1.プリティー・ドール
主な登場人物>
・インファ 〜ボーイズグループ「MaHty」所属(年少組) 歌手・作詞・作曲・ソロ活動も行う
・ミア 〜パーティー会場で出会った実はテレビ局制作局長の令嬢
<本編での会話に関するお約束>
舞台が韓国ですが、本編での記述はもちろん日本語のみです。
ただし、設定上は現地言語の韓国語で会話しているものとお考えください。
今日は、某TV局の創立何十年だったかの記念パーティー。華を添えるたくさんの俳優・女優やアーティストをあちこちで囲んで、記念ショットを撮る光景が広がっている。僕達もレギュラーを初めて持たせてもらった局だから、映画撮影で都合のつかないマンネのユチャン以外の5人で出席している。
さっきまでたくさんの人に囲まれていたけれど、やっとその波が収まって、それぞれ食べ物や飲み物を取りに行ったり、他のアーティストや俳優に挨拶しに行ったりとバラけたところ。僕は、少し外の空気を吸いたくて、庭に出て来た。
「…通していただけませんか?」
「だからさ、悪いようにはしないから。いい役付けてあげるって。自分の将来を考えてご覧よ。」
「ですから、そんなこと結構です。父が待っていますので、通してください。」
ああ、こういう悪徳プロデューサーってまだいるんだ。役をエサに女の子を騙して遊んで、結局知らんぷり。仕方ないな、こういうの見て素通りするなんて、男の名折れだよね。
「ああ~、いい天気だなぁ~。外に出て来てよかった~。みんなも誘ってこようかなぁ~。」
必要以上に大きな声で伸びをしながら、わざと物音を立てて声のした方へ歩いて行くと、人の気配に慌ててその場から離れて行く男の背中が見えた。そして、シャーベットブルーのかわいらしいドレスを着た女の子が、大きなため息をついていた。
整ったキレイな顔立ちに、小柄な割に、細くて長い手脚が印象的な、まるでお人形のような女の子に、僕はしばし見惚れてしまった。さっきの男に同調するのも何だけど、声を掛けたくなるのも道理だな、と思った。
「大丈夫ですか?イヤな思いしましたね。」
僕の声に、こっちを向いた女の子は、一瞬驚いて、その後ほんのり頬を染めた。
「あの、大丈夫です。通りがかりに気づいて下さって、ありがとうございました。助かりました。」
育ちの良さを感じさせるきちんとした挨拶にも好感が持てた。
「中でどなたかお待ちなんですか?よかったら、エスコートさせて下さい。」
「あの、図々しいですがお願いしてもよろしいですか?あんな方はもういないとは思いますが、庭を抜けるまでは、なんとなく怖くて…。」
「わかりました。さあ、参りましょう。」
こんなかわいらしい女の子のエスコートができて、何だかとってもトクした気分。特にトラブルもなく、怖がっていた庭を抜けて、会場の中に入った。
「お待ちの方は、どちらに?」
「あ、あちらにいました。父です。」
「では、そちらまで。」
その女の子の言う方向に向かって行くと、そこにいたのは、なんと!
「お父様、遅れて申し訳ございません。途中で困りごとがございまして、こちらの方が助けて下さいましたのよ。お父様からも御礼を申し上げて下さいませ。」
「ああ、そうだったのかい。いや、確かMaHtyのインファ君だったよね。娘が世話になってすまないね。いや、ありがとう。」
「い、いえ、こちらこそ大変お世話になっております、局長。」
もう、めちゃくちゃ焦った。この女の子のお父様って、この局の制作局長だったんだから。御礼なんか言われちゃうと、かえって緊張する!
