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十三月の物語

八月の迷家

作者: アルト

「おーい、ミナ。待ってよ」

「遅い。他の連中がタイム取ってんだから急ぐぞ」

「だって、君おかしいよ? なんでこんな山道を平気で走れるんだい」

「うるさい。懐中電灯の明かりがなくてもこれくらい走れ、夜目が効かないなら暗視ゴーグルでもつけてろ」

「無茶言わないでよ……」


 今日、僕たちは肝試しに来ています。

 仲間内でメンバーを集めたところ、ちょっと危ない人と組むことになりまして。

 何と言ってもこの人、恐怖心がないんですよ。

 死ぬ気になれば何でもできる、とか言ってほんとに死にかけたこともあって、しかも死んだら全部気にすることないし、いいじゃんなんていう人なんです。

 それでもって目的地なんですが、山奥の廃村にある一軒の屋敷なんですよ。

 その屋敷の一番奥の部屋に置かれているロウソクをどれだけ早く持って帰ってこられるか、という競争です。


「キリヤ、ほれ」

「なんだいこれ……って、GPS端末……」

「ショートカットするぞ。どうせやつら、下らん悪戯でも仕掛けて待ってるに違いない」

「いや、そうだろうけど道から外れたら危ないんじゃ……」

「だからどうした。行くぞ」


 そう言うなりバカは順路から外れて竹林に踏み込んでいく。

 懐中電灯はあいつが持っているから、僕も仕方なくついて行くしかない。


「まったく、君はいつだってそうだ。用意された道を歩かない」

「何言ってんだ。用意された道を外れてこそ面白いんだろうが」

「なんだいその理論……」


 そして竹林を歩き続けると、彼の言ったことがある意味正しかったのか、いきなりGPS端末の電源が落ちた。

 なんど電源を入れ直そうとしてもまったく電源が入らない。

 オマケに携帯電話がなぜか圏外。


「ちょっと、何かおかしいよ」

「おかしい? 周りを見てから言え」


 言われるがままに周囲に視線を向け、背筋にドライアイスを押し当てられたかのような寒気が走った。

 そこには幽霊がいた。

 いや、幽霊と言っていいのだろうか。

 これは明らかに悪霊、僕たちをどこかに引き摺り込もうとしているのでは……?


「ここって……心霊スポットだったっけ?」

「廃村があって、森の入り口には札が張ってあるんだ。悪霊の溜まり場だろうな、まあほんとに非物理的なものが出るとは思ってなかったが……」


 久しぶりに緊張した姿を見た。

 いつだってこいつは余裕を出しているというのに、今はすぐに動ける構えだ。


「どうするんだい? 僕はこんな意味不明な科学で証明できないものに喰われたくないよ」

「そりゃ誰だって同じだ」


 パサッと音がして、ミナがポケットから、


「なんでお札持ってる!?」

「念のためだ。下調べくらいしとけバーカ」

「そんなものが通用するのかい……」


 呆れて言った僕だったが、彼は違ったようだ。

 いつかのような、現実には存在しない者たちですら逃げ出した黒い笑みを浮かべて、


「通用するも何も、()()()()()()()()()()()()()

「えっ?」


 風が吹いて、より一層暗闇が密度を増す。

 空を見上げれば月が消えていた。

 そしてよりはっきりと姿を見せた悪霊。


「なんか……まずくない……?」


 後ろを振り返って瞠目した。

 そこにもう明らかに魔物と言って差支えのない黒い影が、赤い瞳を光らせていたからだ。


「八方塞がりだな。空には死霊の群れ、地上は顕現した悪霊。そして怨霊、地縛霊」

「ね、ねえ君はそういうこと詳しいのかい? もしかして神道?」

「無宗派。あんな存在しないものに頼るような心の弱いやつらは勝手に祈ってろてんだ」

「それ怒られるよ」

「だろうなー……で、どうする?」

「どうするって……」


 周りは明らかに不味いものたちに囲まれてしまっている。

 霊体験がそのままあの世まで運ばれるなんてことはさすがに嫌だ。

 せめて金縛りか悪夢程度で終わってくれたらいいのに。


「アイデアなしか」

「もとはと言えば道を外れた君のせいだ!」

「んー、それじゃ……」


 黙り込んだミナは周囲をぐるっと見て、


「おっかなびっくり、全力疾走しますかい」

「はぁぁぁぁっ!?」


 言うなり走り出したバカ野郎は、勢いをつけてジャンプして、竹を蹴ってしなった反動でさらに飛んでを繰り返して、非現実的な挙動で包囲網の外へ。

 あれで体育の成績が最下位というのだから、世の中の成績の計り方にはああいう技術面も加えるべきだと思う。


「ちょっと待ってよ、ねぇっ!」


 当然、僕にあんなことができるかと言えばできない。

 だから手近な竹に上って、振り子のように揺れて適当なところでジャンプ。

 着地は綺麗に決まった。

 さすがに四階からの転落を経験しただけのことはある。

 身体が勝手に動いてくれた。


「行くぞキリヤ。とりあえず距離を取る、見える限り竹ばかり。この竹林は大きくないはずなのに明らかに広すぎる」

「よく見えるよねぇ……人間ってそこまで夜目が効かないはずなのに」

「まあその辺は夜行性だからってことで。走れ!」

「はいはい……」


 懐中電灯を投げ渡され、僕が照らしてミナはどんどん走っていく。

 後ろは見たくないし、見られないが、いやな音と気配だけはまじまじと伝わってくる。


「五〇〇先、何かある」

「分かった。ていうか、ほんとによく見えるね、君は」

「これでも視力0.05だけどな」

「…………」


 もうどう返していいか分からないや。

 もしかするとこれは火事場の馬鹿力とかいうアレなのかな?

