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恋の香りに導かれ  作者: オクノ フミ
2/3

2.人見知りな二人

 来週ある打合せまでに結論を出さなきゃ、と仕事の時間が空くとブツブツ言いながら考え込んでる僕を、みんな遠巻きに見てたらしい。


 そんな中、僕は次のソロツアーの衣装のヒントが欲しくて、街にやってきた。この前のツアーから、衣装の決定に関わらせてもらってるんだ。もちろん曲の傾向に合わせるのが1番だけど、流行のアイテムや色・柄なんかもつかんでおきたい。そう思って。集中して回ってる内にあっという間に時間が過ぎて、さすがの僕もちょっと疲れてしまった。カフェでお茶でもしようかな?と思った時、横のお店のドアが開いて、中から急いで出てきた女の人に僕の持っていた荷物が当たってしまった。


 「申し訳ありません!大丈夫ですか?」

 「え?」

 「あ!」


 ウソだろう?と思った。だって、それは僕を今さんざん悩ませている彼女・ミアさん本人だったんだから。


 お互いにビックリして立ちすくんで、ハッと気がついて、さあ、どうしよう?と、考えるより先に僕の口が動いてた。


 「あの、お時間があるならちょっとお話しできませんか?」


 うわっ!何考えもなしに口に出しちゃってる訳?自分で自分にビックリだ。すると彼女の答えは…。


 「はい。喜んで。」


 ふんわり頬を染めて、俯きがちで、でも、はっきりとそう返事した彼女。だったら、ここはもう単刀直入、どういうつもりで贈ってくれたのか確かめよう、と決めた。



 すぐ近くに僕が好きなカフェがあったので、そこでお茶することにした。その店はアーバンシックな雰囲気で統一された落ち着いたお店で、疲れた時には特に居心地がいいところなんだ。ちょうど知り合いのウェイターがいたから、奥の目立たない席に案内してくれた。彼女はジャスミンティーを、僕はハイビスカスティーを頼んで、さあ、話すぞ!と意気込んだのに、彼女に先を越された。


 「あの…先日の香水って、もしかしてとってもご迷惑でしたか?」

 「え?」

 「私、世の中のそういう常識に疎くて、単純に普段使いしていただけて後に残らない物をと思って選んだんですけど、お友達に叱られたんです。香水って簡単にあげたりもらったりしちゃダメな物で、あの…好きな人にあげる物なんですってね。だから、ほとんど面識のない私から贈られたら、さぞお困りになっただろうな、って。ごめんなさい。でも…もしあの香りがお嫌でなかったら、深い意味は無く使っていただけたらうれしいです。」


 なんだ、あっという間に問題解決だ。すごく意気込んでたのに拍子抜けした。彼女も僕と一緒で恋愛関係には疎いんだ。そっか…。1人納得していると。


 「あの、やっぱりお気に障りましたか?常識が無いって…。」


 何だか泣きそうだったから、慌てて答えた。


 「そんなことないです。あの香水、実はずっと愛用しているのだったんです。今も使ってます。ほら。」


 無意識に腕を伸ばして、手首のところに香る香水の香りを確かめてもらおうとして…彼女が真っ赤になったのに気づき、うわっ、失敗した!と思った。それこそロクに知らない男に自分の手首の香りを確かめろって言われて、はいそうですか、とはならないよ。


 「わわっ、ごめんなさい!僕こそ非常識でしたね。」

 「いえ…。」


 2人に何とも言えない沈黙が訪れる。この重苦しい雰囲気をどうしてくれよう、と思ったところで、ちょうどオーダーしたお茶が運ばれてきた。2人とも明らかにホッとしてすぐお茶に口を付けた。


 「ふ~。」


 思わず僕の口から安堵のため息が漏れた。


 「ふふふっ。」


 彼女がおかしそうに笑う。


 「何だかおかしいですね。2人ともお茶の助けが無いとどうしていいかわからないなんて。私、あんまり人付き合いがうまくなくて。人見知りなんです。だから、この間御礼に伺うのもすごく勇気が必要だったんです。でも、どうしてもインファさんに御礼がしたくて無理しました。今日も、これでもかなりがんばってるんです。」

 「そうなんですか。僕も人見知りです。こんな仕事しててヘンですけど、特に女の子は苦手なんです。僕のプライベートに女の子は存在してないです。だから、僕も今日はかなりがんばってるんですよ。同じですね。」