「では、これで失礼いたします。」
「ありがとうございました。」
「また、ウチでレギュラー番組よろしく頼むよ。」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします。」
ああ~、心臓に悪い!ビックリしたなぁ~。
「インファ、どうして局長に挨拶?」
ベク兄さんが声をかけてきたから、状況を説明した。
「で、局長、僕らのこと覚えててくれたよ。また、レギュラーよろしくって。」
「そうか。ホントにそんな話が来たら、インファのおかげだな。」
「まあ、社交辞令だと思うけどね。」
そんな話をしていたんだけど、後日、本当にゴールデンの時間帯のパイロット番組のオファーが来て驚いた。
「へぇ~、スゴイいい話じゃん。」
「みんな、これうまくいったらインファのおかげな。インファがナイト精神で局長のお嬢さん助けたからなんだぜ。」
「そうなんだ。人助けはするもんだね。それに、世の中狭い!」
「ホントだね。」
みんなでそんな話をしている間、僕の頭の中では、あの日のお人形のようなかわいい彼女のことを思い浮かべていた。僕を見て頬を染めてたのはナゼ?単に恥ずかしがり屋で誰に対してもそうなの?それとも、僕にだけ特別?女の子の考えてることなんて全然わからないよ。それに、何で僕はこのことがこんなに気になるんだろう…。
はっきり言って、初恋こそ幼稚園の時に済ませているけど、それ以降は何もない。女の子よりダンスや歌に夢中だったから。高校時代も、それなりに女の子から誘われたりしたけど、もう研究生だったし、誰にも全然興味が持てなかったから、片っ端から断った。デビューできて、二十歳を超えてからも、状況は特に変わらなくて、僕の彼女いない歴は生まれて以来だ。それでもちっとも構わなかった。逆に女の子がいると邪魔だと思ったりもして。なのに、どうして、僕は彼女が気になるんだろ?
「ね、インファ。局長のお嬢さんってどんな子だったの?かわいかった?」
「ん?何だかお人形みたいな子だったよ。顔がちっちゃくて、でも手脚が長くて、かわいらしいシャーベットブルーのお洋服着てた。」
「おや?インファにしては、ずいぶんとよく覚えてるね。もしかして惚れた?」
「何言ってんの?女の子の相手してるより、ダンスしてる方が楽しいよ。」
「ああ、また出たよ。そのセリフ。あれこれ夢見てるファンが泣くよ。」
「しょうがないよ。実際そうなんだから。」
その後もしばらくあれやこれやみんなに言われてちょっとイヤになったよ。…そんなに女の子と付き合うのって大事?恋の歌を歌ってるんだから、って言ったって、歌に出てくるような恋の全パターンをみんなしてるわけじゃないでしょ?…って思ってたんだけどね。
あの、テオク兄さんが恋をして変わったから。CMで使われてる♪叶えたい夢を初めて聴いた時、あんまり切なくて泣きそうになった。あの歌は、オテク兄さんから彼女だけに贈るラブソングだよね。それなのにみんなに向かって歌っちゃってるけどさ。あんな風に歌えるなら、恋してみるのもいい経験なのかな?だからって、手近なところで知り合ったばかりの局長のお嬢さんと、って言うのも相手に失礼な気がするけど…。
ま、深く考えても仕方ない。だって、恋ってするものじゃなくて墜ちるものなんでしょ?
