発芽、そして急成長~1~
「おい、聞いたか?」
「何のことだよ。」
「南部で魔族との戦争が起こるらしいぞ」
「まじかよ」
「あぁ、鉄を商人が大量に買ってるのを見た奴がいて、聞いたんだとさ」
「こりゃ、やべぇな。戦争がこっちまで来なけりゃいいが。」
「本当にな」
街の中には、徐々にではあるが南部での戦争の噂が流れている。
それも、先日金貨30枚にも及ぶ大金を払い、銑鉄を大量に仕入れた商人がいたからだ。
銑鉄を更に純度を上げて鋼にする作業があるのだが、銑鉄を買って、それを売るというのが商人の一般的な動きである。
その商人が銑鉄を購入する際、南部での戦争を仄めかしていたのだ。
更に、徐々に鉄の値段が上がっているのもあるが。
(まぁ、全て俺の計画なんだがな。)
ヴァンジェアンスは街を歩きながら、噂の広まり具合を確認する。
(商人役をべリスにやらせて、金はレナーシャル家の金庫から拝借した。それを見た、他の商人も手を出したから鉄の値段が上がってんだろ。ここまで手のひらの上だと逆に不安になるな。)
レナーシャル家でシラーが残した遺産はヴァンジェアンスの、想像以上のものだった。
金貨500枚
生まれてから死ぬまでに、庶民は金貨3枚あればいい、と言われてるので莫大な金額だと分かるだろう。
ヴァンジェアンスは今までの世界で、この世界の通貨を日本円で、計算しようとしたがそれはうまくいかなかった。
何故なら、この世界の通貨価値の変動率が高いからだ。
戦争が頻繁に起きるので、インフレが発生しやすい状況であり、更に銀行間の繋がりが、街単位なので調整しづらいのだ。
また、貨幣の製造が安易にできるというのもある。
魔獣が跋扈しているので、街一つ消え去るなどということは、有り得ないことではないため、貨幣の製造は各街で行っているのだ。
そのため、金貨の混ぜ物の比率も街ごとに違い、商人はその差を見抜く目、もしくは魔法を身につけていることが必須になっている。
閑話休題
そして、ヴァンジェアンスはその金を元手に行動し始めた。
先日、晴れてヴァンジェアンスの奴隷になったべリス。
彼女は目が覚めると同時に、ヴァンジェアンスに忠誠を誓った。まぁ、自分の体内に何かを埋め込まれている人間が取れる行動など、あまりあるとは思えないのだが。
まず彼女に下された命令は、ヴァンジェアンス家のメイドになること。メイドからメイドに転職した、盗賊はこの世界でもべリスだけだろう。
そして、次にヴァンジェアンスがとった行動は、ミミカの保護。
マリアに、ミミカの両親はこれから忙しくなるから預かってもらいたいと、伝えヴァンジェアンス家に連れていった。
ミミカも、一瞬戸惑ったがそこは調教の成果。
直ぐに、疑うのをやめた。
マリアは何の疑いも持たず、新しく来たメイドにキャーキャーはしゃいでいたが。
そして、ヴァンジェアンスはべリスに行商人の格好をさせて、金貨30枚を使って銑鉄を買わせた。その際、南での戦争の噂を流すのも忘れずに。
そして、今。
ヴァンジェアンスは、ある建物に到着する。
そしてバンッ、と一切臆することなくその扉を開く。
中には
「ヤア、ヴァンジェアンスクンジャナイカ。」
「…おう。」
「むー!むー!」
シラーと、猿轡を嵌められ、そして手足を縄で縛られ身動きを取れなくなっている2人の男性がいた。
2人の名前は、ククリとサジ。
この街の銀行家である。この街には3つの大手銀行があり、その代表が全てこの場に集まったということだ。
……2人は身動きが取れない状況だが。
「あぁ、こんにちは。ククリさん。サジさん。」
ヴァンジェアンスがその異様な状況を、全く気にせず2人に話しかける。その姿は、いつも道を歩いているときに、ヴァンジェアンスがかける挨拶と何ら変わるところはなく、2人は目を白黒させていた。
そして、
「ところで、1つ相談なんですけど、私の言うことを全面的に聞いてくれませんかね?」
ヴァンジェアンスは、2人の前に立ちそう言い放つ。
2人はいつものヴァンジェアンスとは全然違う異様な雰囲気に、瞳に恐怖を宿らせていた。
「で、お願いなんですけどね。鉄を担保にした場合に限り、融資を緩くしてくれませんかね?」
「ん?」
「んっー!」
サジの方は、特にその提案に疑問を抱いていなかったが、ククリは一瞬でその言葉の意味に気づいたようで、凄い形相をしている。
ヴァンジェアンスは、2人の姿を見て
「やっぱ無理か。じゃ、仕方ない。おい、猿轡を外せ。」
シラーが、2人の猿轡を外す。
「お、おい!シラーさん、どうしたんだ!」
「てめぇ、ヴァンジェアンス。もしかして、戦争の噂はお前が──」
「はい、うるさーい。」
ヴァンジェアンスが、2人の口を手のひらで塞ぐ。
そして、
「繋がりを断ち切り再接続を」
ヴァンジェアンスが呪文を囁く。
「あっ、があっ!」
「ぐぎっ!あがががっ!」
2人は手足を縛られながらも、痛みに悶え苦しみ、じたばたと暴れる。
しかし、見た目とは程遠い圧倒的な力でヴァンジェアンスは2人を押さえつける。
