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世界の終わりの狂想曲  作者: 206941144
悪意の花
9/43

発芽、そして急成長~3~

リュラーがマリアに頬を叩かれてから数日、リュラーは町中を1人で歩いていた。

街中はざわつきが収まらず、まるで、人の欲望がのたうちまわっているかのように、不穏な空気を蔓延させていた。


「あ、すみません」


「むっ、気をつけろよ!」


街中、身なりの汚い男がリュラーにぶつかる。

その時、男は手に持っていた、藁半紙を落とすが何も気付かず男は去っていく。


リュラーは、咄嗟に懐の刀に手を掛けたが、街中で殺すのは後処理が面倒だと考えたのか、何もしなかった。


そして、男が落とした藁半紙に目を向ける。


「ん?これは…」


リュラーは口端を上げて、地面から藁半紙を拾う。


そこには、“機密文書”と書かれていて、内容は


「鉄の値段の上昇について」


リュラーは藁半紙を、懐に大事そうにしまい込むと、家、つまり別荘に向かう。


~*~


「おかえりなさいませ。リュラー様」


「あぁ」


リュラーのことをメイドが出迎えた。

その格好は、扇情的で明らかに主人であるリュラーの性癖が現れている。


いつもだったら、リュラーはそのメイドのうちのどちらかを連れて寝室に向かうのだが、今日は懐の藁半紙に気を取られメイドのことなどなにも、気づいていなかった。


リュラーは自室に戻ると懐から藁半紙を取り出し、親の仇のように睨みつける。

そして、机の引き出しから何やら虫眼鏡のようなものを取り出して藁半紙を透かし出した。


「ほぉ、この文書は本物だ。この魔力は確実にシラーのものだからな。」


リュラーが取り出したもの。それは、魔力探知機である。

これは、主にというかほぼ90%商人や、銀行家といった金銭的取引をするものが使う、契約書に必要なものだ。


とはいえ、契約書に確実に必要かと言われるとそういうものでもない。

これは、この契約書が本物だということを証明するためにあるものなのだ。


今回の契約書には、シラーの魔力を込められた文字が記入されていた。

そして、シラーの魔力が登録されている魔力探知機をその文字にかざすと、反応するという仕組みだ。


登録されている魔力は、ある程度の地位を持っている人の物が主である。

しかし、リュラーはその財力にものを言わせてほぼ全ての銀行家または王族、貴族の魔力探知機を持っていた。


若くして成り上がるにはやはり、こういう抜け目のなさが重要なのだ、と思う。



リュラーがその藁半紙に目を通す。


「……鉄の値段の上昇について、か。南部での戦争の噂につられて、馬鹿な一部の商人が鉄の買い占めに走った影響か。銀行はこれに乗じて稼ぐつもりだな。シラーにしては思い切ったことをやるじゃないか。」


さすがに、リュラーは市民のように噂に釣られて動くような愚鈍な真似はしなかった。

だが、


「ほぉ、これはあれだな。市場の混乱具合から鉄の値段の強制値下げを決めたのか。くくく、えげつないことをシラーも考えるな。これでクソ共の何割かは路頭に迷うぞ。まぁ、俺には関係ないか。その日付が書いてある密書を持ってるんだからな。じゃあ、この密書を持って行ってやろうかな。」


リュラーはほくそ笑みながら、再び外套をまとい家を出た。



~*~


銀行にリュラーが着くとそこには、日頃だったら確実に銀行などには用がないであろう、農家や乞食などが詰めかけていた。

その光景にリュラーは


(目先の利益で右往左往するゴミ共め。だから、お前らはいつまでたっても肥溜めから抜け出せないんだよ。)


