種まき~2~
「今日はどこ行くー?」
「うん。じゃあ、川の方に行こうか」
「うん!行くー!」
ヴァンジェアンスはミミカを連れて川へと向かう。
ミミカは髪の毛がオレンジ色のショートヘアになっており、目鼻立ちが整っているので、ヴァンジェアンスと一緒に並ぶと幼いながらも、美男美女の様相をたたえている。
心の中は別として。
(死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね)
「どうしたの?」
「…なんでもないよ。早く川に行こう。」
「うん!」
一瞬視線を足元に落とし、ヴァンジェアンスは立ち止まったが、すぐに立ち直す。
しかし、
「ヴァンくん、目が真っ赤ー!大丈夫ー?」
「あ?あぁ、大丈夫だよ」
ヴァンジェアンスは手の平を目に当て
「クール」
と唱えた。
すると、一瞬手の平の中がぼんやりと輝く。
そして、ヴァンジェアンスが手の平を目元から離すと。
「ミミカ。目はどう?」
「うん。大丈夫!きれーな目だよ!」
一瞬で目の充血が治った異常事態に、子供ながらの単純さでミミカは、気づかなかった。
そう、ヴァンジェアンスは魔法が使える。
(知識と死んだ経験だったら、この世界の誰よりもある自信があるからな。)
ヴァンジェアンスは知識を引き継いでいる。
既に1026回世界を巡り、魔法に武術、異世界知識のほぼ全てを習得したと言っても過言ではない。
言語も全ての種族のものが使える。
前回の世界では、これがあったのが平和的和平を導いた大きな要因となった。
言語が通じないというのは、戦争へと繋がる一番大きな要因だというのは、言わずともわかるだろうが。
閑話休題
ヴァンジェアンスが、その見た目にそぐわない膨大な知識を持っているとはいえ、未だ5歳。
所持魔力量が少なすぎるのだ。
よって、魔法はほとんど使えない。
では、魔力量はいかにして増やすのか。
この世界では、魔力量というのは鍛えれば限りなく増えると言われている。
それは、長寿種の魔族やエルフの魔力量が多いのが理由だ。
そして、鍛え方だがこれは筋肉と同じで酷使し、休む。それを繰り返せばいいのだ。
ヴァンジェアンスも、昼間ではやらないが寝る前に魔力を使い切り、倒れるように寝る。というのを繰り返している。
あと一つ特別な方法があるがこちらは、デメリットが大きいのであまり使われない。
「じゃあ、川までかけっこしよ!」
「うん。分かった!」
ヴァンジェアンスとミミカは走り出す。
川に向かってなのか、破滅に向かってなのかは、今は分からないが。
◇
「い〜こう、い〜こう、森〜のおくへ!い〜こう、い〜こう、森〜の奥へ!まわりをみながら、なかまをあつめて、い〜こう、い〜こう、森〜の奥へ!」
ミミカが歌ってるのは、この世界での童謡のようなものだ。
この程度の年齢の子供が歌うために、覚えやすく、そして、教訓を含めた歌となっている。
そして、そんなゴキゲンなミミカの後ろをその容姿でなければ、一発で逮捕になるだろう暗い目をした、ヴァンジェアンスが付いていく。
(死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね)
周りに人が居なくなり、背の高い木がちらほらと生えてきて、人の生活圏から離れていく。
とはいえ、街の外壁の内側なので、特に魔獣が出てくるということもなく安全である。
そして、川の流れているところに辿り着く。
「うわー!きれー!」
ミミカが川を見て歓声を上げる。
川の水は透き通っていて、水中の魚もくっきりと見えるほど綺麗だ。
深さ的には大したことは無い。
大体、大人の膝に届くか届かないかぐらいでしかなく、ヴァンジェアンスもミミカも、仮に一番深いところへ行ったとしても、せいぜい腹の辺りまでしか浸からない。
つまり、安全な川ということだ。
「そうだね。ちょっと川の中に入ってみようか。」
「うん!」
しかし、その前提は、
