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新人類へのメタモルフォーゼ  作者: 深海モトセ
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第一話 開講

この世界には、僕たちの知らない人々がたくさんいる。知らない風習で、知らない常識を持って生きている人々。知らないということは、交わらないということだ。

でもある日、もしも交わってしまったら。僕たちは、その知らない風習を悪習と捉え、その知らない常識を持つ人々を非常識だと指さしてしまうかもしれない。それは、知らないという“恐怖“からだ。知らないものは怖い。それがどれだけ正しくても、僕たち人間は恐怖する。

そして数で恐怖対象を駆逐するのだ。


第一話 開講


 「で、今回も惨敗と。」

大学の学食で僕は昨日の合コンの反省会を強制的に受けていた。そもそも合コンに誘ってきたのはこいつだというのに、なんて恨み口を飲み物でふさいだ。


 「大体よー、そんなに遺伝子って楽しいか?」

 「いい加減人の専科を馬鹿にするのをやめたほうがいいよ?性格悪すぎ。」

 「はは、女より遺伝子の話に乗っちゃうんだもんなあ。遺伝子リレーのアンカーでもするつもりかよ」


こんな口ぶりを続けている友人だって、彼女がいたっていう話を聞いたことがないのに。僕はいい加減うんざりしながらカツカレーを一口頬張った。


 「まー次だな、うんうん。」

 「彼女とか、今はどうでもいいんだって。とにかく僕は今勉強に集中したいの!」

 「勉強に、ねえ。違うだろ。覚醒者に夢中なだけだろ」

 「わかってるんだったら黙っててよね?」


覚醒者。特定の遺伝情報を持つ人間が何らかの要因で超人類的能力に目覚めた人たち。世間からの目線はまるで犯罪者だ。

僕は前途のとおり、遺伝子学を専攻している。覚醒者に興味を持ったからではない。どちらかといえば、遺伝子学を専攻しているから覚醒者に興味がある、というのが正しい。


 「しかしまあ、覚醒者に共通の遺伝子が入ってるわけでもないんだろ?よく知らないけど」

 「うん。まだどういう遺伝子が作用するのか全く分かってないんだよねー。そこが面白いっていうかさ、ものすごく興味があるんだ。」

 「その遺伝子が何かわかったら、覚醒を防ぐことも、覚醒者も人工で作れちゃったりしてさ。そういわれるとSFっぽいよな。」

 「まあ、サイエンスなわけだし、あながち間違いでもないかも……」

 「だからって合コンでそんな話題にガンノリするなよなー。超白けてたぜ。面白かったけど」

 

また話題が合コンに戻ってしまったが、いまさらもう乗る気にはなれなくて僕は食事を続けた。午後の講義の予定もあるしね。



 「んでよー、その時俺がなー」


帰り際友人と話しながら道を歩いていると、路地のほうから何かが聞こえてきた。僕は無駄な正義感を持って足を止める。やめてください、という女性の声と数人の男性の声。これはただ事じゃない……。


 「…おい、優希?聞いてんの」

 「ごめん、ちょっと……!」


友人にかばんを押し付けその路地に駆け出す。こう見えて僕は運動は苦手なほうじゃないし、剣道だって五段だ。自慢じゃないけど。

僕は走って声のするほうへ向かった。後ろの足音は友人だろう。壁際に追い詰められた女性と囲む男性たちを見つけて、できるだけ大きな声で叫んだ。


 「おい!何してるんだ!」


振り返った男性たちの顔は少しだけ驚いていたが、僕の顔を見てすぐににやにやとし始めた。僕はといえば、こんな反応に慣れっこだ。


 「中学生はまっすぐおうちに帰りな」

 「中学生じゃない!」

 「じゃあ、高校生かな?んん?女の子みたいなぼくちゃん。悪いことは言わないからさっさと帰ったほうが怪我なく済むぜ?」


なぜかといえば、僕はとても童顔だからである。だぼっとした上着をよく着るからか、体系もほそっこいと勘違いされる。あと女の子みたいは余計だ。

 「あ、あの」


女性が何か言いたげにするのを男たちはさえぎって、僕ににじり寄ってくる。絶対に勝てるという余裕の表情で僕に迫り、その腕を振り上げた。なんだそのくらい、見切れる。そう思って……


 「っ、おい優希!」


……よけたはずだった。なのになぜか背中が熱い。あとから追いついたらしい友人が声を張り上げたのに驚いて僕が振り返った、その顔を見ることもなく目の前が真っ暗になって……。