 命の危機になると、途端に身体能力のリミッターが外れるという。

 しばらく走ると、懐中電灯の反射光で僕にも見えた。

 そこにあるものは大きな建物だ。

 まるで何百年も昔に人が去って廃墟となったような古い屋敷。

 丈夫そうな鉄の柵はしっかりと閉じていて、鎖と南京錠もついている。


「どうするんだい、ミナ!」

「ふむ」


 ちらっと後ろを見てから言う。


「どっちかに逸れても囲まれるな、入るか」

「どうやって!?」

「飛び越える」

「無茶言わないでよ! 僕には無理だからね!」

「…………」


 なんだか小さな舌打ちが聞こえた。


「門の前まで全力で走れ」

「ミナは?」

「構うな」

「……分かった」


 彼がそう言うからには何か手だてがある。

 いままでだってそうだったのだから。

 門まであと少し。

 僕がペースを上げると、ミナは急に止まって反転、手に持った札を宙に()()()

 するとそこに壁が生まれた。

 世界を区切る膜、とでも言おうか。

 霊たちがそこで立ち往生している。


「君、もしかして霊媒師?」

「まさか。単なる一般人だ」

「一般人がそんな非科学的なものを扱えるわけないだろう」

「……はぁ。今はそんなことより、逃げるのが大事だ」


 そう言いながら、ポケットから細い針金を取り出して南京錠を簡単に解錠して、鎖を取っ払ってしまう。


「さて、い……?」


 鉄の柵に触れたわけじゃない。

 なのに独りでに柵が開き、石畳の枯葉が風に流されて、まるで屋敷が僕たちを引き込もうとしているかのよう……。


「ミナ……こっちも不味いんじゃないかな」

「不味いが……後ろの確実に不味いものよりはマシだ」


 そう言ってこの怖いもの知らずは敷地に踏み込んでいく。

 僕も置いてけぼりは怖いからついて行く。

 危険はあるけど、こんなところで僕一人だと精神的にきつい。


「開けるぞ」

「うん」


 屋敷の大きなドアを開くと、真っ暗な通路が果てしなく伸びていた。

 木張りだが、不思議とどこも朽ちていなくて、ほこりがうっすらと積もった床には足跡が二人分ついている。


「誰かいるのかな」

「誰だっていい。すす――」


 バタンッ!