「あ、川に落ちないように気を付けてね」
「うん!」
周りに悪人がいない、というものだったが。
「あっ!」
ミミカが突然足を滑らせて川に落ちる。
とはいえ、あまり深くない川なのですぐ上がれるはずなのだが
「がぼっ、がっ!たす、たすけてっ!ヴァンくがぼっ、ヴァンくん!」
ミミカの頭が不自然に水中に押し込められている。
ミミカは、わけのわからない状況に驚いたのか、水を飲みこみ溺れている。
必死に水面から顔を出し、近くにいるヴァンジェアンスに助けを求める。
その顔は、幼いながらも死の恐怖に歪んでいる。
そんな、ミミカをヴァンジェアンスは
「………………」
暗い目で見つめる。
その顔には、何の感情も映し出されておらず、それが一層状況の不気味さを演出していた。
そして、ミミカから、段々と力がなくなって、水面から顔を出している時間より、水中に沈んでいる時間の方が長くなってきたところで
「だいじょーぶか。ミミカ」
物凄い棒読みだったが、ヴァンジェアンスがミミカを助ける。
さっきまでの苦労は何だったのかというほど、呆気なくミミカは助け出される。
「がはっ、がほっ、おぇ!うっ、うぅぅぅうぇぇぇぇぇぇえええ!!」
ミミカは涙と鼻水を流しながら飲んでしまった水を吐き出そうと、噎せ、えずいている。
そんな、ミミカを抱きしめながら、ヴァンジェアンスは頭を片方の手で頭を撫で、もう片方の手で背中をさすっている。
「大丈夫。大丈夫だ。俺がいれば何の心配もない。全部俺に任せろ。助けてやる。救ってやる。守ってやる。だから、全て俺に預けろ。頼りきれ。親よりも俺を選べ。何もかもを俺に相談してから決めろ。俺の言う事を聞けば何もかも上手くいく。」
ヴァンジェアンスが、甘い言葉…というには酷すぎる言葉を、混乱している幼子に囁く。
ミミカはヴァンジェアンスが囁いている言葉の意味、ほとんど分からなかったはずだ。
しかし、ミミカの頬には朱がさし、目尻が垂れ、表情筋が緩み、気持ちよさ気な顔になっていく。
「ひっ、ひっく、う、うん。うん。分かった。ヴァンくんありがとうね!」
「良い子だ」
最後に、ヴァンジェアンスがミミカの頭をギュッと押し込みながら撫でる。
「きゃ!」
「どうした?」
「う、ううん。何でもないよ。」
「…そうか。じゃあ、家に戻ろうか。」
「う、うん!」
ヴァンジェアンスは、気づかなかった振りをした。
あの時、つまり、ミミカが悲鳴を上げた時、咄嗟にミミカが下腹部に目を向けたことを。
「川に落ちたっていっちゃだめだぞ?」
「ん?なんでぇ?」
「怒られちゃうかもしれないだろ?」
「うん分かった。ヴァンくんのいうとおりにするー!」
「良い子だな」
ヴァンジェアンスが、ミミカの頭を撫でる。
また、ミミカは何か気持ちよさ気な表情をする。
「これからも、俺の言う事を聞くんだぞ?」
「うん!また、頭なでてね!」
そして、2人は帰路につく。
実際に2人が遊んだ時間は大したことはなく、せいぜい2時間程度だった。
しかし、行きとは違いミミカはヴァンジェアンスに縋り付くように、寄りかかっていた。
◇
「お帰りなさい。ヴァンジェアンス様。」
「うん!ただいま!エミリア!」
ヴァンジェアンスはミミカと原っぱに行き、服を乾かしてから家に帰ったので、昼を少し回ったぐらいに家に着いた。
「エミリア。お風呂つかっていいかな?」
ヴァンジェアンスが上目遣いにエミリアに頼み込む。
エミリアは、既に「いいですよ」という顔をしていたが、家の家事を担う者としての意地なのか。
「何ででしょうか?理由がなかったら、もったいないですから許可は出来ませんね。」
と、尋ねた。
「うん。今日遊んでて、すごい汗かいちゃったんだ!」
「そうですか。なら、いいですよ。」
「ありがと!エミリア」
エミリアの頬が緩む。
完全に孫可愛がりである。
◇
(よし。成功した。これで計画の第一段階は成功だ。)
ヴァンジェアンスは風呂場で、ひとり呟く。
今回の川での出来事。