………。

なんかとてもいいにおいがする。甘い匂いだ。

柔らかな花の香りと、紅茶、そして……なんだろう。わからないけど。

遠くで誰かの声がする。知っているような、知らないような声。僕を呼ぶことはないそれは、誰かと会話するように違う声と混ざっていた。

夢か、それとも僕は死んでしまったのか。……あー、いろいろやり損ねたなあ。


 「…き、……おい起きろ!起きんかって!」

 「いったいなもうなんなんだよ!」


まどろみからたたき起こされると目の前に友人が立っていた。ふかふかのベッドで寝かされていたようで、いいにおいも漂っている。……生きてる。あれ?生きてるぞ。何が起こったんだかさっぱりわからないが、友人は怒ったような顔をしていた。


 「お前無茶しすぎ!覚醒者三人にボコられてたんだぞ!」

 「へ?……じゃあここ、病院?」

 「ちげぇよ、ここはおねーさん家。お前が助けようとしたな」

 「あ、あの女の人はじゃあ…」


つまるとこ、助けに入って助けられたと。最高にかっこ悪い。しかも直前まで見切れる余裕だと慢心もいいところだ。たぶん道場でこれやったら殺されるくらいめった打ちにされる。というかそれ以前に、すごく恥ずかしい。


 「ああ、目が覚めたんですね。よかった。あんな無茶なことして……。」


そういいながらさっきの女性は友人にお茶を出していた。白い服がとてもよく似合う、艶やかな黒髪の女性。涼しげな眼もとに青い瞳がとても美しいと思った。


 「おい、おい優希。おーい」

 「え、あ、なに」

 「だから、警察いかねえのって話。……お前話聞いてた?」


どうやら僕は、この人に見惚れていたらしい。そう認識するとなんだか急に恥ずかしくなって、僕は目線をそらした。顔がじわじわ熱を持ち、口元がゆがむ。それを必死に抑えようと関係ないことばかり考えてしまう。


 「……あー、わかるぜ。超美人だよな。巨乳だし」

 「胸まで見てない!!」


思わず叫ぶと、部屋を出ていこうとした彼女の背中がびくりと動いた。あ、やばい、これはやばい。友人は今にも腹を抱えて笑い出しそうなのを必死にこらえていた。よくよくあたりを見渡すと、清潔感のある部屋だ。つまり、おそらく、たぶんだがここは、彼女の家で、そしてここは彼女のベッドだ。


 「うわ優希……最低……っくく、……」


そういう友人の頭をひっぱたき、僕はベッドから出た。顔から火が出そうなくらい恥ずかしいし、先ほどの僕の発言はどう頑張って好意的にとらえてもセクハラだ。大体胸までってなんだ。どこなら見てたんだ僕。


 「っていうか、お前殴られたのによく平気だな。」

 「君もね。……あれ。そういえば背中……」

 「背中がどうした?」


背中が熱い感覚はなんだったのだろう。ここになってやっと自分の体の異変に気付いた。どこにも怪我がないのだ。殴られたらしい痛みも、背中も、どこもかしこも全く平気だ。


 「ね、ねえ、あの後何があったの?」

 「何がって……俺は見てねぇ。こっち向かってきたから逃げて、警察呼んで、警察が来たころにはお前があのねえちゃんのひざまくらで寝てた。それだけ。」

 「逃げないでよ……」

 「だって、無理に決まってんだろ、覚醒者三人相手に死ねっていうのかよ」


まあそれもそうか…。ひざまくらに関してはあまり考えないようにしておこう。

そうこうしているうちに、また彼女が部屋に入ってきた。何となくベッドに座るのも申し訳なくて僕は立ち尽くしていたわけだが。


 「あの……あの後どうなったんですか。」

 「ああ。あなたが倒れた後、別の覚醒者さんが追い払ってくれましたよ。その人は治療もしてくれて……、まあ、誰かに見られたくないってすぐ行ってしまって名前も聞けなかったのですがね」