「……キリヤ?」

「僕じゃない。ドアには触ってないよ」

「勝手に閉じた? この屋敷にもなにか憑いてるのか」

「怖いこと言わないでよ。これって僕らが屋敷に食べられるパターンじゃないか」

「ま、そうなったらそんときってことで」

「嫌だからね、僕嫌だからねそんな最期!」


 懐中電灯で照らしながら通路を進む。

 だけど、途中にドアなんて無くて、分かれ道もなくて、まっすぐに進んでいるうちに明るくて大きな部屋に出た。

 天井には……魔法陣? あれが光を放っている。

 そしてぽつんと部屋の真ん中に鳥がいた。

 というか、うちで封印している魔王だった。


「…………シュゥ?」


 これは不味いかもしれない。

 天井の魔法陣は見たことがある、僕たちがちょっと前に異世界に引きずり込まれたときのやつだ。

 だが引き込むという事は吐き出すことも可能。

 それで魔力を吸収しているともなれば。


「キリヤ……一戦交えるぞ」

「ミナ、僕たちはもう普通の人間だよ。魔法なんて扱えないし武器もない」

「何を言っている? ここに魔力があるなら、向こうで染み付いた魔法の知識が使えるぞ」

「……やっと終わったと思ったらまた非科学的な戦いをしなければならないのかい!」

「非科学より非物理だろ」


 言い争っていると、禍々しい気配が放たれた。

 目を向ければ、文鳥のシュゥが姿を変えていく。

 ぼこぼことシルエットが盛り上がり、まずは人の形に、そこからさらに角が生え、翼が生え、腕が生え、強靭な皮膚が構成されて……。


『魔王シュラハトシュベルト、復活! どうした人間ども、怖くて声も出なげぶぅっ!!』


 しかしその台詞が最後まで続くことは無かった。

 僕に染み付いた魔法という異世界の法則が、自然と岩の砲弾を創りだして、魔王の顔面に叩き込んだからだ。


「焼き尽くせ、浄火」


 白く神聖な炎が魔王を焼き、


「久々にっ」


 ミナが投げつけたピン球サイズのばくだ……、


「なんでそんなもの持ってるの!?」

「え、だって材料があったから」

「それだけで作らないよ普通! ていうかそれ警察に見つかったら即逮捕だよ!」


 直撃を受けた魔王の周りには赤い煙が濛々と立ち込めている。

 恐らくあれは赤色の着色剤とカプサイシンを多量に含んだものだろう。

 ミナは余裕があるときはいつも直接は殺さない。

 有毒成分を使ってじわじわ苦しめながら人生を終わらせていく。


『ぐぼぁっ! なん、な、こぁっ! ぐがぁあぁぁああぁあああっ!!』

「…………なんかちょっと可哀想だ」

「ふーん、魔王にも効くわけか」

『うぼぐがぁぁぁーーーーーーーーッ!!』


 魔王が吼え、ゴウッと火柱が上がる。

 それは天井ギリギリまで上がって、赤い霧を焼き尽くした。

 舞い上がる炎が晴れると、そこには金髪の魔王がいた。

 角も翼も追加の腕もなく、人に近いが肌が真っ赤に腫れている。


『貴様らぁーーーーー!』

「やろうか、ミナ」

「だな、あの時のように」


 ミナが左手を突き出し、右手を添える。

 僕は懐中電灯を杖に見立てて構える。

 向こうの世界で魔法を使っていた頃の癖だ。


「アニマ――」

「フォーシン――」


 僕らが詠唱を開始したと同時、黒い影が見えた。


「フシャァァッ!!」


 そんな声と共に魔王の顔面に鋭い蹴りが突き刺さった。

 その影は小柄な猫耳の女の子で……。


「ん……しょっ、と」


 魔王を蹴り倒して華麗に着地して、身体を捻って手足をぶらぶらと動かす。


「これが……ひとのからだ」


 その子はゆっくりと僕たちの方に向かってきた。

 黒猫のような猫耳少女だ。

 尻尾までちゃんとついている。


「えと……君、誰?」

「ミィです」

「…………………………………………」


 おかしいな、いまうちの飼い猫の名前が聞こえたような。


「もう一回、いい?」

「ミィです」

「…………………………………………」


 うん、間違いじゃない。

 ということは偶然の一致かな。


「なにか勘違いしているようなので言っておきますが、あなたと一緒に暮らしている黒猫です」

「……………………あ、あれ? え? 擬人化? いや、人化? でもなんで」 


 助けを求めようと隣を見れば、ミナはいなかった。

 すでに魔王の周りに陣を組んで封印作業を始めている。


「なんでミィがここにいるんだい? 君は家で留守番のはずだよね」

「分かりません。気付いたらここにいてこうなってました」


 そういうミィの姿はエプロンドレス姿だ。

 まるでメイド見習いの女の子のような。

 うちからここまで来るだけでないく、この格好。

 絶対誰かが仕組んでるな。

 でもこんなことをしそうなやつらに心当たりはありまくるけど、今の状況でできそうなやつはいない。

 まさか本当に超常現象が……って、いまここで起こってるから……。


「ミナ、これどう思う?」

「さあな。それよりどうやって脱出するかが大事だ――――ほいっ」

『ぐぎゃあぁぁぁ、わ、吾輩はこんなところでぇぇぇーー!!』


 魔王の周りに配置された札がピンと立って高速回転し、容赦なく魔力をドレインして文鳥の姿に変えていく。


『ピ、ピィィィィィッ!』

「何言ってるか分からないな」

「殺していいですか」

「こら、ミィ。そんな物騒な」

「いいだろう、殺すか」

「ちょっ、ミナ!?」


 止める間もなく、ミィとミナが文鳥魔王に容赦なく――


 ――省略――


 ――こうして異世界の魔王は死に絶えた。


「にゃあっ!」

「これでとりあえず問題は一つ消えた」


 もうこの人と猫をどうにかしてください。

 そりゃ少し前まで僕も異世界旅行なんてしてたけどさ、終わった後でも平気でこういうことできるのはおかしいよ。

 日本に、現代に無事戻ってきたんだからもう普通に暮らそうよ。

 ……それより。


「ねえミナ。やけに落ち着いてるけどさ、まさか君も仕掛け人? これまさか結構規模の大きなドッキリ?」


 そう考えた方が色々と現実的だ。

 猫が女の子になるだって?

 まさか、そんなことがる訳ないし。

 それに幽霊だって?

 今いるのは悪夢の中って考えた方がまだ……いや、それが無理なのは分かってるけど。


「そう思えたらいいんだけどな」

「それが違うんですよね」

「君たち、その言い方なんか嘘くさいんだけど?」

「そうか。でもそう思いたいなら勝手に思え、本当の悪夢が来るぞ」

「えっ?」


 その瞬間、薄暗い通路からドンッドンッと強くドアを叩く音が聞こえた。

 霊ならばすり抜けてくるだろう。

 そう言う事ならばこれは別のもの。

 逃げ道を確認すれば部屋の三方向にそれぞれ同じドアがある。


「どこに逃げる?」

「バラバラは不味いから固まって――――あ」


 気付いたときには僕とミィは、ミナの体当たりで弾き飛ばされていた。


「なにをす――っ!?」


 目を向けた時には崩落した天井の瓦礫が見えた。

 まったく音がしなかったし、振動もなかった。

 前兆すらなかったはずなのに……なんでわかったんだ。


「ミナァァ!」

「大丈夫だ、生きてる」


 瓦礫の向こう側から声が返ってきた。

 たかが天井一枚分のはずなのに、部屋を分断するほどの瓦礫。

 向こう側に行くのは大変そうだ。


「やむをえん、別行動だ。ヤツラが来るぞ」

「わかったよ。気を付けて」


 瓦礫を掻き分けて得体のしれないものが入ってきた。

 腐って朽ちてどす黒い肉塊をぶら下げた獣たち……ゾンビイノシシ?


「ご主人!」

「行こう、ミィ」


 ミナはきっと大丈夫だ。

 今までだって絶対に死ぬって状況から生還したんだから。

 僕達は後ろを振り向くことなく、部屋の入り口から見て左側のドアを開けて進んだ。

 ドアを抜けた先は、


「えっ?」

「にゃはぁー」


 白い石造りの街並みで、半分ほど自然に呑まれている幻想的な光景が広がっていた。

 空には夜のはずなのに太陽が昇っていて、恐ろしく大きなキノコが生えていたりする。

 少し歩いて振り返ると、僕たちが出てきたのは小さな家。

 屋敷からここに? 

