雑種と呼ばれた姫
「やべぇ……。マジどうしよう……」
城の地下にある監獄に押し込められ、早1日が経過した。
檻の前には女の騎士がひとり見張りとして置かれている。
というか、あの毛むくじゃらの化物に運ばれてきて、ここがお城だと初めて理解したんだけど――。
俺に降りかかった災厄は2つ。
この異世界の姫様と精神が入れ替わってしまったこと。
そして、4つの国の君主とやらに『御奉仕』をしなくてはいけないということ。
「なあ、そこの……なんだったけ名前」
「きゃっ! あ……はい! キキリといいます!」
俺はこの1日でキキリという女騎士からいくつかの情報を得た。
この国の歴史――。
置かれた立場――。
簡単に言えばこの国は『植民地』だ。
4つの大国が治めるこの世界で、ひっそりと生きていくしかない弱小国家。
……いや、実際は国ともいえない『眷属国』という名の『奴隷の国』。
「あ、いや、そんなに緊張しなくてもいいよ。俺も話しづらいし」
「で、でも! ラグザ様とお話するのなんて初めてでっ……!」
「……いや、もう丸一日ここに一緒にいるじゃないですか」
「でもでも! 私はまだ、この前騎士になったばかりの新人ですからっ!」
両手を目の前でバタバタとさせ、顔を真っ赤にしながらキキリはそう叫ぶ。
その拍子に髪の中に隠れていた耳がぴょこんと立った。
「キキリはエルフ族と人間族の混血だって言ってたよな。この国の人間は、純血はひとりもいないって……」
「あ……はい。王様も王妃様も、この国にいる国民はすべてそうです……。だから私達は『雑種』と呼ばれていて……」
急に暗い表情に変わったキキリ。
要は世界各国から差別を受けている国――。
それが『眷属国』というわけだ。
「王様もわたしと同じエルフ族と人間族の混血だと聞きました。そして王妃様は魔族と妖鬼族の混血……」
「で、俺がその子供だから4つの種族の血がすべて混ざった、生粋の『雑種』ってわけね……」
俺の言葉に涙を流しそうになるキキリ。
この世界では『純血種』以外は尊厳を剥奪されるルールでもあるらしい。
別に雑種でもいいと思うけどね、俺は。
雑種の犬とか超可愛いし。
「私達は生まれながらにして、創主国の人民様に御奉仕しなくてはいけない決まりがあるんです。18の誕生日を迎えたら、例外なく各国を巡り、御奉仕のためにその身を捧げなくてはなりません」
「キキリはいくつになったんだ? もう御奉仕は済んだのか?」
「いえ……。じ、実はわたしの誕生日は……その……姫様と同じ日でして……」
急にモゾモゾとし始めたキキリ。
同じ誕生日ってまさか……。
「じゃあ、18歳になったばかりってこと?」
「……はい」
顔を真っ赤にして俯いてしまったキキリ。
ということは、この子ももうすぐ御奉仕の旅に出ることになるのか。
「なあ、キキリ。俺をここから出してくれよ。お前だって本当は御奉仕とか嫌なんだろう?」
「そ、それは……」
少女が俺の言葉に揺らいでいるのが分かる。
これはもう少し押せば、なんとかなるかも……?
『おやめくださいラグザ様。キキリを極刑に処するおつもりですか』
「きゃっ! シ、シュウ様……!」
急に牢屋の前の石畳から現れたあのもふもふ化物。
神出鬼没のこいつのことをすっかり忘れてたぜ……。
「盗み聞きとは、趣味悪りぃなお前……」
『……』
俺の言葉に動じず、牢の外からじっと見つめるだけの化物。
キキリの話ではこいつも混血らしい。
確か妖鬼族と魔族の混血――。
「おい、なんか言えよ。俺をこんな牢屋に閉じ込めやがって。あのばあさん呼んでこいよ。俺はぜーーーーったいに『御奉仕』なんてしないってしないからな」
『……貴様に何が分かる』
「あ?」
シュウの声が聞こえなかった俺は、牢屋ごしに奴を凝視する。
こんな犬みたいな化物でも御奉仕とかしなくちゃいけないんだろうか。
ていうかメスか、こいつも。
『我々の苦しみ……。姫様の苦しみ……。メルエル様が、どれだけラグザ様を可愛がっていたことか……』
「……シュウ様……」
歯軋りをしながらそう答えるシュウ。
それを悲しそうな目で見つめるキキリ。
しかし、俺はそれを一蹴する。
「知らん。ていうか知るわけないだろ。いきなりこんな世界に飛ばされて、お前らの事情とか押し付けられても困る」
これは俺の本音だ。
どうでもいいから、さっさと元の世界に戻りたい。
『お前はメルエル様の話を聞いていなかったのか? お前が元の世界に戻るためには、各国の君主の力が必要なのだ』
「じゃあ話し合いで協力してもらえばいいじゃん。相手のお偉いさんだって、姫様の中身が男とか、そんなん嫌だろ。ていうか嫌じゃなかったら色々やばいだろ」
『それが出来ればとっくにしているさ。姫様にかけられた呪いは、1000年もの歳月をかけて発動した禁術なのだぞ? 余計なことをしてその強大な魔力で命を失ってしまっては元も子もないだろう』
「……え? そんなにやばい呪いなの……?」
急に背筋が冷たくなった俺。
じゃあ、何かの弾みでいきなり死亡とかあるわけ?
何だよ、その時限爆弾みたいな呪い……。
『すでにメルエル様から国民に通達は済んだ。不在の国王様と王妃様にも、いずれ伝達は済むだろう。あとはお前次第というわけだ』
それだけ言い残し、シュウは地面に潜っていった。
いや、『お前次第』とか言われても……。
「ラグザ様……」
「どうしよう……。余計なことをしたら死んじゃうかもしれないし……。でも御奉仕なんて絶対に嫌だし……」
その場で頭を抱え蹲る。
話し合いで解決が無理なら、力でねじ伏せるか?
いやでも、俺にそんな力なんて無いし……。
「明日には、姫様はこの監獄から出されると思います。国民への説明が終了した今、もう後には引けないのです……」
「いやだ! 俺のアイデンティティが崩壊しちゃう! せめて女の子に御奉仕させて! むしろそうして!」
「え……? あ、いや、それなら……私で良かったら……いつでもラグザ様にこの身を捧げる覚悟が――」
「そういう意味ちがう!」
モジモジしているキキリに何故か怒鳴ってしまう。
なんでちょっと嬉しそうなんだお前は……。
(くそ……! とにかくなんとかここから逃げださねぇと……!)
チャンスは檻から出された瞬間か。
しかし恐らく、逃げ出そうとするとシュウの奴が俺を捕まえるだろう。
何とかして奴の手を掻い潜り、どこかに隠れられればいいのだが……。
そして、間もなくメルエルが地下牢へと足を運ぶ――。
名前/ラグザ·アークシャテリウム
称号/皇女
技術/-
魔術/-
聖術/-
妖術/-
合成術/-
御奉仕人数/0人
総合ランク/E