響き、ハッと浅瀬の夢から我に帰る。幼馴染の林悟は、遠慮なしに荒々しく家に入り、まっすぐ美空の部屋の扉を開けた。

「やっぱりいた!」

 扉と同じくらいの高さに一瞬、知らない人が入ってきたのかと思ったが、人懐っこい笑顔ですぐに悟とわかり「なに勝手に入ってきてるわけ」と冷たくあしらう。

「久しぶり!元気な?さっき聖司がバスから降りてきて、聞いたら、お前の高校もテスト期間で早帰りっちじゃがなー!」

「無視すんなっ」

「しとらんしとらん!お前じゃないし」

「はぁ?出てけ!」

 自分よりも一回り以上大きい悟の体を押して追い出そうとするが、悟は楽しげに「のこったのこった!」と美海を力士に仕立て上げて、揶揄い始めた。。

「ああ、もうっ、むかつく!急に入ってきて…着替えとったらどーするわけ?」

「え、超ラッキー」

「バカっ」

 力強く背中を叩けば「痛っ!」と悶える幼馴染に、昔と変わったのは身長だけかと何故か安心した。昔といっても中学を卒業するまでは毎日のように会っていて、高校に入学してからその機会が減っただけで、その期間、たった三カ月程度だ。美海は島の中でも小さな集落に住んでいて、悟とは赤ちゃんの頃からの付き合いになる。保育園は無かったが、近所の陽気なおばさんが、子供が好きだからと快く赤ちゃんを預かる人で、美海も悟も腹違いの弟も、そのおばさんのお世話になっている。

「いつまでも痛がっとらんで、さっさ出て行ってくれらん?」

 少し口調を強めて言ったが、悟は気にせず「なんで?今日、暇じゃないわけ?」と痛がるのを止めて美海に訊く。

「テスト期間。勉強するから出てってほしいんば」

「勉強とか夜すればいいがな。久しぶりに、みんなで遊ぼーじ」

「遊ばん」

「何で?」

「忙しい」

「何が」

「何がっち…いろいろ」

「いろいろっちば?」

 美海は、そういえば悟はしつこい性格をしていると思い出し、会話をしながら、悟が諦めるに至るそれなりの理由を提供しなければと考えていたが、考えながらの会話では間を空けてしまい、「無いんじゃがな!」と見抜かれた。

「海行かん?それとも俺の学校に遊びに来る?多分、明里もおるはず。聖司も呼んで中学校に遊びに行くのもありじゃや!」

 次から次へと、楽しそうに計画を立てる悟に対し、自分の気持ちなど無視して推し進めるなんてと苛立ちの積もる美海は「行かんっちば」と少し強めに言うことで、その計画を壊した。

美海が悟に対してこのような態度をとるのは、初めてではない。必要最低限の付き合いはするが、それ以外は何かと理由を付けて断っていた。しかし、お調子者の悟にも、限界という垣根はある。

「…お前、最近、付き合い悪いや」

 その理由を言えとばかりに悟の鋭い視線が美海の心を銛で突き、一瞬、呼吸が止まる。怒っているのかいないのかの判定は難しく、少し怖く感じるのは、いつも笑顔の悟から笑みが消え、口調もゆっくりと低い声で発したからだった。

そんな沈黙の中を、祖母の微かな声が美海の耳に届く。姿を見せる気配はなく、まだ台所にいるのか遠くから、早く迎えに行ってあげらんね、と頼まれる。

 美海は小さくため息を吐き、悟に「今日は本当に無理。なんか、弟が島に来てるっち」と、最近の態度に対しては触れず、断る理由だけを告げた。

「弟…っちば…みーくん?」

「そう」

 悟は「マジか、懐かしい!いつ以来かい?」と、先ほどとは打って変わりテンションが上がっている。

「…分からん。私もだいぶ会っとらんし」

「ちゃ〜や〜、小学生になる前にはいなくなっとったもんや。母ちゃんと大阪に行ったっち言ったっけ?」

「確か…そう」

「大阪か〜、都会じゃや。新喜劇とたこ焼きしか思いつかんけど。いつ来るわけ?みーくんも一緒に遊ぼうじ!」

 悟は誰とでも仲良くなれる性格をしており、とてもいい奴だと美海も分かってはいるが「たぶん、無理」と断った。なんで、としつこく訊く悟に「みーくん、大阪でずっと引きこもって、学校、行っとらんみたいだから」と、答える。

「…マジな?」

「詳しくは知らんけど。そうみたい」

 小さい頃は、弟も含めて三人でよく笑って遊んでいたと記憶しているが、祖母がそう言うのならそうなのだろうと、美海は疑わなかった。

 悟は「なんかあったわけ?」と神妙に尋ねるが「だから、知らんっちば」と、同じ答えを返す。台所で祖母が詳しく話していた記憶もあったが、上手く聞き取れなかったし、そもそも半分だけ血の繋がった弟になど、興味はなかった。

 島から離れてなんのしがらみもなく、自由に暮らせている弟。親の都合とはいえ、島から出て行った弟。

何をしにここへ来たのかまだ真相は分からないが、美海は観光目的で来たのだろうと察している。

透き通ったエメラルドグリーンの海辺、その波に見え隠れするヤドカリ、生い茂る蘇鉄の群生地、この島でしか見ることのできない耳の短いウサギなど、それらの写真が載っている観光用のパンフレットを食卓の上に広げ、気分転換に行ってきなさいよと、みーくんの母親が言ったに違いない。本当は今すぐにでも学校へ通ってほしいというのが親心だろうが、まずは引きこもる息子を部屋から出すことが、みーくんママの第一の目的なのだと、美海は想像した。


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