 ありえない、空間配置を無視している。


「にゃー、にゃっはー」


 不気味なくらいに綺麗に突き抜けた蒼穹を見上げ、ふいに吹き抜けた潮風。

 近くに海まであるっていうのだろうか。

 しばらく歩き続けると、ここの形が分かってきた。

 それほど大きくないほぼ円形の街? で、ぐるっと壁に囲まれている。

 全体が石を組んで作られていて、十字に大きな通りがあって小さな路地が迷路のように広がっている。

 でもその半分ほどは放置されているからなのか草木に呑み込まれている。

 それにしても静かだ。

 海まで来てみればぷかぷかと浮かぶ小舟があるけど、それ以外は何もない。

 どこまでも静かで、動くものがなくて、動物の気配がなくて。

 ミィがあれだけはしゃいでいても何も寄ってこないのならば何もいないと思っていいだろう。


「ねえミィ」

「んにゃ?」

「何かにおうかい?」

「いいえ、なにも。心地よい潮風の匂いと、臭い植物だけです」

「臭い?」


 近くの草を嗅いでみるが、ごく普通のにおいだ。


「ミィ、そのにおいって、どこからしたの?」

「石の家に近い植物からです。ここのものは普通です」

「家に近い? ちょっと調べてきてもいいかい?」

「いいですが、臭いので行きたくないです」

「分かったよ。じゃあここで待ってて」

「あい」


 はしゃぐミィを置いて、僕は一人街へと戻った。

 もしミィが何かに襲われたとしても、あんな飛び蹴りができるから少しは応戦できるだろう。

 街に戻ると、心地よい潮風だけが緩やかに吹き抜け、そっと草木を揺らしていく。

 それ以外には音がないし、動くものもない。

 普通の生活に戻ってからは、静かすぎて怖いと思うことがある。

 そして今もだ。

 だが怖い怖いと思って何もしなければ、追いかけてくる化け物にやられるだけだろう。

 少しでも脱出へ向けてなにか見つけなければ。

 そう思ったのだが。


「んっ、なんだこれ。鍵?」


 家のドアはびくともしない。

 さすがに蹴り破るようなことはしたくないしな……。

 多分ミナだったらすぐに蹴破るか爆破するんだろうけど……。


「さて……どうす」


 ガチャッ


「開いた? あの、すみません」


 開いたという事は中に人がいる。

 そう思い込んで話しかけたのが悪かった。

 すぐに逃げるべきだった。


「え…………」


 中から出てきたのは、一般常識の範疇で言うならゾンビ。

 髪は乱れきっていて、固まった血が肌にこびりついていて、瞳は白濁としていて、口は半開きで涎を垂れ流しで。

 まずい。

 すぐに踵を返して逃げた。

 すると最初の一体を合図にしたかのように、次々にドアが開き、そこから人影が歩み出て来る。

 糸の切れた操り人形のように、だらんとしていてゆっくりと追いかけてくる。

 よかった、走ってくるゾンビじゃなくて。

 ゆっくりだったこともあり、包囲される前に海岸まで逃げ出せた。

 でもそこにももうゾンビはいた。

 ……倒された後だけど。


「ミィ、これ君が?」

「あい、そうです。こんな雑魚に負けはしませんよ」


 倒れたゾンビは、その脇に血と脳をぶちまけて白い砂浜を赤く染めている。

 それも一、二体じゃなくて数十体。

 首から上、鼻から上を綺麗に蹴り飛ばされた状態でだ。

 僕が思っていた以上にミィはやるようだ。


「さすが……」

「でもあれは無理です」


 振り返れば街から追ってきたヤツラが。

 中に犬のようなものまで混じっているところを見ると、屋敷から追いかけてきたのだろうか。

 さすがに犬ともなれば腐っても速いイメージしかない。


「そ、そうだ舟が」


 思い出して小舟に目を向けると、つくづく運がないというか、その瞬間に真下から巨大な何かが飛び出して噛み砕いた。

 海水が落ちて姿が分かるとそれは、


「恐竜……」

「現実を見ましょう」

「…………なんで龍がこんなところにでるんだ!」


 せめて絶滅したはずの恐竜が現れたと思いたい。

 それでも僕が異世界で見た龍とそっくりだ。

 否定したいけど否定できない。

 姿はバカでかい蛇と言えばいいだろう。

 全身を巨大な鱗で覆っていて、小さくても五十メートルクラス、大きければ二、三百メートルクラスもざらにいる。

 それでもってさらに”魔法”を扱うという……。


「逃げるよミィ!」

「どこに逃げるのですか!」

「とにかくいけるとこまでだよ!」


 僕はミィの手を引いて走り出した。

 全力で走っていいものか、と思ったが、ミィは猫だ。

 人の姿になっても僕の速さについてくることは余裕のようだ。

 このまま逃げ切ろう。

 龍と戦うならば、僕一人なら勝てるけど守りながらだと無理だ。

 ケガをしてでも倒すか、無難に逃げ切るか。

 この二択なら後者を取る。

 それに倒すと言ってもこれ自体が幻術の類かも知れない。

 実体のないくせして本当の傷を与えてくるようなものだとしたら、相手をするだけ無駄というものだ。


「ご主人、角から犬が来ます!」

「分かった」


 犬。

 人間がまともにやりあったところで勝ち目のない動物。

 それがさらにゾンビとなって凶暴化した化け物。

 そこらの一般人程度じゃ噛み殺されるのが落ち。

 でも今の僕には魔法がある。

 強い味方がいる。


「霧の幽霊たち」


 言の葉に反応して、急速に白い靄が辺りを包み、ものの数秒で濃い霧の立ち込める領域が出来上がった。

 もちろん僕は霧の支配者、包まれて方向を見失うことは無い。


「我に仇なす者を排除せよ」


 呼び出した後はきちんと命令を与えておく。

 これで追いかけてくる者は排除されるか、霧の迷宮に囚われて僕には近づけない。

 異世界旅行中は霧の魔術師なんて呼ばれて少しばかり調子に乗っていたこともあった。

 そのせいで少々一人で走りすぎて危ない目にもあったし、やっぱり逃げる方がいいや。


「うにゃっ」

「どうした?」

「何かビリビリします」

「ビリビリ……?」


 僕の魔法は霧を創りだしてそれを制御するだけ。

 分子摩擦で静電気が……いや、それはない。

 魔法は物理法則を思い切り無視したものだ。

 だったら……磁場の乱れ? まさか幽霊たちが?

 霧が囁きかけてくる。

 場がおかしい、次々と変化していると。


「今度は何が起こる……って、え?」


 唐突に僕の霧が吹き飛ばされた。

 魔法の霧は物理的な風は受け付けにくい、ならば相手も魔法使いだ。

 霧が晴れたそこには見知った猫がいた。


「セーレ?」


 淡い砂色の毛並みの雌猫だ。

 異世界旅行中に途中まで僕が連れていた、旅の相棒。


「みゃー」


 と鳴いたセーレは僕の足に擦りついて、マーキングでもするかのように匂いを付けてくる。

 ミィは露骨に嫌そうな顔をしたけど、猫というのは自分の匂いを付けた場所を縄張りとして、そこを安心できる場所にするものだ。


「ご主人。なんですかこの女は」

「女って……見ての通り猫だよ」

「そんなことは分かっています。私というものがありながら浮気ですか!」

「いや、ミィ落ち着こう? 猫に浮気も何も」

「あるのですよ!」

「そんなことよりもね、後ろから危ないのが来てるから後にしよう?」

「今ここではっきりさせてください!」

「……旅行中に連れてた猫。君より付き合いは長い」

「うなぁぁー……」


 そんなにショックを受けるなら聞かなければいいのに。

 と、そんなことより。


「逃げるよ、ミィ、セーレ」

「みゃー」

「うなぁー……」


 なんかちょっと気まずいじゃないか。

 そして全力で走ると、数分で壁まで辿り着いてしまった。

 壁には不釣り合いな、豪華な木製のドアが取り付けられている。

 これをくぐったらまた変な場所に出るのだろう。

 それでもここにいればそのうち追いついてくるゾンビに襲われて人生が終わるのが見えている。

 ドアを開けると何もない深淵の闇。

 一歩踏み込みと一気に明るくなった。


「えっ」


 そこは最初の大きな部屋だった。

 ただ、確かに崩れ落ちたはずの天井は元通りで、暗かったはずの通路には燭台の明かりが灯っている。

 そして隣を見れば金髪の猫耳が。


「……セーレ、君はほんとに変わらないね」

「にゃは、あちしは魔神。いつまでも不老の美少女にゃん!」

「気持ち悪いからその”にゃん”はやめて」

「つれないにゃー」

「あ、そうか。君のあの契約、まだ生きてるんだ」

「そうにゃー! ネーベルなら解けるよにゃあ?」

「だったらそのままでいいか。面白そうだし」

「そんにゃ……」


 僕の隣からフーと威嚇するミィ。

 初対面でここまで仲が悪いなんて、猫同士なのに犬猿の仲だ。

 ……いや、そもそも猫って群れないんだっけ?