と、その傲慢な自尊心を渦巻かせて直接シラーの元へと向かった。


その姿に声をかける、というか文句を言おうとした者もいたが、リュラーの貴族のような堂々とした振る舞いに、声をかけるのをやめた。


実際は自分たちと同じただの商人なのだが。



~*~



「シラーはいるか?」


リュラーは受付などは全て通り過ぎ、制止する声に耳も貸さずに、貴族よりも貴族のような傲慢な態度で、シラーの部屋の前にいる秘書に尋ねた。


「ハイ、イラッシャイマス」


「じゃあ、入るぞ」


リュラーは秘書の返事も聞かぬまま部屋に入った。


その部屋は、だだっ広く中央に大きな机が一つだけ置かれていた。

その唯一の家具が逆にその部屋の物悲しさを増していたのは、狙ってのことなのか。


そして、机に備え付けられている、無骨な椅子には当然シラーが座っていた。

だが、その口にはスカーフが巻かれていて少し異様な雰囲気を醸し出していた。


「初めまして。シラーさん。」


「えぇ、初めまして。」


「ところで、その口元どうしました?」


「これはですね、少し喉を痛めてしまって、医者に行ったら喉を湿らせとくと良いと言われたもんで。少し声がくぐもって聞こえるかも知れませんがすみません。」


「そうですか。こんなにも大盛況だと喉も痛めてしまってもしょうがないですかね。」


「おかげさまで。ところで、本日はどういった用件でしょうか。」


リュラーは内心シラーのことを軽蔑していた。

本題に入る前の他愛の無い会話は、交渉ごとの基本であり、それによってその交渉が成立するかどうかが決まることもある。

だが、シラーはそれを軽んじた。

ゆえに、リュラーはシラーのことを軽蔑したのだ。


「……まぁ、いい。ところで、街中でこんなものを拾ったんだが。」


そういってリュラーは懐から藁半紙を取り出しシラーに渡した。

リュラーはシラーが驚くかと思っていたのか、にやにやと笑っていたのだが、シラーは予想に反して反応を見せなかった。

それに、少しリュラーは動揺しつつも主導権は自分にあると思いながら、話し始める。


「どうする?」


その一言には、様々な思惑が込められているように見えた。

もともと、リュラーはただの商人であってそこまで交渉は得意ではない。


なので、いかにも自分はまだ切り札を持っているから余裕だというように見せかけ、相手に深読みさせることで、交渉するという手を好んで使った。


まぁ、実際のところこういう交渉の場で使う、いわゆるテクニックというものは、基本的に相手も知っているので殆ど意味をなさない。

結局のところ、手札の強さとタイミングによって交渉は決まってしまうことが多いので、リュラーの手は悪くなかったわけだが。


すると、シラーは机の引き出しから1枚の契約書を取り出しこう言った。


「ところで、融資はどうしますか?リュラー様でしたら、信用がありますので金貨10枚から可能ですけど」


リュラーは突然契約の話をしだしたシラーに怒りを顕にして詰め寄り


「おいっ!なにを……」


「あぁ!最近物忘れが酷くなってきたから、もしかしたら返却期限の日付を加え忘れてしまうかもしれないなぁ」


「……」


リュラーはシラーの白々しい演技を見て白けながらもその考えに舌を巻いた。


(つまり、こいつはあれだ。俺が借りた金…いや、実際は貰った金になるのか。それで、その金で鉄を買い、それに応じて鉄の値段が上がる。すると、また鉄を買うために金を借りる人間が増える。そして、あの藁半紙に書かれていた日付で鉄の値段を暴落させることで、また儲けるってことか。しかも、それをこの一瞬で思いついたんだとしたらこいつ、悪魔みたいな奴だな。)


リュラーはシラーの思考に至った瞬間、この悪魔的な発想に背筋を震わせた。

この紙1枚でさらに数十人の日常が、崩れ落ちるというのを知っていながら、何もおかしいことなど無いかのように、提案するシラーの精神にびびったのである。


「……じゃあ、金貨100枚借りようか。」


「おぉ、ありがとうございます。返却は期限通りにお願いしますね。」


と言って、シラーは金貨100枚と日付のところに何も書かれていない契約書を渡した。


「あぁ。じゃあ、帰るよ」


リュラーはその金貨と契約書をしまい込みつつ、足早に部屋を出ようとしていた。

シラーの異様な、というより不気味なまでの冷酷さに、気圧されるていたのだ。


そして、リュラーが 部屋を出ていくとき、シラー自ら扉を開けリュラーを見送った。


シラーはリュラーが見えなくなるまで、深く深くお辞儀をして


またのご利用(・・・・・・)お待ちしてます(・・・・・・・)


扉が重厚な音を立てて閉じた。










「くすっ」

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