価値観の違い
目を閉じ、念じる。
泉の中心から湧き上がる眩いほどの光の帯。
それが俺の全身を包み、泉の上へと俺の身体はせり上がっていく。
「ラグザ様……。まるで女神様みたい……」
キキリが恍惚の表情でそう呟く。
少し恥ずかしいが、悪い気分ではない。
俺は大きく息を吐き、光の帯びに身を任せる。
両手両足に帯がゆっくりと巻きついていく。
全身を光に包まれた俺は目を開き、周囲をぐるりと見回した。
異世界――。
俺はこの世界で、一体何をさせられるのだろう。
もしも神様が本当にいるのだったら、どうして俺を選んだのか聞いてみたい。
姫と精神を入れ替えた意味を――。
1000年越しの『呪い』とやらの目的を――。
徐々に光が収束していく。
再び泉の中へと戻っていく俺の身体。
「良かった……。無事、清めの儀式は終わったみたいですね……」
ほっと胸を撫で下ろしたキキリ。
そして俺達はイデアの待つほとりへと向かっていった。
「お疲れ様、2人とも。さっそくで悪いんだけれど、身体を拭いたら宮廷に戻るわよ。予定よりも時間が掛かってしまったから、メルエル様が心配なされていると思うわ」
すでに用意していたフカフカの布を俺とキキリに手渡してくれるイデア。
羽毛に近い気がするが、たぶん別の獣の毛だろう。
さっきの鮫の化物みたいに、この世界には俺の知らない生物がたくさんいるに違いない。
「あー、なんかハラ減ったなぁ」
ぐう、とお腹の音が鳴る。
そういえば昨日、牢屋で出された食事以来、何も食べていないことに気付く。
あの飯、激マズだったよなぁ……。
この国の人間はあんなマズい料理を平気で毎日食べてるのかな……。
「ふふ、帰ったら食事が用意してあると思うわよ。銭亀の塩焼きとか、蜘蛛蜥蜴のサラダ巻きとか」
「うげぇ……」
もうネーミングだけで食欲が無くなってしまう……。
そういうゲテモノばかりじゃなくて、もっとマシな料理とかあるだろ……。
「美味しいのに……蜘蛛蜥蜴……」
残念そうに呟くキキリ。
おかしい。
絶対味覚がおかしい、この国の人間……。
「もっとさあ、お米とかパンとか、茸とか山菜とか、普通の食材はないの?」
「あるけど……そんな貧困層が食べるような食材は王宮には置いていないわよ」
貧困層……。
物の価値観があまりにも違う世界ってわけか。
まあ、異世界だからしゃーないと思えばそれまでだけど。
でもあるにはあるんだな。
今度、こっそりキキリにお願いして持ってきてもらおう。
少しくらいだったら自炊の経験もあるし。
身体を拭き終わった俺達は服を着て馬車に乗った。
ここからまた数時間の帰路の旅。
なんだかすごく眠いから、おうちに着くまで眠っていよう――。
◇
目を覚ます。
――まただ。
ここは俺の夢の中。
今度は学校ではなく、商店街が映っている。
その中で辺りをキョロキョロと見回しながら歩いている不審人物が――。
――というか俺なんだけど。
「どこかに必ずあるはずです……! 異世界への入り口が……!」
一生懸命に何かを探している俺。というかラグザ姫。
ごみ収集場所にあるポリバケツをどかしてみたり。
郵便ポストの裏を念入りに調べてみたり。
どこからどう見ても怪しい男子高校生にしか見えない……。
「2日以上も経過して、未だに婆やと《通信魔法》が繋がらないなんて……! ああ、どうしましょう……。この世界のことも全く分からないし、この男性の身体にも慣れないし……!」
なんかそわそわしている気がする。
もしかしたら、トイレにでも行きたいのかもしれない。
内股だし。
「う……! も、もう、我慢できません……!」
そしてそのまま走り去っていったラグザ姫。
うん。
姫って水洗トイレとか使い方分かるのかな。
というか男子トイレと女子トイレの概念とかあるのかな。
……うん。
一体、どこで用を足すのだろうか……。
◇
「う……ん……」
今度こそ本当に目を覚ます。
辺りを見回すとまだ馬車の中にいるのだと気付く。
俺は小さく溜息を吐き、思案する。