「はぁ……まったく君たちときたら……」


 とりあえず、あの通路を進んだら外に出られるのだろう。

 いい加減に悪霊たちも諦めてどこかに行っただろうし、一応見てこようかな。

 そう思って部屋から出た途端、ぐらっと視界が揺れて夢から醒めるような感覚を覚えた。


「ご主人」

「ミィ?」

「お話できてよかったです。私の姿はここでだけ、のようです」


 まるで別れを告げるように言うと、ミィは部屋と通路の境をまたいだ瞬間にいつもの黒猫に戻ってしまった。


「じゃあにゃ、ネーベル。あちしはあっちで元気にやってくから」


 セーレも同じだ。

 どうやら彼女たちはこの狭間を越えられないようだ。

 だったら、


「そうかい。みんなによろしく、僕もこっちで元気にやってると」

「分かったにゃあ。バイバイッ!」

「うん、さようなら。また会える日まで」


 煙のように消えるセーレを見送って、僕は通路を進み始めた。

 まったく、とんだ経験だよ。

 これ以上なにも起こらないでほしいね。

 このまま屋敷を出て振り返ったら何もなくて、そのまま山道を下ればみんなが顔を膨らませてまってるはずだ。

 きっと遅い! と怒られるだろう。

 そしてここでのことを話せば笑われるんだ。

 呑気に考えながら長い通路を歩いていると、また夢から醒めるような感覚に襲われた。

 バラバラと崩れるような音がして、後ろを向けば、通路が崩壊していた。

 それは僕が一歩踏み出すごとに崩れ、後戻りを許さないかのようだ。

 ゆっくりと、崩れゆく夢の音を聞きながら通路を越え、ドアを開けた。

 外は真っ暗だ。

 燭台からロウソクを一本もらって、明かりとしながら外に出ると、ズォッ! とドアが引き込まれて、朽ちてボロボロになったドアが虚空から現れてすっぱりとはまる。

 試しにドアノブを回そうとして見たけど、さび付いているのか動くことは無かった。

 入ってくるときは綺麗だった石畳は、すでにぼろぼろで隙間から草が生えている。

 鉄の柵も錆びて折れ、叩けば簡単に壊れそうなほどに風化している。

 振り返れば、もう相当昔に置き去りにされた、無残な建物の跡があった。

 あちこちが原型を留めないほどに壊れ、少しの揺れで完全に潰れてしまいそうなほどの古い古い屋敷。

 入った時とは比べ物にならないほど……。

 なんだろうか、人のいなくなった後の寂しさを感じる。


「さようなら」


 僕は屋敷に別れを告げ、ミィを抱いて山道を下った。

 真っ暗な山道だったけど、不思議と怖くはなかった。

 時折り腕の中でミィが鳴いて、頭を撫でて。

 そんなことを繰り返すうちに、みんなが待っている場所に到着だ。


「遅いぞキリヤ」

「もー、どれだけ待ったと思ってるんですか」


 タイムを取っていた二人に怒られ、


「お帰り、ケガ、ないよね?」

「うん、ないよ」


 同居人の彼女が近づいてきた。

 彼女は別の女友達と組んだはずだけど、どうやら僕より先に戻っていたようだ。


「とりあえず、ロウソクは」

「あ……」

「ん? どうした……て、なんだ懐中電灯の電池が切れて、代わりに使ったのか」


 手に持ったロウソクは半分ほどがなくなっていた。


「まあいい。ちゃんととってきたみたいだな」

「ま、まあね」


 火を吹き消した途端、また夢から醒めるような感覚に――


「づっ!! ……な」

「大丈夫?」

「う、うん、なんでもない」


 腕に抱いたミィが何かを訴えるようにみゃーみゃー鳴き始める。


「あれ? その子どこで拾ってきたの?」

「何を言ってるんだい。うちで飼ってる黒猫のミィじゃないか」

「え? うち何も飼ってないでしょ。あ、もしかしてそうやって言って飼うつもりなんだー」


 違う。

 なんで覚えていない。


 待て 

           僕は

    なにかを

              わすれていないか?


 思考が途切れそうになって、ミィが甘噛みして、それで意識が引き戻されて。


「よーし、それじゃ今日は解散するか!」

「やっほー。そんじゃこれから飲みに行きますかい」

「おおいいな、んで誰の奢りだ?」

「おっめ、またタダ飲みする気か」


 みんながわいわい話しながら散っていく。

 ……あれ? 二人少ないような……?

 隣を見れば彼女だけが僕を待っていて。

 僕は誰かを置いて来て……?


「ねえ、みんなちょっと待って!」

「あん? どうした」

「みんな二人組で行ったよね? 僕のペアって誰だっけ?」

「何言ってんだ、おめえ一人で行ったじゃねえか」

「ひと……え、だってそんなはず……」

「なんだなんだ、今更怖くなってパニックかぁ?」

「いや、そんなんじゃなくて」

「ねえ、どうしたの? 顔色悪いよ」

「なんでもな……」


 い訳がない。

 誰だ? 

 僕は誰と組んでいた?

 片手に持った懐中電灯を見る。

 僕は持ってきた覚えはない。

 すると底に”ミナ”と消えかけの名前が書いてあった。


「ねえ、ミナは? ミナはどこに?」

「ミナ? 誰だそれ? 知ってるやついるか」

「知らねえっすよ」

「知りませんの」

「記憶にないですね」

「誰ですか」

「そんなはずはないだろ? だって君たちあいつと一緒に旅したんじゃないのか」

「旅って……おい? キリヤ、どうしたんだ。お前おかしいぞ」

「いや待ってよ。おかしいのは君たちだ! ミナは、ミナは帰ってきたじゃないか。みんなであいつのバカげた自殺を止めたじゃないか!」

「おいキリヤ。一旦落ち着け、な? お前は一人だった、それで怖くなってパニックを起こしてる。いいな? だから」


 腕を伸ばしてくる。

 それに触れたら取り返しのつかないことになるような気がして。


「触るな!」

「フシャァッ!」


 僕の腕から滑り落ちたミィが、僕の前に立って庇うようにみんなを威嚇する。


「おいキリヤ! ふざけるのもいい加減にしろ!」

「ふざけてなんかない。それは君たちだろ? みんなで寄ってたかって僕を変人扱いかい?」


 視界が霞む。

 夢から醒めるような、現実から引き剥がされるような感覚が酷い。


「うにゃぁっ!」


 ミィが僕に飛び掛かって、首筋にガブリと喰いついた。


「づぅ!!」

「フシャァッ!」


 肉がべりべりと剥がされるような痛みと共に、ミィが鋭い歯で捕獲しているものが目に入った。

 霊だ。

 猫は人には見えないものが見え、感じられるという。

 昔から猫は半分魔物と言われ、魔を呼び寄せるなんて言われているけど、その逆もまた然り。

 彼岸と此岸の見張りとも言われ、魔除けの獣としても一部では言われている。

 しかも黒猫ともなれば、そういった話はより一層強くなる。

 魔法の猫であり、猫が認めた飼い主に幸運をもたらすとも。


「ミィ」

「みゃー」


 その鋭い牙で霊を噛み砕くと、その霊は白い光になって消えた。

 ……白い光?

