幕間 君の名前はスーちゃんだ。
ゴクッ
少女は息を飲んだ。
目の前には、赤い目を光らせ、鋭い牙を鳴らし、獲物の匂いを探る様に鼻をヒクヒクとさせながら、黄色い四肢を今正に動かそうとしている魔物がいる。
どうしてこんな事になっているかを語るには、時間を戻す他ない。
しかし、時間を戻すことは出来ないので、話を遡る事にしよう。
それでは、話を少し遡ろう。
それは30分程前だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「使い魔の生成? うーん、コツを掴めば道具無しでも出来るって話だけど、最初は召喚符を補助にして行うのが一般的だって聞いたよ?」
シルは紅茶を飲みながら、答えてくれた。
凄い、イケメンが陽光を浴びながら紅茶飲んでるだけなのに、凄い絵になる。
キラキラしておる。
私は、シルに使い魔生成のスキルについて実験しようと相談していた。
「召喚符かぁ。スリングさんとこで扱ってたりするかなぁ?」
私は使い魔生成のスキルを使おうとして、苦戦していた。
何せ、教えてくれる人が居ないのだから。
風魔法や他の魔法はシルから教わっているから、多少のコツは解る。
だが、どうやらこの生成のスキルは魔法とはやや趣が異なる様で、色々試してみたけれど、上手くいかなかったのだ。
私とシルはスリングさんの所に相談に向かった。
「召喚符だぁ? ちぃと待ってくれよ。えっと、ここら辺りにあった様な、無かった様な」
スリングさんは、某青狸の様にあれでもない、これでもないと物を放り投げてる。
「お、あったあった。これじゃねぇか?」
スリングさんが持ってきたのは、一つの箱だった。
開けてみると、中からは文字なのか記号なのか魔方陣なのか、よく解らないものが書かれた一枚の紙が出てきた。
「俺自身が召喚術や使い魔の生成ができる訳じゃないから、本物かどうか微妙なとこだが、仕入れ先も真っ当なところだし、作ったやつも、まぁ知らないやつじゃないから、問題はないと思うぜ?」
召喚符を興味深く見ていた私にスリングさんがそう言ってニカッと笑った。
「えっと、お代は幾らです?」
「そうだな、金貨10枚ってとこだな。」
「じゅっ!?」
そうだ、私はこの国、というか、この世界のお金についてもお勉強した。
どうやら、この世界では共通貨幣が使われているらしい。
共通貨幣っていうのは、地球の様に国毎に決まった貨幣を国が発行するんじゃなくて、各国共通でこのお金を使いましょうって決めたお金なんだって。
一部では違うみたいだけど。
この共通貨幣だけど、発行してるのは、世界各国にある教会なんだとか。
おっきな宗教なんだけど、今回は置いておいて。
この貨幣の価値は、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、聖金貨の順で価値が上がっていく。
紙幣がないのは、戦火で焼けちゃったり、破けちゃって無くなる事を防ぐ為なんだって。
十円、百円、千円、一万円、十万円、百万円みたいに並べると解りやすい。
ちなみに聖金貨は基本流通してるものじゃなくて、国や教会で使われているものなんだって、額も大きいし、一般であまり使われることはないんだとか。
それで、金貨10枚って事は、簡単に言うと、この聖金貨1枚分ってことになる。
「ス、スリングさん……それは……買えないよぅ……」
「ま、そりゃそうだわな。俺も仕入れたは良いけど、売れなくてな、困ってたんだわ」
「召喚符ってそんなに高いの?」
「んにゃ、普通の召喚符は大銅貨1枚、質の良い物でも銀貨1枚ってとこじゃねぇかな?」
あんま取り扱わねぇから詳しい相場までは知らねぇが。
とスリングさんは付け加えてくれた。
「それじゃ、その召喚符は何でそんなに高いの?」
「あー。そりゃな、作ったやつのせいだわ。腕は良いんだが、コスト度外視で作る上に、性質が悪い事にコイツが無駄に有名人なもんで、価値が駄々上がりになるんだよ。」
スリングさんは頭をボリボリと掻きながら、困ったようにそう言った。
「うぅ……普通の召喚符は無いの?」
「わりぃが、あんま取り扱わねぇって言ったろ? これ以外にゃねぇんだよ」
どうしよう。使い魔生成は保留かなぁ……
そう考えていたら、スリングさんが口を開いた。
「シュン嬢の頼みだし、負けてやっても良いぜ? 但し、交換条件があるんだが」
スリングさんから交換条件を出された。
ちょっと面倒な条件だったけど、私は交換条件を呑む事にした。
交換条件については、また今度語る事にしましょう。
「いやぁ! 俺も処分に困ってたから助かるぜ! んじゃ! 金貨1枚で毎度あり!」
私は此処にきて、狩りをしながら稼いだお金のほぼ全部を使いきっていた。
あ、前にシルに立て替えてもらったお金は返したよ?
あとは、小鬼の王を倒した時にソルトロッソオジサマから、謝礼として頂いたお金があったからって事も大きいかな。
貰えないって言ったけど、最初に疑った事についての謝罪も含めてって事だった。
「さて、じゃあ、何が起こるかも解らないし、広いところに出て、やろうか」
シルに促されて、広く開けたところまで移動した。
私は召喚符を箱から出し、意識を集中させる。
どうやら、この札に記載された紋様が補助と説明書を兼ねている様で、魔力の通し方や使い方は何となく解る。
あとは、正しく魔力を通して発動すれば良いみたい。
召喚符を指で挟んで、前に突き出しながら、魔力を通す。
うわ、なんかこれ恥ずかしい。
魔法少女じゃあるまいし。
そんなことを考えながら、魔力を通していく。
あ、出そう。
出てくる? どんなのかな?
召喚符が発光し、眩しくて目を閉じた。
そして、話は今に戻ってくる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「か、か、か……」
「可愛いー!!」
目の前に居たのは。
紅い宝石みたいな目
カリカリと木の実を齧る可愛らしい牙のついた口
ちょこんとついていて、頻りにふんふん鳴らしている鼻
短くチョコチョコ動かしている手足がついた、黄色い身体。
そう、黄色いリスだった。
早速、スリングさんに見せに行ったら。
「そいつぁ黄色栗鼠だな。美味しいもんが大好きな森の美食家だ。しかし……ぶふっ……くくっ……シュン嬢の使い魔が黄色栗鼠って……ぶはっ!」
アッハッハッハッて何故か爆笑された。
あ! シルもちょっと!
笑いを堪えてるでしょ!
何!? 何か変なの!?
ポコポコとスリングさんを叩く私の頭の上で黄色栗鼠はカリカリと木の実を囓っていた。
君の名前は今日からスーちゃんだ!
よろしく! スーちゃん!
こうして、私に使い魔が出来た。