 「はい。同じですね。」


 そう言い合って、何となく2人で笑い合った。少し2人の距離が近づいた気がした。


 「あ、いけない!もう帰らなくちゃ。お時間取らせて申し訳ありませんでした。」

 「いえ、誘ったのはこちらですから。あの…香水使わせていただきます。ありがとうございました。」


 そう言うと彼女の顔がぱあっと明るくなった。


 「はい。そうしていただけるとうれしいです。では、これで。ごきげんよう。」

 「お帰り、お気をつけて。」


 彼女はニッコリ笑って帰って行った。後に残された僕は、この気持ちをどうしたらいいのかな?と思った。彼女と話すと楽しい、ってことに気づいてしまったから。彼女がとってもかわいい、って思ってしまったから。たぶん、僕は、彼女が好きになりかけてる…。けど、きっともう会うこともないだろう。彼女は生粋のお嬢様。交友関係だって、普段の遊びだって僕とは全然違うはず。唯一の接点である彼女のお父さんの局長が、僕との付き合いを快く思う訳もないし。


 「縁なんかないよ、ユチャン。」


 この間、そんなことを言って僕をからかったユチャンを意味も無く殴りたくなった。




 それから半月ほどが経ち、いよいよ打ち合わせていたあのパイロット番組がオンエアになった。僕たちにとって久々全員でのバラエティ出演、ということもあって、予想以上に反響があり、とりあえず半年分の枠が確約された。残りの企画について、また打合せが必要になり、僕たちは全員で局へ出向いた。すると、廊下でまた局長に会ったんだ。僕たちの番組が好評だったことで、局長もご機嫌だった。


 「いや、さすがMaHtyだね。企画にも参加してくれたそうで、ただのアイドルじゃないってことがよくわかったよ。今後もよろしく頼むね。」

 「ありがとうございます。」


 みんなで頭を下げた。ちょうど、その時局長に電話がかかってきて、僕らに断ってから電話に出た。


 「うん?今さら何を言ってるんだい?前から決まっていた話だろう?こんな直前になって断ってくれだなんて、先方に失礼だろう?とにかくするだけはしなさい。してどうしてもダメだったら、その時に考えるから。わかったね?」


 ふーと大きくため息をついた局長が思わず漏らした独り言に驚いた。


 「まったく、ミアときたら何故今頃になってお見合いを断ってくれだなんて言い出したんだろう…。」


 自分の心臓の音に自分でビックリした。本当に驚くと漫画みたいに「ドキッ!」って音がするんだ、って。彼女がお見合い?うまくいったら誰かと結婚するかもしれない?


 もう、会うこともないって思って諦めたはずの気持ちが、まだまだ僕の中にこんなに残っていたことに驚いた。確かに、彼女にもらった香水を使うこともできずに大事にとってあるけど…。


 「僕、バカみたい…。」


 思わずそう口に出してた。彼女のお見合い話で、こんなに動揺するなんて。どうせ僕なんか、って何もせずに諦めちゃってたこと、後悔してる。今でも、まだ動けば何かが変わる?彼女と話したい。もっと彼女のことを知りたい。彼女ともっと近づきたい。それが、僕の本音なんだ。だけど、どうしたら…。


 その日打合せは順調に終わって、そのまま解散になった。その瞬間から彼女のことで頭がいっぱいの僕の足は、自然に彼女と偶然出会ってお茶した街へと向かっていた。あの日会えたのはもう少し早い時間で、まだ日も高かったんだよな。お嬢様な彼女が1人で街にいるには、今日はもう遅いよな。それに偶然なんて2度はない。もし2度あったら、それって運命なのかもしれないけど…。それでも、どこかでその運命を期待して、僕はその街から立ち去れなかった。数少ない思い出をたどるしかなくて、この間のカフェに行ったんだ。





 これを運命って信じてもいい?この間と同じ席に、会いたかった彼女・ミアさんがいたなんて。


 「ホントに会えた…。」


 僕のつぶやきにぼんやり窓の方を見ていた彼女も顔を上げ、ビックリして一瞬固まって、けど、その次の瞬間本当にうれしそうに笑ったんだ。その笑顔が見られただけで、今日ここに来た甲斐があるって思った。


 「ご一緒しても?」

 「はい、もちろんです。」


 おずおず尋ねた僕に、彼女は明るく答えてくれた。その明るさに僕は勇気をもらったんだ。僕の気持ちを彼女に伝えよう!って。なのに、また、彼女に先を越された。


 「あの…会いたかったんです。インファさんに。でも、もう局にも行く用が無いし、ここしかアテがなくて…。約束してる訳でもないし、お仕事の忙しいインファさんに会える確率なんてどれだけ低いのかもわかってたんですけど、それでも待っていたかったんです。こうして会えて、それだけでうれしいです。」


 彼女の話を聞いている内に、頬が緩むのを止められない。きっと僕今めちゃめちゃとろけそうな顔してる。ハズイ!ちょっとそんなことを意識して、頬に手をやり持ち上げてみたりして。そんな僕を彼女が不思議そうに見てる。ヤバっ!