 これはミナがよく使っていた式じゃないのか。


「どうしたんだい、みんな」


 立ち上がれば、みんながミィから離れていく。

 しかも自分の意思ではなく、わずかに精神に干渉されたかのような様子。

 魔法が存在している?

 だったら、


「アニマフォートレス!」


 アニマを護る砦を、力を増幅させてしまえば。

 カァァーーーンッと金属を打ち鳴らす高い音が響き、みんながもとにもどっていく。

 パラパラと音がして、空から大量の札が降る。

 気味が悪い札の雨だ。

 その一枚を掴んでみれば、神社で使われているようなお札ではなく、幾何学模様の書き込まれた普通紙だ。

 匂いからしてプリンターで量産して切り分けたな。


「やられた、くそっ!」

「隊長……まーたやってくれたな」

「キリヤ、いんや、ネーベル。いますぐにあの大馬鹿を締め上げに行くぞ」

「次やったらただじゃおかないって言ったのに……」

「ミナがいなくなったら誰がおいしいおやつを作るんですか!」

『そこかっ!?』


 一斉に突っ込みが入れられる。

 なんやかんやでもとには戻った。

 ただ、これについて行けていないのは、彼女と他数名の異世界に巻き込まれなかった人たちだ。


「えっと……なにが起こってるの?」

「僕のとても厄介な知り合いがね、みんなに呪いをかけたんだ。自分のことを忘れてくださいって。だからこれから、誰もテメェのことを忘れるかバカ野郎って文句を言いに行くんだ」