そんな話から2週間。そのパイロット番組の打合せのためにみんなでTV局へ出向いた。例の局長さんがわざわざ打合せの席に顔を出してくれてビックリした。それだけこの番組に期待してくれてるってことなんだって、みんな俄然やる気が出た。もちろんプロだから、与えられた仕事はきちんとこなして当然だけど、それでもモチベーションを高く保てるかどうかは、案外そんなことが影響するものだから。スタジオとロケの割合や、毎週全員でロケするのかとか、大まかな骨子に沿って細かいところを詰めていく。もう全部お膳立てが整っていて僕らはやるだけ、っていう番組もあるけど、やっぱりこうやって企画の段階から入らせてもらうと、きちんと意見を反映してもらえていいよね。
予定時間を30分以上オーバーするぐらい、僕らは打合せに没頭してた。これで大体意見が出揃ってそれじゃあ次回に、というキリのいいところで、また、局長が顔を出したんだ。その後ろには、なんと、あのお嬢さんが…。
「いや、仕事の邪魔になるからと言ったのだけれど、どうしても先日の御礼がしたいってうるさいものだから。ほら、ミアおいで。」
局長に手招きされて恥ずかしそうに入ってきた彼女は、紛れもなくあの時のお人形のような彼女で。ミアって言うんだ。似合いの名前だな、なんてぼうっと思っていると。
「あの、インファさん。先日は本当にありがとうございました。これ、使って下さい。」
そう言って彼女が僕に小さな包みを差し出した。受け取っていいものかどうか躊躇しているとベク兄さんが「ちゃんと受け取れ。失礼になるだろ?」と言うから。
「ありがとうございます。そんなに気を遣わなくてよかったんですよ。当たり前のことをしただけですから。」
「でも、本当に怖かったので、助けていただいてうれしかったんです。だから遠慮なく使って下さい。」
「ありがとうございます。」
僕の手の中に、その小さな包みは収まった。彼女はそれを見てうれしそうに微笑んで、僕らみんなに挨拶してから局長と出て行った。
「インファ、ねぇねぇ、何もらったの?開けてみてよ~!」
「そうそう。中身が何か気になるだろ?」
「そうだよ。開けてみてよ。」
これは開けないといつまでもつきまとわれてうるさそう、と思ったから、渋々包みを開いた。
「あれ?」
「え?あ、あれ?」
「なんで?」
「どうした?あっ!」
みんな一様に驚いた。だって、彼女が贈ってくれたのは香水で、しかも僕がよく使っているものだったから。
「これって、その日使ってた?」
「ううん。こっちじゃない。フォーマルには別の使うから。」
「だよな。好みが合うってこと?」
「なんか、縁がありそうだよね。」
「しかも香水ってさ、好意を持ってる相手にしか贈らないものだろ?自分の贈った香りに包まれてて、ってさ。」
「インファ、どうする~?」
なんか、もうみんなうるさい!こんなことでからかわれるのにも慣れてないし、そもそも女の子の考えてることなんかよくわからないよ!僕がムッとしたのに気づいたチャンス兄さんが。
「ほら、インファが怒っちゃった。みんなからかい過ぎ。…でもさ、インファ。やっぱり香水って意味があるから、気持ちがないなら返した方がいいよ。」
「そういうもの?」
「ああ。もし、僕が御礼だからって他の女の人からもらった香水持って帰っただけで、彼女きっと悲しむと思う。今日は中身がわからないから受け取っちゃったけど、たとえ局長のお嬢さんでも、お嬢さんだからなおさらかな。ちゃんと考えなきゃいけないと思うんだ。」
「そうかな。わかった。考えてみる。」
「うん。それがいいよ。」
とりあえずもう1度パッケージし直して家に持って帰り、部屋の鏡の前にその箱を置いた。僕が愛用してる同じ香水瓶と並べて。
ベッドにコロンと寝転がった僕の頭でチャンス兄さんの言ったことが何度も繰り返される。「ちゃんと考えた方がいい。」って。相手が局長のお嬢さんだけに、もらうのも返すのも勇気が要りそう。正直誰か他の子がくれたんなら、いくらベク兄さんに言われてもきっと受け取らなかったと思うんだ。でも、僕は迷いながらも受け取った。彼女が気になる?たぶんYESだ。たった1度、ほんの10分ほどしか会ったことがなかったけど、確かに僕の心には彼女が残っていて、今日彼女が来てくれた時に、ふんわりとうれしい気持ちが浮かんだ。たぶん会いたかったんだと思う 。でも、だからって、今どうこうっていうのは正直考えられないや。彼女はどんなつもり?香水に深い意味はない?わかんないなぁ…。
グルグルいろんなことを考えている内に、僕はそのまま眠ってしまった。
次話では、悩むインファに偶然の再会が。そして、さらにある出来事に遭遇して、話は大きく展開するのですが…。
このお話も3話完結予定です。
なお、もしかすると後日タイトル変更の可能性がございます。
よかったら、またお付き合い下さい。