当然ながらヴァンジェアンスの仕掛けである。
ミミカの足元の土を水魔法で、一瞬のうちに滑りやすくし、ミミカを川に落とす。
そして、慌てている内に、これまた水魔法でミミカを川から上がれないようにする。
その後は、あの茶番である。
それに加えて
(魔力を流し込んだのはでかいな。あの時、必死に我慢してよかった。)
魔力量を増やす、もう一つの方法。
それは、魔力を直接流し込むこと。無理矢理、魔力を流し込むことによって、魔力の最大量を一時的に大きくすると、所持魔力量が大きくなるという法則を利用しているのだ。
分かりやすくいうと、風船に空気を入れ膨らませると、空気を抜いた後も、少し大きくなっている、みたいなことだ。
そんな、簡単な方法があるならばやればいいと思うかもしれないが、この魔法はデメリットが大きすぎる。
まず、上昇量が注いだ魔力の1%に満たない。
さらに、簡単に増やせるとはいえ伸び代が、減ってしまうということ。
そして、最後に、興奮してしまうということだ。
これを逆に利用する性犯罪者も、この世界には大量にいる。
しかし、この方法は相手が相当気を許しているか、動揺している時。
つまり、心のガードが下がっている時にしか行えないのだ。
つまり、ヴァンジェアンスがやったのは快楽調教そのものである。
幼く、そういったものに対する耐性が、全くと言っていいほどないときに行う快楽調教は、極悪な結果を招くだろう。
しかも、その後ヴァンジェアンスは自分のいうことをミミカが聞く度に、魔力を流し込んでいた。
飴と鞭の典型的なパターンである。
もはや、ペットに接するそれと全く変わらない。
しかも、そのペットの将来については、全く考えていないというクズっぷりを発揮している。
(くそっ、あの糞豚が俺の肩に触れやがった!気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い)
ヴァンジェアンスがひとり目を朱く充血させていると。
ガチャ
「ヴァンジェアンス様、お昼ごは──何をやってるんですか!?」
「ん?なに?エミリア?」
突然、エミリアが風呂場に入ってきた。
昼食の準備ができたことを伝えに来たのだろう。
「な、何って、肩が、肩の皮が剥けて血塗れになってますよ!?」
「ん?あぁ、ほんとだ」
ヴァンジェアンスは、自分でも気付かないうちに肩を擦り、皮が剥け、血が溢れ出てきていたようだ。
「ほんとだって……」
エミリアは、その血塗れな状態にも関わらずいつもと変わらない、ヴァンジェアンスの姿に、再び恐怖を感じた。
「ごめんね。エミリア」
「…えっ?」
突然の、ヴァンジェアンスの上目遣いの謝罪にエミリアは驚く。
「今日外に行ったとき、汚物が肩に付いちゃって、洗っても洗っても落ちないような気がしたんだ」
「…………そう、ですか。」
「うん。そうだよ。」
風呂場に、不穏な空気が流れる。
明らかに、エミリアの方が大人で主導権はエミリアにあるはずなのだが、ヴァンジェアンスから流れ出る空気が、エミリアの背筋を凍らせる。
「ところで、話は変わるけど、3番街の家の女の子。同い年で気があって、すっごく仲良くしたいな」
この時、エミリアははっきりと自覚した。
『やはり、この子はあの時殺しておくべきだった』
今、エミリアは自分の孫を遠回しに人質に取られ、ようやくその事実に気づく。
しかし、もう、遅い。
エミリアに取れる手段はもうひとつしか残っていなかった。
「ヴァ、ヴァンジェアンス様」
「ん?」
「もうすぐ、お昼ごはんです。お早めに」
見なかったことにした。
「うん分かったぁ!すぐ行くね!エ・ミ・リ・ア」
エミリアは、静かに風呂場の扉をしめ、その場を後にした。
全身から冷や汗を流し、孫の無事を祈るしか自分に出来ることはないという、無力感に苛まれながら。
そして、ひとり風呂場に残されたヴァンジェアンスは、肩に治癒魔法を掛けながら。
「あいつは、もうだめか」
そう、ひとり呟いた。