「だったら私も行く」

「なんで?」

「だってお友達なんでしょ? なら、そんな寂しいことはしないでって、ね」


 僕達は、今度は揃って山道を進んだ。

 後ろからは朝日が降り注ぐ。

 遥か遠くの空は朝焼けに染まって、もうすぐ夜明けが近いことを知らせる。


「ネーベル。案内は頼むぜ」

「分かったよ。なんとしてもあのバカを連れ戻そう」


 みんな僕のことをキリヤではなくネーベルと呼ぶ。

 後ろから聞こえる話し声も、それぞれ日本名で呼び合わずに異世界で呼び合っていた名前だ。

 ネーベル、ナハトゥ。

 霧、夜。

 霧の夜と書いてキリヤと読む僕の名前にはちょうどいいだろう。


「こっちであってるのか?」

「うん、ここで僕たちは道を外れたからね」


 山道を外れ、竹林へと踏み込む。

 さほどかからずに、僕らが霊に囲まれたであろう場所まで来ると、そこには真っ黒な穴が開いていた。

 異世界に行くときに、そして帰ってくるときに通った黒い穴。

 どうやら、異世界はまだまだ僕たちを返(帰)してはくれないようだ。


「行こう、みんな」

『おーっ!!』


 ここにいるのは異世界で多大な問題を引き起こした者、解決した者。

 あっち側でなら、世界を相手に戦えるだけの戦力にはなる。


「今度はお互い敵同士じゃない。敵はあの大馬鹿一人だけだ、力ずくで引きずり戻すぞ!」


 これだけの仲間たち。

 どんな困難にだって立ち向かえる、そういう安心感が手伝って、不安を置き去りにして黒い穴に飛び込んだ。

 ところが、


「ちょっと……待てよ」

「嘘だろ……」

「おいおいおいおい!」

「冗談きついって」


 口々に呟き、みんなが思わず足を止めた。

 それは、感覚的には『敵』と認識してはいけないもの。

 それを『敵』として認識するという事は僕らの死を意味するもの。

 これだけ『道を塞がれた』というのが似合う状態は滅多とないだろう。

 そこにあるのは、そこにいるのは共に戦ったものたち、敵として立ちはだかったものたち。

 僕が知っているもの以外にもたくさんいる。

 恐らくは仲間たちの知り合いだろう。


 Summon:AnotherDimension/Arc


「レイズ、メティ……それに騎士団まで」


 S□mmo□:Ano□h□rDim□nsio□/F□at


「チッ、変態野郎」


 □□mm□n□An□the□□ime□□i□n/□n□□her□□


「セーレ、アキト……戦いたくない、退いてくれ」


 Su□□o□:□n□th□r□□men□□on/□ay□□


「クラリスか」


 S□□□□□:A□□□h□□D□□□nsi□□□□□y


「クロード、テメェはいつだってそういう方には立たなかっただろ」


 □□□□□□□Ano□□□□Dim□□□□□n/□□□□□


「交わす言葉は必要ない、そうだろ?」


 □□□□□n:A□□t□e□□i□□nsi□□/□□□□


「反影、もうあんたの魔法は分かってる」


 Su□□□□□□n□□□□□□□m□□□□□n□□□□□□□□□□


「邪魔をするな、お前のことは終わったんだ」


 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 まずい、また夢から醒めるような感覚が……。

 視界が揺れ、ミィに噛みつかれて、その鋭い痛みで意識が確かになる。

 見ている間にも次々と怪物たちが降り立つ。

 その数は僕達と同じになるまで増え続けた。

 多分、あれは僕たちにもっとも関係があるものを合わせて召喚しているのだろう。

 絶対にありえない組み合わせ。

 なのに揃って僕らに敵意を向けるという事は単なる人形。


「行こう、みんな」


 群対群ならばまず勝ち目はない。

 だけど、あれがもととなったものは相性がとてつもなく悪い者同士でさらに人形。

 だったら一対一に持ち込めば各個撃破でなんとかいける。


 --Side/ミナ……もといスコール


 キリヤ、というかネーベルたちが決死の戦いに身を投じていることなど露ほども知らず。

 薄暗い板張りの、入り組んだ通路で、


「おいミナ! お前オカルトには詳しいだろ! これなんだ、なにが起きている!?」

「ソウマ、無駄なことだ。考えるよりも逃げろ」


 走る二人の後ろには黒い霧を纏った走狗。

 自分たちは獲物か……と思いながらスコールと忘れられていたもう一人が走る。


「くそっ、なんだよ。ロウソク取ったらいきなり変なところにいるしさぁ!!」

「よかったな。いつも通りだと、お前このまま彼岸の住人だぞ」

「よくねえ! なんでセンザキ以上に俺は忘れられやすいんだ!」

「叫ぶな、ほら寄ってきた」


 進む先の角から追加の化け物が溢れ、手持ちの爆薬で壁を吹き飛ばしてさらに逃げる。

 なんでそんなものを持っているのかは聞いてはいけない。

 そこらに売ってるモノで作れちゃうけどそんなことは知らなくていい。

 不思議と爆破した壁の先にも通路があるのだ。

 空間を認識すると即座にその場に存在が確定する。

 まるでシュレディンガーの猫だ。

 見なければそこにはあるかないか確定しないのに、観測された途端に存在が確定してそこに通路ができるのだから。

 それも空間配置を思い切り無視した配置で。


「なんだよここ……ミナ、知ってるだけ教えてくれ」

「無駄だと思うがな」


 通路を駆け抜け、行き止まりにあったドアを開けて素早く飛び込んで閉める。

 なぜか観測しなければ、観測外の存在は手出しをしてこなくなる。

 ただし同一空間内を除く、だ。


「はぁ、はぁ……くそっ、が」

「その程度で息切れか」

「お前、なん、で、はぁぁっ。持久走でも最下位のくせになんで体力が持つんだよ」

「なんで? 普段から本気出さない主義だ」

「…………」


 部屋を見渡せば、暖炉があり、テーブルとイスが二つ。

 まるで誰かが見計らって用意したかのように果物まで置かれている。

 ミナはそれを躊躇いなく齧ると、すぐに暖炉に投げ入れた。


「毒入りだ。食うな」

「お前はなんでそれが分かる」

「聞くな」

「わーったよ。それじゃオカルト系は?」

「まあ知ってる範囲でいいなら。家が人を食べるともなれば某有名なあの映画だが」

「ねえだろ」

「だからもう一つは”マヨヒガ”という古い話の悪いほうの解釈だけを拾い集めて付随する言い伝えを押し込んだようなものだと思う」

「まよひが?」

「民話だ。まあ、悪いほうだけ出せば、無人の家に迷い込んだ者。そこに”人”はおらず、人ならざるモノが住む。生活感があるのに人はいないってところがまあアレだ、それに迷いこんだ家から出られるかどうかは本人たち次第。いい方ならば何かを持ち出して幸せに、だが。まあそんなことはこの状況でありえないと分かる。もろにありったけの不幸に見舞われるってほうのやつだな」

