第10話 日常は突然に終わる。
キュッ!?
一匹の兎が矢に射たれ息絶える。
ポニーテールを揺らした黒髪の美少女が、木の上から降りてくる。
「シュンは弓の腕も上がったね。魔法の上達も速いし、木の上での動きも僕と同じ位出来る様になった。教えている側としては喜ばしい事だけど、長耳族としては複雑な気分だよ」
後ろから拍手をしながら、シルが声を掛けてくる。
「まだまだ、シルみたいに弓が全部当たる訳じゃないもの。魔法だって初歩のやつじゃない。全然ダメだよ。」
兎に刺さった矢を抜いて拭いながら、答える。
そう、まだまだだ。
一ヶ月前に比べれば、闘えるようになっていると思うし、強くなっていると思う。
でもこれで生き抜けるかといえば、そんな気はしない。
私はポニーテールを解きながら、汗を拭った。
子供の頃に男の子みたいと言われてから、髪の毛はそこそこ伸ばしている。
陸上の邪魔になるから、セミロング位の長さではあるけど。
「今日の狩りはこのくらい?」
私はシルに兎を手渡しながら問いかける。
「そうだね、シュンのお陰で最近は狩りの労力が減って助かるよ」
「お世話になってるんだもん。これくらいは当然よ」
シルと今日の収穫を持って、村に戻る。
ここ一ヶ月は戦闘訓練と魔法の習得、樹上での動き方や狩りの仕方を学んだ。
「ん? 村の中の様子がおかしいね? 何かあったのかな?」
シルに言われて、村の中を見回してみる。
顔見知りになった長耳族の戦士達が慌ただしく動いているのがわかった。
「シュン、一度族長の所に行ってみよう」
頷いて、シルと一緒にオジサマの屋敷に向かう。
「バカ言うんじゃねぇよ! 奴等がそんな事する様な賢さがあるなんて聞いたことねぇんだよ!」
屋敷のドアをノックしようとして、中から大きな声が聞こえてきた。
シルがノックしようとしていた手をそのままドアノブに掛けて、中に入っていく。
その勢いで執務室の扉を開いた。
「族長! 何かあったんですか!?」
ソルトロッソオジサマは少し驚いた顔をした後、眉間に皺を寄せて唇を噛んでいる。
「シルフェルスか……今日見廻りをしていた連中の一部が小鬼族に襲われたらしい……一人……死んだっ!」
ガンッと大きな音を立てて、オジサマが机を殴った。
シルは口を開けて、唇を震わせている。
「し、しかし族長。小鬼族の数匹程度にやられるような戦士は現状見廻りには出ていない筈です。少なくとも数人で部隊も組んでいます。敵の数はそこまで多かったのですか!?」
シルは信じられないという風にかぶりを振りながら、問いかける。
オジサマは再度唇を噛んでいる。
うっすらと血が滲んでいる。
「生き残った者の話だと、数はそう多くなかったそうだ」
「それならば何故!?」
オジサマはふぅ、と息を吐いて続けた。
「メグニアの実だ」
「は?」
シルが意味が解らないといった声を出す。
「どうやら、奴等。メグニアの実を使って、同胞を殺したらしい」
オジサマの話はこう続いた。
見廻りを行っていた部隊は、見廻りの途中、メグニアの実の香りをふいに感じた。
また獲物をどこかの部隊が持ち帰れずに一時保管しておいたのだろうと思ったらしく、香りのする方に向かったそうだ。
そこには獲物が置いてあり、回収部隊の手間を省こうと考えた見廻りの部隊は、その獲物を回収しようとした。
そこを小鬼族に囲まれた。
何とか襲ってきた小鬼族は殲滅できたらしいが、回収作業をして手が塞がっていた事もあり、犠牲者を出してしまったとのこと。
「ある意味幸いだったのかもしれねぇな。回収部隊だったら全滅してただろうさ」