「……もういいか。」
2人が微動だにしなくなり、場に静寂が訪れる。
「おい、立ち上がれ」
「「ハイ」」
2人はどこを見ているのかわからない、ぼんやりとした表情で立ち上がる。
しかし、それは両手両足を縛られたままでのことなので傍目からは、異様に見えるが。
魔法についてここに記述しておく。
魔法というのは何なのか。
結論としては、“力”その物である。
人が持っている腕力や、握力、処理能力などといった力の1種だと考えられている。
魔法の種類は、それぞれ各人が得意とする力、つまり腕力か脚力かみたいなものである。
では、呪文は何なのか。
それは、具現化の補助というのが一般的である。
例えるならば、水滴。
ある1点に高いところから、水滴を落とすとする。
普通にやれば、なかなか難しい。いや、無理難題の部類にも入るかもしれない。
では、水量を増やして確実に入るようにすればいいのか。
確かに、水滴はある1点に落ちる。
しかし、大半は無駄になるし、もし運が悪かったら全て無駄になることもあるかもしれない。
では、どうするのか。
道具を使えばいい。
棒を1点に突き刺しそこを滴らせてもいいし、ストローで垂らすのもありだ。
この、道具というのがイコール呪文である。
無理矢理でも、魔法は発動できるがそれは、無駄なことが多くコストパフォーマンスが悪いということである。
故に、魔術師には研究者が多い。
一つでも、少しでも、その概念を理解すればそれだけ力が上がり、他者との差を広げられるのだから皆探求し続ける。
ヴァンジェアンスが使った魔法は、1045週目の世界で都市を混乱の渦に巻き込んだ、大魔術師が使っていた水魔法を、現代の知識で穴埋めしたものである。
まぁ、別に専門にそういうのをやっていた訳では無いので本当に少し付け足しただけだが。
つまり、呪文は決まっておらず、自分の好きなように、というよりイメージしやすいように唱えるのが主である。
「じゃあ、命令だ。今後、貴様らの銀行に融資を頼みに来た人間がいたら、こう言うんだ───」
ヴァンジェアンスが、悪魔の囁きを2人にする。
その口から紡がれるのは、さっきの呪文などとは比べ物にならないほどの何かであるのは、間違いないが。
「「ハイ」」
「あ、あと融資の際にはこの契約書を使うんだ。」
ヴァンジェアンスが羊皮紙を2枚取り出し2人に渡す。
そして、2人は羊皮紙を受け取ると何事も無かったかのように、部屋を出ていく。
当然、手足の拘束は解かれているが。
「シラー。お前は、いつも通りに動けよ」
「ハイ、ワカリマシタ」
シラーがお辞儀をして、部屋を後にする。
結局、部屋に残ったのはヴァンジェアンスただ1人であった。
「この呪文の欠点は命令してないことはできないってことだな。」
ヴァンジェアンスは席を立つと、行きと同じように扉を力強く開く。
「さぁ、復讐の始まりだ!」
誰もいなくなった部屋は、陰謀の跡など何も無かったかのように、静寂に包まれていた。
~*~
「おい、聞いたか!?」「何をだよ」
「鉄を買えば儲かるんだってよ」「何言ってる──」「その話だったら俺も聞いたぞ!」「俺もだ」「鉄を買うだけで勝手に儲かるらしいぞ」「意味分からん」「もっと詳しく教えろ」「今、鉄の価値が上がってんだろ?」「そりゃ、戦争だからな」「あたりめぇだろ!」「鉄が何だって?」「でだ、今安く銑鉄を買っておくんだ」「で?」「俺は分かったぞ!」「早く教えろ!」「そして、高くなったら売ればその差額を設けられるんだよ!」「……うぉぉぉぉ!」「すげぇ!」「すげぇな、それ!誰が気づいたんだ?」「やばいな!」「でも、金がねぇ!」「そうだな、やっぱ俺達にゃあ無理な話だったんだ」「ギンコウニカリレバイイジャナイカ」「?」「誰だ?」「でも、銀行か!その手があったか。」「でも、俺達に融資してくれるわけねぇだろ!」「いや、なんか最近、特別融資みたいなので、鉄を担保にすれば相当な金額引き出せるらしいぞ」「まじか!」「本当だろうな!」「嘘だったらぶっ殺すぞ!」「嘘だと思うんなら、自分で見に行けばいいじゃねぇか!」「そりゃそうだ」「じゃあ、行こうぜ!」「あぁ、そうだな、さっさと動かなきゃ鉄の値段が上がっちまう」「行くぞ」「俺は先に行く!」「急げ!」「早く!」
「銀行へ!!」
住民達はいっせいに、銀行へと走り出した。
我先にと、自分の利益だけを追い求め、視野狭窄に、周りのおかしさにも気づかず、自分の明るい未来を信じきって。
経済の説の一つとして、「神の見えざる手」というものがある。
これは、市場というものは誰かが介入することなくても、勝手に適正価格へと向かい、それは、神が見えない手で操っているかのようだ、というものだ。
確かに、神の見えざる手はあるだろう。今、この世界でも。
とはいえ、その手を取って誘導している人間がいないとも限らないのが、経済の怖いところだ。
そしてなにより、後悔というのは先にはできないのだ。
それが、どんな結末を招くとしても。