やはり予想どおり、眠りにつくたびに姫様の『夢』を見るようだ。
彼女が『2日以上経った』と言っていたことからも、俺と同じ時間軸を共有しているのだと予測できる。
相変わらず姫様のほうは、俺の存在に気付かず、俺の声も届かないみたいだ。
一方的に俺が彼女の状況を『見る』ことができる――。
もしかしたら姫様のほうも、俺の状況を夢で見ているかもしれないとの期待もあった。
しかしあの様子ではそれはないだろう。
王宮に戻ったらそれとなくメルエルに話して交渉に持ち込んでみよう。
姫様の現状を知ることができるのは、今のところ俺が見る『夢』しか方法が無いと分かれば、あるいは――。
「……ん。レイヴン様……。お戯れはそれくらいに……んん……」
なんかイデアさんが寝言を言っている。
誰だレイヴン様って……。
一体どんな卑猥な夢を見ているんだ、このビッチは……。
「イデアは……貴方様の……性奴隷として……ああ……。ムニャムニャ……」
「……」
……聞かなかったことにしておこう。
青少年には刺激が強すぎるから……。
俺は気を紛らわすために自身のステータスを出現させる。
『称号』が皇女から姫騎士に変化し、戦いの知識が俺の脳に刻まれた。
王宮に戻って交渉が済んだら、さっそく鍛錬して色々な技やら術やらを使えるようになりたい。
イデアから聞いた話では、脳内に刻まれたイメージを幾度となく繰り返し、1つの『術』を『習得可能状態』まで鍛錬する。
習得可能状態まで達した『術』は、対応する『術石』を消費することにより初めて使用可能な『術』としてステータスに刻み込まれるのだ。
一度習得した『術』は、術者の精神力が持つ限り、いくらでも使用可能ということらしい。
術石が必要なのも、習得時に一度消費するだけで、追加で消費することもない。
術石は、対応するモンスターを討伐することで手に入る。
まれに探索や報酬などで手にすることもあるが、それらも元手はモンスターの死骸からだそうだ。
この世界に存在する4つの術石と取得モンスターのタイプ、そして術石単位――。
技の術石は近接戦闘型モンスターから入手し、単位はWS。
魔の術石は魔法戦闘型モンスターから入手し、単位はMS。
聖の術石は回復支援型モンスターから入手し、単位はSS。
そして妖の術石は召喚支援型モンスターから入手し、単位はGS。
さきほど俺が手に入れたのは技の術石で、1200WSだ。
これらの術石が冒険者などの手に渡り、世界中にある換金所で取引されたのち、為替レートが変動する。
うん。
この短時間でよく勉強したな、俺。
だけど、当然知らないことのほうが多すぎる。
この1200WSという額が大きいのか小さいのかすら分からないし。
俺が何かの『技術』を習得可能状態まで鍛錬したとして、習得するのにどれくらいの額が必要になるのかもさっぱり分からん。
もっと言えば、俺には他にも『魔術』『聖術』『妖術』『合成術』なる項目があるのだから、それらに対応する術を習得可能状態にしたとして、習得するために必要な術石を集めて、もっと沢山の『術』を身につけたとして、姫騎士という称号でどこまで使いこなせるのか分からないし、それ以前に魔術は魔道師系の称号じゃないと駄目だとか妖術はシュウみたいな化物にならないと使えないとか、いやいやそれよりも『合成術』に必要な術石って一体全体なんなんじゃーとか――。
「だあああああ! あたま混乱してきたあああああ!!」
髪の毛を掻き毟りながら叫ぶ俺。
馬車の外から心配そうな表情で車内を覗き込むキキリ。
あんまり騒ぐとイデアビッチさんが起きてしまうし、モフニンジャビッチがニンニンって現れてまた俺に罵倒を浴びせてくるかもしれないし……。
――うん。
王宮に到着するまでは、大人しくしておこう――。
―零章― 呪われた姫と入れ替わりの青年 fin.
名前/ラグザ·アークシャテリウム
称号/姫騎士
技術/-
魔術/-
聖術/-
妖術/-
合成術/-
御奉仕人数/0人
総合ランク/E