 「へー、名乗るほどでもないってか。ヒーローっているもんなんだな」


皮肉ったように友人は言い放った。僕は何だか気まずくてもじもじとしたまま、立ち尽くして話を聞いていた。


 「二人とも、もういい時間ですから、夕飯でも食べていかれますか?」

 「え、いいのやった」


僕が何かを言う前に、友人がそう返してしまった。きっとこれは早く帰れって意味だったと思うのに、本当に空気も人の気持ちも読めないやつだ。


 「あの……いいです、お暇します」

 「いいんですよ。思いのほか早く目覚めてくださってよかったです。あと、カレー作りすぎちゃたんですよね」

 「カレーってさ、いっぱい作るとうめぇよな。ほらお姉さんもそういってるわけだし?食ってくのがスジってやつじゃねえの?んー?」


…………なんかもうどうにでもなれ。とりあえず友人はあとでシバくとして、僕は申し訳なさを前面に押し出しながら頭を下げた。実際、帰宅したところで一人暮らしの僕に食事を用意してくれる人なんかいないし、助かるには助かるのだ。あとそういわれると確かにカレーのにおいがする。おなかがすいてきた。


 「わかったよ、もう。……いただきます」


そう頭を下げると彼女はうれしそうに笑った。カレーが用意されている間手伝いもさせてもらえず、僕はぼんやりと考え事をしていた。その名もなき覚醒者とはいったい誰なのか。本当にいたのか。

背中の傷も……ない。あれが幻覚だとは思えない。

目の前にことりと音を立てて置かれたカレーはすっごくおいしそうだ。ふと見上げた彼女の笑みが、やっぱり僕の羞恥を際立たせた。


 「おあがりなさい」

 「おっしゃいただきまーす!」

 「大丈夫は能天気だなあ。……いただきます」


学食なんかと比べたらずっと丁寧に作ってあるらしいカレー。正直友達は多いほうだが一緒に食事をする誰かというのがこの男しかいない自分は第三の女である彼女の存在が妙に気になって仕方なかった。


 「おいしい…です」


普段食事の感想なんかいうこともないのになぜか自然とそういってしまった。うれしそうに笑うだけにとどめる静かな食卓は、彼女の育ちの良さをうかがわせる。

でもそんな穏やかな静寂を破ったのは大丈夫だった。


 「でもよ、お姉さん。なんで三人に囲まれてたのさ。」

 「わ、こら、……すみません本当!こいつ空気読めなくってサイテーなんです!」


僕があわててフォローを入れると、彼女は少しだけ表情曇らせてしまった。女性の機微は全く分からない僕でもまずいってことだけは理解した。

一方大丈夫は何でもないような、むしろ問い詰めてやるという気概さえ感じられる表情だった。きゅっと口を結び、スプーンはその手から離れている。

僕は彼が何を察知し、警戒しているのかわからなかった。


 「なんかしたん?」


追撃に、先ほどまで穏やかだった静寂が重いものへと変わる。何か一言言ってやりたくて口を開きかけたとき、彼女が何か言おうとしているのに気付いた。


 「あれは、私を狙っているのではありません。ああいった独り身の女性、貴方達のような社会的な地位がまだ高くない学生、不思議と老人は狙わないようですが。……そういうものなんです」

 「そんなわけない!覚醒遺伝子のなかに凶暴性を示唆するものなんか存在していない」

 「見つかってない、の間違いかもしれませんよ?」


つい、食いかかってしまった。さっきまで僕がとめる側だったというのに。でも彼女の《そういうもの》という発言にどこか侮蔑的な意味を覚えてしまった。でもよく表情をうかがうと悲しそうなそんな目をしていた。

何か事情があるかもしれないのにと反省をしながら僕はきまり悪く浮かせた腰を下ろした。


 「よおお姉さん。よくわかってんじゃねえか。お前、なんか知ってんだろ」

 「ええ、よく知っていますよ。うちの弟がそうですから」


ついにスプーンを置いてしまった彼女に、カレーを食べ進めることもできず固まっていた。女性はどうにも苦手なんだ。泣きそうな顔をしないでほしい、本当にどうしたらいいかわからなくなってきた。

大丈夫はそんな重っ苦しい空気をもろともせず冷めるとつぶやいてカレーを食べ始めていた。


 「まあ。弟はああいうのとは違うんです。…ごめんなさいねこんな話をして。でもいつかきっと貴方たちも弟に会うでしょうから。」

 「ん、うまいよカレー。お姉さん名前は?」

 「大月雪路、と言います。」

 「俺は冥頌川大丈夫、こいつは夕張優希。だいじょうぶ、って書いてマスラオな。覚えとけよ」


こいつの独壇場になってしまったのを少しだけ悔しく思いながら少し冷めたカレーを口にした。

まだ知らない、その足音に怯えることもなく。まだ僕はごく普通の、大学生としてここに存在していた。

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