お家事情
「『入れ替わり』の……呪い……?」
険しい表情のばあさんが発した言葉。
俺にはそれが何のことなのかさっぱり分からない。
というか、ここはメイド喫茶じゃない……?
「……ああ。その前に聞こう。おぬしの名前は何じゃ?」
「俺? ええと、鳴海新一っていいます。『なるみ』は鳴海海峡の『なるみ』で、『しんいち』は新しい――」
「言っている意味が分からんからあえてスルーするぞ。おぬしの名は『ナルミシンイチ』……。ふむ……」
俺の善意ある説明を無視したばあさんは、額に手をあて考え込んでいる。
せっかちなばあさんとか苦手なんですけど……。
「むむむ…………ほわぁっふっ!!」
「うわ! びっくりした!」
いきなり叫び声を上げたばあさん。
驚いてベッドから転げ落ちる俺。
尻を押さえ顔を上げると、ばあさんの目の前に映像が浮かんでいた。
ナニコレ……。
「これは姫様が飛ばされた先を映し出すワシの魔法じゃよ。『飛ばされた』とはいっても、精神だけが異世界へと跳躍し、約1000年の時を経て発現した呪いが――」
「あ! 俺の学校じゃん! ばあさん! 俺の学校が映ってる!」
「……せっかちなガキはこれだから嫌いじゃ」
口を尖らせて何か呟いているばあさん。
しかし映像を見た俺は一気に青ざめてしまう。
そこに映っていたのは、しきりに辺りを気にしている『俺』だったのだから――。
「……あの、これって、もしかして……」
「少し黙っておれ。今、姫様にコンタクトをとってみるからな……。むむむ…………ほわっふぅ!!」
また叫び声を上げたばあさん。
今一瞬、入れ歯が取れそうになっていた。
「……駄目じゃ。異界の扉がワシの魔力を封鎖しておる……」
「ということは、連絡がとれないってこと?」
「そうじゃ。これは『お上』の協力が必要じゃな……。いや、しかし、姫様はちょうど18になられた。ということは『御奉仕』をせねばならん年齢じゃから、このままこやつに代わりに……ぶつぶつぶつ……」
「……あのぅ」
完全に自分の世界に入ってしまったばあさん。
何だか長くなりそうだから、俺は空間に浮かんだ映像を見ながら思案し始めた。
学校の校舎裏で目を覚ました『俺』がそこにいる。
俺がいつも放課後に、こっそりと持ち込んだ携帯ゲームをやって暇潰しをしている場所だ。
夕方のバイト時間まではいつもあの校舎裏で時間を潰していた。
映像に映る俺は、自身の姿に驚いている様子だ。
さっき俺がしたみたいに、全身を隈なく触っている。
そして何を思ったか、おもむろに陰部に手を伸ばし、何故か硬直している。
徐々に顔が真っ赤になり、ついには叫び出したではないか。
「お、おい、ばあさん……。あいつ大丈夫か……?」
「勇者アレニウスは姫様の成長を心待ちにしておったし……。しかし魔王ゼノンがなんというか……。『御奉仕』の順番を間違えてしまうと大変なことになるじゃろうし……むむむ……」
まったく俺の話を聞いていないばあさん。
映像に映っている俺は校舎裏を駆け出し、そのまま何処かへ行ってしまった。
「ばあさん! 俺どっか行っちゃった! ねえ聞いてばあさん! 俺の話!」
「うるさいのう! 今ワシ集中している所なんじゃ! 声かけないで!」
ばあさんが叫んだ瞬間、宙に浮かんだ映像は消失した。
「あっ」
「あっ」
俺達は互いに目を合わす。
そして数秒の沈黙――。
「……して、若者よ。おぬしの世界は、戦争が絶えぬ非情な世界か? それとも、確固たる王が存在する平和な世界か?」
「え? あー、ええと、王というか……政府? 国は『日本』ていう名前で、昔は戦争とかしていたみたいだけど、今は平和で……」
「そうか。それならばとりあえず問題はないな。姫様がいきなり死ぬようなことにならなければ、時間さえあれば解決できる問題じゃし」
ほっと溜息を吐いたばあさん。