「嫌だよ俺! こんなところで食われて行方不明とか嫌だよ!」

「ああ、そんなことにはならないだろう。ここ、異空間っぽいし。たぶん外の連中には綺麗さっぱり忘れられてるはずだ」

「マジかよ……」


 部屋にはドアが二つ。

 入ってきたものと、どこかへ続くもの。

 当然入ってきた方を開けたならば、その瞬間にジ・エンドだ。


「休憩はもういいな」

「はぁ……出られるのかよ」

「無理だろうな。向こうさんは本気で喰いに来ている、それも空間すら捻じ曲げて。ならば普通に逃げ回る限りは出られない」

「じゃあどうするんだ? もう異世界への門が都合よく開くなんてことはないだろ?」

「そうでもない」


 ぴらっと札を取り出して広げる。


「お前まさか」

「これだけの怪奇現象。しかも魔物までいるのなら当然魔力絡みだ」

「……聖なる力で相殺しましょうってか」

「そういうこと」


 魔法のポケットか、と疑いたくなるほどの収納量だ。

 爆薬に携帯端末に大量のお札。

 取り出したお札で壁を撫でると、ばらばらと壁が崩れ去る。


「おぉ……」

「なるほど、逃げようか」

「だな……」


 崩れた先にはぎらつく大量の目、魔物たちだ。

 怖気づくほどではないが、かなりの唸り声が響く。

 どうもこの屋敷は逃がしてくれる気がないらしい。

 二人は即座に駆け出して、ドアを抜けた。

 するとそこは山奥の開けた場所だった。

 今しがた出てきたドアは木の洞に填め込まれた、場違いな配置だ。

 少し歩けば月明かりに照らされた一軒の小さな家がある。

 家と言っても、昔ながらの藁葺き屋根で壁は漆喰だ。


「なんだよ、ここは自動生成のダンジョンか?」

「ダンジョンの本来の意味は地下の牢獄。牢という意味で見ればあながち間違ってはいないかもな」

「そういう雑学はいいから」


 とりあえず何かイベントがありそうなところと言えば、あからさまに妖(怪)しいあの家しかない。


「なあ、山奥の家と言えば山姥か三枚のお札だよな?」

「どっちとも神話がベースだ。黄泉の国で愛する者の姿を見、その後は勘違いで逃げて追いかけてのってやつだな」

「……神学の授業取ってたっけ?」

「電子工学だけだ。後は普通教科」

「なんかお前、流体力学とか量子力学とか、爆破解体とかいろいろ詳しいけど」

「どうでもいいだろ」


 本当にここで語っても仕方ないので、そう切り上げて歩き始めた。

 とりあえず魔力絡みならばゼウスでもヴォ―タンでもサタンでも何でもきやがれな考えで、しかも死んでも別にいいしという思考の為、ミナはずかずかと進む。

 それに対してソウマは警戒しながらゆっくりと。

 以前警戒を怠ったがために異世界で殺されている。

 殺されかけたではない。

 だから死に対しての恐怖はしっかりと刻み込まれているのだ。

 そして、それゆえに距離を取っていて正解だった。

 ミナが家に近づくと、中から一人の老婆が姿を見せた。

 片手には大振りの包丁を。

 顔は人というより鬼。


「……で?」

「お兄さん方、泊まっていくかえ?」

「拒否、そして失せろ」


 明確な拒絶を突き付けた途端に、老婆の姿が魔物に変わった。

 何とも言えぬ咆哮を上げながら、首だけが浮かび上がり、髪が禍々しい触手のように伸びて広がる。

 しかしその触手がミナを捉えることは無かった。


『ドコダ、ドコニキエタ』


 そう言葉を発する魔物の目の前にミナは平然と立っている。

 だが魔物はその姿を認識することができない。


「だいたい思いついたことが纏まってきたよ。クラークの第三法則か、それとも幻術で人の恐怖を映し出しているだけなのか、それとも本当に異空間に囚われたのか」


 三つ。

 そのうちの二つは除外。


「魔力絡み、恐怖は無い。ならば異空間に囚われた。と、なれば簡単なことだろ」


 ポケットからすべての札を取り出してばら撒く。

 それらは独りでに浮かび上がり、空中に立体的な陣を描く。


「壊せ」


 一言で空間に亀裂が走った。

 そこから覗くのは憎悪と悪意と憎しみと――それらすべては負の感情を押し固めて作ったナニか。

 ようやくミナを認識した魔物が触手を伸ばすが、逆につかみ取られて纏めて引き千切られた。

 叫びをあげる魔物に蹴りを叩き込んで黙らせると、亀裂があちこちで走り、世界が崩壊を始める。

 真っ白な、決して壊せない世界の残骸でとでも言うべき未確認物質が降り注ぐ。


「おい、ミナ!」

「何をしてでも理想を掴み取る、そう決めた。だから知らない誰かがどこで犠牲になろうがしったことか」


 ものの数秒。

 バリンッ! と分厚い強化ガラスが砕け散るような音と共に視界が晴れた。

 肝試しの開始地点。

 山道の入り口にはおびただしい量の札が散らかっていた。

 だがこれは、ミナには配置した覚えのないものだ。

 手に取ってみれば自分が使っている紙と質感が違う。

 別の誰かが張り巡らせた陣のなれの果てなのだろう。


「戻ってきた……のか?」

「そうだろう。他のヤツラは……そのまま帰ったのか、それともあの異空間ごと消え失せたか」

「消え失せ……え?」

「まあどうでもいい、帰る」

「どうでもよくねえだろ!」

「じゃあ一人で何とかしろ」


 そう言って立ち去ろうとしたところで、ズボッ!

 地面が抜けた。


「はっ?」


 間抜けな声と共に、足元に突如開いた真っ黒な穴に引きずり込まれてミナは消えた。

 それは本当にいきなりだった。


「うぉいっ! ちょっと待てよ!」


 ソウマはすぐに駆け寄って穴を覗き込もうとするが、すぐに穴は閉じてなにもないごく普通の地面に戻る。

 叩いても、掘っても、それはただの地面でしかなく異世界行きの穴など開きはしない。


「……? ちょっと待て、考え方を変えてみ。ここがまだ異世界で俺だけ取り残されたということはないだろうか……」


 空を見上げればごく普通に太陽が顔を出し始めている。

 異世界で染み付いた魔法を使おうとしてもなにも起こらない。


「…………あ、あれ?」


 ということはここが現実で、自分だけ普通の暮らしに取り残されたということではないだろうか。

 大勢に置いて行かれた少数が置いてけぼりをくらった側。

 もしかしたらみんなあっち側の世界にいて自分だけ普通の世界に取り残されて普通の生活を……?


 ――Side/キリヤ……もといネーベル


 世界を容易く壊す者たちとも激戦はわずか十数分で終わりを告げた。

 一人が勝利すると、すぐに仲間の援護に回り、さらに手の空いた者が援護に回って終わったのだ。

 所詮人形が相手。

 使ってくる災害級の攻撃は同じでも、使い方にどうも機械的な動きがある。

 そこをついて撃破していった。

 すべてを撃破し終わると、唐突に世界が黒に染まり、気づけば彼らは山道の入り口にいた。

 なぜか地面に手をついたソウマがいるのが気がかりだ。


「ソウマ、なにをしている」

「なにって……さっきまでここにミナがいたんだよ! 帰ってきたと思ったらいきなり穴が開いて落ちて!」

「落ち着け。ゆっくりと普通に言え」

「これが落ち着けるか、クロセ!」

「クセロだ。それでミナがいたんだな?」

「いたんだって!」


 わめき散らすソウマをよそに、キリヤたちは札を集めたり、魔法を使おうとしたりしていた。

 これだけ人手が揃っていると作業も早い。


「この書き方、ミナのじゃねえ」

「やっぱりそうだよね。あいつはいつも油性ペンでさっと書いたものをコピーして使いまわすから、こんなに綺麗な訳がない」

「ネーベルさーん!! 変なもの見つけましたー!」


 そう叫んで駆けてくるポニーテールの十六、七くらいの少女は、手に古めかしいものを持っていた。


「これです」

「懐中時計?」


 それは長く細い鎖が付けられた、真鍮色のハンターケース型。

 ここにいるものは誰も知る由がないが、これはかつてスコールと名乗っていた青年から、彼に淡い感情を抱いた少女に手渡された”時間を巻き戻す時計アイテムの一つ”だ。

 開いてみれば、その時計はたくさんの小さな時計が入り乱れたもので、すべてがデタラメなときを示している。

 数えることはできなかっただろうが、そこにあったときの数は258。

 その数は彼らにとっては意味のある数だ。

 256回の繰り返し、257回目で犠牲を払い帰ってきた。


原点はじまりにあるは可能性べつのみち


 それはもう終わった物語のはず。

 それは彼らとはもう関係のないことのはず。

 それでも。


『刻め、新たなる世界を』


 まだ続く。

 まだ世界は彼らを放してはくれない。


「みんな」


 気付けば門は開いていた。

 地球のあちこちで、帰ってきていた仲間たちの前に。


「僕は行くよ。君たちはどうする?」


 各々は各々のみちを向いて、誰も声に出さずに肯定した。

 彼らは皆別々の方向を向いて、それぞれの門へと踏み込んだ。

 向かう方向は違う、かつてそれぞれが敵対した。

 それでも今度は一つの目的へと向かって進む。

 今度はそれぞれがぶつかり合い、絡み合って潰し合うのではなく。

 交差して、強固なラインとなって、そこにある不条理をことごとく覆し、異世界などない日常を求めるために。


 ――After that


 それぞれが門をくぐり、姿を消した直後。

 新たな門が開き、ミナは帰還した。

 今回の騒動の犯人というか、原因を叩き伏せて説教をしてだ。

 完全な入れ違いである。


「……まったく、無駄なことに付き合わせやがって」


 片手に持った懐中時計を開くと、一つだけの盤面に針が回り、ある時間を示していた。


「はぁ……ただいま、くそったれでつまらない世界にちじょう


 そう言って、ミナという偽の名前を騙る、不愛想で色々危険な青年はその場を去って行った。

はい、こんな駄文を最後まで読んで頂きありがとうございます。

もうどんどん変わって何が何だかわかりませんよね、読みにくいですよね。

しかも短編のくせしてそこそこ長いし。

とりあえずこの話は、流れとしてはアークライン終了後、そして次のラインの始まりとの間にあるような感じです。

ちなみに騒動の原因となった人物はこの話の中に出てきています。


それでは、さようなら。


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