 「あ、あの。僕も同じです。会いたくて、この街に来て、諦めきれなくてここに寄ったんです。会えたら、言いたいことがあって…。だから、会えたから言いますね。僕はあなたが好きです。もっとあなたのことが知りたいです。僕のことも知ってもらいたい。僕と付き合ってくれませんか?」


 緊張してガチガチだけど、何とか言いたいことは言い切った。心臓が飛び出そうなぐらいドキドキしてる。これまで生きてきたどんな瞬間より、鼓動が早いよ。僕の話に目を見開いた彼女。そして、ほんのり頬を染めて答えてくれた。


 「はい。」


 その小さな一言で、僕の気分は急上昇だ。でも、浮かれてちゃいけない。彼女に聞いておかなきゃ。


 「ありがとう。で、あの…お見合いってどうするの?それと、僕と付き合うこと、お父さんにちゃんと話した方がいいよね?」


 彼女はとっても困った顔をした。


 「ご存じだったんですね。お見合いなんてしたくないです。でも、ずいぶん前から決まっていた話で、今さら断れないって。元々したくなかったのに、母が乗り気で…。そのことがあるので、今、父に言うと、全部がインファさんのせいにされてしまいそうで怖いです。」

 「お見合いしたくないのに、僕のことは関係ない?」

 「それは…無くはないです。」

 「だったら、全部僕のせいでいいじゃない。で、付き合うならちゃんと付き合いたいから、ご両親にも挨拶したい。認めてくれるかどうかはわからないけど、少なくともコソコソ隠れて付き合うなんてイヤだから。そうさせてくれる?」

 「いいんですか?あの…お仕事の方とか…。」

 「みんなには明日現場で言う。マネージャーにも話しておくよ。いつご挨拶に行けばいいか確認してくれる?と言っても、早くしないとお見合いのこともあるしね。…えっと、明日だったら夜8時以降なら、明後日は遅くなっちゃうな10時以降じゃないと厳しい。朝早くてもいいなら、8時とか9時とかなら大丈夫。」


 僕が本気で動こうとしてるのが彼女にも伝わって、2人の間にちゃんと絆ができた。これをもっと強いものにできたらいいな。


 やっぱりもう帰らなきゃいけない時間の彼女と連絡先を交換した。これでいつでも連絡ができる。本当は送っていきたかったけど、ちゃんと挨拶するまでは遠慮した方がいいかも、と思い直した。


 動き出した僕とミア2人の時間。その時間を素敵な時間にし続けていくために、ちゃんとがんばらなくちゃ。




 翌日。現場で会ったメンバーにミアと付き合うつもりだと話した。その場にいた担当マネージャーにも協力してくれるようにお願いした。メンバーは、あの御礼の件があったからすぐに納得してくれたけど、マネージャーは苦い顔をした。


 「インファ、相手が悪いよ。テレビ局の制作局長のお嬢さんって…。局長からOKが出ない限り、簡単に協力なんかできないよ。インファ1人の問題じゃない。メンバーみんな、いや、下手すればウチの事務所全員の仕事に関わってくるんだから。本気で付き合いたいなら、本気でお願いして許可もらいなさい。こっちの話はそれから!」


 確かにそのとおり。返す言葉がない。ちょっとしたことが原因でTVに出られなくなることなんかいくらでもある。どこかで出禁になれば、他の局だって理由を確認して敬遠してくることだってあるだろう。


 「わかりました。ちゃんと許可してもらえるまで、お付き合いはしません。」

 「そうだね。…がんばりなさい。」


 決して認めてくれない訳じゃない。それはちゃんとわかるんだ。フォンマネージャーは僕らの芸能界でのお父さんだ。事務所の社長が反対しても、僕らの思うとおりにやらせてもらえたことが何度もある。だから、心から信頼してる。マネージャーも僕らを信頼してくれてる。その信頼を裏切らないように、しっかりしなくちゃ。


 「インファ、オレ達にできることがあったら協力するから。がんばれよ。彼女のためにもな。」


 ベク兄さんがそう言ってくれ、他のみんなも頷いてくれた。すごくうれしかったし、頼もしいな、って思った。



 ちょっと緊張して待っていたけれど、結局ミアから連絡が来たのは、その夜遅くだった。局長もお忙しいのだろう。そして、かなり怒っている風だったらしい。それでも、明日の夜10時に会って下さるという。今からじゃ根回しとか小細工とかできやしないし、みんなも後押ししてくれた。今の自分に自信を持って、胸を張ってぶつかってこよう。財閥の出なんかじゃないけれど、ミアが好きになってくれた自分のことを卑下したりしない。


 『お時間を取っていただきてありがとうございます。指定の時間に伺えるよう最善を尽くします、ってお伝えしてくれる?収録が押さないように祈ってて。おやすみ。』って送信したら『祈ってます。おやすみなさい。』って返信が来た。 ただそれだけで、いい夢が見られそうな気がした。





 次話で、このエピソードは完結です。再会を運命だと信じて動き出した2人ですが、果たしてその先は?


 よろしかったら、またお付き合いください。

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