俺もそれに釣られて大きく息を吐いた。
「なんだぁ。時間さえあれば解決すんのかぁ。脅かすなよ、ばあさん」
「ばあさんではない。『メルエル』じゃ。目上の者に対する口の利きかたがなっておらんな、若者よ」
そう答えたばあさん――メルエルは、凄みのある目で俺を睨みつけた。
眼力つえぇ……。
ばばぁ怖えぇ……。
「……まあよい。おぬしも大体の事情は察したな。この『アークシャテリウム眷属国』の姫君であらせられるラグザ・アークシャテリウム様と、異界の若者であるおぬし――『ナルミシンイチ』の魂は入れ替わったのじゃ」
「うん。なんとなく」
「そしてそれを解決するには、我が国を取り囲む4つの『創主国』の君主らの力を借りねばならん」
おもむろに立ち上がったメルエル。
そしてベッドに座る俺の周りをゆっくり歩く。
「勇者アレニウスの治める『勇者の国』、魔王ゼノンが治める『魔王の国』、エルフの王ナルシスが治める『エルフの国』、妖の王バルトが治める『妖の国』――」
「ちょっと待って、ちょっと待って! いっぺんすぎて頭に入ってこない! なに妖って!?」
立ち上がり叫ぶ俺。
やばい。
頭が混乱してきた……。
「我らが『アークシャテリウム眷属国』はな……。国王以外は女性しかいない、珍しい国なのじゃよ」
立ち止まったメルエルは、そっと俺の耳元でそう囁いた。
うん。
ばあさんの口から『女性』とか耳元で囁かれても鳥肌しか立たない。
「長い間、世界中で行われてきた戦争……。その中で生まれた『眷族国』という言葉……。この国に生まれてきた時点で、我らの運命は決まっておるのじゃ」
肩を落としたメルエルは、俺の前に屈みこむ。
そして下から俺の顔を見上げ、こう続けた。
「姫様は、すでに覚悟なされていた。18の誕生日を迎えたその後、各国首脳に『御奉仕』をする旅に出掛けるという『覚悟』を、な」
「御奉仕……」
俺の額に冷や汗が流れる。
御奉仕……。
うん……御奉仕。
「……」
「……」
また俺とメルエルの間に沈黙が流れた。
今度は時間にして数十秒という、長い長い沈黙――。
「……任せた」
「やだよ!!! 嫌に決まってんだろうが!!!」
咄嗟にそう叫ぶ俺。
え? どういうこと?
俺が姫様の代わりに、その『御奉仕』とやらをしろって?
だってアレでしょう?
『御奉仕』って完全にアレでしょう!?
頭おかしいだろ!!!
「残念だが、おぬしに拒否権は無い」
「だから! なんで俺が! だって、相手って男でしょう! そうなんでしょう!」
「良いではないか。むしろおぬしが男で良かったと思っておる。姫にかけられた呪いのせいで、異界の少女にも同じ苦痛を与えてしまうより、よっぽど気が軽くて済む」
「俺はものすっご重いだろうが! トラウマどころじゃねえだろ! やんない! 絶対やんない!」
逃げ出そうと扉に向かい駆け出す俺。
しかし何かに足を取られ、その場で転んでしまった。
『ラグザ様。手荒な真似をしたくはありません。大人しくしていただけないでしょうか』
「ひいぃ! 何だよお前!」
俺の足を捕らえたのは、急に地面から出現した全身毛むくじゃらのモンスターだ。
犬みたいな狐みたいな奴が人間の言葉を話しているし……!
「シュウや。姫様を監獄へお連れしろ。事情はワシから皆に話す」
『分かりました』
シュウと呼ばれた犬型の化物はそのまま俺を抱え部屋から出る。
もう何が何だか分からない俺は、とにかく大声で叫びまくる。
「ちょっと! 誰か助けてー! 何なんだよここは! 俺は一体どうなちゃうわけ!? ちょっと放せ! 放して!! ちょ、くすぐったいの! もふもふが首筋とか太股とか――!!」
――そうして俺は監獄へと連れていかれました。
名前/ラグザ·アークシャテリウム
称号/皇女
技術/-
魔術/-
聖術/-
妖術/-
合成術/-
御奉仕人数/0人
総合ランク/E