オジサマは力なく笑いながら言う。
「そんな、バカな。小鬼族がそんな罠を仕掛けるなんて聞いたことがありません!」
「あぁ! 俺もそうさ! 襲った敵の中にはホブゴブリンもいたらしいが、その程度の進化個体じゃここまでの事はやらねぇはずだ!」
二人共眉間に皺を寄せて怖い顔をしている。
「裏に何か居やがる。小鬼族だけじゃねぇ……」
オジサマがそう呟いたのと、ほぼ同時に執務室の扉が音を立てて開く。
「族長! 大変です! 斥候より風囁にて、小鬼族に動き有りとの事です!」
「何だと!? 数は!?」
「それが……1000は確認できると」
「バカな! いくら小鬼族でも殖えるには早すぎる!」
オジサマは椅子を倒しながら立ち上がって驚愕を顔に浮かべている。
しかし、それも一瞬の事だった。
「セフィ! 村の非戦闘員の避難を指示しろ! 女と子供を最優先! 事前に決めてあった通りにだ! 戦闘部隊にいる女も避難に回せ! 戦闘終了の合図が無ければ、戻らずに別の集落を頼れ! そこのお前! 戦闘部隊の全員に即座に戦闘準備を整えさせろ! 部隊長に女の戦士は避難に回すから部隊の再編成もさせる様伝えろ! これも事前の指示通りだ! 30分以内に! 急げ!」
「畏まりました!」「はっ!」
セフィさんと知らせに来た戦士は即座に返事をして、執務室を飛び出していった。
「シルフェルス。お前は……そこの嬢ちゃんを連れて、避難民の護衛だ」
「な!? 族長それは! ……了解しました。これより護衛任務に入ります」
シルは悔しそうな表情で頷いた。
「何を言ってるの!? シルはこの村で一番の戦士でしょ!?」
堪らず言葉を挟んでしまう。
「嬢ちゃん。そうだ、シルフェルスは村で一番の戦士だ。次期族長に最も近い、な。だからこそ、こんなとこで死なせる訳にはいかねぇんだよ」
「そんな! シルはそれでいいの!?」
自分でも矛盾した事を言っているのは理解していた。
私はシルに死んでほしくはない。
でもそれでいいのかという気持ちも確かにある。
「仕方ないよシュン。族長の決定だ」
「っ! ……解りました。それじゃあ私は残ります。シルの分は私が闘います」
「シュン!? 何を言っているんだ! 故郷に帰るんだろう!? こんなところで死ぬかもしれない闘いを君がする必要はない!」
「いいえ。私は死なないし、おうちに帰るの。でもお世話になった皆を見捨てて帰るのなんて嫌! それに私はシルに助けてもらえなかったら、あの時ゴブリンに殺されていた筈だもの。これでチャラだよ」
出来る限りの笑顔でシルに答える。
上手く笑えている自信はない。
だって手が震えているのがわかるもん。
「シュン……」
シルは瞳を伏せて、少しだけ考えた後、顔を上げてオジサマの方を向いた。
「族長。避難民の護衛は他の者を付けてください。私は長耳族の戦士として。いえ、次期族長として、この場を逃げるわけにはいきません」
オジサマは少しだけ困った顔をして。
「あいよ。短い時間だが、そこの嬢ちゃんを見てきたからな、そういうこと言うんじゃねぇかとは思ってたんだよ。シル、お前に関しても、残るって言い出すんじゃねぇかってよ」
オジサマはため息を吐きながら、ボリボリと頭を掻いてそう言った。
どうやら、最初からダメ元だったらしい。
「ただし! 残る以上は死ぬな!」
オジサマは真剣な顔でそう言った後、笑いながらこう続けた。
「お前が死んだら、俺がまだこの席でクソつまらん仕事をせにゃならんからな」
こうして、小鬼族と長耳族の闘いが始まった。
次回より小鬼族戦編